ファーウ・クイン・レット
faaw kuing let (ルアンシー語)
生年月日 2018年
出生地
没年月日 存命
死没地 存命
出身校 シュッポム大学
最終学位 シュッポム大学
所属
称号・勲章
親族
サイン
ウェールフープ
ヴォルシ ネートニアー
能力 なし
ファーウ・クイン・レット(ルアンシー語: faaw kuing let)とは、ルアンシー人民イェスカ主義共和国の思想家。瀛教の近代的発達に寄与した、いわゆる新世代を代表する瀛教思想者である。


略歴

幼年期

 2018年に生まれたファーウは、父・母が学者で、ユンクイン黌で育った。そのため、不自由はなかったが、幼い頃から本を読むことに夢中になる。その中でも特に彼女の気を引いたのは、占星術であった。ルアンシーにおける占星術とは、単なる星見占いというものではなく、暦学や、長期的に星を見て、そこから次におけることを予測するような統計学的分野も備えている広範囲かつ科学的な分野であり、昼は本を読み、夜は星を見る生活をしていた。そのためみるみる視力が悪化した。疑問に思ったことはすぐに試さずを得ず、リスクを知らずにずけずけ行動する様から周囲からは距離を置かれ、周囲の同学年の人間とは話が合わなかったが、黌で育っている以上、その将来は学者であることが嘱望されていたため、そういう意味ではよく目をかけられていた。幼い頃から探究心は頭抜けて高く、ユンクイン黌お抱えの占星術者の知識量を15歳には超えていたと言われている。

青年期

 完全に将来を嘱望されていたファーウは、18歳になると、シュッポムにできたばかりであったルアンシー最古の近代的大学・シュッポム大学へ入学する。占卜学類を専攻する傍ら、瀛教学類の授業も全て取得し、瀛教学類のゼミにも勝手に潜入し、卒業論文も2本書き、卒業する時には完全に2人分の単位を取得しており、大学当局を困惑させた。
 大学で、連邦の思想家らから近代的な考えを学ぶ中で、瀛教の膠着的な思想について変化が必要だと考えるようになる。イェスカ主義の影響を受け、キエラヴィに特に強く残る花嫁修業制度(婚前期の女性が家を離れ、様々な地を旅することで人生経験を蓄え、家に戻ることで成人と見なす伝統、瀛教の影響を受けて発生した制度)を指して瀛教を批判。人間を拘束しない思想についての研究を進めていく。

新世代の旗手

 2038年には、雑誌『新世代』を創刊。このタイトルは、年功序列が基本的な考え方である瀛教を批判する目的で名付けられ、同雑誌には多くの若手の思想家や作家が集うようになる。ファーウは、そこで行った、ルアンシーの公式イデオロギーである人民イェスカ主義の研究集『ルアンシーにおけるイェスカの受容についての総論』によって、ルアンシーのステデラフの異名をとった。
最終更新:2025年04月29日 21:40
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