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マスゴミ

登録日:2010/02/02 Tue 21:18:20
更新日:2026/08/04 Tue 07:50:48
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G7最下位 お前らの天敵 お前らの最大の敵 こたつ記事 オールドメディア コメント欄撤去記事 ゴシップ ジャーナリズムの敗北 スクープ スラング デマ ネットde真実 バッシング パパラッチ フェイクニュース プロパガンダ マスコミ ←とは別 マスゴミ マスメディア マスメディアの敗北 メディアリテラシー レッテル貼り 偏向報道 偽り 偽善 偽情報 偽証 利権 劇場型犯罪 反ジャーナリズム 国民の敵 報道 報道しない自由 報道の自由 大いなる責任 嫌われ者 強い者の味方 恥さらし 恥知らず 情報操作 情報災害 情報統制 所要時間が当てにならない項目 捏造 政府の手先 政府の犬 日本の恥 日本の敵 日本人の敵 時代遅れ 時代錯誤 権力大好き 欺瞞 汚い大人の見本市 洗脳 炎上 無責任 癒着 社会問題 第四の権力 蔑称 言ったもん勝ち 記者クラブ 誤報 謀略 責任放棄 責任転嫁 資本主義 資本主義の犬 金が全て 金儲け 陰謀 陰謀劇 陰謀屋 陰謀論 隠蔽 隠蔽体質 隠蔽疑惑 隠蔽能力 隠蔽? 電波利権




【注意】

これは一部のメディアに対するネットスラングの解説項目であり、全ての媒体・記者がそうだとは限りません。






「ご承知の通り私はマスコミとずっと戦争をしている」

「連中は地上で特に嘘つきな人間だ」
──ドナルド・トランプ氏の発言より。


「お前らマスコミやないわい、
マスゴミじゃ!」
──大映映画『野良犬』での主人公・鴨居大介のセリフより。*1

マスゴミとは、捏造・偏った報道等をするマスコミに対して使われる蔑称(スラング)である。


【概要】

そもそも「報道」のあるべき姿とはいったい何であろうか?

日本の放送法では、その4条において

政治的に公平であること」
「報道は事実を曲げないですること」
「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」

と規定されている。要は公平に、事実をあるがまま、多角的な視点で報道する……というのが報道人の目指すべき姿勢であるということである。
まあこれに関してはだいたいの人が同意するだろう。

だができるだけ公平に、とは言ってもマスコミも人間である。その報道にある程度のバイアスがかかることは避けられない。
ある人間の価値観が他の人間のとそれと異なる、ということは当然のことで、誰にとっても「公平」な報道など行えようはずがないのである。

したがって、このことを理解したうえで
「可能な限り公平な報道を心掛けること」
「発生するバイアスをなるべく小さなものにすること」
「事実と異なる報道を排除すること」
「多くの意見を取り入れることで偏りを減らすこと」
というのが上記既定の真意であり、報道人のあるべき姿と言えるだろう。

……しかし、時としてこの姿勢をかなぐり捨てるマスコミが現れることがある。
そうしたとき、そのマスコミは人々から侮蔑と嫌悪を込めて「マスゴミ」と呼ばれるのである。

なおこういう問題はマスコミの誕生と共に発生したようで、明治時代には既に羽織ゴロという罵倒語があった。
また韓国にもマスゴミとほぼ同じ意味のキレギという言葉がある。

【モラルの欠けた報道】

「マスゴミ」と呼ばれる理由の一つに取材や報道時のモラルの欠如があげられる。
近年は流石に報道倫理が強化され、このような取材は減っているが、いまだに指摘される事項も多い。

◆全く事実無根の虚偽情報を流す

  • 警察の捜査線上にすら上がっていない無実の人間を、記者の判断で容疑者として報道する。
  • 連続誘拐殺人事件にて、「犯人のアジト」として無関係な空き家を地図付きで報道する。

