私の部屋

 私の横にあるテーブルの上の、瓶の中に入った一匹の赤と黒の色をした虫。
 何気なく持ちあげて揺らしてみると、コンコンと硬いものがガラスに当たる音がする。虫にあるまじき硬度。
 それもそのはずこれは虫ではなくネウロイなのだから。

私「とりあえずテープでガッチリと蓋しておくか」

 どこからともなく取りだしたテープで、蓋部分を隙間が無くなるほど密閉する。
 もっともこのネウロイが本気を出せば、こんな封などあってないようなものだが、それをする気があるならこの基地はとっくの昔に壊滅している。

私「……お前は何がしたいんだ?」

 そういうと中のネウロイが心なしか喜んでいるように見える。聞えているようだが、巣からは相当離れているので、テレパシーで話すことはできないようだ。
 本当に何をしたいのかさっぱり分からない。ネウロイの中でも異端中の異端のあのネウ子が操っているのだから。
 こいつを捕まえた場所も本当に訳がわからなかった。



 このネウ子、いやネウロイは私達が風呂にあがって更衣室で着替えていたところ、何故かリーネのズボンの中で蠢いていた。
 慌ててリーネがズボンを下ろすとこいつは今度はエイラのズボンに。
 次に私のズボンに入ろうとしたところを捕獲した。

 他の連中からは驚かれていたが、昔から虫を素手で捕まえるのがうまかったということにしておいた。その時何故かルッキーニの目が輝いていた気がする。

 ともかく、現在こいつは私が捕獲してある。電気も元に戻ったようで、普段と変わらない基地に戻っている。

私「はぁ」

 一つため息をつくと私はベットの上に寝転がりながら、この間(番外)ルッキーニと一緒に街へ買い物に行った時に買ったぬいぐるみを抱きしめてみる。名前は荒巻スカルチノフと先ほど決めた。
 ネウ子について考えるのはやめよう。考えるだけ無駄だし、恐らく正解にたどり着いたとしても理解できないだろう。



 その時、扉を叩く音が部屋に響く。叩いた音の位置的にルッキーニだろう。

ルッキーニ「私ー、一緒にお菓子食べよっ! シャーリー忙しいみたいだし」

 入ってきたルッキーニの手には、コーヒーとチョコケーキ、そして銀のフォークがそれぞれ二つと砂糖の入った瓶の載った、銀色のプレートがあった。
 私はベッドから起き上がり、ネウロイの入った瓶をテーブルの隅にやると、ルッキーニからプレートを受け取る。

ルッキーニ「ムシー!」

 私がテーブルにプレートを置いたのを確認すると、ルッキーニはネウロイの入った瓶を持ちあげて様々な角度から覗き込む。

私「おいおい、お菓子を食べに来たんじゃないのか?」

ルッキーニ「うじゅ、そうだった!」

 ペロリと舌を出しルッキーニは私の正面に座る。



 プレートからケーキとコーヒーを下ろして、自分の前に持ってくるとルッキーニは満面の笑みを浮かべた。

ルッキーニ「いっただっきまーす!」

 銀のフォークでチョコケーキを小分けにして食べ始める。
 一口食べるたびに幸せそうな表情をする彼女。見ていて飽きないと私は思った。

私「じゃあ私も食べるとするかな」

 ルッキーニと同じようにプレートからケーキとコーヒーを下ろす。
 私は先にコーヒーが飲みたかったので、砂糖瓶のふたを開けると中に入っていた小さな銀のスプーンで
コーヒーに砂糖を入れた。

ルッキーニ「え!?」

 何かとんでもない物をみたような声を上げるルッキーニ。
 一体何事かと私は尋ねる。

私「ど、どうした?」

ルッキーニ「そ、その、私ってすんごく甘党だったりする?」

私「……そうだが何故そう思うんだ?」

ルッキーニ「そのね……砂糖5杯は入れすぎだと思う」

 確かに入れすぎだとは自分でも思っている。思ってはいるがクセのようなもので、言葉使いと同じように今更変えることはできないしする気もない。
 ちなみにネウロイとなった私の体は、いくら糖分やカロリーを取っても太らないと言っておく。

