登録日:2010/02/02 Tue 21:18:20
更新日:2025/05/06 Tue 21:31:43
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これは一部のメディアに対するネットスラングの解説項目であり、全ての媒体・記者がそうだとは限りません。
「ご承知の通り私はマスコミとずっと戦争をしている」
──大映映画『野良犬』での主人公・鴨居大介のセリフより。
マスゴミとは、捏造・偏った報道等をするマスコミに対して使われる蔑称(スラング)である。
目次
【概要】
そもそも「報道」のあるべき姿とはいったい何であろうか?
日本の放送法では、その4条において
「政治的に公平であること」
「報道は事実を曲げないですること」
「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」
と規定されている。要は公平に、事実をあるがまま、多角的な視点で報道する……というのが報道人の目指すべき姿勢であるということである。
まあこれに関してはだいたいの人が同意するだろう。
だができるだけ公平に、とは言ってもマスコミも人間である。その報道にある程度のバイアスがかかることは避けられない。
ある人間の価値観が他の人間のとそれと異なる、ということは当然のことで、誰にとっても「公平」な報道など行えようはずがないのである。
したがって、このことを理解したうえで
「可能な限り公平な報道を心掛けること」
「発生するバイアスをなるべく小さなものにすること」
「事実と異なる報道を排除すること」
「多くの意見を取り入れることで偏りを減らすこと」
というのが上記既定の真意であり、報道人のあるべき姿と言えるだろう。
……しかし、時としてこの姿勢をかなぐり捨てるマスコミが現れることがある。
そうしたとき、そのマスコミは人々から侮蔑と嫌悪を込めて「マスゴミ」と呼ばれるのである。
【特徴】
「マスゴミ」と呼ばれるような行動には以下のようなものがある。
◆全く事実無根の虚偽情報を流す
◇「
漫画『日出処の天子』に関して法隆寺が激怒している」と実際にはない出来事を捏造。
◇小学生女児殺害事件の際、まだ容疑者が捕まっていない段階でTVコメンテーターをしていたあるジャーナリストが
オタクの犯行と勝手に決めつけ「フィギュア萌え族」なる用語を捏造。
実際の犯人はペドフィリア趣味はあったものの、父からの虐待や不良からのいじめを受けるなど生育歴に問題があった青年だった。
◇
日本では三流エロ漫画のようなことが現実に広く行われている、という英文記事(外国向け)を長期間にわたって掲載し続ける。なお責任者は昇進した。
◇
怪しいお米セシウムさん/汚染されたお米セシウムさん
◆専門家や出演者の発言の一部を切り取って趣旨を捻じ曲げたり、制作側の主張を専門家に発言するよう求める
◇BSの番組にて、出演者の経済評論家に対して局側が「財政破綻」「ハイパーインフレ(年率13,000%のインフレ)」の発言をするように依頼。
◇専門家のインタビュー映像の一部分だけを抜き出す事で、本来の趣旨とは違ったニュアンスに変える。
◇専門家に聞いたかのように演出するが、実際はカンペを用意されている。
◇ちゃんとインタビュー時間を決定している会見で、記者の思想も入り混じったクソ長い質問をぶつけて時間を浪費させ、たとえ決められた時間を遥かにオーバーして会見を打ち切ろうとすると「逃げないでください」と発言、その光景をまるで政治家が逃げたかのようにニュースで流す
◇逆に、インタビュー対象から切り取りまくってニュースでは知的っぽい発言をしているように見せるが、実際は要点を掴めない端的に述べない長々とした発言をしている
◆特定の政治家への過剰とも取れるバッシングや擁護
政治的な言動や政策方針、政治家としての倫理観の問題ではなく、言葉遣いや金銭感覚など「政治家としての資質」以外の部分を叩く場合に当てはまる。
◇ある大臣が
カップ麺の値段を相場より相当高く認識していた事を「お金持ちだから庶民の経済状況について無知」と叩く。
