アルテミスの首飾り(銀河英雄伝説)

登録日:2020/11/30 Mon 16:29:11
更新日:2020/12/04 Fri 11:03:19
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アルテミスの首飾りとは、大河SF小説『銀河英雄伝説』に登場する架空の衛星兵器である。


概要

自由惑星同盟の首都、惑星ハイネセンの静止軌道上に12個設置されている人工衛星であり、首都の防衛を司る軍事衛星でもある。

まずこの軍事衛星が配備された背景として、宇宙暦669年/帝国暦359年における『コルネリアス1世の大親征』と呼ばれる帝国軍の同盟領侵攻が影響している。
ゴールデンバウム王朝の歴史上、唯一行われたこの大遠征で万全に準備を整えていた帝国軍は第一次ティアマト会戦で同盟軍を完敗させ、一気にハイネセンの制圧まで果たそうかという勢いで進撃したのだが、帝国首都でクーデターが発生したために遠征は中断され、撤退を余儀なくされる。

間一髪、首都の目前まで侵攻されて難を逃れた同盟であったが、この出来事を機に帝国軍がハイネセンを直接侵攻してくることに危惧を覚えて万が一、首都に迫られても自力で防衛ができる戦力を必要とし、それによって配備されたのがこのアルテミスの首飾りである。
無論、外敵だけでなく隕石などを迎撃するため等の雑用途も含まれていると思われる。

その戦力は運用次第で一個艦隊にも匹敵し、帝国軍が築いたイゼルローン要塞と同じく「これある限り首都ハイネセンは難攻不落。同盟領内の他の星系や惑星が敵の手に落ちても、ハイネセンだけは生き残る」とまで豪語されており、一種の信仰の対象にすらなっているほど。

だが、この軍事衛星の存在をヤン・ウェンリーは心底嫌い、「ハードウェアに頼って戦争に勝った試しなんか無い」と吐き棄てられており、衛星自体はハイネセンのみにしか配備されていないことから他の星系との格差をより強いものにしているために「不公平だ」と不満の声が挙がるほど。
(ただしヤンの反応は過剰気味ではあるが。そんなことを言うならイゼルローン要塞を指さして「ハードウェアをないがしろにして戦争に勝った試しもない」とも言い返せるわけだし)

そうした問題もあってか一時は他の惑星にも似たような迎撃衛星を配備しようという計画があり、配備寸前までいったところでとあるキチガイ参謀によって無謀にも実施されてしまったアムリッツァの愚行によって予算が削られてしまい、結局配備されることなく格納庫で放置されてしまっている。

以上のことから同盟の首脳部からは過信されすぎているだけでなく、完全に宝の持ち腐れ状態であり、配備されてからというものの、
その後の帝国軍がせいぜいイゼルローン回廊に近い星域あたりで小競り合いや会戦を続けるばかりで、ハイネセンまで攻めてくる機会が無いので作中では一切の戦果を挙げた試しがない。
そもそも首都まで攻められるというのは敗戦しているも同然であることを意味しているのでただの悪あがきに過ぎない。

ただ、それは必ずしも無意味とはならない。
首都だけが残っても、その首都が陥落しなかったために国家は維持でき、さらに後の再起に繋げられたという事例も、歴史にはあるものだ。
かつて東ローマ帝国は領土の大半を失い、首都コンスタンティノープルにまで攻め込まれたことを何度か経験しているが、
難攻不落を誇る「テオドシウスの城壁」によってその襲撃のことごとくを防ぎ切り、帝国は千年以上もの長寿を誇り続けた。
そして遠征軍は長期間の補給に耐えきれず撤退し、あるいは敵本国における内紛によって衰え、その隙を突いて東ローマ帝国は幾度も領土を盛り返していった。
中国の例では春秋戦国時代、燕国の名将・楽毅により七十の城を失った斉国が、ただ二つの城だけで持ちこたえた末に、敵国の内紛(楽毅の失脚)に乗じて逆に遠征軍を返り討ちにし、旧領全てを回復したこともある。
遠征軍には補給の問題、統合した地域の治安維持がつきもので、無理な遠征を強いた結果として時間経過でこういった形で勝手に自滅していくという事例も多いのである。

