この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
異世界転生物といえば大抵の人は次のようなことを想像するだろう。

 主人公が神様によってろくでもない理由で殺され、お詫びとして高スペックとなって異世界に転生する、転生した主人公は力を発揮して敵をばっさばっさとうち倒し、複数の女の子と仲良くなるのが通例である。

 俺、八ヶ崎翠やつがざきせんも異世界転生ものの主人公たる典型的な人生を経て、神様にろくでもない理由で殺され、転生させられてきた。この流れはどう考えても俺が、この先複数の女の子とハーレムを構成して、楽しい生活を満喫するはずであった。

 満喫するはずである。

 あるはずであった。

 しかし、目の前にある光景は俺が想像していたものとは程遠かった。

"jol co tatha mi'tj fal no'd nukus, ja? (今晩は一緒に楽しもうね?)"

 目の前にいる少女は銀髪蒼眼、まさに異世界転生ものに出て来て主人公とハッピーエンドで結ばれるにふさわしいヒロインなのだが、一つだけおかしいことがあった。

 俺は彼女と同じベッドで添い寝をしていた。部屋の明りは淡い橙色を灯す間接灯で満たされ、しかも、彼女はこちらを誘惑するような目つきそして動きで、それはまるで傾国の美女のような美しさであった。

 はっきり言おう。私は油断していた。すっかりいい気になっていたのだ。周囲の状況が不明なまま、熱り立つ卑しい情欲を抑えられずにいたのだ。

 当然、こんな男には天罰が降るというのが条理というものだ。彼女、、、いや、「それ」の肌はウネウネと波打ち立ち、見るも耐えない姿に変形していく、、、最終的に「それ」はスライムのような姿になり、俺を捕食せんと迫ってきたのだ!

 俺は急いでベッドから跳ね上がり、部屋を抜けて走り出した。素っ裸だが、服など気にしている余裕は全くなかった。家を出て、街をがむしゃらに走る!後ろを振り返ると、「それ」は四輪駆動の焼き鳥屋台の姿に変形し、猛スピードで追いかけてくる!

 南無三、俺もここまでか、、、 その時、声がした。

「この程度で――主人公を殺そうなどと思わないことですね」

 振り向くとそれは世界に燦然と輝く姿を見せた。
 白黒のモザイクのような配色の服。トップスはフリル付きのモノクロブラウス、ボトムスはシックなロングスカート。頭にはホワイトブリムが付いている。メイドのように見えるその姿、少女は迫りくる四輪駆動の焼き鳥屋台に厳しい視線を向けていた。

「吾を、無礼るなァアアアアアアアアアアアア……ッ!」

 屋台は呪詛のような叫びを上げながら、少女に突っ込んでいく。しかし、少女はすんと目を瞑り、詠唱を始めた。

「Iska lut xelkener(シェルケンのクソが)」

 その瞬間、屋台の車輪は外れる。高速で移動していたその車体は勢いのまま、コントロールが取れずに道端の壁に突っ込んで破砕した。
 しかし、屋台は「主人公」を抹殺することを諦めなかった。

「Iska lut xelkener! Iska lut xelkener! Iska lut xelkener!」

さっきの詠唱を何度も繰り返している。白黒服の少女が叫ぶたびに屋台に白い光が走り、光った場所が破壊される。少女は必死に屋台に対し応戦している一方、周囲の目はあまり緊迫感が無いように感じられる。

"おいおい、あの女の子また大声で放送禁止用語を……"
"どこの子なの? 意味も分からずに言っているユーゲ人じゃないでしょうね……"

何度も彼女が同じ呪文を叫んだのち、ようやく屋台の動きが止まったように見えた。周りの安全を確認すると少女は僕のほうに駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫だけど、君は一体」
「ここだと人目に付きます。いったん離れましょう」

動かなくなった「屋台だったもの」を放置して、少女は僕を連れ出した。
いやあ~しかし、なかなか悪くないんじゃない? 屋台になる前のあの女の子は、なんだか異世界感があって、エキゾチックな趣があって素直に美しかったが、こちらは黒髪に茶色の瞳をしていてなんだか日本人っぽいというか、ていうかこの子さっき日本語でしゃべってなかったか?

