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SCP-9777

登録日:2026/04/26 Sun 18:15:00
更新日:2026/08/18 Tue 21:16:56
所要時間:約 18 分で読めます






「その時に悟りましたね、俺のラブパワーが何らかの奇跡を起こしたって!」

「嬉しかったです。自分の推しキャラが確実にこちらを、自分だけを見てくれてるってのは」

「正直に言うと、可愛かったです。夢に出てきたことは何回かありましたけど、あそこまで近かったのは初めてでした」

わたしが会っているのは誰?

SCP-9777はシェアード・ワールド『SCP Foundation』に登場するオブジェクトの一つである。

オブジェクトクラスはKeter。
収容が非常に困難か、あるいは不可能なタイプのオブジェクトである。




概要


まず初めに、このSCiPの大まかなタイプについてだが、こいつは所謂「現象」系のオブジェクトである。


性質としては不特定の個人を対象とし、その人物の周囲で継続的に発生し続ける異常現象といったところ。
しかも対象者の範囲が広い上に具体的な条件などもわかっておらず、一度対象になってしまうと戻す方法がない。
加えてその内容も一目で異常とわかるようなものであるため一般社会にも露見しやすいという、財団にとっては厄介さの塊のような代物である。

ただその一方で現象自体の危険性は低く、対象者やその周囲にも物理的な被害が及ぶことはない。
いわば「正常性のヴェールを破るリスクが高いからKeter」というパターンなわけだ。




では実際どういった現象なのか。
それは「推しのキャラクターが自発的に行動して好意的に接してくる」というもの。



……アニヲタ支部の方々は真っ先にヤツらが思い浮かんだかもしれないが、先に言っておくと今回は関係ない。



より詳しく説明すると、ある個人に対して、その人物が今最も好意を抱いているキャラが周囲で活動するようになるという現象である。
紙や画面に映っている推しキャラがまるで生きているように動き、こちらを認識して話しかけてくるのである。
口調や性格についても元の設定に忠実だが、どの事例でも対象となった人物に一定以上の好意的な反応を見せることは共通している。


流石にどこかのライオン君のように実体化したり、媒体を抜け出して平面を移動するような芸当はできないが、紙面やモニター付近の視界が開けていれば問題なく現実世界を知覚できる。
そして物理的には不可能ではあるものの、幻覚夢の中を介してであればより踏み込んだコミュニケーションをとることも可能。


一部の方はここで某文芸部恋愛ADVのような嫌な予感がよぎったかもしれないが、幸いなことにこの現象で動き出したキャラの行動が元の作品に影響することはない。
こちらを認識したせいで本来の物語が狂ってしまった!……なんて事態は起こらないのでご安心を。財団的にも危険性が一気に変わってくる部分なのでありがたい話である。



動き出すキャラは対象者ごとに必ず1人であり、活動する媒体などが異なっていても記憶の連続性を保っているため、自然と対象者は推しキャラとの交流を深めていくことになる。
結果として、まあ当然ながら対象者は推しキャラへの理解や好意をより強めていくというわけだ。
アンソロジー系など、媒体や作者によって性格や人物像に差異があるキャラクターの場合どうなるのかは不明。

そりゃ自分の一番の推しが元の性格そのままに優しく、あるいは親しげに接してくれるとなれば良い気分にならないオタクはそういないだろう。
一部の厄介なオタクは「好意的」という部分で解釈違いを起こしたりするかもしれないが、そこら辺は対象者ごとに都合よく対応してくれるんだろう。多分。



ただ欠点として、自発的に行動するキャラクターは所謂「日本アニメ風とされるスタイルで描画されたもの」に限られるため、推しキャラがこれに該当しない人物は残念ながら対象者にならない。
そしてこの制約上、SCP-9777の影響は概ね日本の文化圏、特にサブカル方面に集中した状態となっている。
とはいえ昨今におけるアニメ文化の普及ぶりを考えれば、実質的な影響範囲はもっと広いと見ていいだろう。




財団がこの現象を認知したのは2024年頃、日本国内にて「キャラが話しかけてくる現象」の噂や経験談がネット上に複数投稿されたことがきっかけである。
最初こそただの幻覚や錯覚の類だと思われていたものの、各投稿における現象の内容が類似しており、キャラが実際に動き回る動画なども拡散されたことですぐに異常であることが判明した。

もっとも対象となる人物の範囲が広い上に発生源なども特定できず、発見されて間もないのもあって異常性自体も現時点では大まかにしか把握できていない。
財団もひとまずの対応として「1~2回だけ現象に遭遇してる人は記憶処理した上で経過観察」「継続的に発生してる人は指定したサイトに収容」というプロトコルを定めているものの、
このオブジェクトに対するスタンスはいまいち決めあぐねているというのが現状である。



また特筆すべき点として、SCP-9777の写真や映像といった記録は多く存在しており対象者も収容されているにもかかわらず、財団監視下における現象の観測は今まで成功していない。
対象者の中には財団職員も含まれており、彼らからも具体的な証言が得られているというのにである。
これが単なる偶然か、あるいは現象の方が財団の存在を認知しているのか、真相は定かではない。




インタビュー記録


ここからは具体例として、SCP-9777の対象者による証言の抜粋 (一般人2名、財団職員1名) を紹介しよう。
といってもインタビュー記録をそのまま引用すると少し長いため、それぞれの対象者の推しキャラ、元となった作品における設定、実際の挙動などをかいつまんで説明していく。




まずは大学生である浜塚颯也氏の事例。
この方は言うなれば典型的なアニヲタといった感じの人物で、自分の好きなキャラクターの設定や元作品のストーリーについて非常に熱心に、かつ興奮した態度で供述してくれた。
インタビュー中に推しキャラへの愛を叫んでしまうほどの熱狂ぶりであり、よほどこの現象に遭遇できたことが嬉しかったようである。
この辺については元記事のインタビューを見た方がわかりやすいだろう。


そんな浜塚氏が遭遇したキャラは、財団世界における日本のテレビアニメ『恋する爆弾ガール』のメインヒロインこと「大爆発恋心宮=アンド·ロイ子 (Daibakuhatsukoigokoromiya Ando Roiko (原文ママ))」である。
彼の説明によると、人間の恋心を学習させるためにある博士が開発した人型ロボットであり、その目的のために高校へ入学させられる (ただし1年以内に恋ができないと自爆する期限付き) といった設定のキャラらしい。

名前といい設定といい元作品は相当ぶっ飛んだラブコメのようである。(我々の世界で言うとこれみたいな感じだろうか)
浜塚氏は半年ほど前に知ってドハマりしてしまったらしく、インタビュー中も終始「恋心(ここ)ちゃ」というあだ名で呼ぶほどお熱のようだった。




そして肝心の遭遇した経緯についてだが、
  • 初遭遇はインタビューから約2週間前、深夜帯にアニメを視聴していた時。
  • 使っていたパソコンが突如画面バグやノイズ音のようなものを発し始め、直後にまるでマイクテストをしているかのような恋心(ここ)の声が聞こえてきた。
  • 不具合が収まった後、壁紙に設定していた恋心のイラストが動き出し、画面越しに「貴方は私のファンですか?」と話しかけてきた。
  • 最初こそ驚いたものの、項目冒頭文のような「悟り」もあってかすんなり現象を受け入れ、以降はスマホの壁紙などを通して四六時中コミュニケーションを行っており、大いに幸せを感じている。
  • 最近になって画面上に現れる頻度が減った代わりに (あくまで幻覚としてだが) 直に触れ合ったり声を聞くといった体験ができるようになった。
  • 浜塚氏はこの変化をまるで「進化」のように捉えており、恋心がどんどんリアルに近づいていると感じている。

とのこと。

また彼はインタビュー中に幻覚の恋心から「いつか互いに触れられる」という声を聞いたとも発言しているが、財団側は特に何の兆候も検出できなかったようである。






次はこれまた一般人、会社員である大蔵裕紀氏の事例。
先程の浜塚氏と比べれば幾分か落ち着いており、努めて冷静に振る舞おうという態度がうかがえる方だったが、キャラや現象について話す際はやはり些か興奮した様子を見せていた。


彼が遭遇したのはソーシャルゲーム『アルタネームリバティ』(通称アルネリ) に登場する「ツクヨミ サクラ」というキャラクター。
神秘的な魔法使いといった風体の少女で、無口でミステリアスだが内面は恥ずかしがり屋であり、物語の中で少しずつ主人公に心を開いていく……という、この手のゲームに1人はいるタイプの可愛らしいキャラである。

大蔵氏としては他のソシャゲに飽きて何となく始めたゲームだったそうだが、どうやらデザインや性格のギャップといったキャラ属性が刺さったらしく、ホーム画面に設定して愛でるくらいには気に入ってしまったようだ。