◆専門家や出演者の発言の一部を切り取って趣旨を捻じ曲げたり、制作側の主張を専門家に発言するよう求める

  • 納豆ダイエット事件に於いて、専門家の発言に嘘の字幕を入れて捏造する。

◆事件や災害に便乗して、人の心をえぐるような報道・取材を行い、不快感を煽る

  • 1985年の日航機墜落事故で、家族を失い1人残った生存者の少女を執拗に追いかけ、挙句入院先に不法侵入。
  • 京都アニメーション放火事件の犠牲者について、実名公表を拒否する遺族が複数いる*2のに、徒党を組んで警察に執拗に全員の実名公表を要求。なお京都府警はこれに屈した。
  • 遺族の「顔写真を報道しないで欲しい」という訴えを退けておきながら、事故を起こした人間の顔写真は公開しない。
  • 犯罪加害者のあからさまに無理のある「騙された」「ハメられた」という言い訳を、まともな読者が怒るのが明白なのに「罪の告白」「明かされた真実」などという文脈で取材記事として紹介する。
    • これはマスコミ側としては「当社では人権に配慮した記事が書けますよ」という投資家へのコンプライアンスアピールになるし、犯罪加害者側としては自分の社会復帰の可能性や市場価値をゼロにしないための工作になる。

◆取材対象への個人情報流出

  • オウム真理教(現アーレフ)に対してTBSが取材情報を公開する。後に坂本弁護士一家拉致殺害事件に繋がる一因になった。
  • とある野球選手の新居の住所を突き止め、周辺住民に野球選手が引っ越してくると教えて回る。結果として、その野球選手は新居を手放す事態に。

◆取材対象者への無礼

  • まだ検察の裏付けが取れていない、裁判中などの理由で「推定無罪」*3の人間を実名報道とともに犯罪者として世論誘導を行う。
    のちに無罪であることが分かっても謝罪をせず、「SNSで匿名の人間たちに貶された」などと責任転嫁する
  • 取材の際に「宣伝になる」「中立性確保」「自分たちにも金がない」ことを理由に経費を払わない。謝礼なしは当然とされるばかりか取材対象者が負担した実費にも対象者の自腹を要求する。
  • eスポーツやボイスロイド作曲家に対して、「ネガティブな印象操作など、取材対象を貶す目的での取材」であることを明かさずに撮影を行う。
    キャスターやコメンテーターが取材対象を口々に貶している際に何のフォローもしない。
  • 取材で話したことが編集され、取材対象者の意に沿わない内容で報道される。自身による事前の公正を要求しても「編集の自由」で拒否。問題ある発言になった場合の不利益は全て取材対象者に向けられる。
  • 裁判取材において、「裁判長の制止を無視して法廷のヒナ壇に上がって撮影する」など、当該裁判の進行に悪影響を及ぼすような写真撮影を行う。これがきっかけで刑事事件・民事事件共に1950年代には公判本番中のカメラ撮影そのものが法的に禁止された。
  • とある野球選手に対してあまりに過激な取材をしていたことから、野球球団から事実上の出禁を突きつけられる。
    それに対するカウンターとして、その野球選手にとって先輩でもある野球選手をテレビ番組の看板を背負わせてインタビュワーとしてけしかける。

◆不祥事・犯罪

  • 情報を手に入れるため、女性公務員を泥酔させて強姦。その証拠を使って彼女を脅して情報を流させる。しかもその情報を、自分の所属するメディアで公表する前に、野党に流して追及させる。事が事なので当該記者と公務員は逮捕された。公務員は一審で罪を争わず有罪が確定したが、記者は最高裁まで自分の正当性を争った。
  • まだ捕まっていない・逃亡中の殺人犯に接触してインタビュー。しかも殺人犯の持っていた証拠を隠滅し、逃亡資金を与えた。犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪で逮捕。

◆自作自演

  • 自ら珊瑚礁へ落書きを行い、その写真を収め、「日本人は、落書きにかけては今や世界に冠たる民族かもしれない。」と記事を書き上げる
  • 街角インタビューと称して桜を雇い、世間一般の意見と称して台本通りの発言をさせる

◆上記の行為に対して謝罪をしない

  • 不祥事が発覚しても、謝罪をしない、もしくはよく探さないと気付かないところに小さく掲載し、それで「禊は済んだ」ことにする。
  • 自社の謝罪文・訂正文が検索されないように工作する。
  • 多くの人間の人生を狂わせた上記のやらかしを10秒ちょっとの謝罪で済ませる。
  • 新聞記者のSNSアカウントで非常識な発言をしたり、自社の常軌を逸した取材に対しての批判で逆ギレを繰り返す。

【報道しない自由または報道のタブー】

報道しない自由とは、上述の行き過ぎた取材や報道とは逆に、テレビや新聞などの大手メディアが本来報道すべき事例を報道しない行為を、報道の自由になぞらえて皮肉を込めて呼んだネットスラングである。近年では前述のモラルに欠けた報道以上にこちらの方が槍玉にあがることが多い。
あのWikipediaにも「報道におけるタブー」として個別項目がある。