「まずは服を着てください。さっきまでいた家にありますか?」
「あると思う。って、ああ! そうだった!」

僕は今産まれたままの姿をしている。それを気にしてくれたのか、少女は僕の下半身をなるべく見ないようにしながら語りかける。これはちょっと僕の本意ではない。
神様よ、僕は女の子と健全な関係性を結びたいんだ。両方裸になっているならまだしも、片方だけ裸なのはちょっと異なるシチュエーションに捉えかねないじゃないか。急いで家に戻って服を見つけて改めて少女に礼を言った。当然、この家にさっきの銀髪の女の子も焼き鳥屋台もない。目の前のメイド服のような格好の少女ももしかしたら脱がすとスライム上に変形して何かしらの屋台になるのかと不安にもなるが。

「さっきの屋台、もしかして元は人間?」
「は? まあ、信じられないかもしれないけど、そうだったよ」

とんでもない質問が飛んできた。

「やっぱりね、どうやら、この世界の人間は服を脱いでベッドに入ると車輪を搭載した移動式店舗になってしまうらしいの。私もこの世界に来てからしばらく一緒に過ごしていた女の子がいたんだけど、ちょうど一緒にお風呂に入る機会があって、その時に……」
「そ、そうなんだ」

にわかには信じがたい。だが、日本語でこうやって説明されると、疑いをなかなか持ちえない。ちなみに、その一緒に過ごしていた子はどういう種類の屋台になったんだろう。

「荷台に焼き鳥の屋台のセットが備えられたトゥクトゥクになって...私は、彼女を...」

そういうと彼女は俯き、悔しさからか拳を強く握りしめた。

「な、泣かないで。大丈夫だから...」
全身裸のやつに言われると、かなりえげつない場面になる気がするが、そんなことは今どうでもいい。
この後のことを考えなくてはならない。

とりあえず家に戻ろう、彼女の詠唱があればなんとかなるかもしれない。

 さっきの家に着いて、リビングの扉を開ける。

そこには、案の定「それ」がいた。

銀髪蒼眼の美少女から一転、屋台に変わっていた。

しかし、それは一味違うものであった。

単なる屋台ではない、あれは...広告のついたトラックだ。
その車体の側面には、二人のデフォルメ化された女性?の絵があり、奇妙な文字「VANILLA」と書いて、喧しいけどどこか聞きたくなってしまう音楽が流れていた。

「ヴァ―ニラ!ヴァ―ニラ!ヴァニラで高収入!!」
そう流れたセリフのあとにトラックは、こちらへ向かってきた。

「Iska lut xelkener!」
彼女は私達にトラックが激突する前にそう叫んだ。

しかし...
「V・A・N・I・L・L・A!VANILA!」

トラックは勢いを止めず、こちらに向かってくるばかりであった。

「くっ、それなら実力行使も辞さない……ッ」

 彼女は懐からメシェーラを取り出して振るう。すると一瞬で閃光が目の前に広がった。あれは光るメシェーラ。振るえば、ウェールフープが発動するスティックだ。
 爆風、それを感じた瞬間にトラックは不能になったのだろうと察した。彼女も毅然とした様子で立っている。