また戦争抜きにしてどんな国にも内紛の萌芽は常にある。
首都だけでも鉄壁の構えを取っておき、籠城に陥った場合に備えておくというのは決して悪い考えではないのだ。
その意味では「アルテミスの首飾り」も活用の余地はある。

無論、下記のようにスペック自体は極めて優秀であるため、使う人間や使い方を間違えなければこの上なく強力無比で敵にとっても厄介な代物であることは間違いない。

正直な話、帝国軍が難攻不落のイゼルローン要塞を建造して同盟軍が攻められなくなったのと同じように、
この軍事衛星を回廊の入口に上手い具合に設置しておけば、帝国軍はそれこそ同盟領には容易に侵攻することは困難になり、艦隊とも連携して同盟軍は戦略的優位を得てより鉄壁な専守防衛を行うことができたのである。
究極的にはイゼルローン要塞の死角を塞ぐようにでも配備されればまさに鬼に金棒とも言うべき要塞に首飾りと化していただろうか。

そしてイゼルローンを奪取に成功した時点でこれを配備し、生かすための時間も資源も当時の同盟には十分にあった筈なのだ。アムリッツァの愚行さえしなければ。

それができなかったのはひとえに自らの保身を優先する腐敗した同盟政府上層部の驕りに他ならない。


スペック

外観は銀色の球体でイゼルローン要塞が小さくなったようなものをイメージすると分かりやすい。
大きさは特に詳細が無いものの少なくとも直系1km以上はあり、OVAの描写からおよそ2~3kmほどと推測される。

イゼルローン要塞の外壁と同じ耐ビーム用の半鏡面装甲が用いられており、戦艦クラスのビーム砲程度では弾き返されてしまう。

太陽光によるソーラーシステムによって半永久的に稼働しており、360度全方位長距離に対して各種センサーやレーダー等で索敵し、ハリネズミのごとく大量の兵器で自動で迎撃するので死角は無く、少なくとも判明しているだけでも

  • レーザー砲
  • 荷電粒子ビーム砲
  • 中性子ビーム砲
  • 熱線砲
  • レーザー水爆ミサイル
  • レールキャノン

等々、他にもありとあらゆる兵器が装備されている。

静止軌道内であれば自律移動することも可能で衛星同士が互いに防御と支援をして連携するように機能するため、まともに戦おうとすると一個艦隊での攻略は困難。

あくまで自動の定点防衛システムである都合上ほぼ移動できないため、
射程外にいる敵の牽制、敵の戦術に対して臨機応変に対応することができないのが弱点となっており、例えば迎撃して敗走する敵をさらに追撃するといったことは不可能である。
また、この衛星自体はセンサー等に捕捉されなければ一切の攻撃をしないため、センサーに反応しない攻撃や攻撃範囲外からの攻撃に対しては無力である。

ただし、宇宙防衛管制司令部によって制御される描写があることからマニュアルに切り替えることも可能なようで、その場合は操作する人間の腕次第で自在な運用が可能になる。

その性質上、受動的であり敵戦力を削ることは殆どできないものの、イゼルローン要塞がそうであるように
防衛時に艦隊と上手く連携すれば個々で見れば小さい戦力でも大幅な戦力の補強を得られるのは間違いなく、
それこそ魔術師ヤンが運用すれば伏兵や支援攻撃に用いて帝国軍を恐怖させたことだろう…。


作品内での活躍

OVAにおけるカストロプ動乱のオリジナル展開としてマクシミリアン・カストロプはフェザーンを経由してこの兵器を手に入れ、帝国に対して反乱を起こし3000隻の討伐艦隊を瞬く間に全滅させてしまった。このシーンはアルテミスの首飾りが唯一、まともに戦果を挙げた場面である。

しかし、ラインハルト・フォン・ローエングラムの腹心であるジークフリード・キルヒアイスはカストロプの運用と衛星の弱点を看破し、首飾りが反応しない指向性ゼッフル粒子を衛星軌道に散布して除去するという奇策を披露し、一瞬にして全滅させられてしまう。

