登録日:2010/02/02 Tue 21:18:20
更新日:2026/08/04 Tue 07:50:48
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これは一部のメディアに対するネットスラングの解説項目であり、全ての媒体・記者がそうだとは限りません。
「ご承知の通り私はマスコミとずっと戦争をしている」
──大映映画『野良犬』での主人公・鴨居大介のセリフより。
マスゴミとは、捏造・偏った報道等をするマスコミに対して使われる蔑称(スラング)である。
【概要】
そもそも「報道」のあるべき姿とはいったい何であろうか?
日本の放送法では、その4条において
「政治的に公平であること」
「報道は事実を曲げないですること」
「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」
と規定されている。要は公平に、事実をあるがまま、多角的な視点で報道する……というのが報道人の目指すべき姿勢であるということである。
まあこれに関してはだいたいの人が同意するだろう。
だができるだけ公平に、とは言ってもマスコミも人間である。その報道にある程度のバイアスがかかることは避けられない。
ある人間の価値観が他の人間のとそれと異なる、ということは当然のことで、誰にとっても「公平」な報道など行えようはずがないのである。
したがって、このことを理解したうえで
「可能な限り公平な報道を心掛けること」
「発生するバイアスをなるべく小さなものにすること」
「事実と異なる報道を排除すること」
「多くの意見を取り入れることで偏りを減らすこと」
というのが上記既定の真意であり、報道人のあるべき姿と言えるだろう。
……しかし、時としてこの姿勢をかなぐり捨てるマスコミが現れることがある。
そうしたとき、そのマスコミは人々から侮蔑と嫌悪を込めて「マスゴミ」と呼ばれるのである。
なおこういう問題はマスコミの誕生と共に発生したようで、明治時代には既に羽織ゴロという罵倒語があった。
また韓国にもマスゴミとほぼ同じ意味のキレギという言葉がある。
【モラルの欠けた報道】
「マスゴミ」と呼ばれる理由の一つに取材や報道時のモラルの欠如があげられる。
近年は流石に報道倫理が強化され、このような取材は減っているが、いまだに指摘される事項も多い。
◆全く事実無根の虚偽情報を流す
- 警察の捜査線上にすら上がっていない無実の人間を、記者の判断で容疑者として報道する。
- 連続誘拐殺人事件にて、「犯人のアジト」として無関係な空き家を地図付きで報道する。
◆専門家や出演者の発言の一部を切り取って趣旨を捻じ曲げたり、制作側の主張を専門家に発言するよう求める
- 納豆ダイエット事件に於いて、専門家の発言に嘘の字幕を入れて捏造する。
◆事件や災害に便乗して、人の心をえぐるような報道・取材を行い、不快感を煽る
- 1985年の日航機墜落事故で、家族を失い1人残った生存者の少女を執拗に追いかけ、挙句入院先に不法侵入。
- 京都アニメーション放火事件の犠牲者について、実名公表を拒否する遺族が複数いるのに、徒党を組んで警察に執拗に全員の実名公表を要求。なお京都府警はこれに屈した。
- 遺族の「顔写真を報道しないで欲しい」という訴えを退けておきながら、事故を起こした人間の顔写真は公開しない。
- 犯罪加害者のあからさまに無理のある「騙された」「ハメられた」という言い訳を、まともな読者が怒るのが明白なのに「罪の告白」「明かされた真実」などという文脈で取材記事として紹介する。
- これはマスコミ側としては「当社では人権に配慮した記事が書けますよ」という投資家へのコンプライアンスアピールになるし、犯罪加害者側としては自分の社会復帰の可能性や市場価値をゼロにしないための工作になる。
◆取材対象への個人情報流出
- オウム真理教(現アーレフ)に対してTBSが取材情報を公開する。後に坂本弁護士一家拉致殺害事件に繋がる一因になった。
- とある野球選手の新居の住所を突き止め、周辺住民に野球選手が引っ越してくると教えて回る。結果として、その野球選手は新居を手放す事態に。
◆取材対象者への無礼
- まだ検察の裏付けが取れていない、裁判中などの理由で「推定無罪」の人間を実名報道とともに犯罪者として世論誘導を行う。
のちに無罪であることが分かっても謝罪をせず、「SNSで匿名の人間たちに貶された」などと責任転嫁する
- 取材の際に「宣伝になる」「中立性確保」
「自分たちにも金がない」ことを理由に経費を払わない。謝礼なしは当然とされるばかりか取材対象者が負担した実費にも対象者の自腹を要求する。
- eスポーツやボイスロイド作曲家に対して、「ネガティブな印象操作など、取材対象を貶す目的での取材」であることを明かさずに撮影を行う。
キャスターやコメンテーターが取材対象を口々に貶している際に何のフォローもしない。
- 取材で話したことが編集され、取材対象者の意に沿わない内容で報道される。自身による事前の公正を要求しても「編集の自由」で拒否。問題ある発言になった場合の不利益は全て取材対象者に向けられる。
- 裁判取材において、「裁判長の制止を無視して法廷のヒナ壇に上がって撮影する」など、当該裁判の進行に悪影響を及ぼすような写真撮影を行う。これがきっかけで刑事事件・民事事件共に1950年代には公判本番中のカメラ撮影そのものが法的に禁止された。
- とある野球選手に対してあまりに過激な取材をしていたことから、野球球団から事実上の出禁を突きつけられる。
それに対するカウンターとして、その野球選手にとって先輩でもある野球選手をテレビ番組の看板を背負わせてインタビュワーとしてけしかける。
◆不祥事・犯罪
- 情報を手に入れるため、女性公務員を泥酔させて強姦。その証拠を使って彼女を脅して情報を流させる。しかもその情報を、自分の所属するメディアで公表する前に、野党に流して追及させる。事が事なので当該記者と公務員は逮捕された。公務員は一審で罪を争わず有罪が確定したが、記者は最高裁まで自分の正当性を争った。
- まだ捕まっていない・逃亡中の殺人犯に接触してインタビュー。しかも殺人犯の持っていた証拠を隠滅し、逃亡資金を与えた。犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪で逮捕。
◆自作自演
- 自ら珊瑚礁へ落書きを行い、その写真を収め、「日本人は、落書きにかけては今や世界に冠たる民族かもしれない。」と記事を書き上げる
- 街角インタビューと称して桜を雇い、世間一般の意見と称して台本通りの発言をさせる