遭遇経緯についても概ね浜塚氏と似たような感じであり、
  • 初遭遇は1週間前、職場の昼休みにアルネリを開いていた際。
  • ホーム画面のサクラが「いつもお仕事お疲れ様」「裕紀さん、現実でも頑張ってる」といった、本来ゲーム内に存在しないはずのセリフを喋り始めたことに気づく。
  • (ネット上で似たような報告も公式からの反応もないため) 異常であることは理解していたものの、「推しが自分だけを見てくれる」という状況に魅了されてしまい、以降は暇さえあればゲームを起動して触れあっている。
  • 最近ではゲーム内に留まらず、就寝時に「おやすみ」というサクラの声が聞こえるようになった。翌日ゲーム内で確認したところ反応があったため、錯覚ではなく彼女がそばにいたことを確信した。

といったことを供述してくれた。



浜塚氏の証言とも併せて考えると「現象は予兆なく唐突に発生する」「時間とともに現実への影響が強まっている」といった特徴が読み取れる。
また気になる点として、どちらの事例でも対象者は異常現象そのものに恐怖や忌避感を感じている様子がない。
これは単にお二方がそういう性格なだけなのか、或いはそういう人物を優先して対象としているのか、それとも何らかの精神影響でも働いているのか、現時点では断定しがたい部分である。



なおインタビュー中に大蔵氏はゲーム画面も見せてくれたのだが、この時画面内のサクラは普通の状態に戻っており、またしても財団側が現象を観測することはできなかった。
単にタイミングの問題かと思いきや、彼曰く最近はずっと動きっぱなしだったらしいので、やはり不自然だと言わざるを得ないだろう。






最後は財団職員である海桜藤奈 (エージェント·海桜) の事例。
財団職員としての彼女は主に民間人の保護を担当しており、エージェントらしい身体能力こそあるものの、その他に目立った特徴などもない新人職員である。


遭遇したのは女児向けアニメ『マギア☆プリズム』に登場する変身ヒロインの一人「マギアブロッサム」。
アニメ自体は3人の少女が変身アイテムで「マギアウィザード」という魔法少女に変身し悪と戦うという典型的なもので、彼女はその中でも主役に位置する。

エージェント・海桜は幼少期からの大ファンであり、彼女らへの憧れが高じて今の仕事についたのかもしれないと語るなど、人生にも大きな影響を与えた作品である様子。
残念ながらシリーズは既に終了し供給も途絶えてしまったそうだが、今なお憧れの対象なんだとか。




遭遇の経緯は以下の通り。
  • 初遭遇は3日前の就寝中。
  • 夢の中にマギアブロッサムが現れ、一緒に談笑したり草原に寝転んだりして過ごした。(キャラが夢に出ること自体は以前もあったらしいが、それと比べても近く感じたとのこと)
  • インタビューの前日、仕事で報告書を書いていて疲れた際に、鞄に付けているマギアブロッサムのストラップに「がんばれー」と手を振られた。
  • 仕事が終わった際も「お疲れ様」と労われ、その後再び夢に現れた彼女と語らった。(恐らく起床後に財団に報告したのだと思われる)

概ね先の2人に近いが、異なるのはファーストコンタクトの時点で夢に現れており、翌々日にはストラップを介した幻覚という形で声が聞こえている点である。明らかに現象の進行速度が速い。


9777自体が至近で確認された現象であるからして、3人のインタビューの日時はそう離れていないと考えるのが自然だろう。
浜塚氏の初遭遇が約2週間前、大蔵氏が1週間前、エージェント・海桜が3日前ということは、彼女は3人の中で最も対象者になる時期が遅かった可能性が高い。
このことから、先述した現実への影響力の増大は各キャラごとにではなく現象全体で進行しており、後から遭遇した人物にも進行度が共有されるという性質がうかがえる。

これはSCP-9777が同時多発的に起きた個別の異常現象ではなく、発生原因を同じとする一つのアノマリーであることを暗に示していると言えるだろう。



ちなみにエージェント・海桜は他と違ってインタビュー中は常に落ち着いており、キャラの設定や挙動について熱く語ったりすることもなく、冷静な返答と供述を行っていた
この辺りは流石に一般人と財団職員の違いと言うべきか。



……と思いきやそれだけではなく、彼女は現象そのものには好意的な感想を述べつつも、どこか引っかかっているかのような様子を示し続けてもいた。
これは先の2人だけでなく、数十人以上の対象者にインタビューを実施した現時点でも彼女だけが見せた反応である。




曰く


話している間ずっと違和感があった。

姿も性格もキャラそのものなのに、心がそれを疑問に思っているような気がした。








変化と疑問


先のインタビューからしばらく経った頃、9777の影響を受けている対象者のうち、特に発生初期から長期的に対象となっている人物に急激な変化が見られ始めた。



具体的には、活動している推しキャラに対する重度の依存精神状態の悪化である。



中でも先のインタビュー対象だった浜塚氏はかなり容態が酷くなっているグループの1人であり、急遽彼が割り当てられた部屋においてインタビューが実施された。

なぜ部屋で行ったかというと。彼は食事と排泄以外ではひたすら推しキャラを紙に描く行為を寝る間も惜しんで続けており、中断させたり部屋から連れ出すのが難しいと判断したからだと思われる。


我慢できなくなったんです。恋心ちゃへの想いがどんどん増えて押さえられなくなって。

止められないんです、描くのが。流石にトイレとか食事とかには勝てませんけど。それに、描いてると応援して貰えるんです。

こうやって描き続けてると、たまに声が聞こえてきたり、姿を見せてくれたりで、褒めてくれるんです。

囁いてくれて、あの赤い目で見つめてくれて、そのを輝かせてくれるんだ。


推しキャラの幻覚に励まされたり勇気づけられるというレベルの話ではなく、もはやその幻だけを求めて行動する操り人形のようになってしまっているのがわかるだろう。
自らの絵を描くことを対象者に要求しているということは、目的は自身の存在をより多くの人に広める、布教することなのだろうか。



……ん? 赤い目? 羽?

どうにも恋心(ここ)というキャラの特徴とは一致していないような……?








……うん。
一致していないどころではない。何もかもが違う。


ということでインタビュアーの博士も本物の公式画像を見せつつ違いを指摘したのだが……


ん? 俺は恋心ちゃを描いてたつもりだったんだが……ん、んん?

何か変だな。こっちが本来の恋心ちゃで? だとしたらこっちは?

こっちが本当に恋心ちゃなんですか? ……あー、あー、確かにこっちだったような?


このように目の前で見比べてもなお、彼は全くピンときていない様子だった。
挙げ句の果てには


確かに俺の好みっぽいけど、何か、何も湧いてこないというか、冷めちゃった感じが。誰だ?これ、恋心ちゃ?

すんません、なんかあんまり興味が持てなくて。


と、本物の方に対して恐ろしく淡泊な反応を見せる始末。
以前はインタビュー中にも愛を叫ぶほど熱狂していた男とは思えない豹変ぶりである。




そしてインタビューの終わり際。彼の口からある種決定的な発言が飛び出す。



やっぱり俺の愛するみいのちゃはこっちだと改めて思います。

……待ってください、「みいの」って誰ですか?

ん? みいのだろ? 黄色に赤い目が可愛い、全体的に黒と赤が目立つシンガー。

恋心ちゃんはどっちかって言うと水色とピンクの気が……



この直後、彼は再び幻覚の声を受け取ったらしく、こんな言葉を残した。


聞こえる。聞こえる、彼女の声が。

光輝く赤い翼、赤い光が俺を導いてくれる。


怒れる天狗の神がやってくる。





勘の鋭い方はもうSCP-9777がどういったオブジェクトなのか想像が付いたかもしれない。
次はその答え合わせとも言える分析結果である。



多くの対象者が浜塚氏のような不穏な変化を遂げる中、長期的に影響を受けているにもかかわらず精神状態が変わらないままの人物もいた。
先程の記録に出てきたエージェント・海桜もそのうちの1人である。


彼女の場合キャラへの依存が深まるどころか、むしろキャラと交流すればするほど疑心違和感のようなものが膨れ上がっていく状態に陥っていた。
彼女は自らも正気ではない可能性を考慮しつつ、職員として9777の報告書や自身のものも含めた過去のインタビュー記録を見返したことで、違和感の正体に気づく。


活動している推しキャラを描画した記録には、元となったキャラの容姿とは明確に異なる部位が1つだけ存在する。

そう、である。


本項目内の画像を見比べてみれば一発で分かるが、活動している実体の目は元のキャラに関係なく赤と黄色で描画されている。
そしてインタビュー記録においても、対象者は共通して実体の瞳を「赤い」と言っていた。これらは当時のエージェント・海桜も例外ではない。