我が国は憲法で言論の自由が保障されているのだが、実は大手マスメディアにおいてはマスコミによる自己都合で報道が控えられる、または全く報じない事例が存在する。
フランスに拠点を置く組織、国境なき記者団が毎年発表する報道の自由度ランキングにおける日本の順位は180ヵ国中66位(2025年発表)。

確かに半分より上だがG7諸国ではダントツの最下位である。財閥社会である韓国ですら61位で日本より上である。
国境なき記者団が特に問題視したのがメディアが権力に忖度をして報道が控えられるという点である。このようなメディアの姿勢により、国民が本来知るべき課題や問題が認知されず民主主義が停滞するという問題も引き起こしてしまう。

なお、こうしたことへの対抗言説として「報道が大本営発表しかないような中国やロシアと比べると全然健全」というものが存在するが、2025年時点で中国はランキング178位と最底辺クラスで、ロシアも171位と底辺と呼べるクラスと、流石に比較対象からして無理のある日本賛美である。
そもそも日本では権力批判自体こそ存在するがその殆どがワイドショー的なエンタメに過ぎず、歴史に残るスキャンダルでもない限り本気の権力批判までは稀で、新首相就任の時期になるとこぞってマスコミや出版各社が多少の「メディアのオモチャ」扱いがあるにせよ新首相礼賛ムードになるので…

主な要因

まず、大手マスコミは公共性があると言えど民間企業である
当然、自分たちの商売が成り立たなくなってしまったり、国民からの信用を失ってしまうことは絶対に避けたいものであり、そうなりうる報道は行われなくなる。
公共放送に関しては、民間の事情に関してはある程度の自由はあるものの、それでも政府傘下組織であることは否めず、結果的に政府都合により報道しない自由を行使してしまう事例も珍しくない。
また、日本の場合はテレビ局と新聞社がオーナーシップを結んでいるため、テレビを新聞が監視する(またはその逆)というのがしづらい構造になっている。

主な事例

◆記者クラブタブー

現在の日本マスコミ最大のタブーと言われる。
アニオタ民も首相官邸で記者会見を行っているのをニュースで見ると思うが、実はあの場には記者クラブというものに所属しなければ入ることすらできない
記者クラブというのは大手メディアのみが所属できる組織のようなものであり、海外記者やフリーランスは原則所属は不可能である。
ニュースで「政府関係者によると…」「警視庁によりますと…」といった発言をするのは、記者クラブを介して政府機関が発表しているためである。

もしも政府機関の機嫌を損ねれば、おおむね記者クラブから除名とされるため、これにより記者の質問がテンプレート化し、鋭い質問が行われなくなるという弊害が起きている。国境なき記者団が特に問題視した事例である。ひどい場合は、政府機関が記事を検閲して発表許可を出していることさえある。

さらに、記者クラブ所属の記者に対して賄賂や娼婦で政府機関が懐柔している事例が告発されている。

◆マスメディアタブー

大手マスコミは自社や社員の不祥事を大々的に取り扱わない。
これだけであればまだしも、問題は他のテレビ局や新聞社も同様に扱わなくなるという点である。マスコミ業界全体が自分たちの信用低下を恐れて報じなくなることが指摘されている。

また、電波オークションについても一切触れられない。
電波オークションとは公共の電波を競売にかけることである。実は電波というものは有限であり、一度電波を独占してしまうと、その周波数帯は使用できない。そのため特に強力な電波は公共の電波とも呼ばれ、毎年高額な使用料が発生する。
しかし、大手テレビ局は電波オークションを行わず、結果的に割安で公共の電波を使用していると言われる。

◆芸能プロダクションタブー

恐らくアニオタ民にとって最も有名なタブー

巨大な芸能事務所、またはそれに所属する芸能人の不祥事は報じない。ジャニー喜多川氏の性加害騒動を長年に亘って沈黙してきた事件が記憶に新しいだろう。

ただし、このタブーについては近年はやや緩和されつつある。ネットの広がりによりもはや隠し切れなくなったのが理由の一つである*4

現状、唯一の国民によって打破されたタブーであるともいえる。

◆財務省、緊縮財政タブー

財務省に関する批判は報じられない。さらに積極財政に関して肯定的な報道はなされない。財務省解体デモにてこのタブーを知ったアニヲタ民も多いだろう。

財務省とは国の経理に当たる省庁である。予算をどう使うかという予算配分権や、傘下組織の国税庁による税収の徴収権も持っている。これはつまり、金を使う側と集める側の両方を兼ねてしまっているため、省庁の中でも特に強い権力を持っている。

