SCP-001-JP > アシッドの提言

登録日:2024/03/31 Sun 23:55:00
更新日:2025/04/08 Tue 10:31:10
所要時間:約 26 分で読めます




今こそ我々は、正常性の緩やかな終わり方について考えなければならない。



アシッドの提言とは、シェアード・ワールドSCP Foundationに登場するオブジェクトの1つであり、SCP-001-JPに関する提言記事の一つ。

クリアランスは最重要機密指定のレベル5、収容クラスPending
これは「財団がその異常存在を積極的に調査しているものの、現時点で各種オブジェクトクラスを付与できるほど十分な情報が得られていない」ことを示す暫定的な指定である。


前書き

本作品には非常に多くのクロスリンク……言い換えるなら「他のSCP作品との接点描写」が登場する。
とはいっても根幹を読み解くためにこれらの記事の知識が必要ということはあまりないので、本記事では基本的には流れ上で必要なものだけ軽く紹介し、本筋とは関係ないものについては脚注等で梗概を説明しておく。

また、この作品は2023年夏季に開催されたSCP-JP十周年を記念するコンテスト「Xのコンテスト」に投稿され、SCP記事部門で金賞を獲得した作品である。

このコンテストはかなり特殊なルール指定が為されており、今までに開催された9つのコンテストのテーマ、すなわち「日本」「変遷」「幻想」「」「」「」「」「」「Q」に今年選出された今年のテーマ「」を加えた計10のテーマから1つを選んで作品を作るというものだった。

本作のテーマはかつてSCP-2000-JPコンテストで指定された「変遷」。
さて、本記事では一体何が、どういった「変遷」を迎えるのだろうか?

特別収容プロトコル(初期)

短いので全文抜粋する。

SCP-001-JPの収容プロトコルは未策定です。実態の把握と今後の対応策の決定はアルファ級優先度事項に指定されています。混乱を避けるため、これらの業務に携わる人員 (監督評議会、倫理委員会、各地域司令部評議会、解析部門及び監督評議会が必要と認めた一部の職員) のみがSCP-001-JPについての情報を知らされており、当報告書は各地域司令部において001スロットに登録されています。

情報が得られていないため、特別収容プロトコルも現状では未策定である。
だが実態の把握と対応策の決定が最優先項目とされており、財団にとって喫緊の課題であることが窺える。

概要

SCP-001-JPとは何か、単刀直入に言おう。
既知の未来予知、及び高精度な将来予測手法の大多数が、2030年以降の未特定のある時点における「LK-クラス "捲られたヴェール" シナリオ」の発生を指し示している現象である。

……LK-クラス。記事によってはLV-Zeroと表記されることもある、変則的なK-クラスシナリオの一例。
これは世間一般にアノマリーや財団、要注意団体などの存在が知らしめられ、大規模な再隠蔽が不可能となった状態を指す。一般人の「正常な日常」を異常存在から遠ざけ、保護していくことを使命とする財団にとって、あってはならない展開の一つである。
それがあと10年いくらで起こるかもしれないのだ。

正常性の根幹を揺るがす異常事態に財団がどう対処していくのか、関連情報を時系列順に見ていこう。

発端

本現象が財団に初めて感知されたのは2020年7月8日。
解析部門主導で運用されていた、複数の未来予知アノマリーの断片的な出力結果を統合して演算することで高精度での将来予測を行うシステム、"BLACKDOGプログラム"*2が2033年の正常性破綻を予測したことに端を発した。
本現象を確認した解析部門のサイモン・ピエトリカウ管理官は直ちに監督評議会へ報告。

報告を受けたO5-1はRAISAに命じ、財団の収容下にあるアクセス可能な未来予知アノマリーについての記録を網羅的に収集させ、それらの記録を元にBLACKDOGプログラムの再演算を複数回行わせた。
結果としてはそれが発生する日時には数年のばらつきがあったものの、全ての出力において正常性破綻の発生が予測されるという結果になった。
これを受け、O5-1は監督評議会の特別会合を招集した。