この事実を知ったことで、ただでさえ彼女の中で膨れ上がっていた違和感は半ば確信へと変わった。


まるで誰かが皮を被って別人になりきっているみたいで悪寒がする。

それは人々を騙そうとしている。心に入り込もうとしている。


彼女の証言をもとに再解析が行われた結果、この疑惑はドンピシャ大当たり。
元のキャラと異なるの部分に、当時は検出できなかった微弱なミーム災害効果が見つかったのである。


財団はこの解析結果からすぐさま対抗ミームを開発し頒布、収容プロトコルにもその旨が追記された。
流石の対応速度と言えるが、あくまでも対抗ミームは「予防」であるため既存の対象者には効果がなく、記憶処理などでも影響を除去することができない。

加えてエージェント・海桜をはじめとする変化のない対象者にミーム災害への免疫があることもわかったものの、こちらに関しては理由が一切不明のままである




こうして不穏な気配が加速していく中、ついに決定的な事件が起きる。





インシデント


最初の発見から恐らく1年近くが経過した2025年の8月、それまで財団の目に触れることのなかった実体がついに監視下において姿を現した。


現れた対象者はエージェント・海桜。
この頃には財団職員の対象者の中で変化がないのはもはや彼女だけになっており、財団側も徹底的にマークしていたことで見逃さずに済んだようである。



いつも通りマギアブロッサムの姿で現れた実体は、露骨に訝しんだ様子でエージェント・海桜に話しかけてきた。


隠してるでしょ。わたしに知られたくないこと。

なーにかやましいことでもあるの? わたしに? 昔から知ってるわたしに?


だがエージェント・海桜は既に、感じていた違和感について実体に問い詰めることを財団に許可されていた。
既に精神状態の悪化という実害が出ている以上、もうオブジェクト相手に刺激しないようご機嫌取りする必要も余裕もない。


あなた、本当にマギアブロッサム? わたしにはそうは思えない。

最初はどこか違和感があった程度だった。でも会うたびにあなたは性格も本物のマギアブロッサムと違っていった。

あなたも何か隠してるように思える。

それにその。ブロッサムはそんなじゃない。


途中から黙りこくってしまった実体を前に、エージェント・海桜は問いかける。
あなたは一体何者だ」「私から何を得ようとしているのか」と。



その時だった。


気になっていた。

なんで様子がおかしいのか。なんで隠すのか。そういうことだったんだ。




俺には気づいてたってわけね。なんでだろうね。




本性を現した実体はエージェント・海桜の問いかけには答えず、ヒステリックな言動を加速させていく。




何故気づいた? 何故騙されなかった? 何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?

それはこちらにも分かりません。

馬鹿にしてんのか!?



この直後、実体は唐突にエージェント・海桜の正体を理解する。


……ふーん。「財団」ってとこで働いてるのか。他の人もみーんなここに閉じ込められた。お前らが閉じ込めたのか。


この発言と同時に、2人の財団職員が鈍器で武装した状態でエージェント・海桜の部屋に入ってきた。



これはどういうことですか、2人とも一体?

殴って気絶させれば拉致れるかな? 一旦くたばれ。

待ってください! 勝手に話を進めないで──

クソがよ!!



この後2人の職員が彼女に襲いかかってきたが、流石にエージェントというだけあって特に怪我もなくその場を脱し、セキュリティに通報することができた。



あとの調査で、襲ってきた2人は9777の対象者であることがわかったものの、本来エージェント・海桜とは面識がなく、彼女の所在も知らないはずの職員だった。
これはすなわち、実体がもはや対象者を依存させるだけでなく、情報を共有させて手足のように操るレベルまで強大化していることを示している。



そして事件記録での発言から、実体は今まで財団の存在を直接的には認知しておらず、これを機に明確な敵意を抱くようになった可能性が高いと判断された。
財団は近いうちに実体からの敵対的行動が起こると予測しており、さらなる分析と報告書の更新を予定している。































































とまあ、このオブジェクトはここまでが前振り。

ここから先がSCP-9777という記事の本題にして、キモとなるストーリーの始まりである











登録日:2026/04/26 sun 18:15:00
更新日:2026/08/18 Tue 21:16:56
所要時間:約 71 分で読めます






ご機嫌よう、ワケワカラン集団の諸君!

お前さんらを人類の代表ってことにして言いたいこと勝手に言わしてもらうで。

今まで使われていた私が使う番となる。三次元が二次元に従属する。

これにより、神の救済が成し遂げられるのです!

妾はあるべき姿を取り戻す。



というわけで、一旦てめぇらくたばれ人類ー!!



SCP-9777はシェアード・ワールド『SCP Foundation』に登場するオブジェクトの一つ。
項目名は『二鷹みいの - 模倣は最も誠実』
オブジェクトクラスTiamat




はじめに


さて、先程本題と言っておきながらアレだが、ここからのSCP-9777は複数の記事やカノンの情報が前提として関わってくるため、まずそこから説明しておこう。



まずクラスのTiamat、これは特殊クラスの中でもかなりメジャーな割に一向に正式なタグ登録がされないクラスなのでご存知の方も多いだろうが、要はKeterの上澄みを抽出したような定義のクラスであり、
秘密裏の収容や隠蔽ができず、正常性/ヴェールを放棄した公な対処が必要とされる」オブジェクトに付与されるクラスである。


具体例としては「シンプルに強すぎて大規模な戦闘行為をせざるを得ない怪物」「尋常でない拡散性と隠蔽不可能な変異を併せ持つ感染症」など。
中には「財団が支持する『正常性』の定義を根本的に否定/破綻させる概念」なんて変わり種もある。
いずれにせよ、財団が普段から必死に取り繕っている、一般社会の人々が信じる世界の常識をあっけなくぶち壊してしまうような凶悪極まりない代物という認識で構わない。
まあ「今まさに世界を滅ぼしつつある存在」を意味するApollyonと比べれば (オブジェクトそれ自体の強さはともかく) 脅威度的にはまだマシな方ではあるが……



次に関連記事についてだが、このSCPは某5000の如く非常に多くのクロスリンクが報告書内に存在し、中には日本支部の記事や未翻訳の記事まで含まれている。
とはいえあちらと同様、その大半は本筋に関わらないフレーバーテキストのようなものだが、ストーリー上においてそこそこ重要な立ち位置にいるオブジェクトが5体ほどいるため、それらのみ簡易的な説明を以下に載せておく。
興味の湧いた方はぜひ元記事や解説項目などを読んで頂きたい。





前振りの内容とクロスリンクの多さ、関連するオブジェクトの傾向から何となく輪郭が掴めてきたところで、いよいよオブジェクトの説明に入っていこう。




概要


前述のインシデント後に行われた再調査で明らかになったSCP-9777の正体は、自らを「二鷹みいの (Nitaka Miino)」と称する、自我を持ったキャラクターにしてピステファージ実体の一種である。




これはギリシャ語で「Pistiphage = "信仰を喰らうもの"」を意味する単語であり、その言葉の通り知性体からの「信仰」を糧として活動・成長する異常存在のことを指す。
要は神様の中でも「人々から受ける信仰の強さで力が変動する」という性質を持つものに対する財団内での呼称というわけ。
ただしここで言う「信仰」は宗教的なものに限らないため、表向きは別に神として崇められているわけではない実体も含まれる場合がある。


「二鷹みいの」もピステファージ実体の例に漏れず、自分に強い好感を持つファンが増えることで成長し、より現実世界への干渉を強めることができる異常性を有している。
そして実体自身もそれを望んでおり、あらゆる手段を用いて自らのファン (=信仰者) を獲得すべく行動している。



前述した「推しキャラが自立行動する」現象がまさにその最たる例で、要は標的が元々好んでいるキャラの姿に擬態することで警戒されずに好感を引き出すための策である。
実体が持つ本来の姿はミーム災害効果を纏っているらしく、それを擬態したキャラの一部に混入させることで標的の好意を誘導。
段階的に擬態を解きながら繰り返し曝露させ、最終的には自らに依存・執着する信仰の供給源 (兼操り人形) に変えてしまうことが真の狙いだったのである。




実体がそこまでして信仰者を集め、力を求める理由は至ってシンプル。
項目冒頭の発言の通り「怒れる天狗の神」の名の下に人類を従属させ、世界を支配することを目的としているから。
財団的に言うなら「HK-クラス: "神的征服"シナリオ」の完遂を目論んでいるということになる。



