『What taste is indirect kiss?』
1944年 夏
欧州でも最も激しい戦いが繰り広げられているこの地には、今日も銃弾の雨が降り硝煙の匂いが辺りに立ちこめる。
夏の陽気と突き抜けるように青い空、漂う白い雲には不似合いな機銃の音が今日も空に響いていた。
位置的には人類の制空権、そこに今侵攻してきたネウロイは少し変わっていた。
一言で表せば「臆病者」なのである。
そのネウロイが出現しだしたのは一週間程前、周辺部隊の新人が哨戒任務を行っている時を狙って出現、まだ抵抗するための牙を持たない「ひよっこ」達の命を次々と奪っていったのだった。
あまりに多い人的被害に上層部はかのネウロイに対し懸賞金を掛ける程だ。
出現の要請を受けて502JFWのエース達が到着すれば、なりふり構わず逃げ出す。
これがそのネウロイが「臆病者」だと言われる由縁である。
逃げる時の速度は圧倒的の一言、レシプロ機では到底追いつけない速度にブレイブウィッチーズ達は何度も悔しい思いをさせられていたのであった。
そんな「臆病者」は今日も標的を見つけ出し3機の小型を連れて狩りを始めたのだった。
しかし、明らかに新人らしい立ち振る舞いである2人のウィッチの表情には余裕が見える。
明らかに絶望的な状況の中に諦めの色が無いのだ。
まるで“誰かが助けにくるのが解かっている”かのように。
突如、「臆病者」の連れた小型ネウロイ3機が破壊され、白く輝く破片に変わる。
混乱する「臆病者」、すかさず複数のレシプロエンジンの駆動音が響き3つの影が戦場を舞う。
最初に現れたのはスラリとした長身に優雅な身のこなしがどこか気品を感じさせる女性。
クルピンスキー「大丈夫だったかい、エミリーちゃん、アンナちゃん?
2人が囮をするなんてボクは気が気でしょうがなかったよ…。」
風のように小型ネウロイを撃墜し、囮となって「臆病者」を釣る役目を負った新人2人に歯の浮くような台詞を投げかける。
そんな快楽主義の伯爵に続いて「ブレイクウィッチーズ」という不名誉な呼び名をつけられた菅野とカタヤイネンが続く。
この2人が残りの2機を堕としたのであろう。
菅野「こんの野郎!今日こそ逃がさねぇ!!!」
ニパ「小型の掃討完了しました!!」
ニパの報告が終わるか終らないのタイミングで「臆病者」はその名の通り逃げて行く。
しかし彼女達は追おうとしない。
いや、彼女達では追いつけないのだすでに実証済みである。
『ザザッ…小型の掃討完了しました!!ザザッ…』
下原「予想の通り「臆病者」、逃走を開始しました。」
下原が固有魔法の魔眼によって把握した状況を告げる。
先行した3人娘と下原からの報告を聞いたポクルイーシキンは、今まで「臆病者」の襲撃によって散っていった新人達…守ってあげられなかった少女達に対しての想いを胸に、言葉を紡ぐ。
今日、この瞬間で悲劇を終わらせるために。
サーシャ「作戦通り、『BAKA BOMB』射出!!俺少尉、叩き斬ってやりなさい!!」
驚異の速度で逃げる「臆病者」に対して戦闘隊長であるポクルイーシキンが考案した作戦は単純明快な物だった。
相手が“速い”なら“より速い”速度で追う。
真正面から相手と殴り合う、実に攻勢部隊である502らしい作戦と言えるだろう。
俺「了解!!!俺!特攻します!!」
ポクルイーシキンの声に応えたのは俺少尉、手にはいつもの扶桑刀・菊一文字。
頭には使い魔である雄牛の双角を生やしている。
脚に履くのは現代の鋼鉄の箒、ストライカーユニット「桜花」。
彼が左脚のレバーを引く、それは特攻開始、神風の合図。
桜花のプロペラが停止する、動力がモータージェットに切り替わったのだ。
レシプロエンジンを外部動力として用い、エーテルを吸収・圧縮・噴射。
驚異的な推進力で加速していく。
俺「神風舐めんなよ!化け物野郎ッ!!!」
俺が首から下げたゴーグルをはめる。
『BAKA BOMB』、俺という接近戦に特化したウィッチを人間爆弾に見立てて特攻させる戦法。
502の特攻機は風を切り裂いて飛ぶ、「臆病者」を斬り捨てるために。
矢のように飛ぶ彼が先行していた3人娘の脇を通り過ぎる時に、彼女達は3者3様の言葉を俺に投げかける。
クルピンスキー「俺君、上手くできたらご褒美あげる。」
妖艶に…。
菅野「しくったら解かってんだろうな!!」
厳しく…。
ニパ「俺!信じてる!!」
そして、信頼をくれる。
そんな仲間に彼はサムズアップで答え、更に速度を増していく。
圧縮エーテル水が火を吹き、魔力がゴリゴリ削られる。
桜花がその速度に耐えきれず悲鳴を上げる。
それでも彼は前を見据える、迷いなど微塵も感じさせない瞳で…
それは仲間の期待に応えるため。
徐々に「臆病者」との距離を詰める。
猛追、追いつめる
