「……それより、例の件については考えて貰えたかな?」
「あっ……。いえ、その……」
「……何、急ぎはしない。ゆっくり考えると良い」
「ア、アンドレイ…。何時アロウズに?」
「あなたにお答えする義務はありません。父さん、いや…“セルゲイ・スミルノフ大佐”」
「“父…さん”……?」
「ピーリス中尉?!貴官もアロウズに?」
「はい。招集がかかり、昨日着任しました」
「スミルノフ大佐がよく許したものだ……」
「起きろ!被験体E-57!」
「私の脳量子波の干渉を受けていない……。報告には、頭部に受けた傷が原因とあったが……」
「マリー……!ようやく出逢えた……。やっぱり、生きていたんだね…マリー……」
「“マリー”…?」
「僕だよ!ホームでずっと君と話していた…!アレルヤだ!」
「私は、“マリー”などという名前ではない!」
「大佐。超人機関関係資料の中に、“マリー”という名前はありませんでしたか?」
「そこまでだ。被験体E-57!」
「マリー……」
「動くな!」
「マリー!」
「私はそんな名前ではない!」
「……いいや、これが君の本当の名前なんだ。マリー…“マリー・パーファシー”……」
「ッ…!マリー…パーファシー……?」
「な、何だ…?今のビジョンは……!?」
「(誰か…?誰か…?聞こえる?誰か……)」
「……頭の中に…声が響く……?」
「(ここよ…。私はここにいる……!)」
「ここ……」
「(誰か…私の声を……!)」
「君が…僕に言ってるの?」
「(ッ…!私の声が聞こえるの!?どこ?どこにいるの?)」
「ッ…君の目の前にいるじゃないか」
「(ごめんね、分からないの…)」
「えっ?」
「(でも、お話し出来て嬉しいわ。ずっと…独りぼっちだったから……。ここまで来てくれてありがとう)」
「君は?」
「(マリー)」
「マリー…」
「(あなたは?)」
「……分かんない。思い出せないんだ。僕が誰だったか…。何故、ここにいるのか…。名前さえ…思い出せない……」
「(……だったら、私が名前を付けてあげる!)」
「えっ?」
「(そうね、あなたの名前は…“アレルヤ”が良いわ!)」
「“アレルヤ”…?」
「(神様への感謝の言葉よ)」
「……“感謝”?何に感謝するの?」
「(決まっているじゃない!生きている事によ!)」
「GNドライヴ搭載型のモビルアーマーまで開発しているとは…」
「噂では、多額の寄付をした女性がいるそうですが……」
「物好きな者がいる……」
「その機体…被験体E-57!」
「落ちろガンダムゥゥゥゥゥッッッ!!」
「……大佐、あの件…お受けしようかと思います」
「“あの件”」
「大佐の…養子にさせて頂く件です」
「本当かね?」
「詳しくはお会いした時に。では」
「私は幸せ者だ……」
「この様な作戦を……!大佐がこの転属に反対していた理由が…ようやく分かった……」
「あんな旧型のモビルスーツで……」
「敵基地の掃討作戦に移行する!オートマトン、射出!」
「了解!」
「ッ、そんな!」
「オートマトン、射出!」
「ッ…待って!!」
「……私は超兵…。戦う為の存在……。そんな私が、人並みの幸せを得ようとした……!これはその罰なのですか?大佐……!」
「あれが…いいえ、あれこそが本当の戦場……」
「謝罪?ハッ…!大佐が入手した情報で、あの掃討作戦が実行された…!?そんな…大佐自身も辛い筈なのに、私をこれ程まで気遣って……!」
「私を…養子にですか?」
「無論…君が良ければの話だが」
「わ、私は…」
「流石に“ソーマ・スミルノフ”という名前は、語呂が悪いか…」
「そんな事……!でも……“ピーリス”という名が無くなるのは、少し寂しく思います」
「気に入っていたのかね?」
「……その名で呼ばれていた事を、忘れたくないのです……」
「ありがとうございます、大佐。大佐のおかげで私は…自分が超人特務機関の超兵1号である事を再認識しました!