監督評議会会議~GOC代表者との会合

事象発生の翌日、2020年7月9日に開かれた監督評議会会議。
一先ずは本件がBLACKDOGの誤作動ではないという裏付けを取るべきだろうという話になる。

GoIに連絡を取るならば、GOCが適切だろう。
彼らなら財団のBLACKDOGとは異なる切り口の予知手段を多数持っているだろうし、何よりこの手の問題に関しては利害が一致している。

というわけで、O5-1はGOCの代表者であるD.C. アルフィーネ事務次長と通話を行った。
……というか、会議の真っ最中にGOCの側から着電があった。
その中で、アルフィーネ事務次長はGOC保有の特殊資産においてもSCP-001-JP現象が発生していたことを明らかにした。
GOCにおける本件の発端は、23時間前に"三女神"こと「珪のノルニル*3が2035年の全面的正常性破綻を予言したこと。
これを知った連合は複数の加盟団体に連絡を取り、この結果の再現性を確認させた。

アース神族教団のルーン占術師たちとICSUTの予言研究グループは、この予言と合致するか、少なくとも矛盾しない結果を報告した。
理外研デーモニクスの召喚魔術によるアスタロトの未来視は、概ねこの予言を肯定した。
そしてゴールドベイカー社*4からもメッセージが送られてきた。「将来における超高確率の "ブラックスワン" イベント発生が予測されたため、契約に従い月毎に一定額の補償を行います」と。

これだけ札が揃えば、将来においてヴェールの崩壊が発生するのは間違いないように思われる。
となれば次に調べるべきは、これが自然なイベントなのか、それとも何かしらの異常な力による改変の結果なのかの検証である。

O5-1: そして…… 最後にお聞きしておきたいのですが、これが自然な現象であるとしたら連合はどうするおつもりで?

アルフィーネ: 評議会で議決されるべき案件ですから、確実なことは何も。…… ですが、私個人の見解でよろしければ、第二任務にいずれ限界が来ることは予想していた、とだけ。

時間異常部門とのコンタクト

その後、評議会の代表者O5-8は超時間的な異常の影響の有無を知るため、「時間異常部門」とのコンタクトを試み、同部門のエージェントがビデオ通話に応じた。

エージェント: 単刀直入に言います。超時間的な工作活動の痕跡はありません。

O5-8: そうか。つまり、逆に言えば、ヴェール崩壊は決められたイベントではないということだな?

エージェント: もし「決められたものではない」という表現が「回避可能である」というニュアンスを含んでいるのであれば、それは誤りだと言わざるを得ません。資料を拝見しましたが、これに関しては既に重要な分岐点は過ぎ去っている可能性が高いかと思います — 誰かに決められてはいませんが、決まってしまってはいるということですね。

財団が何か選択を誤ったのか、それとも他の誰かが引き金を引いたのかは定かではない。
そもそも、今から“犯人”捜しを行うことにもあまり意味はないだろう。
特定した分岐の前に飛んで過去改変を行うことは可能かもしれないが、そんな事をすれば致命的な因果齟齬や時流破断……要はタイムパラドックスを引き起こし、世界を危険に晒すリスクがある。
要するに、LK-クラスの到来を「防ぐ」ために財団に出来る事は何もないというのがエージェントの結論だった。

エージェント: ですが、一切の選択権がないとも言っていません。それは卑屈というものでしょう。例えば、イベントの発生を多少先延ばしにすることは可能かと。

O5-8: ほう。

エージェント: あるいは前倒しも。

O5-8: 我々が前倒しにしたがると思うか?

エージェント: いいえ。私が言いたいのは、未来は完全に確定してしまってはいないということです。良くも、そして悪くも。

未来のどこかに確定された事象があるとしても、そこに至る全ての筋道までもが決まっているわけではない、とエージェントは補足する。
限られた範囲の中でも比較的良い未来に向かうよう、制御する努力を続けるべきであるとO5-8は分析した。

原因の推定

となれば、財団はヴェール崩壊の原因になりうる事象を予め把握しておく必要がある。
O5評議会は解析部門に命じ、ヴェール崩壊の主要な原因となり得るものの、異常存在に直接は関係していない事象を推定させた。
中でも主要なものとして、以下の4項目がリストアップされている。