◇番組側から手紙を出し、返信されてきた手紙の漢字の間違いを批判する。
◆明らかに問題のある人物を持ち上げる
◇なんの根拠もない
疑似科学業者、「トンデモ」医師、科学者に対する提灯記事を書く。記者自らが所謂信者である場合も少なくない。
◇過去に不祥事を起こした人物を過去の事を無視して持ち上げる。
◆事件や災害に便乗して、人の心をえぐるような報道・取材を行い、不快感を煽る
◇1985年の日航機墜落事故で、家族を失い1人残った生存者の少女を執拗に追いかけ、挙句入院先に不法侵入。
◇2011年の
東日本大震災で家族を失って意気消沈している少年に、
トラウマに触れる事などお構い無しに今の心境を尋ねる。
◇何日か閉じ込められていたおじいちゃんに今の心境を聞くが、「大丈夫ですよ、生きてるだけで幸運なんです」とプラス思考の返答をされて、たじろぐ。
さらに悲しさを出す為か何度も追いかけて同じような事を聞く。
◇
京都アニメーション放火事件の犠牲者について、実名公表を拒否する遺族が複数いるのに、徒党を組んで警察に執拗に全員の実名公表を要求。なお京都府警はこれに屈した。
◆ニュース番組を抱える放送局も、結局は一企業なので視聴率(利益)の為に、行動がエスカレートしたり本質とは無関係な内容を流す。
◇
秋葉原殺害事件の際、献花台の飲み物や花を見栄えの良いように動かす
◇TBSの不二家捏造事件
◇某新聞社記者による自作自演の珊瑚の損壊(いわゆるKY珊瑚事件)
◇スポーツ選手などに対して、活躍した競技とは関係のない質問(恋愛事情や好きな芸能人など)をする。
◇三菱リコール事件で、三菱に後ろ盾がないのをいいことに「タイヤロケット」「エンジンから火を吹く」「三菱=欠陥メーカー」と過剰にネガティブイメージを喧伝する。
◆モラルやコンプライアンスに反する行動
◇
オウム真理教(現アーレフ)に対してTBSが取材情報を公開する。後に坂本弁護士一家拉致殺害事件に繋がる一因になった。
◇裁判を起こされた俳優…刑事事件になっていないだけで「犯罪者」である人間を、テレビの司会者として起用し続ける。
◆「報道しない自由」の行使、偏向報道、スポンサー企業・芸能事務所・関わりの深い人物への配慮。
自社の方針に合う出来事を大きく扱い、そぐわないものを排しようとする場合など
◇与党議員や政府関係者の事件は報道はするが、対する野党の事件や疑惑は積極的に報じない。
逆に、与党政権に関する事は好意的に、野党に関する事は常にネガティブに報じる。
◇政治思想の偏った報道、特定の国々を持ち上げるなどの偏向報道。
◇
8.21フジテレビ偏向報道デモなどメディアを対象にした反対運動を報じない。
◇TPP関係の報道の際、農業や国民皆保険のみの問題であるかのように取り上げる。
◇『生活必需品が著しく不足する』『物資が略奪される可能性あり』等の不安を煽り買い溜め・略奪に走らせるような報道をしておきながら、
後から素知らぬ顔
で買い溜めを控えるように述べる。
◇スポンサー企業が不祥事を起こしても大々的に報道しない。
◇
ジャニーズ事務所などのテレビ局と関係が深い芸能事務所の所属タレントに関しては刑事事件になっても、容疑者という呼び方をしない。(○○メンバーなど)
◇不祥事に対して釈明する会見を開くも、撮影制限を設けて記者の数も制限する。自分たちが批判している政治家と似たことをしている。
◆強引な宣伝、マーケティング活動
◇自局の新ドラマの出演者をバラエティなどありとあらゆる番組にゲスト出演させる。
◇タレントの記事で、客観的な論拠なく『男女共に人気がある』と紹介する。
◇SNSのいいね数が100にも満たないものに対して「ネットで話題の」と喧伝してしまう
◆取材対象者への無礼
◇取材の際に「宣伝になる」「中立性確保」「自分たちにも金がない」ことを理由に経費を払わない。謝礼なしは当然とされるばかりか取材対象者が負担した実費にも対象者の自腹を要求する。
◇取材で話したことが編集され、取材対象者の意に沿わない内容で報道される。自身による事前の公正を要求しても「編集の自由」で拒否。問題ある発言になった場合の不利益は全て取材対象者に向けられる。