俺「この一撃に一擲を成して乾坤を賭せん!!!!」
気合と共に菊一文字に魔力を纏い、刀身が溢れる魔力で蒼く煌めく。
迫られる「臆病者」は恐れ、赤い光を放ち彼を撃墜せんとする。
しかし彼が前面に展開した強固なシールドを破る事は叶わない、それは速度のために破壊力を捨てた「臆病者」の誤算であった。
そして、見敵。
俺「チェェェエエエストォォォオオオ!!!」
気合一迅、剣撃一閃。
大上段から、神速の太刀が振りおろされて、「臆病者」を両断して斬り捨てる。
彼が高速で通り抜けた後、後方で陶器が割れるような音が戦場に響いて戦いの終わりを告げる。
下原「「臆病者」の撃墜を確認、俺さんがやりました!」
魔眼で捉えた情報をポクルイーシキンに伝達する下原、その顔をやはり嬉しそうだ。
サーシャ「そうですか…」
対象的にポクルイーシキンの表情は浮かない。
やはり犠牲が大きかったのだ、この一週間だけで3人のウィッチが死亡、2人が重傷を負っている。
責任感が強い彼女は「もう少しどうにかできた」こう思っているようだ。
戦争をしているのだ、当然消える命など無数にある。
しかしそれを割り切れる程、彼女達は年老いてはいないのだ。
下原「あれ…俺さんの速度落ちません…このままじゃ…」
下原が不吉な言葉を発する。
嫌な予感を感じ取ったのか、ポクルイーシキンも下原も顔が青ざめている。
下原「桜花、動力停止!急降下しています!!!」
サーシャ「恐らく魔力が尽きたんです!先行隊!急いで俺准尉の救援に!!!」
ポクルイーシキンのヒステリックな声で伝えられた通信に、3人娘も泡を食って飛び出して行く。
いくらラッキーな俺といえど、そう何度も落ちれば死んでしまうだろう。
ブレイクウィッチーズ達が堕ちる同僚を救いに行くという景色を最後に、甚大な被害を人類とウィッチ達にもたらして「臆病者」の撃墜任務は幕を閉じた。
* * *
≪統合軍第502戦闘航空団基地≫
502JFW司令とのプレートが掲げられた部屋では、この部屋の主であるラル少佐と副官であるロスマン曹長が絶え間なく迫るデスクワークに追われている。
先程まで行われていた戦闘にも引けを取らない程の迫力で2人は書類と格闘していた、その表情はまさに鬼気迫ると言った面持ちだ
そんな緊張感に包まれた部屋にノックの音が響く。
サーシャ「ポクルイーシキン大尉、入ります。」
言葉と共に入室したポクルイーシキンは2人の表情に若干気圧されつつも、なんとか笑顔を浮かべている。
上層部が懸賞金をかけた厄介な敵を倒しての凱旋なのだ、胸を張って報告しなければなるまい。
ラル「御苦労だったね大尉、既に報告は聞いている。
あの厄介な「臆病者」を見事堕としたようだな。」
サーシャ「はい、戦果は「臆病者」と小型3機です。」
ラル「上出来だ、これで口うるさい上層部も少しはおとなしくなるだろう。」
ロスマン「新人ウィッチを狙って人的被害をもたらす「臆病者」の撃墜は最重要事項でしたからね。」
満足そうに微笑むラルと、被害に想いを馳せるロスマン。
ラル「で、件の「臆病者」を斬り伏せたサムライボーイはどこだい?」
ポクルイーシキン「特攻を仕掛けた後、圧縮エーテル水と魔力の枯渇によって不時着…ストライカーが一機全損です。」
いつも通り…と言った感じで諦めたかのような表情で溜息交じり報告を続ける。
出撃の度にストライカーが破損、慣れないと言えば嘘になるが決して慣れてはいけないのだ。
ラル「俺は無事なんだろう?」
サーシャ「いつも通り無事でした。
近隣の部隊に救援を要請、カタヤイネン曹長が誘導に着いています。」
ロスマン「ふふっ、ラッキーストライクですもんね。」
そうロスマンが微笑んだ瞬間、車のエンジンが外から聞こえてきた。
ドアが閉まる音の後、ギャーギャーと少年と少女の大きな声が聞こえてくる。
童貞やら、処女やら、聞くに耐えない恥ずかしい単語の応酬だ。
サーシャ「はぁ~…」
ロスマン「ふふふ。」
ブロンドの左右に分けた髪を揺らして、溜息を吐くポクルイーシキン。
ロスマンはどこか楽しそうだ。
ラルは腰を上げ、窓まで歩み寄りブラインドを下げて帰還してきた今日のヒーローを見つめる。
ラル「さぁ、我等がサムライ君のご帰還だ、迎えに行ってやろうじゃないか。」
窓の下では、クルピンスキーからのご褒美のキスを頬に受けた思春期少年が顔を真っ赤にさせて動揺ここに極まりといった状態。
当のクルピンスキーは少し不機嫌そうなニパの方を見て悪戯っぽい笑み、面白がっている。
菅野はいつも通り不機嫌そうな表情だ、きっと物足りなかったのだろう。
出迎えにでたルマールと下原は2人でニパの方を見ながら談笑、年頃の彼女達、最近の関心はもっぱら俺とニパの関係にあるようだった。
美しい夏空の下で、個性的で魅力的な彼女達の時間は今日も賑やかに過ぎて行く。