1.情報技術の発展
情報化社会の昨今、財団はアノマリーの早期発見・隠蔽のために様々な電子媒体を監視している。その監視業務は主にWebクローラーやAIC(人工知能徴募員)によって自動的に行われる。
だが、コンピュータ及びインターネットの更なる発展により現在以上に大量のデータがやり取りされるようになれば、財団による情報検閲はヴェールの維持に不十分となる。
また、汎用人工知能の民間での開発が進行すれば、財団の運用するWebクローラーやAICに対しても妨害がなされるようになり、検閲体制そのものが崩壊する可能性がある。
仮に財団の開発した第一世代AICに匹敵する水準の人工知能プログラムが商業的に量産されれば、財団の情報処理活動は著しく遅延するだろう。

2.神経科学の発展
財団が取っている隠蔽手段といえば、記憶処理も欠かせない。
財団が隠している記憶処理薬が今後民間に再発見・拡散された場合、「意図的に記憶を消す」という行為に対する警戒心が社会全体に生じ、財団の活動に長期的な影響を及ぼすと考えられる。
更に「記憶処理薬の痕跡の検出」が実用化された場合、財団の持つ隠蔽手段の一つが事実上利用不可能になる。
現在の医薬業界において積極的な投資対象となっている認知症治療薬の探索も、記憶補強薬の再発見に繋がる重大なリスク要因だと見做されている。

3.発展途上国における超常コミュニティの発達
これまで大規模な超常コミュニティが見られなかった発展途上国において、著しい人口増加と経済的発展を背景に、急速なコミュニティの発達が予想されている。
だが、そのような急速に発達したコミュニティは、その規模に対して安定性が低く、自律的なヴェールの維持が困難である可能性が高い。
加えて、現状そうした地域には国家超常機関を有さない国が多い。財団及びGOCは15年ほど前から上記懸念事項を見越して発展途上国における活動を強化する方針を打ち出しているものの、長期的にはリソースの不足が予想されている。

4.反正常性運動の活発化
前述したようなヴェール崩壊の前兆にあたる事象の頻発は、それ自体が「蛇の手」に代表される反正常性運動の活発化を促すと考えられている。所謂「予言の自己成就」と呼ばれる現象である。
当然、SCP-001-JP自体も例外ではない。本事象はそのような団体にも認知されている可能性が極めて高い。

また、確率は高くないものの発生すれば正常性破綻に直結する事象として、第八次オカルト大戦の勃発が挙げられた。
固有兵器の専門家としての知見を持つサイモン・ピエトリカウ管理官は、現代における大規模オカルト紛争は、異常ミーム兵器の拡散という形で勃発するだろうとの予測を立てた。
これは極めて攻撃的な意図から設計された破壊的な情報災害……要するに見ただけで死ぬような絵とか文章とか……があちこちに拡散されるということである。なんならただ死ぬだけならマシな方かもしれない。
仮にこんな事態になればもう滅茶苦茶なので何としても避けねばならない。

以上の報告を受けて、監督評議会は2020年7月10日、今後の財団の運営方針を決定するための会議を行った。

監督評議会会議

O5-1: 件のヴェール崩壊の予言 — 暫定的に001ナンバーを振らせてもらったが — について、今こそ決断する時が来たように思う。

O5-6: はっきり言ったらどうだ?

O5-1: 我々は殆ど確実なこの崩壊を受け入れるべきか、それとも万に一つの可能性のために手を尽すべきか。今ここで決めてしまおう。

財団の使命、在り方に関わる大きな分岐点がここに訪れた。

O5-8: 私は受け入れに一票を。我々も変わる時が来たように思う。

O5-11: 正気かエイト? もっと慎重になれ。私は手を尽すに一票だ。

O5-1: イレブン、個人攻撃じみた発言は感心しないぞ。それに2人とも、己の立場がはっきりしているのは結構だが、固執しすぎではないか? 話し合って合意点を探す努力くらいあってもいいじゃないか。

O5-5: 見たところ、決めかねているメンバーも多そうだ。これは財団の根幹に関わる重大な決定だろ、じっくり話し合ってみよう。

O5-11は財団の敷いたヴェールは一度破れれば二度と戻らないのだから、可能性がある限り足掻いていくべきだ、とする。
だが、O5-8はヴェール崩壊はむしろ人類史の必然的過程の1つではないかと説く。
人類が歩みを続ける限り、それはいつかは起きるものであり、止めることは出来ないと。
雛鳥がいずれ親鳥の元を発ち、羽ばたいていくように。