私「……糖分は胸に行ってるから、そのうち砂糖味の母乳でも出るかもしれないな」

ルッキーニ「本当!?」

私「嘘だ」

 そもそも男性経験すらないうちに死んだからな、私。

ルッキーニ「うじゅあああああああああ!」

 多分本心からの絶叫がほぼ何もない部屋に響き渡る。どれだけ胸が好きなんだろう。

私「……そのうちルッキーニだって大きくなるさ」

ルッキーニ「本当!?」

私「多分」

ルッキーニ「うじゅあああああああああああああああ!」




 そんな会話をしばらくしていると、ルッキーニが何か思いついたのか、二ヤリと笑う。

私「……何を思いついた?」

ルッキーニ「ねえケーキ少し貰っていい?」

私「食べかけだがいいのか?」

 ケーキは半分ほど既に私が食べた後だ。

ルッキーニ「うん!」

 それでもいいようなのでルッキーニへケーキの載った皿を手渡す。
 ルッキーニはそれを自分のフォークで小分けにすると、一欠片を先端に刺して私に向ける。

ルッキーニ「あーん」

私「……は?」

 思わず間の抜けた声を出してしまう。

ルッキーニ「ほら、あーんって言ったらあーんって言って口空けないとマナー違反だよ!」

 一体どこの世界のマナー違反だ。いつの間に人間の世界はそんなよくわからないルールを採用したんだ。



私「いや、しかしだな……」

ルッキーニ「あーん!」

 私の言葉も虚しくルッキーニの声に消されてしまう。

私「……あーん」

 口の中に甘いケーキの味が広がる。
 負けた、完全に負けた。どうしてこう私は押しに弱いんだ。
 これじゃあまるで私が人間みたいじゃないか。ネウロイだぞ私は。お前達を裏切りに来たネウロイだぞ。いつかお前たちを殺すネウロイだぞ。
 胡散臭い見ず知らずの人の形をしたモノに、どうして親切にできるんだこの基地の連中は。

ルッキーニ「美味しい?」

私「……ああ」

 答えるとルッキーニが私と初めて出会った時のように笑った。
 自然と私の頬も緩む。慌てて口元を隠すが、どうも見られていたようでニヤニヤと、先ほどとは違ういやらしいルッキーニが笑っている。



私「ぐむぅ……」

 思わず唸ってしまう。やっぱりここの基地の連中は苦手だ。

 その時、背中を這うような寒気が私を襲った。

ネウロイ「……」

 見ている、テーブルの隅で今まで何もしなかったネウロイが、ルッキーニをひたすら見つめている。

 キュウウン

 耳をすませなければわからないほど小さな、ガラスを引っくようなネウロイの鳴き声。
 もったいないがテーブルを蹴りあげつつ、ルッキーニの手を右手で強引に引っ張りベッドへと押し倒す。

ルッキーニ「うわっ!?」

私「……」

ルッキーニ「……な、何?」 

 何も分かっていないのかきょとんとした表情をするルッキーニ。ならいい、別に礼を言ってほしくて助けたわけじゃない。
 ちらりと下を見ると、床には私の左腕が転がっている。痛みはない、コア付近に衝撃を受けなければ頭が吹っ飛ばされようが痛みを感じない。

 あのネウロイはルッキーニの体を狙ってビームを撃ったようだが、私がテーブルを蹴りあげたので狙いが定まらず私の左腕を切り落としただけだった。
 失敗したと判断したのかネウロイは割れた瓶の中から逃げ出すと、私の部屋から出ていく。

私「……いや、気のせいだったみたいだ。疲れてたのか、ルッキーニにネウロイが突っ込んでいくように見えたんだすまない」

 既に私の左腕は再生を始めている。あと20秒もすれば元通りになるだろう。

ルッキーニ「うじゅー……ケーキがぁ……」

 ルッキーニが残念そうな顔をする。何故私は彼女を助けたのだろう。
 結局殺すんだから、別にあのネウロイの攻撃を黙って見ていればよかったじゃないか。
 しかし体は勝手に彼女を助けようと動いていた。

ルッキーニ「うじゅー……」

私「……そのうちまた街にでも買いに行こう」

ルッキーニ「ほんと!?」

私「ああ」

 私は再生した左腕で頭をなでてやる。その間に右足で床に転がっている切り落とされた左腕をベッドの下へと入れた。
 切り落とされた分の軍服の袖が微妙に無くなっているが、特に気付かれてはいないようだ。

 ウゥゥゥゥゥー!