緊縮財政とは税金を多く集めて国の支出を減らし、国の財政を良くしようという思想である。反対に積極財政とは減税や補助金などで国民を豊かにし、経済を活性化させようという思想である。

ご存じの通り、我が国は失われた30年としてバブル崩壊以降一度も景気が良くなっていない。諸外国では不景気の時は積極財政で景気を良くし、景気の過熱の際は緊縮財政を実行するというのが当たり前に行われており、リーマンショックなどはとっくに乗り越えている。しかし、大手マスコミは緊縮財政側の主張を一方的に報じ、減税等の積極財政派の主張を黙殺している。

さらに国の借金という名で財政破綻を煽るような報道を行ってきた。この「国の借金」は財政破綻する可能性は極めて低いとする専門家、政治家も多く存在する。


森永卓郎氏は自著「書いてはいけない」にて、「財務省が国税庁の税務調査を用いてマスコミに圧力をかけている」と主張している。同様の主張は、元東京都知事の石原慎太郎氏も記者会見で述べている。

かつて、プライマリーバランスの黒字化を廃止し、積極財政に転換しようとした某総理大臣が「カップラーメンの値段がわからない」としてマスコミから袋叩きにあったのを覚えてる人も多いだろう。


森永氏によれば、かつてテレビ朝日で放送された「ニュース・ステーション」にて消費税を徹底的に批判したところ、国税庁の税務調査が入り大量の追加徴税を取られてしまい、結局番組は打ち切られてしまったという。
野田政権下での消費税増税に批判的な社説を掲載した毎日新聞も同様の目に遭っている。


◆スポンサー・広告代理店タブー

大手マスコミはお得意様であるスポンサー企業の不祥事は報じない。大企業における社員の過労死等の不祥事は全く取り上げられない。
また、CM枠を売る仲介である広告代理店の不祥事も大きく報じない。2021年の東京オリンピックは広告代理店による不正が相次いだにも関わらず、一切取り上げられていない。

◆桜タブー(警察)

桜とは警察の紋章のことである。
警察官が犯罪を犯すと実名報道されないパターンがある。また、諸外国から批判されている人質司法や別件逮捕、警察の裏金問題などは報じられない。実際に警察不祥事を報道したメディアに警察が家宅捜索に入った事例がある
マスコミは警察24時などの警察活動に密着したドキュメンタリー番組を頻繁に制作しているが、マスコミ・警察双方が利益を享受しているとの指摘がある。


◆外国人、移民タブー

移民や外国人に対する批判は報じられない、または移民による犯罪は報じられない。
移民の大量流入は文化の軋轢や現地民の賃金低下を招き、治安の悪化等の問題を引き起こす。さらに、社会保障費の増大で結果的には経済にマイナスになるという主張も数多く存在する。実際にヨーロッパやアメリカで移民問題は大きな争点になっている。
しかし、メディアは産経新聞等の保守路線除き、移民は労働力不足を補い、移民反対は差別によるヘイトであるという主張で一貫している。
ドイツで発生したケルンにおける移民による大規模性的暴行事件や、日本国内の移民による事件はほとんど報じない。
高市早苗氏による、2026年からの外国人123万人受け入れとその後の特定2号の上限廃止は明らかな移民政策であり、高市氏は保守層を深く失望させたのだが、こちらも全く報じられなかった。

◆アメリカタブー

アメリカ合衆国に対する批判は報じられない。
  • 事実上の日本潰しであったプラザ合意
  • 日本の技術産業を後退させた日米半導体協定
  • 日本の景気が良くならない原因となったBIS規制
  • 米軍の犯罪を日本で裁けない日米地位協定
  • 日本に不利な条件だった小泉純一郎氏の構造改革や郵政民営化
  • 高市早苗氏による、2026年の対米投資
等、アメリカは日本に幾度も不利なルールを押し付けているのだが、これらはマスコミには殆ど報じられない。
アメリカのイラク戦争時の捕虜虐待(グァンタナモ捕虜虐待事件)やアメリカ企業による不祥事等、アメリカの印象を悪くする報道は行われない。
自民党自体がCIAによる同党への資金提供で発足した経緯があるのだが、こちらも全く報じられない。

他にも様々なタブーが存在しているので、調べてみるのも良いだろう。

対策

まず、大手メディアと言えど完全な中立ではないことを認識することが重要である。
元朝日新聞記者のジャーナリストである烏賀陽弘道は、

  • 「何を書いているか」と同様に「何を書いていないか」に着目すべき。
  • ウソではないが本当でもない記事がある。
  • メディアは「わからない」と言いたがらない。
  • 匿名発信者はモラルが下がる環境にいる。
  • 引用の正確さで、発信者が事実の正確さにどの程度注意を払っているかがわかる。
という趣旨のことを述べている。