……まぁ、財団ならば人類の歩みを意図的に抑制して、いつまでも籠の鳥として停滞させておくことも、その気になれば出来るのかもしれないが……

O5-7: 本気でそれを実行するのなら、はっきり言って、我々こそ人類の敵だな。

記録上の沈黙。

O5-11: ワン、私の票は一旦取り下げてくれ。もう少し考えたくなった。

少なくともこの世界の財団上層部はそこまで堕落していない。
ここで議論は一度仕切り直しになり、別のO5が別の視点から切り出し始める。

O5-10: 昨日の会議の後、正常性を定めるあらゆる法的根拠について改めて調べ直してみた。現代正常性の根幹たる「ケルン合意」について言えば、その成立の主な目的は第七次オカルト大戦への反省からだ。

O5-10は現代における合意正常性の成り立ちである財団-GOC間の協定「1945年ケルン合意」に目を向けた。
本協定の締結意義とは一言で言えば、第二次世界大戦後の大国に超常兵器の本格的な開発を行わせないことにあった。

……まぁ結局冷戦においては大国は超常兵器の開発に手を出しまくったのだが、少なくともソロモンの儀式*5を試みる輩は現れなかったのだから効果はあった、とO5-11。
尤もO5-8からは、普通に合意を無視してミーム兵器*6だの超能力者の兵器改造*7だの好き放題してた連中もいるが?とすかさず突っ込みが入ったが……

まぁ過去は過去。問題なのは今、ヴェールが失われた場合にどうなるかである。

O5-3: 核を持たない小国は確実に超常兵器に飛びつきますよ。あるいは国でさえないグループもそうでしょうね、テロ組織とか。

O5-7: ヴェール崩壊後、超常兵器開発競争を始めさせない必要があると?

O5-2: 合意正常性を諦めたとしても、人類種は依然保護対象。今日の情報化社会、インターネットにでもミーム兵器をばら撒かれたら本当に世界終焉シナリオに直結しかねない。

O5-13: 財団の存在も明るみになるのであれば、そういったものを管理する機関として寧ろ表立って行動できるようになります。実はそちらの方が効果的でさえあるかもしれません。

O5-11: 悔しいが、理にかなってはいる。

O5-4: それがヴェール無き後の財団の主要な役割になるだろうね。正常性の守護者から人類の守護者へ。

O5-5: その通りだ。ヴェールがなくなっても、怪物が人を喰ったり、ミーム災害で人類全員が狂ったり、現実構造や時間流が滅茶苦茶になるなんて事態を放置するわけにはいかない。

O5-7: ああ。現在の合意正常性は普遍的ではなくとも、人類が健全に生活するために必要な条件、いわば基本的正常性と呼べるものには守る価値があるはずだ。我々はその番人になれば良い。

O5-10: 全く同意見だ。

かくして、評議会は一定の合意に達した。O5-1が総括する。

O5-1: では一旦纏めるぞ。止めようのない人類の発展に伴うものであることが確かならば、我々はヴェール崩壊を受け入れる。その後、財団はアノマリーの脅威から人類全体を保護するための組織として存続する。これに関しては合意で構わないか?

全員が同意を示す。

O5-1: ありがとう。さて、次は今から崩壊のタイムリミットまでにすべきことを検討しなければならない。

財団の尽力

その後、監督評議会は直属のエージェント達(通称雑用係(ファクトタム))に命じ、財団の様々な分野の専門家からヴェール崩壊への備えに必要な知見を収集させた。
記事には7つのインタビューログが提示されているが、ここでは1~5件目までを紹介する。
財団が来たる崩壊に向けて何をしてきたのか、順に見ていこう。

プレースホルダー・マクドクトラート博士

1件目は空想科学部門 部門長のプレースホルダー・マクドクトラート博士。
ヴェールの崩壊に先立ち、財団は超常科学に関する研究成果を徐々に大衆に公開する必要があると考えていた。
その一環として、空想科学部門にも話が回ってきた。