◆上記の行為に対して謝罪をしない
- 不祥事が発覚しても、謝罪をしない、もしくはよく探さないと気付かないところに小さく掲載し、それで「禊は済んだ」ことにする。
- 自社の謝罪文・訂正文が検索されないように工作する。
- 多くの人間の人生を狂わせた上記のやらかしを10秒ちょっとの謝罪で済ませる。
- 新聞記者のSNSアカウントで非常識な発言をしたり、自社の常軌を逸した取材に対しての批判で逆ギレを繰り返す。
【報道しない自由または報道のタブー】
報道しない自由とは、上述の行き過ぎた取材や報道とは逆に、テレビや新聞などの大手メディアが本来報道すべき事例を報道しない行為を、報道の自由になぞらえて皮肉を込めて呼んだネットスラングである。近年では前述のモラルに欠けた報道以上にこちらの方が槍玉にあがることが多い。
あのWikipediaにも「報道におけるタブー」として個別項目がある。
我が国は憲法で言論の自由が保障されているのだが、実は大手マスメディアにおいてはマスコミによる自己都合で報道が控えられる、または全く報じない事例が存在する。
フランスに拠点を置く組織、国境なき記者団が毎年発表する報道の自由度ランキングにおける日本の順位は180ヵ国中66位(2025年発表)。
確かに半分より上だがG7諸国ではダントツの最下位である。財閥社会である韓国ですら61位で日本より上である。
国境なき記者団が特に問題視したのがメディアが権力に忖度をして報道が控えられるという点である。このようなメディアの姿勢により、国民が本来知るべき課題や問題が認知されず民主主義が停滞するという問題も引き起こしてしまう。
なお、こうしたことへの対抗言説として「報道が大本営発表しかないような中国やロシアと比べると全然健全」というものが存在するが、2025年時点で中国はランキング178位と最底辺クラスで、ロシアも171位と底辺と呼べるクラスと、流石に比較対象からして無理のある日本賛美である。
そもそも日本では権力批判自体こそ存在するがその殆どがワイドショー的なエンタメに過ぎず、歴史に残るスキャンダルでもない限り本気の権力批判までは稀で、新首相就任の時期になるとこぞってマスコミや出版各社が多少の「メディアのオモチャ」扱いがあるにせよ新首相礼賛ムードになるので…
主な要因
まず、大手マスコミは公共性があると言えど民間企業である。
当然、自分たちの商売が成り立たなくなってしまったり、国民からの信用を失ってしまうことは絶対に避けたいものであり、そうなりうる報道は行われなくなる。
公共放送に関しては、民間の事情に関してはある程度の自由はあるものの、それでも政府傘下組織であることは否めず、結果的に政府都合により報道しない自由を行使してしまう事例も珍しくない。
また、日本の場合はテレビ局と新聞社がオーナーシップを結んでいるため、テレビを新聞が監視する(またはその逆)というのがしづらい構造になっている。
主な事例
◆記者クラブタブー
現在の日本マスコミ最大のタブーと言われる。
アニオタ民も首相官邸で記者会見を行っているのをニュースで見ると思うが、実はあの場には記者クラブというものに所属しなければ入ることすらできない。
記者クラブというのは大手メディアのみが所属できる組織のようなものであり、海外記者やフリーランスは原則所属は不可能である。
ニュースで「政府関係者によると…」「警視庁によりますと…」といった発言をするのは、記者クラブを介して政府機関が発表しているためである。
もしも政府機関の機嫌を損ねれば、おおむね記者クラブから除名とされるため、これにより記者の質問がテンプレート化し、鋭い質問が行われなくなるという弊害が起きている。国境なき記者団が特に問題視した事例である。ひどい場合は、政府機関が記事を検閲して発表許可を出していることさえある。
さらに、記者クラブ所属の記者に対して賄賂や娼婦で政府機関が懐柔している事例が告発されている。
◆マスメディアタブー
大手マスコミは自社や社員の不祥事を大々的に取り扱わない。
これだけであればまだしも、問題は他のテレビ局や新聞社も同様に扱わなくなるという点である。マスコミ業界全体が自分たちの信用低下を恐れて報じなくなることが指摘されている。
また、電波オークションについても一切触れられない。
電波オークションとは公共の電波を競売にかけることである。実は電波というものは有限であり、一度電波を独占してしまうと、その周波数帯は使用できない。そのため特に強力な電波は公共の電波とも呼ばれ、毎年高額な使用料が発生する。
しかし、大手テレビ局は電波オークションを行わず、結果的に割安で公共の電波を使用していると言われる。
◆芸能プロダクションタブー
恐らくアニオタ民にとって最も有名なタブー。
巨大な芸能事務所、またはそれに所属する芸能人の不祥事は報じない。ジャニー喜多川氏の性加害騒動を長年に亘って沈黙してきた事件が記憶に新しいだろう。
ただし、このタブーについては近年はやや緩和されつつある。ネットの広がりによりもはや隠し切れなくなったのが理由の一つである。
現状、唯一の国民によって打破されたタブーであるともいえる。
◆財務省、緊縮財政タブー
財務省に関する批判は報じられない。さらに積極財政に関して肯定的な報道はなされない。財務省解体デモにてこのタブーを知ったアニヲタ民も多いだろう。
財務省とは国の経理に当たる省庁である。予算をどう使うかという予算配分権や、傘下組織の国税庁による税収の徴収権も持っている。これはつまり、金を使う側と集める側の両方を兼ねてしまっているため、省庁の中でも特に強い権力を持っている。
緊縮財政とは税金を多く集めて国の支出を減らし、国の財政を良くしようという思想である。反対に積極財政とは減税や補助金などで国民を豊かにし、経済を活性化させようという思想である。
ご存じの通り、我が国は失われた30年としてバブル崩壊以降一度も景気が良くなっていない。諸外国では不景気の時は積極財政で景気を良くし、景気の過熱の際は緊縮財政を実行するというのが当たり前に行われており、リーマンショックなどはとっくに乗り越えている。しかし、大手マスコミは緊縮財政側の主張を一方的に報じ、減税等の積極財政派の主張を黙殺している。
さらに国の借金という名で財政破綻を煽るような報道を行ってきた。この「国の借金」は財政破綻する可能性は極めて低いとする専門家、政治家も多く存在する。
借金と聞くと思わず「返さなければいけない」と思ってしまうだろうが少し待ってほしい。アニヲタ民のお財布に入っているそのお札、一体誰が作っているのだろうか?