10年以上に渡りかつては知的番組の代表選手だった報道ステーションでキャスターを務めた古舘伊知郎は、『AERA』2015年7月14日号にて、「テレビは嘘しか伝えていない」ともとれる発言を行っている。

近年の影響力低下

近年、国内の選挙において、マスメディアの事前報道と実際の結果が大きく異なるケースが頻繁に見られるようになった。
例えば、2024年のアメリカ合衆国選挙では、日本だけでなく世界中のメディアが「保守」と「リベラル」が接戦してアメリカが分断しているかのように取り扱ったが、蓋を開けてみれば「保守」の圧勝であった。
2024年の東京都知事選では、大方の予想に反して、泡沫候補と見なされていた人物がSNS戦略を駆使して2位に躍進。同年10月に行われた衆議院選挙でも、ある小政党がSNSを最大限に活用して躍進を果たし、選挙におけるSNSの影響力が拡大した。

そして、同年11月に行われた兵庫県知事選挙では、過熱報道によって失職した人物に関する事実がSNSを通じて広まり、既存のマスメディアが報じてこなかった情報が明らかになった
これ以降、日本全体でマスメディアに対する不信感が強まり、マスコミに対する反発や不信が選挙結果に大きな影響を与えるなど、選挙における世論が従来のマスメディアの報道とネット上での世論とで乖離する傾向が強まっている。

【注意】

確かに、批判されてしかるべきマスコミは多い。
だがマスコミのスクープや問題提起によって解決に導かれた事件もあり、また公権力に対しては、
批判と監視によって独裁的な運営を抑止する役割を果たしている現実も少なからずある。
マスコミそのものを全面的になくすのは現実的ではないし、マスコミ報道の難しさや宿命を理解しないまま非難するような主張は適切とは言い難い

報道はされないが、報道しない自由に当たらない事例

◆時間的制約

大手メディアと言えど報道できる量には物理的に限界がある
どうしても国民の関心の高いものを優先して報道しなければならず、すべてを報道するのは不可能である。
極端に言えばその辺の地下アイドルが結婚したことを報道しなかったからと言って「報道しない自由の行使だ!」と騒ぐのは、流石に酷である。

◆明らかな憶測やデマ

マスコミは基本的に真実として裏付けが取れていなければ、むやみに報道はしない。
勿論、それが当てはまらなかった事例は多々あるのだが、もしも事実をでっちあげて報道したとなれば完全に責任問題に発展する。
スマイリーキクチ誹謗中傷被害事件を、潔白が証明されるまで彼に関するデマや中傷を一切報じなかったことが良い例だろう。
当然のことながら、価値観以前に腐っても公器である以上、メディアが積極的に陰謀論を報ずるわけにはいかないのである。

◆社会的影響への配慮

例えば人質事件などは、事件が解決するまでは報道を控えるという協定が結ばれている。これは報道を見た犯人がパニックを起こし、人質を殺害してしまった事例が起きたため(雅樹ちゃん誘拐殺人事件)。

また芸能人の自殺についても、報道することで連鎖的に自殺が増加してしまう*6ことが証明されている。特に2020年代以降は自殺報道はセンセーショナルに報じなくなっている。
性加害事件や自然災害なども被害を受けた人々の心情に配慮し、直接的な描写は避けている。
事件によっては加害者の目的が例え処罰されてでも世間の注目を集めることにあるケース*7もあるため、その意味でも安易な報道は逆に加害者の手助けになることも懸念されている。

◆情報における間違いの宿命

情報は大抵間違いの起こるものである。
それはマスコミより遙かに慎重なチェックがされている「公的機関の発表」や「学会で承認されてきた知識」ですら例外ではない。
調査は手詰まりになることも起こりえる。あえて報じることでさらに情報が集まるという面もある。
そうすると、ある程度情報が不十分なことを認識しつつも、どこかで調査中の情報を流すという決断も必要になる。
災害時など、速報性が求められる状況で正確さにこだわったら派生情報が集まらず、一刻を争う時には逆に取り返しのつかない事態を招くことになる。