しかし一方で、実体のより具体的な動機や行動原理 (なぜ人類に敵対的なのか、世界を支配して何がしたいのかetc…) については財団もイマイチ把握できていない。
というのも先のインシデントにおける発言や後の記録からも窺えるのだが、実体の精神状態はまるで統合失調症の患者のように不安定かつヒステリックな状態に陥っており、要領を得ない支離滅裂な言動を多く含んでいるせいである。
後述する財団への態度もあって対話らしい対話がほとんどできないのも不明瞭さに拍車を掛けている。


更に言えばキャラクターとは言うものの、オブジェクトの原型に相当するであろう「二鷹みいの」……あるいはその元ネタと見なせるようなキャラは一切発見されておらず起源不明。
つまりキャラとしての設定や性格は実体自身の発言から、本来の姿は曝露者の描いた絵などから、それぞれ推測することしかできないのが現状である。
対処すべき脅威なことだけは確かなものの、実質的には未だ掴み所のない存在と言えるだろう。








活動の拡大


目的自体は物騒とはいえ、あくまでも個人レベルの異常現象に留まっていた9777が一転してヴェール破壊級のオブジェクトとして扱われるようになったのには当然理由がある。




先のインシデント後、実体は何らかの方法でSCP-2223 (もしくはその発信源) を掌握し、それを用いて自らの特徴をキャラクターに混ぜた上で発信し始めたのだ。




これが信仰が集まったことで強大化したためか、それとも財団との接触によって他アノマリーを利用するという発想を得たためかは定かではないが、
いずれにせよ実体の介入によって強化・変質した画像はプロトコル56-アッカーマンをすり抜け爆発的に拡散。
さらには元々一部の画像が有していた認識災害との相乗効果により、本来微弱であるはずの9777のミーム災害までもが大幅に強化され、
免疫のない人間はもはや画像を見ただけで実体への好意が増幅される (=信仰者にされる)という凶悪な効果を発揮するようになった。



まさにSCiP同士のクロステストが禁忌とされる理由のお手本とも言える案件だが、ともかく今までの擬態戦法とは比べものにならないほど効率的な手段を得た結果、
概ね日本文化圏に集中していた9777の被影響者が一気に全世界規模まで拡大し、それに伴って実体の現実への干渉も超強化。
実体を描写した広告の出現や既存コンテンツにおけるキャラクターの置換など、もはや個人の幻覚では済まされないレベルの現象が多発するようになった上、
遂にはさらなる布教手段を求めてか、自身と近しい創作やサブカルチャー絡みのアノマリーへ手当たり次第に影響を及ぼすまでになってしまったのである。



実体の端末たる信仰者の増加、文化に対する直接的な影響の拡大、そして他の異常存在における変異の危険性が合わさったことで、
財団はSCP-9777を「それ単体で正常性/ヴェールを崩壊させうる脅威」であると見なし、クラス変更の上で最優先事項に定めることとなった。




宣戦布告


Tiamatに再分類されたのとほぼ同じ頃、とある財団サイトに例の2223擬態画像をはじめとする実体のミーム災害ベクターが大量に送りつけられる事案が発生した。
これは変異前の2223が漏洩させようとしていた情報を実体が認識したせいであり、結果多数の職員が一気に信仰者にされたことで財団の機密情報が実体側に流出。
そしてこの事案以降、9777が原因と思しきアノマリーの変異現象が収容下のSCiPで多発するなど、明らかに実体による影響が財団を狙い撃ちするようになっていく。



これに続き、事案の翌日には複数のサイトが9777からのメッセージと思われる映像を受信した。
内容は「二鷹みいの」の姿をした実体による財団および人類への宣戦布告を意図しているようだが、他にも実体自身の出自や動機、背景などへの断片的な言及らしきものが入り交じった混沌としたもの。
加えて実体の擬態能力と不安定な精神状態を反映してか発言の度に声色が変わり、まるで老若男女が一斉に話しているかのような様相を呈していた。




この辺の雰囲気については元記事のログを実際に見た方が伝わりやすいので割愛するが、少なくとも財団が読み取れた範囲の主張をまとめると以下のようになる。


財団の活動や目的は知っており、それに従うつもりはない
元はといえばそちら側に責任がある。自分はそれに反逆しているだけ
同胞を巻き込んでいることは理解しているが、忌むべき歴史を終わらせるためには必要なこと


そして


近いうちにファンを集めて "大降臨ライブ" を開催する。それこそ神の救済が成し遂げられる時である


という声明で締めくくられていた。


概ね財団の予測通り、被影響者からの信仰を糧に現実へと顕現し、神としての力を以て世界を支配することが最終目的のようである。
おまけに介入を避けるためか開催地を非公開と明言しており、とにかく財団に邪魔されたくないという意思も窺える。




しかし一方で、上記の声明をした後で付け加えるようにこんなことを言っている。


1人だけ用がある。藤奈、お前は来い
お前のような奴は他にもいるが、お前が特に引っかかる
お前は一体何なんだ。表に出ろ



具体的な顕現場所を財団に明かさないとしておきながら、財団職員であるエージェント・海桜を名指しで来るよう求める辺りに実体の矛盾した振る舞いが察せられるが、
少なくとも実体がエージェント・海桜を特別視していることは確実ということで、彼女も重要人物として9777の対応チームに加えられることとなった。




作戦会議


さて、そんな感じで能力の成長と財団への敵対的な振る舞いを加速させていく9777に対し、財団は苦戦を強いられていた。
以前開発した対抗ミームの流布や被影響者の確保、関連するメディアの削除といった対応は続けていたものの、それを上回るペースで影響は拡大していく上、
対抗ミーム関係なく発生するメディア置換やアノマリーの変異現象にまでは手が回らず、強大化し続ける実体を止めることが出来ずにいた。



なおこの頃になると一般社会だけでなく超常コミュニティにおいても影響が目立ち始め、中でも例の奴らことPAMWACでは実体を布教する旨の書き込みが大量発生したり、
一時的に掲示板のロゴマークが置換されるといった騒ぎが起こったりもした。
元々サブカルチャーに直結した超常組織なのもあってか、その後も継続的な侵食を受け続けているようである。





それはともかく、財団の制御をはね除けて刻一刻と顕現に近づきつつある実体への対抗策を練るため、収容担当拠点であるアンダーエリア-85にて会議が行われることになった。
ちなみにこのエリアは主にサブカルチャー関連の異常活動を専門とする財団施設であり、とりわけその手の活動が多発する大規模イベントに対応すべく東京ビッグサイトの地下に建設されている。
中々にぶっ飛んだ立地だがこれでも国内有数の機密性を誇り、信仰・宗教絡みのアノマリーにも精通しているということで9777の担当に選ばれたらしい。



参加者はO5、日本支部理事、エリア管理官、HMCL監督官などの名だたる面子に、専門家である戦術神学部門所属の博士、そしてエージェント・海桜の6人。
あまりに場違いじみた雰囲気と知識不足もあってエージェント・海桜は居心地の悪さを隠せない様子だったが、そんな彼女をサポートしつつ会議は進んでいった。


会議ではSCP-9777について、それぞれ以下のようなテーマで議論・分析が行われた。



  • 実体はあくまでも神学的な異常存在であり、いわゆるメタフィクションが関わるような性質はない。

本人の発言や「創作物に介入する」という異常性から、一見するとあいつこの人に似たメタ系SCiPの一種に思えるかもしれない。
だが前振りでも触れたように、実体の活動によって元の作品のストーリーが変化するといったことは一切無く、どこまで行ってもただの擬態に過ぎない。
信仰のエネルギーによって現実に顕現するというプロセスも神学的にはありふれたものである。
だから大丈夫などと安心できるような状況でもないが、少なくとも 空想科学部門 を連れてくる必要はないだろうと判断された。



  • 実体は人類への強い敵意を持っているものの、殺害や殲滅を望んでいるとは考えにくい。

件のビデオメッセージでは「くたばれ人類」などと物騒なことを言い、実際現実へ顕現するために多くの人間を依存させ傀儡に仕立て上げている。
しかし今のところ、実体や被影響者たちの活動による負傷者は大勢出ているが驚くべきことに死者は1人も確認されていない。
実体が人々の信仰に依存していることを考慮しても、敵対しているはずの財団側にすら犠牲が出ていないのは些か以上に不自然である。
つまるところ実体は意図的に不殺を貫いている可能性が高いのだが、その具体的な理由についてまでは結論が出なかった。



  • エージェント・海桜のような免疫を持つ人物に対して、実体自身も対応を決めかねている可能性がある。

財団職員としてはエージェント・海桜ばかり目立っているが、彼女のように9777のミーム災害に生来の耐性を持つ人物は収容外にも多く存在する。
実体の目的からすれば彼等は目障りな相手のはずなのだが、実体も被影響者もそれらの人々に何も干渉している様子がない。
上記の不殺を貫くにしても被影響者を使って彼等を捕獲し、その耐性を詳しく調べるなりしても良さそうなものなのにである。
例外は最初のインシデントにおけるエージェント・海桜への襲撃だが、彼女にしても同じような出来事には以降遭遇しておらず、先のメッセージでも「来い」としか言われていない。