そう、日本政府(正確には日本銀行)である。
さらに言えば、借りている側がいるなら貸している側も存在するはずである。では国は誰からお金を借りているのか?
それは日本の民間銀行や保険会社などから、日本円を借りているのである。
何で自分でお金を作って返せる国が「借金が返せない」なんて事態になるのか?
そう、自分でお金を作れる国が自分の国のお金を借りたところで、財政破綻することは理論上あり得ないのだ。
国債というのは、借金というよりは株券や証券等の金融商品の一種である。これらを民間銀行や保険会社、年金基金等が大量に買っている(少ないが海外投資家も円買いの際に買っている)。なぜ、彼らが国債を購入するかと言うと、現金を国債と交換することで、利息収入を資産運用するためである。特に保険会社や年金は、将来の支払いの為に持っているお金を増やさなければならない為、国債を始めとした証券で資産運用しているのである。
これが海外の銀行から借りていた(これを外貨建てという)となれば、その国のお金に換金して返さなければならないが、現状日本の国債は全て円で買われている(これを円建てという)ため、いつでも日本円を刷って返せるのである。ギリシャが財政破綻したのは、EU加盟時には元々粉飾決算だったことは勿論、EU共通通貨のユーロを使っていたため、自分でお金を作れなかったためである。
そして、2025年に片山さつき財務大臣が「円建ての財政破綻はあり得ない」と発言し、国会でもこれは認められた。
「じゃあ、何でさっさと日本円を作って借金をチャラにしないんだ!」と思うかもしれないが、実はそもそも日本円を作る方法が国債発行なのである。
では、国は日本銀行にどうやってお金を作らせているのかと言うと、
《政府が日本の民間銀行に国債を発行して負債を背負い、民間銀行からお金を借りる。そして民間銀行が受け取った国債を日本銀行の発行したお金と交換する。》
という方法をとっている。
国債の満期が来ても、日本銀行が借り換えとして新たな国債で円を発行して返せるのである。この国債の借り換えが所謂「刷って返す」というものである。
つまり、あなたのお財布に入っているお金は元を辿ると、日本政府が借金をして生み出されたものである。そのため、日本の借金はお金を発行したプロセスでしかないため、財政破綻を起こすリスクは極めて低い。
また、「国債の発行で利払いが増大し破綻する、または市場の信認を失う」という主張もあり、近年はこちらに財務省やマスコミの主張が移りつつある。
日本の国債は固定金利であり、一度発行すれば金利は永久に変わることはない。
さらに、これから発行する新規国債に関しても、日本銀行が民間銀行の国債を買い上げれば、金利を下げることができる(イールドカーブコントロールと呼ばれ、安倍政権で行なわれた)。どう考えても利払いで破綻するリスクはきわめて低い。
市場の信認に関しても、我が国の国債は日本が自分の通貨を作って返せるという最強の信用があり、日銀が定期的な買い入れを行っているため、日本円が使えない様な事態にならなければ、国債の投げ売りなど起こりようがない(恐らく、社債と混同したものと思われる)。
この主張をする有識者や政治家はかなりの数存在しているにもかかわらず、大手マスコミには全く取り上げれない。
森永卓郎氏は自著「書いてはいけない」にて、「財務省が国税庁の税務調査を用いてマスコミに圧力をかけている」と主張している。同様の主張は、元東京都知事の石原慎太郎氏も記者会見で述べている。
かつて、プライマリーバランスの黒字化を廃止し、積極財政に転換しようとした某総理大臣が「カップラーメンの値段がわからない」としてマスコミから袋叩きにあったのを覚えてる人も多いだろう。
大手マスコミは、減税の話題になると「財源はどうするのか?」という主張で一貫しているが、先ほども言った通り我が国は自分で自分のお金を作れる国である。多くの人は「国は最初に税金を集めて、財源にしている」という、町内会か部活動の部費のようなシステムだと思っているが、実際は順番が逆である。我が国のように自分の通貨を持つ国は税金を集めて、それを元に財源を確保して公共サービスをしているわけではない。それは地方自治体レベルの話である。税金を集める前から既に国による公共サービスは行われている。
我が国の財政出動は
来年度予算案を国会で可決して、どのようにお金を使うか決める
↓
国債発行により自らお金を作って財源とし、政府が公共サービスを行う。より正確には、税収で賄える分を国庫短期証券で、それを超える分を新規国債(建設国債と特例国債)で支出する
↓
後から税金として、ある程度お金を回収する。回収した税金は先ほどの国庫短期証券の償還、つまり借金を返すという形で消滅している。これによりお金の供給をコントロールする。新規国債はそのまま買った人が保有し続け、最終的に日銀が買取り、満期が来たら借り換え債を発行して事実上御蔵入りさせる。
これが実際のシステムである。このシステムをスペンディングファーストと呼び、ほぼすべての国はこのシステムを採用している。これはなぜかと言うと、最初に税金としてお金を集めてしまうと、世の中が資金不足となってしまうことや、そもそも税収自体が、その時の景気動向や災害などで、予定通り税収が上げられるとは限らないためである。
そのため、政府は税収が減ったところで、通貨を過剰に発行し過ぎなければ、ゼロから国債発行でお金を作って問題なく公共サービスを行える。