  • 結果として真実でなかった。
  • 取材拒否や見つからなかったなどで真実に手が届かず、判明した部分的な真実を報じたら誤っていた。
  • 十分な情報が集まらず、名誉毀損・ヘイトスピーチのリスクがあるので報じないでいたら、結果的に重要な真実を報じるのが遅くなってしまった。

こうしたことは、マスコミの限界として当然に起こりうる。

◆公平性維持の困難さ

放送法で公平さが要求されている、というのは前記されたとおりであるが、実はこれも容易なことではない。
何が公平か、というのは人それぞれであり、対立する意見の当事者は「相手の方を有利に書いた!」と被害的な感情を覚えてしまいがちになる。
自分が公平でないと思うというだけでは、不公平だと断じることはできないのだ。

また、一つの問題に対する意見は、単なる賛成反対で区切れるものではない。
「部分的に修正するなら賛成」「賛成反対決めるためにこうした情報が欲しい」等というような形で多種多様な意見が出る。
また、極端な少数意見に大半の人が支持するメジャーな意見と同じくらいに紙面を割かせたりするのは、それはそれで公平とは言い難い。

もちろん全ての意見を載せるような紙面の幅もないし、例え載せたところで読者が混乱するのは目に見えている。

無論、掲載する意見の取捨選択が適切なものとは言いがたく、それがマスコミの立場に由来すると思われるケースはある。
しかし、マスコミによる意見の取捨選択はどうしても必要と言うことは理解しなければいけない。

ネットを鵜呑みにすることの危険性

マスゴミ批判として、「マスコミがをついている」と主張する人々は多いし、確かにマスコミによる誤報の例は枚挙に暇がない。
確かにメディアは偏っている面は存在するが、インターネットの情報を鵜呑みにするのはそれ以上に危険である

◆マスコミの報道には責任が伴う

先述した通り、マスコミには一応の責任の所在が存在しており、特に大手メディアは報道ができるよう、
  • 日本中、場合によってはアメリカ合衆国やヨーロッパ、アジア各国などの海外にまで人員や支局を置く。
  • 必要に応じて専門家や関係者の話を聞く態勢も整える。
  • 記者自身も厳格に採用し、常日頃から取材や勉強に励む。
と言った具合に、金と時間をかけて報道できる体制を構築している。何なら、ネットの情報の出処も彼らの揶揄するオールドメディアだった、と言うことも別に珍しいことでもない。
例えば選挙でも、多くの小選挙区では開票開始と同時に当確が示され*8、ハズレはほとんどないと言える水準で的中しているが、これもマスコミの取材力の高さを示す一例であろう。
そして、そんなマスコミもしばしば誤報をするのであるから、ネットの情報を書いている一個人がそんなマスコミより正確な事実を把握している可能性は決して高くない。選挙報道なら、自身のいる選挙区はともかく、日本中の選挙区でそれだけの当確を精密に出そうとすれば、結局マスコミ同様に金と時間をかけなければいけないのである。

◆ネットは真実ではなく玉石混交

ネットはマスコミより情報の絶対量が多く、チェック機能もほとんどないため、「真実ではあるが証拠不十分」な情報も流れてくる。そのため、ネットにより多くの真実が流れていることもあり得るのは確かではある。
他方、ネット情報ならば嘘ではないという事も全くない。SNSでは映像が証拠として出されることも多かったが、近年は生成AI等で簡単に嘘の動画を生み出せるようになってしまい、「映像があれば真実だ」と信じることも困難になった。

「マスコミが偏向していて、マスコミは悪意故に嘘情報を流しているのだ」という意見もある。
しかし、実際にそうだったとしてもだからネット情報は悪意はなく、偏向しておらず中立であるという保証などどこにもない。いわゆるフィルターバブル*9やサイバーカスケード*10によって、個人が知らず知らず情報を偏って集め、偏向することも起きがちなのが現在のネット環境である。

第一ネットの情報は殆どが匿名記事か、精々変名記事である。実名を出して記事を書けない時点で、ネットの情報は信頼性においてマスコミと同じ土俵に立てない。
言い換えると「ジャーナリストとして評価されたい。でもネットで馬鹿にされるのが怖いし、名前だけで偏見を持たれたくないからから実名晒すのは嫌だ」と言った姿勢や、間違った情報を流したら「自分は一般人である」ことを盾にすると言った行為はジャーナリストとしてあるまじきワガママである。

さらに、日本政府や政治家がネットの影響力を完全に無視しているとは考えにくい事例も起きている。


大手メディアと違い、匿名の掲示板では”責任”というものが全く存在しない。個人の発信はマスコミ以上に無責任であることを肝に銘じておこう。刺激的な投稿があっても根拠を確認するのはテレビ新聞であれネットであれ、どちらでもやるべきことであるが、インターネットの場合は大手メディア以上にそれを徹底するべきである。