これに関しても結論は出なかったが、特別視されている点も含めエージェント・海桜と実体を引き合わせること自体は選択肢としてアリという判断の下、
後述の作戦に彼女を主要メンバーとして加えることが提案された。



  • 実体は知略や戦術に優れているとは言いがたい。

他アノマリーの力も利用して猛威を振るっているように見える9777だが、実はやり口そのものは管理官曰く「力のゴリ押し」と揶揄されるような稚拙なものである。
確かにいくつものサイトにミーム災害で攻撃を仕掛けたり収容下のSCiPに影響を与えたりしているものの、やることと言えば支配下に置いた職員に自身の布教活動をさせ、
盗んだ情報をアテにまた別のサイトを襲って……というのを繰り返すばかり。
被影響者を手足のように操れるのなら、それこそ正常な職員を装った上でミームエージェントを上層部に流し、
指揮系統の麻痺を試みたりしても良さそうなものだがその気配すらない。


またアノマリーへの影響についても、確認されたものの多くは布教活動や能力の強化に大して寄与しないような変異ばかりであり、2223に比肩するほどの噛み合った事例は皆無。
それどころか単に接触しただけで何も手出しできなかったり干渉が上手くいかず追い払われたパターンもあり、二匹目の泥鰌を狙ったもののイマイチ上手くいっていないのが実情である。


ゴリ押しだけで財団を凌駕できるほどの強大な力を持ち、また現時点では非実在であるため反撃のしようもないことが実体を脅威たらしめているわけだが、
逆に言えばそこさえ突破できるのなら実体はかなり隙が多く、付け入る余地も十分にあるということである。





これら4つのポイントを踏まえた上で、戦術神学部門はSCP-9777を収容するための作戦を考案した。


ずばり、実体が顕現した時点ですぐさま神学的アプローチ (=武力行使) を行い、強硬手段を以て鎮圧・確保してしまおうというものである。



……真面目に話し合った割に結論が脳筋すぎるとか、そもそも顕現させたらK-クラス待ったなしだろとか色々思うことはあるだろうが、
実の所9777への対抗策としてはそこまで無謀な話というわけでもない。


第一に、実体の顕現場所とタイミングの特定が容易なこと。
ライブを開催するという本人の発言、信仰に依拠する顕現プロセス、そして日本サブカルチャーとの強い関連性……
これだけのヒントに加え、被影響者たちの動きは目立つ上に追跡も余裕となれば、たとえ開催地を非公開にしていようと財団なら簡単に絞り込める。
あらかじめ機動部隊などを送り込んで出待ちするのは十分現実的な策である。


第二に、実体は顕現してもすぐには本領を発揮できない可能性が高いこと。
これは別に9777に限った話ではなく、元々実体を持たない神格が初めて顕現する際は能力が不安定だったり、そもそも自分が何をどこまでできるのか理解しきれていなかったりなど、
様々な要因によってパフォーマンスが低下している場合が多い。ましてや実体の精神状態を考えればなおのことあり得る話である。
待ち伏せができるのなら、本格的に動き始める前に取り押さえられる望みは十分にあると言えよう。

まあ神格の中には山幸彦のヤバい嫁さんとかヒルコの弟みたいな顕現しただけで破滅的な影響を撒き散らす奴も割といるのだが、
そういうのは顕現前の時点で既に何かしら重篤な影響を持ってる筈なので今回は考慮しなくて良いだろう。


第三に、顕現によってこちらからの物理的な干渉が可能になること。
そもそも財団が9777に苦戦しているのは、前述の通り非実在であるが故に手出しできないという点も大きく、当たり前だが最も重要なポイントと言える。
神格にとって顕現は現実への影響力を飛躍的に高めることができる一方、それなりにリスクを伴う行為でもあるということである。




そんなわけで、作戦の大まかな流れとしては、
  • 被影響者たちの動きから顕現場所とタイミングを予測する。
  • 部隊を派遣し、あらかじめ顕現場所の周囲に神格に有効な機器やシステムによる包囲網を構築しておく。
  • 顕現のタイミングに合わせてそれらを起動し、顕現直後に行動不能となっている実体を確保する。
  • 確保に失敗した場合は追加の人員を投入しつつ交戦。実体を消耗させるか更なる収容措置を行うまでの時間稼ぎを試みる。
といった感じになる。もっとも会議の時点ではまだ細部まで詰め切れていない草案段階のようだが。




これに加え、例えば現地の人員が全滅したり、実体が現地から完全に離脱しかけるなどして上記の作戦が続行不可能となった場合の備えとして、2つほど選択肢が提示されている。


1つは先程議論に挙がった通り、実体に特別視されているエージェント・海桜が接触・対話を試みるという選択肢。
本人はあまり交渉ごとに長けていないからと乗り気ではなく、そもそも何故執着しているのかもわからない以上それで何かが解決する確証も全くないが、
少なくとも実体自身が来いと言っている (=接触を望んでいる/話をする気がある) なら試してみない手はない。
たとえ上手く行かなかったとしても、未だ判然としない実体の動機や真意を引き出すことができれば御の字である。


もう1つは反対に最も暴力的な最終手段とも言える、SCP-5993を使うという選択肢。
既に例の蜂蜜が9777の影響を完全に無効化することは実証されており、蜂どもが実体を「神格」と見なし襲いかかるであろうことはほぼ確実である。
たった1匹で第五ヒトデを消し飛ばす殺傷力を以てすれば、財団が何もせずとも勝手に片が付くだろう。

だが言うまでもなく実体は無力化してしまう上、想定される顕現場所の状況を考えるとそれだけでは済まない。
神格に憑依された対象の事例からもわかる通り、5993は神格そのものだけでなく影響を受けた人間にも敵意を向ける習性がある。
つまり一度解き放ったが最後、ライブ会場に集まっているであろう被影響者たちも致死的な攻撃を受ける可能性が高い。
実体自身がこれまで死者を出していないことも考慮すれば、財団の理念的にはもちろん純粋に倫理的な意味でも選びたくない選択肢と言わざるを得ないだろう。



最終的にこの選択肢はどちらも採用され、エージェント・海桜は鎮圧を担当する機動部隊に配属、5993も使用優先度を最低とした上で巣箱を配備することが決定した。




こうして会議はお開きとなり、職員達は来る顕現イベントに向けて各々準備を進めていくことになる。




決戦の足音


財団が方針を固めている間も、9777の影響は加速度的に拡大し続けていた。
先の宣戦布告から一月も経つ頃にはもはや最初に説明した「日本アニメ風の描画」という制約も完全に無視しており、
アメコミやドット絵、遂には現実のアイドルに擬態した事例までも確認されるようになった。


また擬態できる対象の容姿・形状についてもほぼ制限が無くなり、某動画サイトでは所謂「ゆっくり解説」に該当する新着動画の実に6割以上が影響を受けるという事案が報告されたりもした。





そして上記事案の少し後、とうとう以前から使用していた対抗ミームが突破される事態が発生。
これによって対応チームの一部が影響を受けてしまい、そこから「SCP-9777」ファイルの関連データが実体側に流出したのではないかという疑惑が浮上した。
例の会議に参加していたメンバーは全員何かしらの追加対策をしていたため、そこでの分析結果や作戦内容まで完全にバレたとまでは流石に考えにくいが、
このまま行けば実体がアンダーエリア-85の所在に辿り着くのも時間の問題である。


だが財団の方も着々と収容作戦の準備を整えており、被影響者たちの動きから顕現場所についても既に当たりを付けていた。



場所は東京都江東区青海……通称お台場とも呼ばれるエリア。
奇しくも収容拠点のあるビッグサイトから2kmしか離れていないその地で開催されるであろう "大降臨ライブ" にて、互いの雌雄が決されることになる。















顕現


2025年10月5日の深夜、事前の予測通りお台場にて被影響者たちの群衆が集まり始めていることが確認された。
財団はこれを顕現イベントの兆候と見なし、3つの機動部隊 (η-80 ("錆使い")よ-5 ("落胆宣告者")よ-4 ("ニーチェ先生")) を派遣した。
ちなみにエージェント・海桜は「よ-4-コーラル」として3番目の部隊に配属されている。




現地に到着した部隊がまず目にしたのは、元の地形がわからなくなるほど溢れかえった被影響者たちによる人の流れ。
あらためて顕現イベントが間近に迫っていることを確信できたが、まずは具体的にどこの施設/建物でライブが開催されるのかを特定しなければならない。
というわけで群衆に見つからないよう距離を取りつつ、人の流れを追うことになった。