マクドクトラート博士: ふむ、財団の最先端のメタフィクション理論が簡単に一般科学と統合できるとは思いません。まずは簡単な観測的事実を紹介するところからでしょうね。次いで物語変動検知器の技術とピックマン理論を導入し、最終的にはスワンの物語サンドイッチモデルに至る学習ルートを考えてみます。

ここで出てきた「ピックマン理論」と「スワンの物語サンドイッチモデル」は、それぞれI・H・ピックマンの提言S・アンドリュー・スワンの提言にリンクされている。
この2つの提言記事の詳細はSCP-001に個別解説があるためそちらに譲っておくが、どちらも簡単に言えば財団世界から見た上位次元の存在(つまりは我々読者)への干渉が描かれる強烈なメタ記事である。

SCP Foundationにおいて、財団及び財団が存在する世界は「読者」に創造された空想である、ということを題材にした記事がある種の定番ネタになっているのは、ある程度(特に近年の)SCP世界に慣れ親しんだ読者ならば周知のことと思われる。
比較的初期の記事であるS・アンドリュー・スワンの提言ではこのアイデアはO5のみが知る真実として徹底的に隠蔽されていたものの、近年では財団側でも「この世界が空想である」という認識はある程度寛容に受け入れられるようになり、これを専門分野に据える空想科学部門なんてものまで設立されるに至っている……が。

インタビュアー: 1つ心配なのはですね、先生、この理論は我々の実存それ自体を根本的に揺るがすものだということです。実際、一般民衆にとって受け入れ難い事実でしょう? この世界がフィクションであるだなんて—

マクドクトラート博士: (遮るように) "部分的に" フィクションです。そこは強調しておきますよ。SWN001実体群はあなたの今日の朝食のメニューも、昨日のシャワーの時使ったシャンプーのメーカーも決めてはいないでしょう。ですが、あなたは朝食を食べ、シャワーを浴びたはずです。

インタビュアー: まあ、そうですね。

マクドクトラート博士: それに、実存を揺るがすというのならオントキネキティクスも逆因果理論もそうです。もっと言えば、今では常識でさえある理論 — 地動説も進化論も経済学もかつてはそうでした。

インタビュアー: 否定はできません。

マクドクトラート博士: ガリレオは我らの星を宇宙の中心から弾き出し、ダーウィンは我らの種を生物の霊長から叩き落としました。マルクスは我々の作った社会さえ我々の手の内に無いことを見せつけました。その末席に財団の名だたる研究者たちの名前が加わったとて、構わないでしょう?

インタビュアー: リストの長さは3倍にほどになるかもしれませんがね。

マクドクトラート博士: (笑う) 違いありません。しかし、言われてみるとそれだけ大量のアップデートが突然に導入されるわけですから、混乱は巻き起こるでしょう。

インタビュアー: そのためにも、外に出す順番とペースには熟慮の必要があります。評議会は、そのための会議を立ち上げるつもりです。

マクドクトラート博士: その会議には是非私の席も用意していただければ。

カルヴィン・ボールド博士

2件目は解体部門 部門長のカルヴィン・ボールド博士。
「解体部門」はSCP-4456-Dの記事内で新設された、「収容するにはあまりにも高いリスクを孕んでいるSCPオブジェクト」を解体(Decomissoning)、つまりは無力化するための研究とその実行を担う部署である。

ボールド博士: 解体部門のトップとして言わせてもらいますと、財団が表舞台に顔を晒すのなら、その前に解体すべきアノマリーのリストは随分な長さになりますよ。

インタビュアー: それは例えば ……?