そして、世の中にお金が出回り過ぎないようにするために行っているのが税金の回収である。税金とは正確には財源ではなく、世の中に出回っているお金の回収でしかない。
「それでも、税収を超えるほどお金を作ったら、世の中にお金が溢れるじゃないか、それなら税金は実質的に財源では?」と思うかもしれないが、実はお金を作って支出できる量は税収で決まるわけではなく、国の豊かさで決まる。国が豊かであれば、ビジネスをするために多くのお金が必要であり、それを超えない範囲なら、税収以上に支出してもお金が溢れすぎる事態(インフレ)は起こらない。この国の豊かさを数字にしたものがGDPやインフレ率であり、現状の日本ではまだまだ国債発行の余地があると言われている。
事実、コロナ禍においては100兆円もの緊急国債発行を行っても全く問題なかった。ちなみに消費税の廃止には30兆円ほどで足りると言われる。
森永氏によれば、かつてテレビ朝日で放送された「ニュース・ステーション」にて消費税を徹底的に批判したところ、国税庁の税務調査が入り大量の追加徴税を取られてしまい、結局番組は打ち切られてしまったという。
野田政権下での消費税増税に批判的な社説を掲載した毎日新聞も同様の目に遭っている。
アニヲタ民もコミケなどで関わるであろう消費税だが、大手マスコミは消費税の弊害を取り上げるのに消極的である。
消費税は橋本龍太郎内閣の5%への引き上げ以来、日本経済に深刻なダメージを与え続けている。
さらに、税の三原則である公平、中立、簡素のすべてに違反している。実際に橋本龍太郎元総理も国民に対して謝罪まで行っている。
実は消費税は商品には全く課税されていない。
例えば1100円の本を店で買うと、1000円の商品+消費税100円ではない。1100円の本を買ったに過ぎないのである。
レシートに書いてある税額は、ただ単にレジが価格から10%計算して表記しているだけである。
これは嘘でも憶測でもなく、実際にかつて小売業者が裁判を起こした結果「消費税は消費者(客側)が商品を買うときに払う税金ではない」と裁判所に認めれている。実際に消費税法には価格転嫁については全く書いていない。
では、どこに課税されているのかというと、お店の売り上げである。
実は消費税とは、中曽根総理の時代に「売上税」という名で導入しようとしたが、国民の反発に遭ったことで断念。後年の竹下登総理によって、消費税と名前を変えて導入された経緯がある。
「でも、結局商品の値段を上げているのだから、消費者が払っているのでは?」と思うかもしれないが、実際はほとんどの企業で価格転嫁ができていない。これは片山さつき氏が国会答弁で野党議員に詰められ渋々認めている。
なぜ価格を上げないかと言えば買い控えを防ぐためである。10%だろうと客は一斉に買い控えを起こしてしまう。
さらに市場は常に価格競争に晒されているため、他店より安くしていかなければ、すぐ価格競争で負けることになる。消費増税による不況下で100円ショップが乱立したのが良い例だろう。
そのため、多くの中小企業は身を削って価格を下げ、消費税を負担している。事実、消費税の滞納はすべての税金で最も多い。
そして真っ先に削られるのが人件費である。雇用を減らし、低賃金で働かせるブラック企業の台頭を招き、それができない企業は倒産などの目に遭い、さらに雇用が悪化する。そして、安い人件費を目当てに移民の受け入れなども加速する。
消費税は価格が上がって不況になる税金ではなく、我々の給料を下げてしまい不況を悪化させる税金であると言える。
さらに輸出大企業の場合は、「輸出還付金」として海外輸出のための仕入れに10%還付される。そのため、消費税で苦しむのは日本の企業全体の90%を占める中小企業のみであると言える。
ここまで苦労して取られているが、社会保障に使われているかというと、消費税は一般会計と言って他の国税と一緒くたにされて国債の償還に充てられるため、何に使ったかは正確にはわからない状態である。
そのため法人税の減税や輸出還付金により実質使われているとは言い難い。
◆スポンサー・広告代理店タブー
大手マスコミはお得意様であるスポンサー企業の不祥事は報じない。大企業における社員の過労死等の不祥事は全く取り上げられない。
また、CM枠を売る仲介である広告代理店の不祥事も大きく報じない。2021年の東京オリンピックは広告代理店による不正が相次いだにも関わらず、一切取り上げられていない。
◆桜タブー(警察)
桜とは警察の紋章のことである。
警察官が犯罪を犯すと実名報道されないパターンがある。また、諸外国から批判されている人質司法や別件逮捕、警察の裏金問題などは報じられない。実際に警察不祥事を報道したメディアに警察が家宅捜索に入った事例がある
マスコミは警察24時などの警察活動に密着したドキュメンタリー番組を頻繁に制作しているが、マスコミ・警察双方が利益を享受しているとの指摘がある。
◆外国人、移民タブー
移民や外国人に対する批判は報じられない、または移民による犯罪は報じられない。
移民の大量流入は文化の軋轢や現地民の賃金低下を招き、治安の悪化等の問題を引き起こす。さらに、社会保障費の増大で結果的には経済にマイナスになるという主張も数多く存在する。実際にヨーロッパやアメリカで移民問題は大きな争点になっている。
しかし、メディアは産経新聞等の保守路線除き、移民は労働力不足を補い、移民反対は差別によるヘイトであるという主張で一貫している。
ドイツで発生したケルンにおける移民による大規模性的暴行事件や、日本国内の移民による事件はほとんど報じない。