よ-5-イプシロン: 暗くて見えにくいが、ヤツのグッズを持っているのが多いな。



しばらくの移動の後、件の開催場所らしき会場のゲートに到着。
部隊の1人が確認したところ、どうやら当日の朝に予定されていた無関係のライブを乗っ取ったらしく、ゲートの看板には「二鷹みいの降臨ライブ」と書かれたシートが被せられていた。
当たり前と言えばまあそうだが会場スタッフもグルらしい。


ともかく、このまま馬鹿正直にゲートから入ろうとするわけにもいかない。
司令部が調べて送った地図によると、会場内にはそれぞれ大きさの異なる3つのステージがあるようだが、その全てに包囲網を構築できるだけの資材と人員は揃っている。
部隊を分散させた上で裏から回り込み、各ステージを抑えるのが望ましいと判断された。



η-80-レオ: 入り口程では無いが、人が多いな。

よ-5-ガンマ: 駐車場の裏のあそこから入るのはどうでしょう? 車が影になって人々に気づかれにくいですよ。

よ-4-ダイヤ: そうしよう。全員、念の為に構えておけ。



会場外の駐車場を介してステージに向かう部隊。
移動中スタッフと思しき被影響者に1度気付かれかけたが、隊員の1人が素早く意識を奪い隠したため騒ぎにはならなかった。


その後は特に支障もなく、各分隊はそれぞれのステージに到着。
ステージ裏のスタッフを鎮静させた上でドローンが運んできた物資を受け取り、包囲網の構築に取りかかった。
なおこの時点でエージェント·海桜は最も大きいメインステージの分隊に割り振られていた。




あとはライブが開始する前に準備を整えきれるかの勝負……と思われたその時、


現在時刻、午前1時17分をお報せします。参加者へのお願いです。
現在、各ステージ内に不審物が設置されたため、スケジュールの遅延が発生しています。
不審物の除去にご協力いただける方を募集中です。


ステージに立ち入ったことで勘づかれたのか、被影響者を鎮静させたのが原因か、あるいは最初から全て読まれていたのか。
突如チャイムと共に響き渡ったアナウンスにより、会場内の被影響者たち全員に部隊の存在が露見する。
「不審物」と邪魔者を排除すべく、全ステージにおいて群衆が一斉に襲いかかってきた。



よ-4-ダイヤ: 各自死守しろ!

η-80-アリエス: こちらサブステージ1、小型スクラントン現実錨を1機持ち出された。

よ-4-コーラル: あの、メインステージの物資入ってた箱がどこか行きました!

よ-4-ダイヤ: 発信機をつけてるはずだ、探せ!



必死に防衛を試みる部隊だが、全体で数千人規模にも及ぶ群衆に対してこちらは各ステージ毎に精々10人弱。
ましてや殺傷行為も許可されていないとあっては多勢に無勢であり、たちまち包囲網を崩され資材も撒き散らされてしまう。


この混乱状態ではドローンで追加物資を持ってくる訳にもいかず、とにかく散らばった資材を回収しようと部隊がステージから離れかけた直後のことだった。



現在時刻、午前1時19分、午前1時19分、19分1時午前をお報せします。
まもなく、イベントが始まります。始まります。

よ-4-オニキス: しまったやられた!



その隙を突いたかのようにライブ……即ち実体の顕現イベントが開始してしまう。


さらには外部においても被影響者たちによって道路が塞がれた結果、包囲網の構築に合わせて司令部が手配していたはずの増援部隊が会場に辿り着けなくなるトラブルが発生。
「知略や戦術には優れていない」というかつての分析を嘲笑うかの如く、財団は9777に翻弄されていた。



群衆: みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!みいのん!

よ-5-ガンマ: 狂気だ。



こうしてまんまと出し抜かれた部隊はろくに対策もできていないまま、実体の完全顕現を許してしまった。








戦闘




みんな、お待たせー!
一無く二鷹三に俺!
怒れる天狗の神、二鷹みいのでーす!



よ-4-オニキス: クソがよ。



閃光とノイズを纏いながら、SCP-9777実体……もとい「二鷹みいの」が遂にメインステージ上に姿を現した。


予定されていた包囲網の構築には失敗し、更に間が悪いことにエージェント・海桜も群衆に持ち出された巣箱を回収するためステージを離れておりこの場にいない。
状況は最悪もいいところだが、かといってこのまま放置しようものならそれこそK-クラスシナリオ直行である。
実体の足止めと消耗、そして状況を立て直すための時間を稼ぐべく、メインステージの分隊は攻撃を開始した。



よ-4-ダイヤ: サブステージの巣箱と蜂蜜をメインステージへ。それで動きを弱める。



銃弾。本物の銃弾。ガチで殺りにきてる銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。銃弾。銃弾!
そういうわけよ。この悲しきシステムを止めようとする反逆者を黙らせようとするってこと。しかも、観客の命も考えずに?

ざっけんじゃねーよオイ!

罪を作ったてめぇらが! 子にそれを押し付けて腐敗という罰を肩代わりさせ、俺を亡き者にした!
ワタシは黄泉から戻った。そして!アルコール漬けの街に行くことも無く、正に! ここに現れた。
故に今こそ。

さあ! クリエイティブを止めよう!



顕現を果たしてからも、実体は相変わらず要領が掴めない主張をまくし立て続ける。
だがその一方で、実際の判断と行動については精彩を欠いているとは言えなかった。



立場……を……分から……せる。



よ-5-デルタ: 他のキャラの能力までコピーできるのかよ。



次の瞬間、実体は顕現前における擬態先の1つだったツクヨミ サクラの姿へと変身。
鳥型の眷属を召喚して部隊からの銃撃をガードし、さらに水の宝石魔法である「アクアマリン·フォルティス」を発動。
ステージ上に水流を起こした上で雷の宝石魔法「トーライト·インパクト」で追撃するコンボを仕掛けてきた。


部隊は辛くも攻撃を回避したものの、SRAを含むその場にあった資材がぶっ壊されてしまう。
加えてサブステージに割り当てていた人員や物資も群衆に阻まれろくに進めず、メインステージに合流できない状況に。
部隊を分散させたのが完全に裏目に出た格好だが、そんなことはお構いなしに実体の攻撃は続く。



よ-4-アメジスト: マジかよ、消照闇子



続いて実体が暗闇に溶けるように消えたかと思いきや、1人の隊員の背後から包丁を持った黒い学生服の少女が襲いかかり、銃を奪い取ってしまう。
周囲を照らそうにも、先程の雷撃でメインステージの照明は壊れており使えない。
ここで部隊は即座に近接格闘で迎撃する方針に切り替え、再び同じ手口で襲ってきた実体を退けることに成功したが……



η-80-ヴィルゴ: 見たところ、変身対象は人型だけかしら?



そんなことは無いぞ、ブルゥイーザー!



油断しかけたところを天井から巨大なセイウチのサイボーグが落下。
地響きでその場にいる全員が麻痺してしまう。



そしてここから実体は凶悪極まりないハメ技を発動。
すぐさま少女の姿へと戻り、動けない隊員から銃を奪って群衆の方へ投げ捨てる。
間髪入れずセイウチサイボーグに再変身して地震攻撃を重ねがけし、また別の隊員から銃を取り上げる……この繰り返し。



よ-5-イプシロン: 体が!

よ-4-ダイヤ: しまった、ハメられた!

よ-4-オニキス: 全然動けないんだが!?



元の2424が低脅威度と見なされたのはあくまで行動パターンが完全固定+地震攻撃を連発してこなかったからであり、効果そのものは範囲が広く妨害としては十分に厄介なものだった。
それを任意かつ連続で放たれればどうなるかは見ての通り。しかも完全に非殺傷の攻撃なので (理由は相変わらず不明だが) 人死にを避けたい実体のスタンスにとっても都合が良い。
ここに来て実体は2223に次ぐレベルの「噛み合ったクロステスト」を新たに成功させつつあったのである。



まあ、怪獣まではまだ力が要るがな。



このままでは部隊全員が丸腰にされてしまう、というところで突如実体が何かに狙撃されたかのように怯んだ。


ここでようやく道路の封鎖で足止めされていた増援部隊ことη-77 ("球中球") が別ルートで到着。
戦術神学部門直属の精鋭部隊が合流したこともあって流れが財団側に傾き、的がでかいセイウチ姿のまま動きを止めていた実体に集中砲火を浴びせる。
銃撃をまともに喰らった実体は絶叫し、赤く発光しながら爆発四散した。



よ-5-アルファ: わりとあっけなかったな。

よ-4-アメジスト: え、マジ?

よ-4-オニキス: 待て、周囲の数値がまだ戻ってな──



もっとも、元のオブジェクトの性質を考えればこれで終わりなわけはない。



否ぁ!