これらは「ネタだから」で許される問題ではない事を肝に銘じてほしい。

結論として、批判・批評と、誹謗中傷は、似て非なる行為である事を深く受け止めておくべきである。

【創作におけるマスゴミ】

平成初期ぐらいまでの日本の創作では、マスメディアが敵キャラとして登場することはあまりなかった。
理由の1つとして考えられるのは「本や映像媒体といったメディアから創作が生まれていたから」。
つまり自分たちの身内と言えるマスメディアを悪者にする発想が無かったということ。
もちろん、体制側との対決・共闘が比較的自由にできる新聞社・TV局といった立場が探偵・ヒーロー役として都合よく扱われていた側面もあるだろうし、
「敵側のマスコミ」を書く場合も、「権力やスポンサーの言いなりになる大手メディア」(敵)に対する「上の意向に逆らい正義を貫こうとする一社員」「零細企業・またはフリーランスゆえに権力のいいなりにならず戦えるマスコミ」(味方側)と善悪双方を対比させる事が多めだったのである。
スパイダーマン』シリーズのデイリー・ビューグル社のように、古くからマスコミがヒーローの邪魔をしていた欧米との違いと言える。
とはいえ、近年では「スパイダーマンを認めない以外は有能、政府の圧力にも屈しない清廉潔白なマスコミ」というスタンスを掲げるようになり、スパイダーマンとは奇妙な友情で結ばれている。*11

しかし2000年代に入ると、これまで紹介した不祥事から「マスゴミ」などというネットスラングが普及するくらいにはマスコミに悪のイメージが根付いてしまった。
そして、創作は本やテレビに留まらず、一般人の作家やアマチュア作家がネットで簡単に創作できる環境も整ったことで、マスコミ不信を物語に反映しやすくなった。
その結果、「マスゴミ」を意識したキャラクターが創作にも現れるようになってしまったのである。


またもっと後年の作品だと、動画配信者という概念の定着で誰でもマスコミになれるし、「デマを能動的に流す」を行ってしまうことでマスゴミになりうるのを反映して
  • 誰が見てもアポなしでの訪問や無断での入室が認められていないであろう執務スペースに上がりこんで*12生配信を行い、それどころか相手の釈明に耳を傾けないことで事態の悪化につながりうるような考え方をわざと拡散する」(仮面ライダーガッチャード
  • インフルエンサー・YouTuberとして、自分を褒め称えなかった取材対象を容赦なく貶す(怨み屋本舗
となると、倒したくても、主人公たちが守るべき民衆であるからうかつに手を出せないという、最低最悪のヴィランとして君臨することとなる。
実際ヒルカワは怪獣にぶっ殺されることもないまま、五体満足でフェードアウトと非常に後味の悪い退場となった*13

近年は流石にマスゴミ批判も落ち着いたのか、ヘイトタンクや強大な悪というよりはかませ犬としての登場も増えている。
また、近年のテレビでは過去に虚偽スクープを掴んでしまった、取材対象を自殺させてしまったなどの理由から「マスゴミ」になってしまったキャラクターが、自分はもう汚れてしまっているからと真っ当な記者には出来ないダーティな手段で、外面は綺麗な汚職政治家を追い詰めていく…という作品も見られる。(ドラマ「相棒」など)

こう書くとまるで創作界隈もマスゴミばかりのようだが、善寄りのマスメディアもまだまだ登場している。

例えば、ウルトラシリーズにしても上記のヒルカワが異常なだけで『ウルトラマンオーブ』のSSPや『ウルトラマンブレーザー』のTKBのようにウルトラマンや防衛隊を好意的に紹介し人々に希望を与える善玉の報道局の方がむしろ多いことを付記しておく。
このあたりはある程度「秘密組織」として描写できる仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊シリーズと異なり、多数の対怪獣戦闘機やあのサイズの巨人を秘匿するのはどう考えても現実的ではないため、必然的に取材を受けることを前提としていると描写するしかなくなる…という事情もある*14。実際にトリヤマなど幹部に当たるGUYSメンバーの様子を見る限り、『メビウス』作中ではもっと常識的なマスコミとの意思疎通も行っているようだ。

一方で、せっかく正義のマスコミの物語を描いているにも関わらず、上述までのマスゴミの案件を引き合いに出され、「どのツラ下げてそんな口を」「自分たちが他人を批判出来る立場か?」などと批判をぶつけられてしまう一面もある。