高市早苗氏による、2026年からの外国人123万人受け入れとその後の特定2号の上限廃止は明らかな移民政策であり、高市氏は保守層を深く失望させたのだが、こちらも全く報じられなかった。
◆アメリカタブー
- 事実上の日本潰しであったプラザ合意
- 日本の技術産業を後退させた日米半導体協定
- 日本の景気が良くならない原因となったBIS規制
- 米軍の犯罪を日本で裁けない日米地位協定
- 日本に不利な条件だった小泉純一郎氏の構造改革や郵政民営化
- 高市早苗氏による、2026年の対米投資
等、アメリカは日本に幾度も不利なルールを押し付けているのだが、これらはマスコミには殆ど報じられない。
アメリカのイラク戦争時の捕虜虐待(グァンタナモ捕虜虐待事件)やアメリカ企業による不祥事等、アメリカの印象を悪くする報道は行われない。
自民党自体がCIAによる同党への資金提供で発足した経緯があるのだが、こちらも全く報じられない。
他にも様々なタブーが存在しているので、調べてみるのも良いだろう。
対策
まず、大手メディアと言えど完全な中立ではないことを認識することが重要である。
元朝日新聞記者のジャーナリストである烏賀陽弘道は、
- 「何を書いているか」と同様に「何を書いていないか」に着目すべき。
- ウソではないが本当でもない記事がある。
- メディアは「わからない」と言いたがらない。
- 匿名発信者はモラルが下がる環境にいる。
- 引用の正確さで、発信者が事実の正確さにどの程度注意を払っているかがわかる。
という趣旨のことを述べている。
10年以上に渡りかつては知的番組の代表選手だった報道ステーションでキャスターを務めた古舘伊知郎は、『AERA』2015年7月14日号にて、「テレビは嘘しか伝えていない」ともとれる発言を行っている。
近年の影響力低下
近年、国内の選挙において、マスメディアの事前報道と実際の結果が大きく異なるケースが頻繁に見られるようになった。
例えば、2024年のアメリカ合衆国選挙では、日本だけでなく世界中のメディアが「保守」と「リベラル」が接戦してアメリカが分断しているかのように取り扱ったが、蓋を開けてみれば「保守」の圧勝であった。
2024年の東京都知事選では、大方の予想に反して、泡沫候補と見なされていた人物がSNS戦略を駆使して2位に躍進。同年10月に行われた衆議院選挙でも、ある小政党がSNSを最大限に活用して躍進を果たし、選挙におけるSNSの影響力が拡大した。
そして、同年11月に行われた兵庫県知事選挙では、過熱報道によって失職した人物に関する事実がSNSを通じて広まり、既存のマスメディアが報じてこなかった情報が明らかになった。
これ以降、日本全体でマスメディアに対する不信感が強まり、マスコミに対する反発や不信が選挙結果に大きな影響を与えるなど、選挙における世論が従来のマスメディアの報道とネット上での世論とで乖離する傾向が強まっている。
【注意】
確かに、批判されてしかるべきマスコミは多い。
だがマスコミのスクープや問題提起によって解決に導かれた事件もあり、また公権力に対しては、
批判と監視によって独裁的な運営を抑止する役割を果たしている現実も少なからずある。
マスコミそのものを全面的になくすのは現実的ではないし、マスコミ報道の難しさや宿命を理解しないまま非難するような主張は適切とは言い難い。
報道はされないが、報道しない自由に当たらない事例
◆時間的制約
大手メディアと言えど報道できる量には物理的に限界がある。
どうしても国民の関心の高いものを優先して報道しなければならず、すべてを報道するのは不可能である。
極端に言えばその辺の地下アイドルが結婚したことを報道しなかったからと言って「報道しない自由の行使だ!」と騒ぐのは、流石に酷である。
◆明らかな憶測やデマ
マスコミは基本的に
真実として裏付けが取れていなければ、むやみに報道はしない。
勿論、それが当てはまらなかった事例は多々あるのだが、
もしも事実をでっちあげて報道したとなれば完全に責任問題に発展する。
スマイリーキクチ誹謗中傷被害事件を、
潔白が証明されるまで彼に関するデマや中傷を一切報じなかったことが良い例だろう。
当然のことながら、
価値観以前に腐っても公器である以上、メディアが積極的に陰謀論を報ずるわけにはいかないのである。
◆社会的影響への配慮
例えば人質事件などは、事件が解決するまでは報道を控えるという協定が結ばれている。これは報道を見た犯人がパニックを起こし、人質を殺害してしまった事例が起きたため(雅樹ちゃん誘拐殺人事件)。
また芸能人の自殺についても、報道することで連鎖的に自殺が増加してしまうことが証明されている。特に2020年代以降は自殺報道はセンセーショナルに報じなくなっている。
性加害事件や自然災害なども被害を受けた人々の心情に配慮し、直接的な描写は避けている。
事件によっては加害者の目的が例え処罰されてでも世間の注目を集めることにあるケースもあるため、その意味でも安易な報道は逆に加害者の手助けになることも懸念されている。
◆情報における間違いの宿命
情報は大抵間違いの起こるものである。
それはマスコミより遙かに慎重なチェックがされている「公的機関の発表」や「学会で承認されてきた知識」ですら例外ではない。
調査は手詰まりになることも起こりえる。あえて報じることでさらに情報が集まるという面もある。
そうすると、ある程度情報が不十分なことを認識しつつも、どこかで調査中の情報を流すという決断も必要になる。