◇eスポーツの集団を特集した際、米軍がeスポーツを得意とする若者をリクルートしていると極端な例を展開、完全素人のコメンテーターが「将来が心配」とコメントを残すなど、取材対象をひたすら落とす方向に番組を進める。
◆手抜き取材
◇ネット等で調べた情報をファクトチェックせずに孫引きして放送。後に虚偽である事が判明する。
◇twitterでバズったネタがあったり何か事件や災害現場の動画や写真をアップするとTV局のクレクレのリプが群がる。
◆不祥事・犯罪
◇情報を手に入れるため、女性公務員を泥酔させて
強姦。その証拠を使って彼女を脅して情報を流させる。しかもその情報を、自分の所属するメディアで公表する前に、野党に流して追及させる。事が事なので当該記者と公務員は逮捕された。公務員は一審で罪を争わず有罪が確定したが、記者は最高裁まで自分の正当性を争った。
◇まだ捕まっていない・逃亡中の殺人犯に接触してインタビュー。しかも殺人犯の持っていた証拠を隠滅し、逃亡資金を与えた。犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪で逮捕。
◆上記の行為に対して謝罪をしない
◇不祥事が発覚しても、謝罪をしない、もしくはよく探さないと気付かないところに小さく掲載し、それで「禊は済んだ」ことにする。
◇自社の謝罪文・訂正文が検索されないように工作する。
◇新聞記者のSNSアカウントで非常識な発言をしたり、自社の常軌を逸した取材に対しての批判で逆ギレを繰り返す。
◆「マスコミ」の皮を被った悪質商法、取材商法
◇もはやマスコミですらないが、彼らはマスコミを名乗っている上にテレビ局関係者が関わっているので記載。
◇零細企業、ベンチャー企業やフリーランス相手にいきなり取材申込をしてくる、電話でいきなり「社長を出せ」と要求してくる
◇これを逃せば機会は無いぞと脅すような形で無茶苦茶短納期のスケジュールを組み、取材直前になって取材料金を請求する。なんなら交通費すら請求してくる。
◇すっかり人気の落ちぶれてテレビで見なくなったアナウンサーや芸能人を連れてきてインタビューさせるが、肖像権として写真料を請求する
◇数百万円単位のお金を注ぎ込んでネット記事を書いてもらえるが、肝心のアクセス数は数百前後で宣伝効果は皆無。アニヲタwiki以下
◇そして悪質な取材商法があるということをニュースで報道しない、啓発しない
【「マスゴミ」を意識したキャラクター】
平成初期ぐらいまでの日本の創作では、マスメディアが敵キャラとして登場することはあまりなかった。
理由の1つとして考えられるのは「本や映像媒体といったメディアから創作が生まれていたから」。
つまり自分たちの身内と言えるマスメディアを悪者にする発想が無かったということ。
もちろん、体制側との対決・共闘が比較的自由にできる新聞社・TV局といった立場が探偵・ヒーロー役として都合よく扱われていた側面もあるだろう。
『
スパイダーマン』シリーズのデイリー・ビューグル社のように、古くからマスコミがヒーローの邪魔をしていた欧米との違いと言える。
しかし2000年代に入ると、これまで紹介した不祥事から「マスゴミ」などというネットスラングが普及するくらいにはマスコミに悪のイメージが根付いてしまった。
そして、創作は本やテレビに留まらず、一般人の作家やアマチュア作家がネットで簡単に創作できる環境も整ったことで、マスコミ不信を物語に反映しやすくなった。
その結果、「マスゴミ」を意識したキャラクターが創作にも現れるようになってしまったのである。
こう書くとまるで創作界隈もマスゴミばかりのようだが、善寄りのマスメディアもまだまだ登場している。
ウルトラシリーズにしても上記のヒルカワが異常なだけで、『
ウルトラマンオーブ』の
SSPや『
ウルトラマンブレーザー』のTKBのようにウルトラマンや防衛隊を好意的に紹介し人々に希望を与える善玉の報道局の方がむしろ多いことを付記しておく。
最も、近年のとあるドラマにて、「利権や不敗政治家に真っ向から立ち向かう正義のアナウンサー」を描いた作品にも関わらず、主演女優がスキャンダルを起こしてしまい視聴者から失笑された、なんて事例もある。