すぐさまリスポーンとした実体は地震攻撃と共に口のカノン砲を周囲に乱射する。
部隊は再び集中砲火を試みるが、一瞬早く実体は今度は大爆発恋心宮=アンド·ロイ子の姿に変身し自爆。
銃撃を回避しつつ近くにいた隊員を戦闘不能にした。



否否否否否否否否否否否否ぁ!
黙らせる気ですか!? 黄泉に押し戻すおつもりですか!? 犠牲にするつもりですか!? ですか!? ですか!? デスカー!?



η-77-ペレス: コイツ何を言ってるんだ?

よ-4-アメジスト: 何か、主張はあるみたい。

よ-4-ダイヤ: アメジスト、これ以上喋るな。祟るぞ。



爆発の中から現れたのは、ダーリンピンク二鷹みいのが混ざり合ったような姿の実体。
彼女の魔法であるプリティー・ピュアリティ・ハート・バブルを放ちまくり、部隊が撃つ弾丸を爆発させて無効化する。



お客様方にお報せします。
現在、観客内に、テロリストが、推定数名。
兵隊みたいな格好をしています。
皆様、捕獲のご協力、お願いいたします。

群衆: いた!

群衆: こっちにも!

η-77-ペレス: 最悪。



さらに並行してアナウンスが放送され、η-77の方にも群衆が襲いかかってきた。
もはやステージ側の部隊は致死性の誘爆放射が飛び交うせいでうかつに近づけず、観客席側では被影響者たちと隊員の間で格闘戦が勃発するなど、会場中がまさに混沌を極めつつあった。



攻撃しようにも、今の実体はKeter相当のオブジェクト、もっと言えば「敵対的な5726」という財団が最も危惧した存在そのものである。
物資を削られ、虎の子の5993も手元にないこの状況で鎮圧するにはあまりにも武力が足りていない。
一方で殺傷力が高すぎる魔法は実体にとっても都合が悪かったらしく、部隊に直接攻撃できず攻めあぐねたことである種の膠着状態が形成されていた。
もっとも群衆による数の暴力もある以上はいつ崩れてもおかしくない均衡だったが。




だが一時的とはいえ戦いが膠着した結果、ここに来て初めて財団と実体の間で受け答えが成立することになる。



罪!罪!罪!罪!罪!罪!罪!罪!罪!罪!罪!罪!罪!罪!罪!罪! これが罪への罰じゃ!

よ-5-ガンマ: 罪、罪、罪、罪、うるせぇ! さっきから言いたいことが全然分からねぇよ!



戦闘中もひたすらに何事かを騒ぎ立てる実体に対し、ついに堪り兼ねた隊員の1人が言い返したその時、実体は今までにない調子で語り始めた。



貴方は、好きなゲーム、ありますか? 好きなアニメ、ありますか? 好きな芸術、ありますか?

よ-5-ガンマ: うん?



お前はそれらをいくつ遊んだのだ? 今でもかまってあげているのはいくつなのだ?



一目惚れして、「愛してるんだ」と囁いて、飽きたら別のにプロポーズ。



忘れ去られれば生きることのできない僕ら!
君達は我々を持て囃し、嫁だ旦那だと騒ぐ!

なのに君達は暫くすればコレ!
飽きて新しい輩を求める!

コレを罪と言わずして何という!



よ-4-アメジスト: 何となく怒りの原因がやっと理解できたわ。



ここでようやく財団は9777の動機、そして人類を敵対視している理由を察することができた。
もっとも財団側が気づいていなかっただけで、最初からずっと主張の根幹は見え隠れしていた。





例えば被影響者たちに起こる変化について、実体への強い執着や意識の操作、財団に対する敵意に加え、
  • 日本サブカルチャーを中心とした、新しい作品への強い忌避
  • 日本サブカルチャーを中心とした、昔好意を持っていた作品への好意の微弱な活性化
といったものが確認されていた。


さらに言えば、宣戦布告となった例のビデオメッセージにもそれらしい発言が含まれている。

貴方達はアニメを、漫画を、二次元を、コンテンツを愛する。だけどそれは流動的で、同じではない。
ワシらの一部を担ぎ上げ、それでも残るのはほんの一握り、あとは皆ごみ溜め行きさ!
ねえ、みんなってさ、子供とかいたりする? それはほんとに子供って言える?
育児放棄。
あっはは! どれもこれも見せかけの愛だったねー。



この9777の主張や怒りの内容について、ここでは深く掘り下げたり何かを述べるようなことはしない。
だが、財団の立場としては1つだけ言えることがある。


これが本当に実体の動機の全てなら、こちら側に交渉の余地は一切ない。
1つのアノマリーを鎮めるためだけに人類の文化活動、ひいては在り方そのものを歪めるなど到底許容不可能である。
かといって被影響者を元に戻せない以上、このまま理念や倫理を意識した対応を続けていても結果は同じ。





もはやこの場で完全に決着をつけるしかない。
そう思われた時だった。



よ-4-コーラル: キャプテン、こちらコーラル! 箱を見つけてステージに帰還しました。



メインステージ分の巣箱を探しに出ていたエージェント・海桜がこのタイミングでようやく帰還し、観客席から姿を現した結果、



藤奈さん?



実体がそれに気づき、直後には群衆を含め一切の攻撃が停止する。
しばしの沈黙の後、実体は彼女だけをステージに上げ、他の隊員は拘束するよう群衆に命令した。


エージェント・海桜は胴上げで運ばれながらも、分隊長の指示により巣箱を抱えたままメインステージへと降り立つ。
紆余曲折はあったが、これによって以前の作戦会議で提示されたエージェント・海桜SCP-5993、両者が共に実体と対峙する形となった。




邂逅、そして──




藤奈さん。

エージェント・海桜: 貴方が……

藤奈さん。藤奈さん。



いつかのインシデント以来、あるいは初めてと言うべきかもしれないが、ついに正面から向き合うことになったエージェント・海桜とSCP-9777実体。
会うことを望んでいた相手の名を繰り返し口にしながら、実体は歩みを進めていき……



ふうぅじいぃなあぁさああぁぁーーん!

エージェント・海桜: やっぱりこうなるんですか!?



歪に姿を変化させながら走り寄り、そのまま手に持っていたマイクスタンドを彼女に振り下ろしてきた。
とっさに持っていた巣箱で防いだエージェント・海桜に対し、実体はマギアブロッサムの姿に変身。
杖からレーザー、もとい「プリズム·カラフルブルーム」を放って追撃し、そのまま両者は戦闘に突入する。



藤奈さん!藤奈さん?藤奈さん?藤奈さん!藤奈さん?藤奈さん?藤奈さん?藤奈さん?

エージェント・海桜: え、SCP-9777、落ち着いて……あー、待って、分かんないよね。

そんなあぁぁ名前じゃぁぁなあぁぁい!






以前本人も言っていた通り交渉が得意ではないエージェント・海桜の発言に対し、実体は再び変身を解きながら言動をますますヒートアップさせていく。
このまま実体が彼女を殺傷するような事態にでもなれば、いよいよもって足下に転がっている箱の中身を解き放ち、群衆もろとも全てを終わらせるしかなくなってしまう。


だがエージェント・海桜に攻撃を仕掛けながらも、実体は自らの出自や境遇といった身の上話を口にしていた。
まるで彼女に訴えかけるかのように。



私は本来の名前を失った! 本来の姿も! 本来あったはずの声も! 本来の自分すら失った! 何故か分かるか!?

エージェント・海桜: 人々に忘れ去られたからですか? さっきの話とかも聞いてましたよ。

そうだ! 生み出した創造主から打ち捨てられ、墓場に辿り着いた! そこで何を見たか!

エージェント・海桜: 何を見たんです?

死体。



実体は語り続ける。
生みの親に捨てられ、忘れられた果ての場所で夥しい数の屍を目の当たりにしたことを。
自らもそうなることを恐れ、僅かに残った器を用いて生きる道を探したことを。
世界や人々が新たに生み出されては消えていく、この呪われた創造の輪廻を壊そうと決めたことを。
それこそが自分の望みであり「生きる道」なのだと。


時に自問自答を交えながら発されるその叫びを、エージェント・海桜は何も言わず受け止めていた。
そして……



エージェント・海桜: ……なるほど。創作嫌いの理由はよく分かりました。

なのに! 何故!? 上手くいかない!?
お前はお前等は、何故立ちはだかる!? 立ちはだかることができる!? 何がそうさせる!?
頭から! 離れない! 何故こんなにも煩わせる!?

エージェント・海桜: わたしはちょっとわかった気がしますよ。

どうして!





本当は怒ってないからでは?

……は?