とある悪の政治家と戦う正義のマスコミを描いたドラマにて、放送中に出演者がスキャンダルを起こした挙句、テレビ側はそれを隠して起用を続けたことで、せっかくの豪華俳優陣で失敗するはずがないとまで言われたドラマでありながら視聴率の低迷を招いてしまった。*15

また、某新聞社の記者書いた小説では、
「与党の国会議員が大学教授に女子高生の上納をやっていた」
「事実を隠蔽しようとする強大な国家権力」
「立ち上がったのは七人の記者」
…という筋書きなのだが、よりによって某テレビ局がアナウンサーの上納問題が叫ばれていた時期に発表されてしまった
当然ながら発売よりも前に失笑されてまともに取り上げられなかった。*16

【最後に】

SNSの発達によって誰でも簡単に情報を得られるようになった今、現代における情報の重要性は計り知れないほど大きなものとなっている。
この時代において、マスコミの持つ責任の大きさとその意味を、報道をする側も受ける側も真剣に考える必要があるだろう。

追記・修正は中立的観点からお願いします。
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相談所での議論の結果、コメント欄を撤去しました。
相談所に意見を求めずに勝手にコメント欄を復活させることは、IP規制などの対処が課せられる事態になりかねないため、そのようなことはしないようにお願いします。
最終更新:2026年08月04日 07:50

*1 ちなみに『野良犬』が公開されたのは1966年であり、インターネットが生まれる以前からこの言葉はあった事になる。

*2 ガソリンによる放火事件とあって、犠牲者や重傷者の状態が悪く遺族の精神的ショックが大きかった

*3 刑事裁判において、被告人が有罪判決を受けて刑が確定するまでは、罪を犯していない者として扱わなければならないという刑事裁判の大原則

*4 実際に本件によるジャニーズ事務所の事実上の廃業直後、一部の番組で「喜多川側からマイナスイメージになる内容を報道しないよう脅迫があった」ことを示唆する発言がカットされずに放送されたケースが見られた

*5 ただし、片山氏は過去に生活保護バッシングの急先鋒に立ったこともあり、どちらかと言うと緊縮財政派に属する議員である。実際に現在も「責任ある積極財政」として、国債発行を行わず、減税も全く行われていない。

*6 「ウェルテル効果」という。

*7 最たる例が犯罪で世間の注目を集めて自己の主張を世間に訴えるテロリストである。

*8 通称「ゼロ打ち当確」。投票時間内に当確を示すのは投票に不当な影響を与えかねないため行われない。

*9 検索者の閲覧履歴などから出される予測検索から、検索者の価値観や思考に合致する情報が開示されやすくなる状態。結果として当人の価値観や思考が強化されてしまう。

*10 特定の思想を持った人たちが開かれた環境で閉鎖的な集団を形成し、尖鋭化した極端な意見が幅を利かせる現象。

*11 スパイダーマンが新聞社を救うために捏造写真を用意したのにマスコミに突っぱね返されて、『どうすりゃいいんだよ…』と夕日に項垂れるスパイダーマンの姿は最早伝説となっている

*12 そもそも大教大付属池田小事件以降、学校である時点で原則的に部外者は(生徒の身内を呼ぶ必要のあるイベントの日以外は)防犯上・テロ対策上立ち入りは認められない。この意味では錬金アカデミー関係なしに問題ある行動である

*13 さすがに社会的信用を失ったことは暗示されているし、超全集などの公式書籍だと「実際そうなったのでジャーナリストとしては社会的に死んだし、行方不明」とフォローされてはいる

*14 実際にSSPは「常識やモラルの範囲でウルトラマンオーブに直撃取材を行えないだろうか」といろいろ検討していた時期がある。「ニセモノのブルース」でニセオーブがいったん姿を地球人のものに戻した際にSSPメンバーが飛びついたのも「目の前にいる、この馬場氏がオーブの正体」と判断したのも一因

*15 それ以外にも、「主人公のキャスターが自身の部下であるADに自身の正義を押し付けるあまり、目の前で脚本を破り捨てるなどのパワハラを働いた」など、近年の倫理観的に正義の味方というにはやや苦しい表現が含まれた点も大きい

*16 これには『プチエンジェル事件』という元ネタがあるのだが、正直都市伝説クラスであり、『顧客名簿に名前が載っていた皇族関係者』も『取材中に命を落としたジャーナリスト』も正しいソースが不明で根拠に乏しい。