【余談】
なおこういう問題はマスコミの誕生と共に発生したようで、明治時代には既に羽織ゴロという罵倒語があった。
また韓国にもマスゴミとほぼ同じ意味のキレギという言葉がある。
マスコミがどんなに不祥事を起こしても、何だかんだでスポンサーは降板することはなく、そしてテレビだけで情報収集する層が未だに多いことから、マスコミ界の人たちもネットでの評判を問題視することはなかった。
しかし2025年、とあるテレビ局で非常に大きな問題が発生したのだが、その時の対応が色々不味かった。
その対応に激怒したのは、ネット民ではなく他でもないスポンサーだった。
なんと、そのテレビ局の大半のスポンサーが降板してしまい、多くのテレビ局社員がテレビ局を見限るように退社してしまったのだ。
その結果どうなったかというと、人手もお金も無くなってしまい、既存の番組は目に見えてクオリティが低下。CMは番組宣伝と公共広告機構ばかりにあり、新しい番組制作の目処がたたなくなるという前代未聞の事態が発生してしまったのである…
その後は上層部をほぼ解体し、たくさんの第三者を招いての企業洗浄が行われたことが功を奏し、なんとかスポンサーを取り戻すことに成功したが、そのブランドには大きな傷が残ってしまった…
【最後に】
確かに、批判されてしかるべきマスコミは多い。
だがマスコミのスクープや問題提起によって解決に導かれた事件もあり、また公権力に対しては、
批判と監視によって独裁的な運営を抑止する役割を果たしている現実も少なからずある。
マスコミそのものを全面的になくすのは現実的ではないし、マスコミ報道の難しさや宿命を理解しないまま非難するような主張は適切とは言い難い。
情報における間違いの宿命
情報は大抵間違いの起こるものである。
それはマスコミより遙かに慎重なチェックがされている「公的機関の発表」や「学会で承認されてきた知識」ですら例外ではない。
調査は手詰まりになることも起こりえる。あえて報じることでさらに情報が集まるという面もある。
そうすると、どこかで調査を打ち切って情報を流すという決断も必要になる。
災害時など、速報性が求められる状況で正確さにこだわったら派生情報が集まらず、一刻を争う時には逆に取り返しのつかない事態を招くことになる。
- 結果として真実でなかった。
- 取材拒否や見つからなかったなどで真実に手が届かず、判明した部分的な真実を報じたら誤っていた。
- 十分な情報が集まらず、名誉毀損・ヘイトスピーチのリスクがあるので報じないでいたら、結果的に重要な真実を報じるのが遅くなってしまった。
こうしたことは、マスコミの限界として当然に起こりうる。
公平性維持の困難さ
放送法で公平さが要求されている、というのは前記されたとおりであるが、実はこれも容易なことではない。
何が公平か、というのは人それぞれであり、対立する意見の当事者は「相手の方を有利に書いた!」と被害的な感情を覚えてしまいがちになる。
自分が公平でないと思うというだけでは、不公平だと断じることはできないのだ。
また、一つの問題に対する意見は、単なる賛成反対で区切れるものではない。
「部分的に修正するなら賛成」「賛成反対決めるためにこうした情報が欲しい」等というような形で多種多様な意見が出る。
また、極端な少数意見に大半の人が支持するメジャーな意見と同じくらいに紙面を割かせたりするのは、それはそれで公平とは言い難い。
もちろん全ての意見を載せるような紙面の幅もないし、例え載せたところで読者が混乱するのは目に見えている。
無論、掲載する意見の取捨選択が適切なものとは言いがたく、それがマスコミの立場に由来すると思われるケースはある。
しかし、マスコミによる意見の取捨選択はどうしても必要と言うことは理解しなければいけない。
真実って何?
マスゴミ批判として、「マスコミが
嘘をついている」と主張する人々は多いし、確かにマスコミによる誤報の例は枚挙に暇がない。
だが、そのような主張をする人々がよって立つ「真実」は何だろうか?