過酷な戦いの中で、大切な物、守るべき物、信じられる物。
今確かにそこにある、実感できる絆を確認する…終わりの見えない戦いで、明日を生きる糧とするために。
* * *
≪同日 晩≫
皆が食事を終え、各々の時間を過ごす夜の一時。
基地内の食堂にはカツ、カツ、と一定のリズムで何かが跳ねる音が響き、不規則なタイミングで「よっしゃ!」、「ギャー!!」という歓喜の声や悲鳴が静寂を裂いていた。
中を覗けば、テーブルを挟んで対面しているニパと俺、2人共手にスリッパを握っている。
テーブルの中央にテープを貼って陣地を分け、その間をピンポン球が凄まじい速度で往復していた
スリッパでピンポン球を打ちあっている、今夜の2人の時間潰しの遊びはテーブルテニス…卓球のようだ。
ニパ「そりゃ!!」
掛け声と共に、器用にスリッパを使いこなして強烈なスピンをボールにかけるニパ。
寝る前なのでズボンにTシャツといった簡素な服を着ている、スタイルのいい彼女にはそんなラフな格好もよく似合っているし、魅力を引き出している。
お風呂あがりに運動をしているせいで肌はほんのり上気していた。
よく乾かせていなかったのか、少し水気を含んだ髪と、透き通るように美しい白い肌がうっすらとピンクに染まっているせいで今日の彼女はどこか色気を感じさせる。
俺「どっせい!!」
そんな彼女にドキリとしながらも、少年は平常心を保とうと努力する。
彼女の事を女性だと認める事をどこかで拒否しているようだ。
その理由はきっと今の関係に満足しているからなのだろう。
自分の陣地でワンバウンドしたボールを力任せのドライブで打ち返す。
しかし、ボールは明後日な方向へ飛んでいく。
俺「あ…」
ニパ「よっし!これでマッチポイント!」
雑念が多すぎるのだ、遊ぶにしても最近の彼の頭の中にはいつだって彼女がいた。
俺「くっそ!あ~訳解からん!!」
しかしその理由が解からない、単なるスケベ心なら最悪だ、彼女は親友なのだから。
そんな目で見ていたとしたら自己嫌悪だ。
「余裕~♪」なんて言っている彼女の最高に輝いている笑顔を見るだけで胸の動悸が速くなる。
これは運動をしているからだろうか?
「痛い…」
コツンと音がして、続いて声。
ボールが飛んだ方向は食堂の入口、そこにはルマール少尉が鼻を抑えて涙目になりながら立っていた。
その瞳は何かを訴えかけるように俺の方を見つめていた。
俺「誠に申し訳ありませんでした!!!」
ルマールを椅子に座らせて、俺が扶桑式の謝罪オブ謝罪である土下座をしている。
俺「ジョゼさんには普段から何かとお世話になっているのに、この不始末…かくなる上は腹を切って…」
ジョゼ「だ、大丈夫だからやめて!」
物騒な事を言い出す俺を慌てて止めるルマール。
その顔はいつになく必死だ。
ニパ「本当にすいません、こいつバカなんで加減解からないんです。」
ニパはマグカップを2つ持って厨房から現れる、ルマールと自分の分のようだ。
中はホットミルク、なみなみと注がれ湯気を放っている。
俺「誰がバカだよ。」
ニパ「お前以外にいるのかよ?」
俺「菅野とか?」
ニパ「あー…確かに…カンノがいたよ。」
そう言って笑う2人。
そんな2人を見て、その親密さを羨ましく思いながらルマールもホットミルクに口をつける。
俺「ところで俺の分は?」
ニパ「自分で持ってこいよ。」
俺「えー、ケチ。めんどいし、ちょっとくれよ。」
そう言って俺がニパからマグカップを受け取る。
そして何気なく口につけようとした時…
ジョゼ「あ…間接キス…」
ボン!と擬音がついてもおかしくないように、俺とニパの顔が瞬時に真っ赤になる。
ルマールにとっては何気ない一言だったようだが、思春期真っ盛りの2人はどうしても無視できなかった。
俺・ニパ「「……」」
2人して黙りこくって視線をぶつけあう。
互いに出方を窺いあい、牽制しあっているようだ。
俺「か、か、間接キスとかい、いまさら…な、なぁ?」
ニパ「え?あ…うん。」
動揺している事を必死に隠そうとする俺、残念ながらカップを持つ手がガクガクと震えている。
対するニパは顔を真っ赤にさせたままで、俯いている。
時折チラチラと俺の動向を上目遣いで窺っている。
俺(どうする…どうする俺…)
このまま飲めばニパと間接キス、それ自体が嫌な訳ではない、ただただ恥ずかしいのだ。
そしてわざと飲み口をズラしたり、飲むのをやめれば、それは彼女の事を“女性だと意識”している証明に他ならないのである。
俺(どうする…ど…どうする…)
相変わらずガクガク震えるマグカップ、目は“親友”であるニパの唇をガン見している。
こんな面白い光景を、ルマール少尉は本当に楽しそうに眺めていた。
俺(えぇーい!覚悟を決めろ!平常心で一口飲んで何食わぬ顔で礼を述べればいいんだ!