次の出番は、クーデターを起こした救国軍事会議の首脳部は自分達の艦隊を失い、この兵器を最後の頼りにして占領した惑星ハイネセンに籠城し徹底抗戦を試みていた。
だが、ヤンはこの衛星を全て破壊することによってクーデター勢力の信仰心を挫くことを考え、ドライアイスの宇宙船で流刑地を脱出した自由惑星同盟の国父アーレ・ハイネセンの故事にならい、
100億トンの巨大な氷塊を亜光速にまで加速させて質量兵器にする、というとんでもない奇策を実施。

常識外とも言える規模の攻撃を前にアルテミスの首飾りの迎撃は何の効果も無く、12個全てを一つ残らず一瞬にして全滅させられてしまった。

藤崎竜版のコミックではその後、第一次ラグナロック作戦においてフェザーン自治領に侵攻しようと回廊を進撃するミッターマイヤー艦隊の前に立ちはだかるというオリジナルエピソードが展開。
こちらもヤンと同じ手法で破壊されるが、回廊の狭さによってさらに突破が難解な軍事防壁『ラープ門』なるものが登場する。

なお、ヤンが躊躇いなくこの兵器を破壊してしまったのにはヤン自身がこの機械仕掛けの兵器の存在を嫌っていたからという私情も多分に含まれている。
ワルター・フォン・シェーンコップは首飾り破壊作戦の前に「12個全て壊してしまってかまわんのですか?(後々のために少しくらい残した方が良いんじゃないか?)」と確認したが、ヤンは自分のポリシーから躊躇いなく全てを破壊してしまった。
これによりハイネセンの無血解放には成功したものの、後にフェザーンの策略でヤンが査問会に呼び出されるための言いがかりの材料として使われてしまった他、バーミリオン会戦の最中で首都が事実上、無防備になってしまったことがオスカー・フォン・ロイエンタールとミッターマイヤーに強襲されて降伏を迫られる結果になってしまった。

国防委員長アイランズからは当初嫌味を言われたり、ヨブ・トリューニヒト「少しでも残してくれたら、帝国軍に自分達で対抗ができたのに。ヤンは先の見えない愚か者だ」と罵倒している。
とはいえ、アイランズはともかくフェザーンの策略で誘拐された皇帝を受け入れてラインハルトに同盟侵攻の口実を与えてしまった、勝てないと分かり切っている戦争防止の外交努力を怠ったトリューニヒトが言えたことではないのだが…。

もっとも、仮にヤンの私情を抜きにできたところで、
当時の情勢的に内乱を長引かせれば帝国の侵攻による2正面作戦という最悪を招く危険があったこと、
ヤンの自己弁護にもあったように下手な数を残した結果としてクーデターの意思を挫き損ねたり、残った衛星で軍に甚大な被害を招いて内乱が長引くリスク等を考えれば、
どの道、解決するための時間もよりマシなアイデアもなかった時点で選択肢は他になかったであろう。
それにヤンがアルテミスを毛嫌いしているのを自覚しているか否かに関わらず、この時すでに帝国と開戦したら渡り合える戦力がもはやないことを把握しておきながら、貴重な戦力をむざむざ捨てるなんて非合理的な行動を選択するのも考えにくい。

結局、長年活用の機会がなく、クーデター(しかも実質は帝国の道化)の頼みにされたあげくあっさり全滅させられ、必要な場面では既に無い…、
つくづく役立たずのままに終わった兵器であった。

もしもの話だが、全てではなくとも残っていれば軍事衛星除去のためにハイネセン進攻が遅れることでヤンがラインハルトにトドメを刺せていたか、
あるいはそもそもとして首飾りを防衛専守に限らず最大限に利用できていれば帝国軍と同盟軍双方の作戦行動が大きく変わっていた可能性もある。
もしもアルテミスの首飾りがいくらかでも残っていれば、銀河の歴史はまた違ったものになっていたかもしれない…


類似した兵器

道原かつみ版のコミックでは上記のようにアルテミスの首飾りまでとはいかずとも同クラスの軍事衛星が登場しており、ヤンの奇策によって破壊するために未使用のまま放置されていたものをかき集め、陽動として使われている。

また、同コミック版におけるカストロプ動乱においてカストロプは反射衛星砲を用いており、こちらもかなりの戦果を挙げているが、キルヒアイスの奇策によって突破されている。


追記・修正は衛星12個すべてを破壊してからお願いします。

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最終更新:2020年12月04日 11:03