マスコミへの怒りが限界に達してしまうと「ネットの情報(特にSNS系)が100%正しい!マスコミは偏向報道ばかりで信じることができない!」という思考となりになってしまうことが多い(通称、「ネットde真実」)。
これと同じような意味で「情報化社会以前のマスメディア=時代遅れの思想・メディア」として「
オールドメディア」と揶揄する事もある。
しかしマスコミ、特に大手メディアは報道ができるよう、
- 日本中、場合によってはアメリカ合衆国やヨーロッパ、アジア各国などの海外にまで人員や支局を置く。
- 必要に応じて専門家や関係者の話を聞く態勢も整える。
- 記者自身も厳格に採用し、常日頃から取材や勉強に励む。
と言った具合に、金と時間をかけて報道できる体制を構築している。
そして、そんなマスコミもしばしば誤報をするのであるから、ネットの情報を書いている一個人がそんなマスコミより正確な事実を把握している可能性は決して高くない。
もちろん、医師などの専門家が自身の専門分野について語る、当事者が体験談を語るなどであれば、マスコミより正確である可能性は高い。
だが、
ネット上ではこうした立場が詐称されてても素人がそれを見抜くのは難しい。
そもそも専門家ですらなく、一応専門書籍の引用がされていても基礎的な知識が欠けているので的外れだったり、アフィリエイト目的で作られた内容の薄い記事なども目立つ。
特に誰でも編集できる
wikiサービスやSNSでは、自分の利益の為に意図してデマを流す人物が問題になりやすい。そしてそれを軽々しく信じてしまい、善意で間違った情報を拡散させてしまう人々も後を絶たない。
また、専門家や当事者同士でも立場や主張が分かれることも、現実には珍しくない。
「マスコミが偏向していて、マスコミは悪意故に嘘情報を流しているのだ」という意見もある。
しかし、実際にそうだったとしてもだからネット情報は悪意はなく、偏向しておらず中立であるという保証などどこにもない。
スマイリーキクチ誹謗中傷被害事件などはその典型例で、ネット民は信用性の薄い情報でもって「キクチが有名な事件の犯人である」等と噂を書き込んで安易に人を傷つけていた一方で、マスコミは噂には根拠がないと判断して報道せず、むしろ被害を報じることでキクチの名誉回復に一役買った。
冤罪事件やマスコミによる過剰な取材攻勢が起こる度にマスゴミ批判は展開されるし、確かにそうしたマスコミは批判されてしかるべき事も多かろう。
だが、無責任な情報を平気で流す者が、どの口でマスコミをマスゴミ呼ばわりできるのだろうか。
また、個人の名誉やプライバシーに関わる情報を平気で流して、マスコミの取材攻勢に負けず劣らずの大迷惑を誘発しているネット民だって現実には少なくない。
これらは「ネタだから」で許される問題ではない事を肝に銘じてほしい。
結論として、安易なマスゴミ批判は、ネット民としての自身に何倍にもなって跳ね返ってくることを絶対に忘れてはいけない。
批判・批評と、誹謗中傷は、似て非なる行為である事を肝に銘じておくべきである。
そしてネットは真実ではなく玉石混交である。
ネットはマスコミより情報の絶対量が多く、チェック機能もほとんどないため正しい情報もあり得るのは確か。
だが、正しい情報と間違った情報をより分けるには、それだけで並大抵でない知識や情報収集力や分析力が必要になる。
嘘は嘘である事を見抜けないと情報(ネットであれテレビであれ)を取り扱うのは難しい。
最後の最後に
そして、言うまでもないことではあるが、上記の論はあくまで報道を受ける側がそれをどう評価するかという話であって、
誤報・偏向報道の免罪符になり得るものでは全くない。
「情報における間違いの宿命」「公平性維持の困難さ」「真実って何?」で触れられてきた内容は、職業人として情報を取り扱うメディア関係者なら知っていて当然、プロとして仕事をする上での大前提と言ってよい。
職業として情報を取り扱うマスコミと、SNSなどで情報発信を行う一般人では、責任の重さが違うというのは覆しようのない事実である。
マスコミは社会的な立場として、そして自分たちが生活の糧を得る手段として情報を扱っているのである。会社や学校帰りの一般人が片手間にSNSに書込むのとは訳が違う。
だからこそ「公平に」「偏りをなくし」「事実を曲げないように」と報道法に規定されている。
情報の取り扱いの難しさを盾に、開き直って杜撰な報道をするなどあってはならない言語道断の行為である。
現代における情報の重要性は計り知れないほど大きなものとなっている。
この時代において、マスコミの持つ責任の大きさとその意味を、報道をする側も受ける側も真剣に考える必要があるだろう。
報道する側も受け取る側も同じ人間であり、同じ対等な立場で接してほしい。人間は必ず間違いを起こすものだと思い、ぜひとも寛容な心を持ってメディア・情報に接する事も大切なのだ。
追記・修正は中立的観点からお願いします。
相談所での議論の結果、コメント欄を撤去しました。
相談所に意見を求めずに勝手にコメント欄を復活させることは、IP規制などの対処が課せられる事態になりかねないため、そのようなことはしないようにお願いします。
最終更新:2025年05月06日 21:31