私は兵器です。人を殺す為の道具です!幸せを、手に入れようなど……!」
「私は超兵……。どんな任務でも忠実に実行する……。その為に生み出された存在……。ん?」
「お邪魔してしまいましたか?」
「いえ…」
「ッ…失礼しました……」
「あなたは?」
「補充要員として着任した、ルイス・ハレヴィ准尉です!」
「モビルスーツ部隊所属の、ソーマ・ピーリス中尉です」
「ッ…!申し訳ありません、中尉殿!軽々しく口を利いてしまい……」
「構わない。……あなた無理をしている」
「えっ…?」
「私の脳量子波がそう感じる……。あなたは心で泣いている……。」
「そんな事は……」
「誰かをずっと想っている……」
「私は…超兵だ!!」
「モビルスーツが無くとも!…出来損ないの貴様などに!」
「聞いていいかな?何故…君がソーマ・ピーリスだったのか……」
「恐らく……違う人格を植え付け、失っていた五感を復元させたんだと思う。
超人機関は、私を超兵として軍に送り出す事で、組織の存続を図ろうとしたのよ……」
「何て卑劣な…!」
「でも……そのおかげで、あなたの顔を始めて見る事が出来た。あなただってすぐに分かった。
脳量子波のおかげかしら?」
「……僕も、君と言葉を交わせるようになるなんて、思ってもみなかったよ……」
「……ねえ、私にも聞かせて?どうしたの?超人機関を脱出してから……」
「知っていたわ…。あなたの中に、もう1つの人格があった事は…」
「言い訳になんか出来ない。ハレルヤは僕だ」
「でも…!」
「唯一生き残った僕は、運命を呪った…。超人機関を、この世界を…。
だから、世界を変えようとガンダムマイスターになる事を受け入れたんだ。超兵に出来る事は、戦う事しかないから……。
マリー、ソーマ・ピーリスの時の記憶は?」
「…あるわ。彼女の人格も」
「だったら分かるだろ?僕のした事……。僕は……殺したんだ。仲間を、同胞をこの手で……。
皆の命を2度も奪ったんだ……!」
「……私だって同じ。私は、あなたを1度殺してる……。あの時の攻撃で、私はもう1人のあなたを……ハレルヤを……。
この傷を付けたのも…」
「違う!それはソーマ・ピーリスが……!」
「あなたと同じで…ピーリスは私なの。だから…ご免なさい。私、如何したら良いか……」
「僕だってそうだよ。ソーマ・ピーリスがマリーだと知って、僕は君の事ばかり考えていた。救いたいと思った!
でも、それが叶った今、何をすればいいのか…。こんな僕が…君にしてあげられる事なんて……」
「……いてくれるだけで、嬉しいの」
「マリー…」
「だって、あなたに出逢えたのよ?五感が無く、脳量子波で叫ぶしかない私に反応してくれたのはあなただけ…!
あなたのおかげで、私は生きている事に感謝出来たの…!そんなあなたを、この目で見詰める事が出来る。話す事も、触れる事だって…!
こんな時が訪れるなんて…」
「マリー……」
「神よ、感謝します。アレルヤ……」
「人格を上から書き換えただと?」
「そうです。今の私はソーマ・ピーリスではありません!マリー…マリー・パーファシーです!」
「私は君の…いや、君達の馬鹿げた行いによって、多くの同胞や部下を失っている。その恨み…忘れた訳ではない!」
「止めて下さい、大佐!」
「スミルノフ大佐!ソーマ・ピーリスを対ガンダム戦だけに徴用し、他の作戦に参加させなかった事…感謝しています!」
「その言い方…本当に私の知っている中尉ではないのだな?」
「それから……私の中のソーマ・ピーリスがこう言っています。『あなたの娘に、なりたかった』と……」
「……そうか?その言葉だけで十分だ……」
「大佐!!」
「今迄ありがとうございました、大佐……!」
「フェルトさん…」
「この前はご免なさい。感情的になってしまって…」
「いいえ、そんな……」
「……じゃあ」
「あの…!皆さんの事…大切に想っているんですね」
「……私の…家族ですから……」
「どうかしました?」
「ッ…。どうして良いか分からないんです。僕の所為で、多くの人が命を落とした…!その償いはしなきゃいけない…。
でも、戦う事なんて…人を殺す事なんて……!僕にはとても……」
「出来ないのが当たり前です」
「でも……!何かしないと……。自分に出来る事を、何か……。あの、聞いていいですか?」
「何をです?」
「あなたは、これからも彼らと一緒にいるつもりですか?」
「ええ。アレルヤがここにいる限りは」
「戦いに巻き込まれても?」
「……私は軍人でしたし、そういう覚悟も出来ているつもりです。それに…もう決めたから。
私は何があっても、アレルヤから離れないと……」
「大佐!逃げて下さい、大佐!大佐ぁぁぁぁぁッッッ!!!」
「どうして…?私、大佐の事を……」
「脳量子波?何処から…。私にじゃない…誰?」
「何てこった…。こんな時に、敵さんに襲われでもしたら……。んっ?」
「皆さん。食事をお持ちしました」
「わ〜いですぅ!!」
「呑気だろ、それ!!」
「私に、行かせて下さい!」
「でも!」
「あのモビルスーツは…!」
「あっ…!私の…機体……?」
「これは戦いじゃないわ……命を護る為の!!」
「協力を感謝する」
「やはりスミルノフ大佐!」
「ピーリスか!?何故モビルスーツに?」
「来ます!」
「た、大佐……」
「ッ…!スミルノフ大佐?」
「……ッ、あ、あぁ……!大佐あぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!
