郡山城
概要
原型となった城は郡山衆によって1162年に築かれた雁陣ノ城である
郡山衆は基本的に筒井氏に与していたが、1559年松永久秀が大和国に侵入すると郡山衆は離反したが、城自体は筒井氏の拠点となる
松永久秀が織田信長に討たれた後、1580年に筒井順慶は大和国守護となり、郡山辰巳を殺したうえで主城を筒井城から郡山城へ移転
明智光秀を目付役に大々的に工事を開始したが、息子筒井定次は秀吉の時代に
三重県/上野城へ移封となった
1585年、豊臣秀長が入城し、拡張工事を行う
大和大納言家が断絶した後は増田長盛が入城
関が原後は大久保長安の管理の後、筒井定慶が入城
大坂夏の陣の際には豊臣方に攻められろくに抵抗せずに逃走。後に恥じて自害した
この後は水野勝成、松平忠明、本多政勝、松平信之と変わったうえで1685年に本多忠平が入城
しばらく本多氏が続いたが1723年に断絶。柳沢吉里が入城。以後幕末まで柳沢氏が城主となる
1858年に火災により消失、61年より再建を始めるが明治維新が起こり70年に放棄を出願。73年に破却された
主な城主:筒井氏(筒井順慶など)、大和大納言(豊臣秀長など)、本多氏、柳沢氏
イラスト
場所
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ギャラリー
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名前 |
城姫 |
開城 |
大和郡山城 |
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大和郡山城弐式 |
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大和郡山城参式 |
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大和郡山城[槍] |
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大和郡山城[槍]弐式 |
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最終更新:2017年04月06日 22:30