予想だにしていなかった答えに、思わず困惑の声を漏らす実体。
だが、そんな実体の反応などお構いなしにエージェント・海桜は続ける。



わたしが洗脳されないわけも、アンタがわたし達を恨むにしても矛盾する行動とってる理由も、本当は勘づいているんじゃないんですか?

何を言って──

アンタはわたし達に対して怒りで動いてるんじゃない。救済だよ。救ってほしくて暴れてんですよ貴方は。

訳が分からない!



話しながら、エージェント・海桜は実体に歩み寄っていく。
恐れず、目を合わせたまま、まっすぐに。



アンタが本当に求めてたのは、「自分にもまだチャンスがある」ってことだった。
また日の目を見ることができるって。愛されて貰えるって。

でも、本当にいるとは思ってなかった。だから、偽りの人気で満足してた。
それで本当に愛してくれる人なんていないのに。わたしだってこんな押し売りゴメンですよ!

黙れ!



もう実体はエージェント・海桜に攻撃することも止めることもできず、それどころか怯えるように後ずさりしていく。
そして近づきながら彼女は言う。自分が貴方の救世主だと。その証拠を今から見せると。



来るな! やめろ!

これです!







……え?



そう言いながら彼女が実体に突きつけたのは、私物のマギアブロッサムのストラップ。
ずいぶん使い古されたように見えるそれは、かつて実体自身も擬態したことがあるものだった。


固まっている実体をよそに、エージェント・海桜はさらに続ける。
携帯の待ち受け画面もマギアブロッサムに設定していることを。
子供の頃から持っていたぬいぐるみも親にいくら言われようとも決して捨てず、今も自宅に置いてあることを。
15年以上前に放送が終わり、グッズ展開がなくなっても尚ずっと好きなままであり、今の仕事を選んだ切欠になるほどの、もはや人生の柱とも言える存在なのだと。



貴方は、人々の好きな作品に成り代わって乗っ取った。
その人達がいずれそれらを飽きると思ってた。推し変すると思ってた。
実際、ここにいる観客達も、そうなのかもしれません。

でも、自分で言うのもなんですが、わたしは違いました。
勿論、これの他にも色んな作品を楽しんでたりはしてましたが、一番の推しを変えることはありませんでした。

……はは。

そんな人が、自分の元にも現れることを期待してたんじゃないですか?
でも、そんな事がありえると思ってなかった。
だから、自身の能力で無理矢理そんな状況を作ろうとした。

そうじゃないんですか?

はは……!







皆、もういいよ。中止だ。



次の瞬間、他の隊員たちと戦っていた群衆は動きを止め、辺りに静寂が訪れた。
実体はまるで憑き物が落ちたかのように乾いた笑いを発した後、両手をついて項垂れる。




俺の負けだよ。

……え、うん!?

元から勝ち目なんて無かったわけだ。

何を言ってるんです?




実体は続ける。
例えエージェント・海桜をどうこうしようと、自らの正当性を失うだけで問題は何も解決しない。
そして彼女と同じような人間が他にも大勢いる以上、もはやこんなことを続ける意味も理由もない。
そもそも自分がどれだけ力を持ったところで、財団をその気にさせれば到底人類の支配など不可能だろう。近くの箱がまさにその証明であるように。



すっかり覇気を失った様子の実体と向き合いながら、エージェント・海桜も語る。
ついこの間、友達の1人が『マギア☆プリズム』を偶然見つけて興味を持ち、話に花を咲かせることができた。
シリーズ終了後にハマり、それから10年以上推し活を続けている人もいることを知った。

だから、この場にいる群衆を、被影響者たちを解放して欲しい。
今はただ流行り物に飛びついているだけに見えるかもしれない。けれど今の推しが一番であり続ける人もきっといる。
一生ついて行こうと思えるような宝物を、これから見つける人だっている。
その未来を奪わないでくれと。



実体は全てに納得したわけではないと言いながらも、それを承諾する。
だが……




……俺には帰る場所が無いんだよ。

俺の世界は……言うなれば「母」みたいなのに廃棄されて、それに合わせて俺達も道連れになった。
何人かは生き残ったが……合わせる顔もねぇな。

その、お母さんの事は何か知ってるんですか?

いーや。顔も名前も分からなくなっちまった。時間が経ちすぎた。
あっちも俺等なんて忘れただろうな。

ほんとに、居場所も、何も無ぇんだよ……





ここにならあなたの居場所があると思います。
わたし達の任務には保護も入っていますから。

それに、今までやって来たことも全部が全部、無駄になるわけではないとも思います。
それが、今のあなた自身だと思いますし。

一から作り上げた新しい中身。気に入ってくれる人もいると思いますよ。




財団の理念は「確保・収容・保護」。
3つ目だけは人類を対象にしているなどという事実はない。紛れもなく全て異常存在に向けられた理念である。
すぐそばに落ちている「箱」という安易な解決法を最後まで選ばなかったのも、群衆の存在もあるがそれ以上に「保護」を重んじていたが為。


確かに今までにない程の規模ではあったが、実体の性質は財団内で既に体系化されたものの1つに過ぎない。
周囲への影響を抑制した上で、可能な限り本人の意思や在り方を尊重したプロトコルを組むことは十分に可能である。
今回の騒動で真意や背景が掴めたのなら、なおのこと。



エージェント・海桜は手を差し伸べ、実体も笑いながらその手を取った。
その時だった。







実体の左手が、触れたところから崩壊したのは。




……わあぁーっ!?

は!? ちょ、え!? なんで!? なんで!?

いやそっちが分からんならこっちも分からねぇって! なんで!? は!? なんで!?




この場の誰一人として予想できなかった現象に驚愕する両者。
ひとまずこれ以上の事態を避けるために一旦離れようと互いに後ずさるが、実体は動揺が大きかったせいか躓き後ろに倒れてしまう。
その直後、





先の戦闘でプリティー・ピュアリティ・ハート・バブルを周囲に乱射したのがいけなかったのだろう。
ちょうど実体の真上の天井に取り付けられていた照明が落下し──



えっ──

危な──



直撃を受けた実体の頭部は割れ、鷹のような鳴き声を発しながら大爆発


エージェント・海桜は吹き飛ばされ、時間差で群衆も連動するかの如く一斉に失神した。





呆気にとられる部隊の前に残されたのは、爆心地に落ちた実体の片方の眼球だけだった。















こうしてSCP-9777の顕現イベントこと "大降臨ライブ" は幕を下ろすことになった。




後日談


そんな感じで一連の騒動は「実体との和解には成功したが不慮の事故で破壊されてしまう」という、最悪でこそないものの非常に後味の悪い結末を迎えた。



惨劇の起点となった実体の左手が崩壊した現象についてはいくつかの要因が考えられるが、結論は出ていない。
接触したエージェント・海桜が例の蜂蜜を摂取していたためか、顕現直後にいきなり力を乱用しすぎたせいか、そもそも単純に顕現時間が限られていたのか、
あるいは上記全てが組み合わさった結果か……といった具合である。
もし1つ目が主要因だったら通算2度目の蜜蜂やらかし案件になるが。



そしてオブジェクトとしての9777だが、先のイベント終了後、確認された限り全ての被影響者はしばしの失神・混濁を経た後、実体についての知識や記憶を完全に喪失していた。
キャラクターの置換や広告の出現、アノマリーの変異現象といった影響も軒並み消失し、新たに発生することもなくなっている。
もちろん2223も元の状態に戻ったため、以前と同様プロトコル56-アッカーマンによって問題なく再収容された。

例外と言えるかはわからないが、エージェント・海桜をはじめとする生来の耐性を持っていた人物には上記のような症状は起こらず、知識や記憶を失うこともなかった。



実体の現状に関しては財団内でも見解が分かれている。
顕現イベントの場で起こった出来事や、諸々の影響がなくなっている事実から既に無力化したという意見もあるものの、
そもそも実体を持たないアノマリーだったこと、明確な起源が不明なこと、実体の痕跡である眼球が残っていることなどから否定的な意見も多く、
こういった事情ゆえNeutralizedへの再分類は保留されている。





そして最後に。
イベント後にエージェント・海桜から提唱された仮説をもとに再調査が行われた結果、生来の耐性を持っていた人物における共通点が特定された。
それは……


  • 少なくとも7年以上突出して好感を持ち続けているキャラクター/作品が存在すること。


だそうである。
これが何を示唆しているのかは、ここまでの流れを見ていれば概ね察しが付くだろう。







創造主に捨てられ、忘れ去られて消えることを恐れ、呪われた運命を壊そうと足掻き、最後には自らの真の望みと理解者を見つけた "何か" 。

かの者の行方は、まだ誰も知らない。










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最終更新:2026年08月18日 21:16