災害時など、速報性が求められる状況で正確さにこだわったら派生情報が集まらず、一刻を争う時には逆に取り返しのつかない事態を招くことになる。
- 結果として真実でなかった。
- 取材拒否や見つからなかったなどで真実に手が届かず、判明した部分的な真実を報じたら誤っていた。
- 十分な情報が集まらず、名誉毀損・ヘイトスピーチのリスクがあるので報じないでいたら、結果的に重要な真実を報じるのが遅くなってしまった。
こうしたことは、マスコミの限界として当然に起こりうる。
◆公平性維持の困難さ
放送法で公平さが要求されている、というのは前記されたとおりであるが、実はこれも容易なことではない。
何が公平か、というのは人それぞれであり、対立する意見の当事者は「相手の方を有利に書いた!」と被害的な感情を覚えてしまいがちになる。
自分が公平でないと思うというだけでは、不公平だと断じることはできないのだ。
また、一つの問題に対する意見は、単なる賛成反対で区切れるものではない。
「部分的に修正するなら賛成」「賛成反対決めるためにこうした情報が欲しい」等というような形で多種多様な意見が出る。
また、極端な少数意見に大半の人が支持するメジャーな意見と同じくらいに紙面を割かせたりするのは、それはそれで公平とは言い難い。
もちろん全ての意見を載せるような紙面の幅もないし、例え載せたところで読者が混乱するのは目に見えている。
無論、掲載する意見の取捨選択が適切なものとは言いがたく、それがマスコミの立場に由来すると思われるケースはある。
しかし、マスコミによる意見の取捨選択はどうしても必要と言うことは理解しなければいけない。
ネットを鵜呑みにすることの危険性
マスゴミ批判として、「マスコミが
嘘をついている」と主張する人々は多いし、確かにマスコミによる誤報の例は枚挙に暇がない。
確かにメディアは偏っている面は存在するが、
インターネットの情報を鵜呑みにするのはそれ以上に危険である。
◆マスコミの報道には責任が伴う
先述した通り、マスコミには一応の責任の所在が存在しており、特に大手メディアは報道ができるよう、
- 日本中、場合によってはアメリカ合衆国やヨーロッパ、アジア各国などの海外にまで人員や支局を置く。
- 必要に応じて専門家や関係者の話を聞く態勢も整える。
- 記者自身も厳格に採用し、常日頃から取材や勉強に励む。
と言った具合に、金と時間をかけて報道できる体制を構築している。何なら、ネットの情報の出処も彼らの揶揄するオールドメディアだった、と言うことも別に珍しいことでもない。
例えば選挙でも、多くの小選挙区では開票開始と同時に当確が示され、ハズレはほとんどないと言える水準で的中しているが、これもマスコミの取材力の高さを示す一例であろう。
そして、そんなマスコミもしばしば誤報をするのであるから、ネットの情報を書いている一個人がそんなマスコミより正確な事実を把握している可能性は決して高くない。選挙報道なら、自身のいる選挙区はともかく、日本中の選挙区でそれだけの当確を精密に出そうとすれば、結局マスコミ同様に金と時間をかけなければいけないのである。
◆ネットは真実ではなく玉石混交
ネットはマスコミより情報の絶対量が多く、チェック機能もほとんどないため、「真実ではあるが証拠不十分」な情報も流れてくる。そのため、ネットにより多くの真実が流れていることもあり得るのは確かではある。
他方、ネット情報ならば嘘ではないという事も全くない。SNSでは映像が証拠として出されることも多かったが、近年は生成AI等で簡単に嘘の動画を生み出せるようになってしまい、「映像があれば真実だ」と信じることも困難になった。
「マスコミが偏向していて、マスコミは悪意故に嘘情報を流しているのだ」という意見もある。
しかし、実際にそうだったとしてもだからネット情報は悪意はなく、偏向しておらず中立であるという保証などどこにもない。いわゆるフィルターバブルやサイバーカスケードによって、個人が知らず知らず情報を偏って集め、偏向することも起きがちなのが現在のネット環境である。
第一ネットの情報は殆どが匿名記事か、精々変名記事である。実名を出して記事を書けない時点で、ネットの情報は信頼性においてマスコミと同じ土俵に立てない。
言い換えると「ジャーナリストとして評価されたい。でもネットで馬鹿にされるのが怖いし、名前だけで偏見を持たれたくないからから実名晒すのは嫌だ」と言った姿勢や、間違った情報を流したら「自分は一般人である」ことを盾にすると言った行為はジャーナリストとしてあるまじきワガママである。
さらに、日本政府や政治家がネットの影響力を完全に無視しているとは考えにくい事例も起きている。
DAPPI事件
2010年代後半から2020年代初頭にかけて、SNS上では政治に関する匿名アカウントによる情報発信が注目を集めた。その一例として、Twitter(現:X)上で活動していた「DAPPI」というアカウントがある。
DAPPIは主に野党議員を中傷する投稿を行っていたが、2021年、立憲民主党所属議員らによる発信者情報開示請求の結果、投稿に利用されていた回線の契約者が東京都のウェブ関連会社であることが判明した。
さらに政治資金収支報告書から、この会社が自民党の連合会からウェブサイト制作などの名目で支払いを受けていたことも確認されている。同党が当該アカウントの運営や投稿内容に直接関与していたかについては、明確に認定されていないものの、この件について国会で追及された当時の岸田文雄首相は「何ら調査の必要があるとは考えていない」「報道を見る限り、判決では自民党とDappiの関係に一切触れていない」と主張し、調査の必要性を否定した。
