※マイルズとリーリエの話、CP要素なし
眠れないのはいつものことだ。その時間を無駄にしないために書斎で日記を綴ることは、いつの間にか俺にとって欠かせない習慣になっていた。目的のために今日思考したこと、読んだ文献、次の実験計画のことでどうせページはすぐに埋まる。
『リーリエは相変わらず。今日は薬草を間違えて実験を台無しにした。しばらく部屋で反省させた後、もう十分だろうと思い、食事の用意をしろと呼んだが来なかった。そんなに落ち込んでるのかとあいつの自室まで様子を見に行ったら、部屋に生えたらしい白いキノコをつついて遊んでいた。得体のしれないものに触るな。あほらしい。』
そう書いてペンを止める。必要ないはずの、今日の弟子の愚行まで書いてしまっていた。そして、思い返せば昨日も、一昨日もその前からもずっとそうだということに気づいた。腹立たしい。
リーリエ・クライアが俺の助手、もしくは弟子になって早くも5年が経つ。5年。5年だ。何日にも渡って弟子入りを志願してきた少女……俺が上っ面だけで吐いた世辞を真に受けて、自らあのカエルムを退学した考えなしの馬鹿娘は、ついに在学し続けて真面目に学んでいれば、カエルムを卒業できたであろう年齢になってしまった。
大抵の人間であれば5年の月日のうちに成長し、さぞ師の役に立ってくれることだろうが、彼女は相変わらず俺の邪魔しか出来ることがない。リーリエが5年のうちに上達したものといえば、料理の腕ぐらいか。なぜ料理や菓子作りで詳細に計量できる人間が、錬金術となると途端に大雑把な手つきになり、使い物にならなくなるのか。わざとやっているのかと泣くまで詰めたことがあるが、彼女は大真面目に、俺の邪魔をしてやろうなどという悪意は一切なく、あの惨憺たる結果を出しているようだった。それとも俺の教え方が悪いというのか?ふざけるな。
幸いなことに、リーリエの妨害(本人にそのつもりはないのだが)を受けてなお、依頼の納品が期日まで間に合わなかったことはない。だが進捗が当初の予定より遅れるのは間違いなくあの小さな白百合のせいだ。頭にきて実験から外すと手持ち無沙汰になったリーリエは弱った子犬のような目で俺を見つめてくる。そして情けないことに、俺はその眼差しに弱いのだった。そうして結局また手伝わせてしまう。実に忌々しい。俺は犬が嫌いだ。情が移る前に追い出すべきだったのだ。そうだ、今からでも遅くはない。明日にでもあの愚物をクライア王領に―――
『リーリエは相変わらず。今日は薬草を間違えて実験を台無しにした。しばらく部屋で反省させた後、もう十分だろうと思い、食事の用意をしろと呼んだが来なかった。そんなに落ち込んでるのかとあいつの自室まで様子を見に行ったら、部屋に生えたらしい白いキノコをつついて遊んでいた。得体のしれないものに触るな。あほらしい。』
そう書いてペンを止める。必要ないはずの、今日の弟子の愚行まで書いてしまっていた。そして、思い返せば昨日も、一昨日もその前からもずっとそうだということに気づいた。腹立たしい。
リーリエ・クライアが俺の助手、もしくは弟子になって早くも5年が経つ。5年。5年だ。何日にも渡って弟子入りを志願してきた少女……俺が上っ面だけで吐いた世辞を真に受けて、自らあのカエルムを退学した考えなしの馬鹿娘は、ついに在学し続けて真面目に学んでいれば、カエルムを卒業できたであろう年齢になってしまった。
大抵の人間であれば5年の月日のうちに成長し、さぞ師の役に立ってくれることだろうが、彼女は相変わらず俺の邪魔しか出来ることがない。リーリエが5年のうちに上達したものといえば、料理の腕ぐらいか。なぜ料理や菓子作りで詳細に計量できる人間が、錬金術となると途端に大雑把な手つきになり、使い物にならなくなるのか。わざとやっているのかと泣くまで詰めたことがあるが、彼女は大真面目に、俺の邪魔をしてやろうなどという悪意は一切なく、あの惨憺たる結果を出しているようだった。それとも俺の教え方が悪いというのか?ふざけるな。
幸いなことに、リーリエの妨害(本人にそのつもりはないのだが)を受けてなお、依頼の納品が期日まで間に合わなかったことはない。だが進捗が当初の予定より遅れるのは間違いなくあの小さな白百合のせいだ。頭にきて実験から外すと手持ち無沙汰になったリーリエは弱った子犬のような目で俺を見つめてくる。そして情けないことに、俺はその眼差しに弱いのだった。そうして結局また手伝わせてしまう。実に忌々しい。俺は犬が嫌いだ。情が移る前に追い出すべきだったのだ。そうだ、今からでも遅くはない。明日にでもあの愚物をクライア王領に―――
そのような思考は、3回の小さなノック音で霧散した。
「マイルズ先生、ちょっといいですか?」
笛の音のように澄んだ可愛らしい声が扉の向こうから聞こえた。俺のプライバシーをリーリエに知られてはかなわん。小さく息を吐いて冷静に日記帳を閉じる。
「入れ」
「はいっ、失礼します!」