ボールド博士: 数ピクセルの顔写真を見ただけで地球の裏側からでも追ってくるモンスターと同じ惑星の上で安心して生きることはできません。基本的正常性とはそういうことでしょう。

財団は多数のオブジェクトを収容しているが、その中には「異常が異常でなくなった世界」の上にすら衆目に晒すことが出来ないようなものも少なくない。
そういったものはヴェールが破れる前に可能な限り解体しておくべきだろう。出来るならの話だが。

ボールド博士: 当然096だけではありません。まずは有害かつ倫理的問題無しに破壊可能なアノマリーのリストアップから始めましょう。

インタビュアー: それらは全て解体対象と言うおつもりですか? 流石に評議会も承認するとは思いませんが。

ボールド博士: もちろん半永久的な収容手法が確立しているものは、将来の研究のために残しても構いません。ただ、001事象のための新たな業務に回すリソースは惜しいですからね。高コストなプロトコルを要求するものは解体することをお勧めします。

インタビュアー: コストの部分に関しては会計部門や財政秘術部門とも話し合いの機会を設けましょう。しかし、それだけの解体をあなたの部門で捌ききれますか? もちろん必要とあらば、評議会は予算や人員を増やすことを厭わないでしょうけれど、それで十分ですか?

ボールド博士: 実のところ、優秀なコンサルタントのおかげで解体手法のリストもそれなりの長さがあるのですよ。それにこんな事態です、GOCとの協力も柔軟にできますよね?

インタビュアー: まあ、こちらでも善処しますよ。少なくともGOCの方は喜んで手を貸してくれるように思います。

断捨離を考える財団。これにはGOCもニッコリ。

ポール・ラグー管理官

3件目はポール・ラグー管理官。
彼はサイト-322の施設責任者で、このサイトでは統合プログラムというものを研究している。
EN発のカノンハブにもなっている統合プログラムとは、収容下にあるアノマリーに職員としての仕事を与え、有益に活用しようというものである。
「アノマリーを人間として扱う」プログラムと言っても良い。
本記事に直接リンクのある作品ではないが、当サイトに記事があるもので言えばSCP-1156「驚異の馬・ウエリントン」を想像してもらえば分かりやすいか。
ヴェールの崩壊に先立って、このプログラムは財団上層部の関心を集めていた。

インタビュアー: ヴェール崩壊後、我々は危険性の低いアノマリーの収容を行わない予定です。彼らは自由な経済活動を行うことができますが、後ろ盾がないと言うことでもあります。

ラグー管理官: ええ、まあ、簡単に民間企業に就職できるとは思えませんね。市民の一部は恐れるでしょうし、一部は奇異の目で見るでしょう。サーカス団の見せ物になることは、立派な自立とは言えませんね。

インタビュアー: その責任の一端は明らかに財団にあります。我々が彼らを一般社会から遠ざけていたのですからね。

ラグー管理官: では、それが倫理の問題ですか。財団は責任を取るべきだと。

インタビュアー: はい。我々は彼らに雇用を保障し、更に異常存在との共存のモデルを一般社会に見せようと思っています。

解体部門の話が出た直後にこれなので中々温度差が凄いが、勿論財団の収容下にある知性持ちアノマリーには温和で無害なものや、有益な働きを期待できるものも多くある。
彼らを全て無条件に監獄に閉じ込めておくという姿勢を続けていては、財団は人類の守護者として大衆に顔向けできまい。

インタビュアー: ええ、我々はこの事業を可能な限り多くの財団サイトに広め、実践させることを計画しています。お手伝いしていただけますか?

ラグー管理官: もちろん、喜んでお手伝いいたしますよ!

ビデオ通話画面にSCP-5595*8が大きく映り込む。

SCP-5595: アア。私モ手伝ウゾ。マズハ全世界ノさいとデ「じぇふりー・くいんしー・はりそん3世講演会」ヲ開クベキダ。

インタビュアー: うわあ! それが噂の—

ラグー管理官: ええ。SCP-5595です。

SCP-5595: 統合ぷろぐらむ第1号ノ私ヲ記念シテ銅像モ立テルガイイ。私ノ名トくそっタレナ番号ハゔぇーる廃止ノ象徴トシテ永久ニ語リ継ガレルニ違イナイ。

なんとなく分かったと思うが、5595は困らせルボットを彷彿とさせるコメディリリーフの機械系アノマリーである。
まぁアイツほど敵対的ではないし、足を引っかけて無警戒な人間を転ばせるくらいのことは出来るが……

インタビュアー: 一応機密の通信ということになっているのですがね。アノマリーに参加させるようなものではありませんよ。

ラグー管理官: あー、ええと、信頼できる職員1名の同席を許可されましたよね? 共同管理官のコイクス博士が別サイトに出張だったもので、私が指定した同席職員は彼だったのです。せっかくなら実例もお見せしたかったですし。