何故だ…!?何故、大佐が死ななければならない……!?」
「あのGN-X、アンドレイ少尉…。殺したというの?肉親を…実の父親を……!」
「どうした、マリー?」
「ッ!黙れ!!私はソーマ…ソーマ・ピーリスだ!!」
「何か?」
「あ…。いいえ……」
「マリー!」
「その名で呼ぶなと何度言えば分かる!?私はソーマ・ピーリス…超人機関の超兵1号だ!!」
「私が欲しくても手に入れられないもの…何故そう簡単に捨てられるの?どうして……!」
「行くのかい?」
「無論だ」
「準備はいいかい?」
「何時でもいい。やってくれ」
「分かった。……君を守るよ、マリー……」
「大佐……」
「ミサイルで弾幕を張る!マリー!」
「ソーマ・ピーリスだ!!」
「何処にいる?何処にいる!?アンドレイ少尉!!」
「そこにいたかぁッ!!アンドレイ少尉!!」
「何故だ?何故大佐を殺した!?」
「ピーリス中尉?何故生きて?!」
「答えろ!」
「……あなたも…裏切り者かぁッ!!」
「貴様が言う台詞かぁッ?!」
「もう止すんだ、マリー!」
「邪魔をするな!私は、大佐の仇を―――!」
「ここから先には行かせん!」
「ピーリスさん…!」
「何故ここが…!?」
「脳量子波が使えるのが…自分だけだと思うな!」
「全ての元凶はお前達だ…!大佐の仇を……!」
「私に艦の操舵をやれだと!?」
「ラッセが負傷している。誰かがトレミーを守らないといけないんだ」
「私を戦場に出させない気か!?」
「スミルノフ大佐と…約束したんだ。お願いだ、僕の言う事を――」
「聞ける筈が無い!!」
「ソーマ・ピーリス!そんな戦いを続ければ、何時か君も……!」
「私も参加させて貰う」
「ソーマ・ピーリス…」
「私にも…そうするだけの理由がある」
「準備はいいか?ソーマ・ピーリス」
「“マリー”でいい」
「えっ?」
「そう呼びたければそれでいい。しかし、私は……」
「分かってるよ……」
「あっ…。アレルヤ?…声?これは、アンドレイ少尉……」
「また声?ピーリス中尉か?」
「……私はあなたが許せない。でも、あなたを憎み続けて、恨みを晴らしたとしても…きっと大佐は喜ばない…」
「黙れ!この裏切り者が!」
「……あなたはどうして…実の親である大佐を?」
「あの男も軍を裏切った!報いを受けて当然の事をした!!恒久和平を乱す行為だ!」
「……大佐はそんな事をする人じゃないわ…」
「違う!!アイツは母さんを見殺しにする様な奴だ!信じられるか!?」
「……どうして、分かり合おうとしなかったの?」
「……アイツは…あの男は何も言ってくれなかった!言い訳も!謝罪も!僕の気持ちなんて知ろうともしなかった!
だから殺したんだ!!この手で!!」
「…自分の事を分かって欲しいなら、何故大佐の事を分かってあげようとしなかったの?」
「ッ……!」
「きっと大佐は……あなたの事を想ってくれてた筈よ……」
「ッ……!ならどうしてあの時何も言ってくれなかったんだ……!?言ってくれなきゃ……!何も分からないじゃないか!!言ってくれなきゃ……!
ウウウゥゥゥゥゥゥゥッ…アアアアアァァァァァァァ……ッッッ!!!!!」
「大佐……」
「大丈夫かい?マリー!」
「大丈夫…。もう大丈夫よ」
「えっ?」
「ありがとう、アレルヤ……」