父上!母上!俺の一世一代の戦いを見ていてください!!!)
覚悟を完了した俺は、一度目をつむりそして刮目。
俺「一意専心!!」
言葉とは裏腹にゆっくりと動く腕。
ニパがなお顔を赤に染めたまま、俺の動作を見守る。
彼女は何を想い、どう感じているのだろうか?
そんな事を考える余裕は、少年には存在していない。
いつだって若さとは自己中心的な物なのだ。
俺「いただきますッ!!」
ついに、俺の唇がマグカップに触れようとした瞬間。
サーシャ「あ、俺少尉ここにいましたか。扶桑から桜花33型についての資料が届きましたので…」
突然の闖入者、ポクルイーシキンが紙の束を持って食堂に現れた。
寝巻姿の彼女は非常に愛らしい姿をしていた。
俺「あ、すぐに拝見させていただきます!ニパありがとうまた明日、おやすみ!」
ポクルイーシキンの言葉に食い気味に応答し、早口で俺が捲し立てる。
資料を受け取り自室に帰る俺。
その表情は安堵、ポクルイーシキンに深々と礼をして駆けていった。
ポクルイーシキンは何がなんやら意味不明といった面持ち。
ルマールは少し残念そう。
そして当のニパは、未だ顔を赤面させたまま己の唇を触る。
ニパ「ばーか、慌てすぎだってば。」
そして、そっと微笑んで少し温くなったミルクを一気に飲み干した。
顔が熱いのは、ミルクのせいだと自分に言い聞かせながら。
もう湯気も立っていなかったのに。
* * *
≪翌日 早朝≫
「せいやぁぁああ―――――ッ!!」
と、今日も早朝から気合の入った声が基地に響く。
雑念を振り払うように剣と己だけの世界に没頭する俺。
全力の一撃が鍛錬用の案山子を切り裂き地に落とす、ひと段落と言った所か。
俺「…ふぅ」
息を吐き残心。
そんな彼の頬になにか冷たい物が背後から当てられる。
俺「冷たっ!」
驚き、慌てて振り返る俺。
ニパ「驚いた?今日もご苦労さん。」
ニシシと悪戯っぽい笑みを顔に浮かべて、ニパがビンに入ったミネラルウォーターを差し出して立っていた。
俺「さんきゅ。」
礼を述べて、受け取る俺。
そしてビンに口をつけ、ゴクゴクと喉を鳴らして美味そうに飲む。
俺「ぷはっー!うめぇー!!」
ニパ「そんなに美味しかった?」
俺「そりゃ抜群に!」
今日の天気と一緒、爽やかな笑顔を浮かべる俺。
そんな彼にちょっとドキっとしながらニパはビンを奪い取る。
ニパ「そんなに美味しいならちょっと頂戴。」
そしてそのまま口をつけて飲む。
俺「あ…」
ニパ「ぷっは!ホント、美味しいや。」
ちょっと、頬を赤く染めて微笑むニパ。
俺「…」
俺「だろ?」
こっちの少年も顔が赤い。
互いに、少し遠慮がちに目を覗き合う。
俺「はっ」
ニパ「あはは」
恥ずかしさとか、理解できない感情の変化への不安とか。
そう言った物を吹き飛ばす様に2人は笑う、澄み切った空気を思いっきり吸い込んで、夏の空に負けないくらい青い2人の声はしばらく止む事は無かったという。
最終更新:2013年02月03日 16:12