入室の許可を出しただけだというのに、リーリエは弾んだ声で返事をして、嬉しそうに扉を開けて入ってきた。
「まだ起きていたのか?私の書斎に何の用だ」
「えっと、本を借りに来ました!」
「お前の頭で理解できるような本はここにはない。子供は早く寝ろ」
普段の意趣返しのように発した皮肉に気づいているのかいないのか、リーリエは眉を下げた。
「そ、そんなことありませんもん……!えっと、図鑑を貸してほしいんです。お花の……植物図鑑です」
「何故」
「えっ!?よ、読みたいから……です」
「それだけか?そんなあやふやな理由で私がお前に私の本を貸してやるわけ無いだろう」
「うう……薬草の種類を覚えたいんです。今日、間違えちゃったから……駄目ですか……?」
彼女なりに失敗をなんとかしたい意思はあるらしい。それよりも、俺はリーリエがあの子犬のような目で見つめてきたことのほうが気に食わなかった。そして、それに逆らえない自分自身も反吐が出るほど不快だった。
「ああもう……仕方ないな」
渋々立ち上がり、本棚から図鑑を探す。リーリエはそんな俺の様子を見て喜んだのかなにか言っていたが、聞こうとは思わなかった。そういえば先週、リーリエに勝手に書斎を掃除されて、本の並びを変えられ気が狂いそうになったな。それをもとに戻すのには些か骨が折れた……そう思いながら鉱石図鑑とまた別の鉱石図鑑の間に挟まれた植物図鑑を見つけ、本棚から抜き取り、リーリエに渡した。
「重いぞ、落とすなよ」
「はい!ありがとうございます、先生!」
リーリエは感激した様子で本を両手で受け取ると少しよろけた。いわんこっちゃない。
「用は済んだか?早く部屋に……」
「あの、先生」
「……なんだ、まだ何かあるのか」
「ここで読んでもいいですか?……先生も、まだ起きていらっしゃるんでしょう?」
普段は早く寝ろとうるさいくせに珍しい。こいつもまだ子供ということか、たまには夜ふかしがしたいのだろう。そうだ、俺も彼女ぐらいの歳のときはそうだった。
「明日、起きられるならな」
「はーい!えへへ……」
何がそんなに嬉しいのか、リーリエは笑顔を浮かべ、床に腰を下ろして図鑑を読み始めた。俺は翌日案の定居眠りしたリーリエを叱りつけることになるのだろう。それをほんの少しだけ微笑ましく感じた自分に気づいて、吐き気を催した。
「マイルズ先生、ちょっといいですか?」
笛の音のように澄んだ可愛らしい声が扉の向こうから聞こえた。俺のプライバシーをリーリエに知られてはかなわん。小さく息を吐いて冷静に日記帳を閉じる。
「入れ」
「はいっ、失礼します!」
入室の許可を出しただけだというのに、リーリエは弾んだ声で返事をして、嬉しそうに扉を開けて入ってきた。
「まだ起きていたのか?私の書斎に何の用だ」
「えっと、本を借りに来ました!」
「お前の頭で理解できるような本はここにはない。子供は早く寝ろ」
普段の意趣返しのように発した皮肉に気づいているのかいないのか、リーリエは眉を下げた。
「そ、そんなことありませんもん……!えっと、図鑑を貸してほしいんです。お花の……植物図鑑です」
「何故」
「えっ!?よ、読みたいから……です」
「それだけか?そんなあやふやな理由で私がお前に私の本を貸してやるわけ無いだろう」
「うう……薬草の種類を覚えたいんです。今日、間違えちゃったから……駄目ですか……?」
彼女なりに失敗をなんとかしたい意思はあるらしい。それよりも、俺はリーリエがあの子犬のような目で見つめてきたことのほうが気に食わなかった。そして、それに逆らえない自分自身も反吐が出るほど不快だった。
「ああもう……仕方ないな」
渋々立ち上がり、本棚から図鑑を探す。リーリエはそんな俺の様子を見て喜んだのかなにか言っていたが、聞こうとは思わなかった。そういえば先週、リーリエに勝手に書斎を掃除されて、本の並びを変えられ気が狂いそうになったな。それをもとに戻すのには些か骨が折れた……そう思いながら鉱石図鑑とまた別の鉱石図鑑の間に挟まれた植物図鑑を見つけ、本棚から抜き取り、リーリエに渡した。
「重いぞ、落とすなよ」
「はい!ありがとうございます、先生!」
リーリエは感激した様子で本を両手で受け取ると少しよろけた。いわんこっちゃない。
「用は済んだか?早く部屋に……」
「あの、先生」
「……なんだ、まだ何かあるのか」
「ここで読んでもいいですか?……先生も、まだ起きていらっしゃるんでしょう?」
普段は早く寝ろとうるさいくせに珍しい。こいつもまだ子供ということか、たまには夜ふかしがしたいのだろう。そうだ、俺も彼女ぐらいの歳のときはそうだった。
「明日、起きられるならな」
「はーい!えへへ……」
何がそんなに嬉しいのか、リーリエは笑顔を浮かべ、床に腰を下ろして図鑑を読み始めた。俺は翌日案の定居眠りしたリーリエを叱りつけることになるのだろう。それをほんの少しだけ微笑ましく感じた自分に気づいて、吐き気を催した。
ああ、本当に、情が移る前に追い出すべきだったのだ。