自民党ネットサポーターズクラブ
自民党にはインターネット上での情報発信を支援する組織として、自民党ネットサポーターズクラブ(通称:ネトサポ)が存在する。同組織は2013年のネット選挙解禁に合わせてネット監視チームを立ち上げ、大手IT企業からソーシャルメディア投稿監視サービスを導入、党職員やIT関連企業のスタッフが24時間体制でネットを監視し、反自民的な書き込みを発見したら、プロバイダーに削除を要求しているばかりか、監視チームの情報はネトサポの全会員に流れる仕組みであり「事実上のネット工作では?」と指摘する声も多い。
もしもあなたが、
ニコニコ動画の全盛期を知っているなら、ある時期(2013年前後)を境に
急速にニコニコが保守化(親自民党化)していったことを憶えている人も多いだろう。ジャーナリストの新恭氏は「ネットサポーターズクラブがネット右翼全盛期を作り上げたのでは?」と指摘している。
内閣官房機密費による広告支出疑惑
内閣官房機密費とは、何に使ったかを公表する必要のない政府が使えるお金のことであり、小渕内閣で官房長官を勤めた野中広務元官房長官は2010年に、自身の在任中(小渕内閣など)に月5000万〜7000万円の官房機密費を使用していたと告白した。その使途として、首相への毎月1000万円の配分や、与野党対策、政治評論家への配布などを具体的に明かし、大きな波紋を呼んだ。現在も「ネットインフルエンサーなどに使われているのでは?」という疑惑が野党から出されている。
ネット広告に多額の支出
2025年総裁選にて有力候補の小泉進次郎氏の陣営がインターネット介入に多額の資金を提供したことが報じられ、対抗の高市早苗候補を中傷する書き込みを行ったと報道された。
また、当の高市早苗氏も首相就任後、インターネット広告に多額の資金を投入しているという疑惑が週刊誌に報じられている。
さらに大手求人サイト、クラウドワークスにて高市氏を賞賛し中国を非難する動画を製作、投稿する仕事の求人が出されている。
さらに、再生回数やいいねの不自然な水増しから、スマホ農場の支出疑惑も流れている。
日本政府によるSNS介入
日本政府や行政機関によるSNS事業者への投稿削除要請についても議論がある。イーロン・マスクが公開した統計によれば、2024年には日本の政府機関などからXに対して46648件の削除要請が提出されており、その件数は2位のトルコと比較しても非常に多いと指摘されている。ただし、これらの要請には著作権侵害や違法コンテンツへの対応なども含まれるとされるが、それでもトルコが9364件であることを考えると「不可解」な数字であると、イーロン・マスク氏は指摘している。
さらに2025年に可決されたSNS規制法案により、プラットフォームに直接政府が削除要請を行えるようになっている。事実、2025年頃から政権批判や野党の応援がXのトレンドに全く上がらなくなっていることを指摘するユーザーも多い。さらに前述した通り、Wikipedia等の百科事典サイトの書き換えや削除と言った事例も発生している。
インターネットの政治利用について
ちなみに、これら政府によるインターネット工作疑惑については大手メディアでは進次郎氏のステマ疑惑を除き一切取り上げられていない。ある野党議員が討論番組で前述のDAPPI事件について触れた際、不自然にCM入りしている。
皮肉な話だが、メディアが進化すればするほど、権力者による言論誘導は容易になっているというパラドックスが存在する(情報メディアのパラドックス)。実際に革命を達成した過去の事例(ルーマニア革命、イラン革命、ロシア革命等)は、地下新聞やカセットテープ、教会など集会場の口コミなどのアナログな情報伝達で達成しており、逆にデジタル化が進んでいる中国では、天安門事件などの情報はインターネット上で統制され、ネットは何の役にも立っていないのが現実である。
既にインターネットは我々の自由な言論の場と安易に考えず、過度な政権称賛やミスリードには気を付けるべきだろう。政党や政府等の国家規模になれば、ボタン一つでネット言論を簡単に操作できてしまうことは、政治情報を集める際は肝に銘じておくべきである。安易に与野党の称賛批判を真に受けず、必ず一次情報という捏造の可能性の低い情報をチョックしよう。「与党はマスゴミ(オールドメディア)と戦っているんだ!」と言う主張もあるが、そもそもマスコミは前述の通り本当に自分たちに都合が悪ければテレビ、新聞に一切出さないため、与党がマスコミと戦っていると言うのは実際の所、かなり怪しい。せいぜい持ちつ持たれつであると思って良いかもしれない。
大手メディアと違い、匿名の掲示板では”責任”というものが全く存在しない。個人の発信はマスコミ以上に無責任であることを肝に銘じておこう。刺激的な投稿があっても根拠を確認するのはテレビ新聞であれネットであれ、どちらでもやるべきことであるが、インターネットの場合は大手メディア以上にそれを徹底するべきである。
これらは「ネタだから」で許される問題ではない事を肝に銘じてほしい。
結論として、批判・批評と、誹謗中傷は、似て非なる行為である事を深く受け止めておくべきである。
【創作におけるマスゴミ】
平成初期ぐらいまでの日本の創作では、マスメディアが敵キャラとして登場することはあまりなかった。