ルッキーニ「うじゅっ!?」

私「ネウロイか。どうやらさっきのはあながち間違ってなかったようだな」

 私はルッキーニを起きあがらせるとベッドから下ろす。

私「ほら、急いで行ってくるといい。部屋の片づけは任せておけ」

ルッキーニ「ありがとう行ってくるね!」

 振り返って手を振りながらルッキーニは私の部屋から出て行った。

 静まりかえる部屋。人が一人いなくなるだけでここまで静かになるのか。

私「行ったか」

 孤独感を紛らわせるかのように呟く。
 ベッドの下に手を突っ込んで、斬り落とされた左腕を拾い上げる。

 腕の斬られて断面になった部分には骨も肉も無く無機物を思わせるが皮膚は柔らかく、切り口が黒光りしている。
 もちろん血の一滴も流れていない。こういうところで私は人間じゃないのだと実感する。

私「……ふん」

 斬られた左腕を床に落とし、足で思いっきり踏み潰す。
 私の腕は私がネウロイであると再び告げるように、白い物質へと変化した。



 夜

 あれから少ししてあのネウロイは倒されたらしい。
 ルッキーニが言うには、なんでもミーナの尻に潰されて倒されたようだ。確か資料では撃破数は199機で止まってたはずだから、今回ので祝200機のはずだ。
 本人は複雑な気分だろうが、明日の夕飯は私が赤飯を作ってやろう。


?(ボクーの理想ーのはなよーめはー)

 時計の針が丁度12時を指した時、突然頭の中に響く声。

?(どこーにいーるのーだろーう)

 声のする方を振り向くと――

ネウ子(やほー)

私「ぶっ」

 窓の外に何故かネウ子が居た。思わず噴き出してしまう。

私「な、ななななななな何やってんだお前!」

ネウ子(んー? 暇だったから)




 ともかく窓を開けるとネウ子を部屋の中へと引っ張り込む。
 流石にこんな場面を見られたら言い逃れは出来ない。

ネウ子(やだー犯されちゃうー)

 訳のわからないテレパシーを送りながら、体をくねらせるネウ子。
 相変わらずよくわからないのでスルー。

ネウ子(ツッコミ欲しいなーボク)

私「……お前ってそんなキャラだったか?」

ネウ子(ボクって人間観察が趣味って言ったヨね? だ・か・ら人を知るために色々な人間の口調になってみてるのさー。今回は特殊な性癖を持った王子様)

 ネウ子はネウロイユニットで部屋を縦横無尽に飛び回る。

私「まさか、とは思うが」

ネウ子(何ナニー?)

私「ウィッチ達のズボンの中に入ったのも人間観察なのか?」

ネウ子(それはシリません。というのは冗談で単純に趣味)

 私の拳が、丁度正面に来たネウ子の後頭部にクリーンヒットした。



ネウ子(おお、イタイイタイ)

私「やかましい」

 頭が吹っ飛んだにも関わらず平然と喋るネウ子。コアは巣に置いてきているのか、再生の速度が遅い。

ネウ子(まあそんなことより私に聞きたいことがあったから来たんだよね、ボク)

 暇だから来たんじゃないのか。

私「聞きたいこと?」

ネウ子(うん)

 一呼吸置いてネウ子がテレパシーを送ってきた。

ネウ子(ね、どうして殺さないのかな?)

 今までふざけていた雰囲気から一転、部屋の温度が一度ほど下がったような感覚。

私「……まだ信頼されてないからな」
ネウ子(ふーん……)

 目は無いがじろじろと私を見ているのははっきりと感じる。

ネウ子(まあいっか。でも、君はウィッチ達を殺してるんだ、ウィッチ以外の軍人を含めると軽く100人は超えてる。君の居場所はどこにもないんだヨ)

私「……わかっているさ」

 この居場所が仮初めで、いつか私は彼女たちを殺さなければいけない。
 わかっているのにそれを否定したい私が居る。彼女たちなら私を受け入れてくれるかもしれないという甘い幻想を抱いている。

ネウ子(でも、あんまり他の子といちゃいちゃしたらダメだヨ? 今日みたいにボクが殺しそうになっちゃうからさ)

 そう言ってネウ子は窓から消えていく。

私「ルッキーニ……」

 彼女に出会わなければ、私はもっと楽に彼女たちを殺せただろうに。 
 ルッキーニ、いや、誰でもいい教えてくれ。何故私は守りたいと思ってしまったのか。
 ネウ子が消えていった窓からは、あの日彼女と出会った日と同じ潮の匂いが流れてきていた。
最終更新:2013年02月02日 14:23