インタビュアー: なんと。

SCP-5595: 私ヲ単ナルあのまりーダト思ッテシマッタカナ? マア、ソノ驚キ顔ニ免ジテ許ソウデハナイカ。

フィリップ・バーホテン博士

4件目はネクサス学研究部門のフィリップ・バーホテン博士。
ネクサスとは財団が定める、「活発に異常な領域/地帯」である。
要はそこいらを歩けばアノマリーをいくらでも拝める地域であり、住人もそれらをごく普通のものとして認識しているような場所になる。
財団はこういったものも普通なら住民を追い出すなどして収容を試みるが、影響を受けている人口規模が大きすぎたり、既にコミュニティが形成されているなどの理由から収容が現実的ではない場合もある。
そこで、該当する地域そのものを封鎖して他地域からの流入を断つという方針を取っている場所がある。それが「ネクサス」である。

さて、ネクサスでは小規模ではあるが、異常が異常として扱われず、人間と融和した社会が形成される。
そのため、ヴェール崩壊後の人類文明の在り方についても何かしらヒントが得られるかもしれない、と財団は考えた。

バーホテン博士: それについては、ネクサス学の知見は間違いなく役立つでしょうな。土地に紐づいた異常性に、ネクサスの住民たちは驚くほど順応しています。

インタビュアー: 期待できそうです。

バーホテン博士: ただ、各ネクサスについては担当サイトに連絡を取ることをお勧めしますよ。今の私の仕事はもっぱら現場から上がってくる資料を編纂することで、実際に足を運ぶことは稀ですので。

トリスタン・ベイリー博士

5件目はサイト-87 多元宇宙業務部門のトリスタン・ベイリー博士。
藪から棒だが、読者諸氏は1998年というカノンハブをご存知だろうか?
これはSCP-JP発のカノンハブであり、このハブにおける財団世界では1998年7月12日にUE-1076に指定される破滅的な神格実体の降臨事象が発生、財団とGOCはこれを何とか食い止めるものの、激戦の余波によってポーランドの南部が丸ごと消滅するに至る。
財団とGOCはこの一件による一般への「異常」の露見を止められず、1998年7月13日を以てヴェールの崩壊が宣言された。
その後、色々あってこの世界ではオカルトに関する技術が極度に発展した独特の社会が形成された。

トリスタン・ベイリー博士はこのような歴史を辿る並行宇宙(TL-1998)について言及し、こちらの世界における法や社会の参考になるかもしれないと続けた。

インタビュアー: ふむ、そちらにも連絡を取ってみます。それと、他に参考になりそうな宇宙をご存知ありませんか?

ベイリー博士: 実は用意していました。とっておきのです。

ベイリー博士は資料を取り出して見せる。

インタビュアー: ありがとうございます。

ベイリー博士: これもまた非常に、非常に特殊なタイムラインです。我々はそこで起きたことを冗談めかして…… EK-クラスシナリオと呼んでいます。

ベイリー博士: EK-クラス — "みんな知ってる"(Everyone Knows)虚構終結シナリオ。地球人口の大多数が自然な形で異常を認知することにより、既知の正常性破綻シナリオのうちで最も穏やかにヴェールが捲られます。

インタビュアー: はあ? ええと、あり得るのですか、そんなことが。

ベイリー博士: 完全に成し遂げるのはほぼ不可能でしょう。ですが、この奇妙な先人に学ぶ限りでは、最終的な決壊の前に少しでも異常認知人口を増やしておくことは混乱を避ける良い方法に思えますよ。



















報告書の更新案が提出されました。

結末

正式に与えられたSCP-001-JPの収容クラスはRadix。これは財団の統制体系に組み込まれているオブジェクトを指すクラスである。
また、撹乱クラスは5/Amida、リスククラスは1/Notice
片や最高の5、片や最低の1という珍しい取り合わせであり、一言で表せば「本アイテムによる影響は世界全土に及び制御困難だが、これによって生じる直接的な危険性は無いに等しい」ことになる。
クリアランスは最低レベル機密のレベル3まで引き下げられている。