理由の1つとして考えられるのは「本や映像媒体といったメディアから創作が生まれていたから」。
つまり自分たちの身内と言えるマスメディアを悪者にする発想が無かったということ。
もちろん、体制側との対決・共闘が比較的自由にできる新聞社・TV局といった立場が探偵・ヒーロー役として都合よく扱われていた側面もあるだろうし、
「敵側のマスコミ」を書く場合も、「権力やスポンサーの言いなりになる大手メディア」(敵)に対する「上の意向に逆らい正義を貫こうとする一社員」「零細企業・またはフリーランスゆえに権力のいいなりにならず戦えるマスコミ」(味方側)と善悪双方を対比させる事が多めだったのである。
『
スパイダーマン』シリーズのデイリー・ビューグル社のように、古くからマスコミがヒーローの邪魔をしていた欧米との違いと言える。
とはいえ、近年では「スパイダーマンを認めない以外は有能、政府の圧力にも屈しない清廉潔白なマスコミ」というスタンスを掲げるようになり、スパイダーマンとは奇妙な友情で結ばれている。
しかし2000年代に入ると、これまで紹介した不祥事から「マスゴミ」などというネットスラングが普及するくらいにはマスコミに悪のイメージが根付いてしまった。
そして、創作は本やテレビに留まらず、一般人の作家やアマチュア作家がネットで簡単に創作できる環境も整ったことで、マスコミ不信を物語に反映しやすくなった。
その結果、「マスゴミ」を意識したキャラクターが創作にも現れるようになってしまったのである。
またもっと後年の作品だと、動画配信者という概念の定着で誰でもマスコミになれるし、「デマを能動的に流す」を行ってしまうことでマスゴミになりうるのを反映して
- 誰が見てもアポなしでの訪問や無断での入室が認められていないであろう執務スペースに上がりこんで生配信を行い、それどころか相手の釈明に耳を傾けないことで事態の悪化につながりうるような考え方をわざと拡散する」(仮面ライダーガッチャード)
- インフルエンサー・YouTuberとして、自分を褒め称えなかった取材対象を容赦なく貶す(怨み屋本舗)
となると、倒したくても、主人公たちが守るべき民衆であるからうかつに手を出せないという、最低最悪のヴィランとして君臨することとなる。
実際ヒルカワは怪獣にぶっ殺されることもないまま、五体満足でフェードアウトと非常に後味の悪い退場となった。
近年は流石にマスゴミ批判も落ち着いたのか、ヘイトタンクや強大な悪というよりは
かませ犬としての登場も増えている。
また、近年のテレビでは過去に虚偽スクープを掴んでしまった、取材対象を自殺させてしまったなどの理由から「マスゴミ」になってしまったキャラクターが、自分はもう汚れてしまっているからと真っ当な記者には出来ないダーティな手段で、外面は綺麗な汚職政治家を追い詰めていく…という作品も見られる。(ドラマ「
相棒」など)
こう書くとまるで創作界隈もマスゴミばかりのようだが、善寄りのマスメディアもまだまだ登場している。
例えば、ウルトラシリーズにしても上記のヒルカワが異常なだけで『ウルトラマンオーブ』のSSPや『ウルトラマンブレーザー』のTKBのようにウルトラマンや防衛隊を好意的に紹介し人々に希望を与える善玉の報道局の方がむしろ多いことを付記しておく。
このあたりはある程度「秘密組織」として描写できる仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズと異なり、多数の対怪獣戦闘機やあのサイズの巨人を秘匿するのはどう考えても現実的ではないため、必然的に取材を受けることを前提としていると描写するしかなくなる…という事情もある。実際にトリヤマなど幹部に当たるGUYSメンバーの様子を見る限り、『メビウス』作中ではもっと常識的なマスコミとの意思疎通も行っているようだ。
一方で、せっかく正義のマスコミの物語を描いているにも関わらず、上述までのマスゴミの案件を引き合いに出され、「どのツラ下げてそんな口を」「自分たちが他人を批判出来る立場か?」などと批判をぶつけられてしまう一面もある。
とある悪の政治家と戦う正義のマスコミを描いたドラマにて、放送中に出演者がスキャンダルを起こした挙句、テレビ側はそれを隠して起用を続けたことで、せっかくの豪華俳優陣で失敗するはずがないとまで言われたドラマでありながら視聴率の低迷を招いてしまった。
また、某新聞社の記者書いた小説では、
「与党の国会議員が大学教授に女子高生の上納をやっていた」
「事実を隠蔽しようとする強大な国家権力」
「立ち上がったのは七人の記者」
…という筋書きなのだが、よりによって某テレビ局がアナウンサーの上納問題が叫ばれていた時期に発表されてしまった。
当然ながら発売よりも前に失笑されてまともに取り上げられなかった。
【最後に】
SNSの発達によって誰でも簡単に情報を得られるようになった今、現代における情報の重要性は計り知れないほど大きなものとなっている。
この時代において、マスコミの持つ責任の大きさとその意味を、報道をする側も受ける側も真剣に考える必要があるだろう。
追記・修正は中立的観点からお願いします。
相談所での議論の結果、コメント欄を撤去しました。
相談所に意見を求めずに勝手にコメント欄を復活させることは、IP規制などの対処が課せられる事態になりかねないため、そのようなことはしないようにお願いします。
最終更新:2026年08月04日 07:50