 しかし――

「その程度のウェールフープで、ヴァニラを止められるとでも?」
「――ッ!?」

 爆煙の中から飛び出してきたトラックを前に少女は目を見開く。
 それは彼女の失敗を指し示していた。

「轢き殺してやる」
「ぐっ、あああっ!?」

 跳ね飛ばされた少女は数メートル先にその身体を横たえる。息はしているが、反応はしていない。助けなきゃと思うけれども、身体は動かない。

「ツギは、オマエの、バン……だ」

 トラックのフロントガラスがキラリと煌めく。無人の車両でも、それが俺を睨めつけているのを無視せざるを得なかった。
屋台が猛スピードでこちらへ迫ってくる。

「VANILLA! VANILLA! ヴァーニラでアルバイトォォオオ!!」
「くっ」

僕は必死に身をよじって屋台の追突を避ける。猛スピードと言ってもそれはエンジン音と妙な音楽でそう感じさせるだけで、実際は広告を通行人に見てもらうために全速力では進まない。その代わりに、これ見よがしに広告の内容を見せつけてくる。
僕がよけてもトラックはそのまま走り続ける。トラックは方向転換したかと思うと、今度はメイド服の少女の方向へと走り出した。まずい。この距離から少女を助けるのは無理かもしれない。

すると、トラックは突然停止した。

「この子が呪いの元凶だな…」

なんと、無人のはずの屋台から人が出てきた。風貌は30代くらいの男性。黒く長いコートを着ており、フードをかぶっているため顔の様子がよく見えない。

「誰……?」

気を失っていたはずの少女がようやく発言した。少女からしてもこの男の素性はわからないらしい。

「君が呪いの発信源だとWP探知機は教えている。ここで君に『治療』を施さねば、司令の命令に背くことになる」
「や、やめてくれ、その子に手を出さないでくれ」

僕は必死に命乞いをするが、男の耳には入らない。
男は少女に向け手をかざした。

すると少女はだんだんと姿を変える。まさかあの子も「屋台」になってしまうのか。せっかく僕を助けてくれたあの子も、さっきの銀髪の女の子も、みんな屋台になっていく。あの男は何者なんだ? なぜあの少女を屋台に変えてしまうんだ? あの男の目的は何なんだ?

少女のまばゆい光が薄れていく。華奢な体躯から一変し、直方体の、とんでもなく大きな物体が現れる。さっきの広告トラックとサイズは似通っているが、もう一回り大きい。荷物搬送用のトラックの様な大きさだ。光が完全にトラックの形状になってから、ようやくその形状が認識できるようになった。その形状は、僕の忘れかけていた記憶を呼び覚ました。

「あれは……あの時の」

絶句した。僕がこの世界に来る前に見た絶望的風景。僕は、確かにあのとき、あのような形状のトラックに轢き殺されたんだった。

「ふむ、さっき転移してきた少年も君の姿に見覚えがあるようだ、小娘よ。まあ、当然だな。ここ最近の転生者はすべてお前が呼び寄せていたんだろう。八ヶ崎の子孫の知識を使って車体を対象の人間にぶつけることで我らの世界に転移させていたみたいだな。別にその行為自体は君の勝手であり我々の関知するところじゃないが、その代償として我々の世界の人間を車体に変えるなど誰も許可していない」

男はマントをはためかせながら、トラックと化した少女に乗り込む。操縦士を得たトラックは一目散に僕という標的をめがけてもう突進してきた。
しかし、今度はよける気にならない。僕の第六感がなんだかわからない安心感を訴えている。僕はこのよくわからない世界から、また彼女に「助けて」もらえるんだ。

「これで屋台の呪いは消えるぞ。」

トラックは僕を容赦なく跳ね飛ばした。意外なことに、跳ね飛ばされたはずの僕は即効死ぬわけでなく、トラックのそのあとの動きを目で追うことが出来た。
男は途中までトラックを運転していたが、運転席から飛び降り、どこかへと姿を消した。一方運転手を失ったトラックは、隣の建物に激突した。僕はだんだんと意識が薄れてきたが、それでもトラックから目を離すことができなかった。


「あれ?」

気が付いたら、いつもの自室で寝ていた。おかしいな、さっきのは夢だったのか?

充電していたスマホを取り出して、いつも通り通知やSNSを確認する。すると、気になるニュースが目に留まった。

『メイド服を着た少女がトラックを運転中、建物に激突。少女は即死か』
最終更新:2024年10月21日 01:28