SCP-001-JPに備え、財団は主要な指揮系統を2つの方針に基づくグループに分割した。
第1グループは、これまでの基本的な財団の業務、すなわち合意正常性の維持を継続する。彼らは最終的なSCP-001-JP事象発生を可能な限り遅らせ、第2グループの任務完遂のための時間稼ぎを行うことを主目的とする。
そして第2グループはポスト-ヴェール時代への備えとなるあらゆる活動を任務とする。

第2グループが取り組むこの計画は、"プロジェクト・カーテンコール"と名付けられた。
この業務には、

1.大衆への公開に際して懸念のあるアノマリーの解体または無力化
2.超常現象及び異常存在を組み込んだ法律体系の構築と整備
3.Dクラス職員制度をはじめとする、倫理的に受け入れ難い制度・慣習の段階的廃止
4.超常現象及び異常存在を組み込んだ法律体系の構築と整備
5.民間人の雇用枠増加・基準緩和による異常認知人口の緩やかな増加の促進
6.フリーポート及びネクサス社会の研究による異常存在との共存社会における生活・文化・産業モデルの研究
7.超常科学の学術的成果の漸次的な公開と一般科学への統合

……といったものが含まれている。

また、現代の正常性維持の最も基本的な法的根拠である財団-GOC協定「1945年ケルン合意」もこの度改定された。
この際、対立または中立関係にある各要注意団体との関係を可能な限り改善することが両組織間で合意された。


さて、新たな報告書更新案、その説明セクションを抜粋してこの記事の結びとしよう。

説明: SCP-001-JPは、2030年以降の未特定のある時点 (現在の予測では2040年前後) で発生することがほぼ確実視されているLK-クラス "捲られたヴェール" シナリオです。

現在、SCP-001-JPそれ自体は脅威とは見做されていません。監督評議会は、SCP-001-JPが「正常性という概念の人類史における役割の完了」という必然的な事象であるという見解で合意し、レベル3以上の全職員に向けて公表しました。当報告書は、今後レベル2~0の職員に向けても順次機密解除される予定です。



SCP-001-JP
-アシッドの提言-

我らを待つゴールテープ



追記・修正はゴールテープを切った先の世界からお願いします。



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最終更新:2025年04月08日 10:31

*1 正確にはキャンペーンなので評価を競うことが目的ではない

*2 SCP-2897「解析部門の吟遊詩人」。データ解析により非常に高い精度で異常物の発生を検出する先進的AI。元はプロメテウス・ラボの子会社で作られたものだが、その有用性に目を付けた財団が回収・再教育を施した。

*3 非常に高性能な意思のある三台のスーパーコンピュータ。GOC傘下には本機のメンテナンス及び信仰を行う専門集団が存在する。

*4 SCP-6987「あなたがSCP財団の従業員として、加入する権利を法的に有する保険 (提供: ゴールドベイカー=ラインツ Ltd.)」。財団や他の超常組織に対して提供される異常な保険契約。未知の手法により将来に起こるイベントを高確度で予測している。

*5 SCP-3457「ソロモンの儀式」。ある2つの異なる動作を実行することで奇跡術に関する世界の法則を意のままに書き換えることが出来る儀式。現在は財団とGOCが共同で管理している。

*6 SCP-2350「マリナルショチトルの意識より」。アメリカ軍が開発した、蚊の羽音のような音波によって媒介されるミームエージェント。感染すると蚊に刺された跡に加えてマラリアなどの蚊を媒体とする疾病と一致する症状が現れる。

*7 SCP-2664「レッドライン」。ロシア軍が開発した、頭胸結合の奇形児を元にしたサイオニック固有兵器。周囲に存在する人間は暴力的な傾向を低減させられ、あらゆる種類の武器やその使用に対して拒否感を抱く。

*8 SCP-5595「ジェフリー・クインシー・ハリソン3世: サイト管理官、ガムボールマシーン」。意志を持ち、移動と発話が可能な25セント硬貨用ガムボール自動販売機。統合プログラムの試験によって数学と経理に高い能力を持つことが判明し、経理部門に数学者補佐およびコンサルタントとして恒久的に組み込まれている。