『My sister.』
1944年 晩夏
≪第502統合戦闘航空団基地 俺自室≫
草木も眠る丑三つ時、俺はふと違和感を感じて目を覚ます。
何か暖かくて柔らかい物が腕に当たっているし、えらく布団が狭く感じる。
俺「またかよ…」
うんざり、といった面持ちで俺が布団から這いあがり部屋の電気を点ける。
明かりが部屋に満ち、俺の狭い王国を照らし出す。
「ベッドでは寝れない」という俺が持ち込んだ煎餅布団には、主である俺以外の人物が寝そべっていた。
その傲岸不遜とも言える侵入者は俺から強引に奪った上かけ布団に猫のようにくるまっている。
俺「おーい!伯爵さん!また部屋間違ってますよー!」
酒が入った時に、彼女は部屋を間違えて彼の布団に入りこむ癖がある。
今月に入ってから実に6回目にもなる。
502結成当初から何度も何度も繰り返すので、最近ではわざとではないかと俺が感じる程頻繁にだった。
俺「おっきろー!」
布団にくるまりながらも、女性らしさを感じさせるボディーラインはとても美しかった。
俺は彼女のせりあがった胸部や、キュッと締まった腰をできるだけ視界にいれないように注意しながら肩を揺する。
スレンダーでモデル顔負けの彼女の美しい体は、思春期の少年にとっては毒以外の何物でもない。
クルピンスキー「…ん…んぅ…」
色っぽい吐息を吐いて、彼女が目を覚ます。
眠気のせいで瞼は半開きで、全体的に顔の筋肉が弛緩している。
普段の飄々として余裕を絶やさない表情とも、戦闘中での頼りになる上官としての勇ましい表情とも違った魅力がある表情だ。
クルピンスキー「あぁ俺君おはよう、ついに分身の術覚えたのかい?3人に見えるよ。」
俺「おはようじゃねぇ~よ、これで何回目っすか?ほら立てますか?部屋帰りますよ。」
これこそ何度目になるのか不明ないつも通りのやり取りを終えて、俺がクルピンスキーを抱き起して、肩に背負う。
俺「うっわ、酒臭っせ!どんだけ飲んだんですか?」
クルピンスキー「覚えてないよ~、それより俺君またコレクション増えたね、しかもまた巨乳モノだし。」
そう言って彼女が俺のデスクを指さす。
勿論、その先には俺が懇意にしている整備兵から貰った秘蔵の猥褻図書がドヤ顔で安置されていた。
俺「あんたはオカンか!?」
クルピンスキー「今度ボクにも貸してよ。」
俺「…」
クルピンスキー「ニパ君とか免疫無さそうだからなぁ~俺君の趣味知ったら軽蔑するかもね。」
俺「解かりました。」
クルピンスキー「俺君は物解かりが速くてイイ子だね。」
子供のように笑うクルピンスキー、俺が困った顔をしているのが本当に楽しそうだ。
対する俺は意地悪な姉にからかわれた弟のように、心底嫌そうな顔をしている。
クルピンスキー「そんな顔して、心外だな…
ボクは俺君の事好きだから嫌われたくないのに。」
俺「はいはい、俺も好きですよ。」
クルピンスキー「本当に?どんな風に?」
ククッと笑うクルピンスキーの肩を俺が支えながら、2人で冷え込んだ廊下に出る。
もうじき夏も終わり…オラーシャの晩夏の夜は肌寒い。
俺は酔っ払いの適当な言葉に、律儀に相槌を返してやりながら歩く。
俺「どうって…お姉ちゃんみたいな感じですかね?」
心の底から、思っていた言葉を伝える。
菅野やニパ程ではないが、俺も比較的ストライカーの破損が多い。
そんな若い3人を、彼女が矢面に立って守ってくれている事も知っている。
戦闘の時に、まだまだ未熟な自分のサポートをしてくれていた事も知っている。
俺がニパと喧嘩した時に、さり気なく仲直りする方向へと導いてくれた事も知っている。
クルピンスキー「お姉ちゃん?」
俺「俺には実際に姉はいませんが、きっといたら伯爵みたいなんじゃないかなぁーって思うんすよ。」
クスクス笑うクルピンスキーと、少し照れて頭をポリポリの掻く俺。
窓から差し込む月明かりが、2人を柔らかに照らし出す。
互いの事を優しく想いあう2人の姿は、本当の姉弟のようにも見えた。
クルピンスキー「あははっ、ボクがお姉ちゃんか。
きっと弟や妹に迷惑かけるダメなお姉ちゃんなんだろうね。」
俺「違いますよ、いつだって俺達の事見守っててくれて、迷わないように導いてくれて、傷つかないように守ってくれる…
そんな優しくて強いお姉ちゃんだと思います。」
クルピンスキー「嬉しい事言ってくれるね、そんなに褒めてもキスくらいしかできないよ?」
俺「そういうのは、伯爵の“本当に大事な人”へどうぞ。」
冗談を本気にしたのか、俺の顔が真っ赤だ。
そんな純情な弟の様子を見て、また姉が楽しそうに笑う。
クルピンスキー「大事だよ、頬にキスしてあげられるくらいにはね。」
俺「もうこんくらいで勘弁してください。」
クルピンスキー「あははっ。」
そんなやり取りをしながら牛歩で歩く2人も、やがては目的地に辿りつく。
ドアを開け、ベッドにいつものように酔っ払いを放りこむ俺。
やはり相当酔っていたのか、クルピンスキーはすぐさま眠りについた。
穏やかな表情でスヤスヤと眠っている。
俺「おやすみ、姉ちゃん。」
* * *
≪翌日 早朝≫
夏も終わりに近づき、最近気温もグッと下がってきた。
そんな季節でも相変わらず俺は木刀を振るい、自己の鍛錬を欠かしていなかった。
上半身に衣類は一切身に着けず、その鍛え上げられた肉体を惜しげも無く晒している。
鬼気迫る勢いで行っていた鍛錬に息は上がり、体からは湯気が立ち上っていた。
「だ~れだ!?」
そんな彼の背後から、何者かが俺の両目を掌で覆い隠し、己は誰か?と哲学的な問いを投げかける。
俺「まだ酔ってんすか?」
クルピンスキー「いやいや、俺君の介抱のおかげですっかり元気だよ。」
せっかくの茶目っ気を無下にされたにもかかわらず、伯爵はいつも通りニコニコしている。
手は外したものの、今度は肩に両手を置いてまだ背後にくっついたままだ。
俺「珍しいっすね、こんな時間に起きてくるなんて。
いつもニパくらいしか来ないのに。」
クルピンスキー「姉として大事な弟にアドバイスしなくちゃと思ってね。」
俺「?」
クルピンスキー「俺君の“本当に大切な人”、見失っちゃだめだよ。
君達みたいな年頃はいろいろと大変だからね。」
背後から、彼女が耳元でそっと呟く。
その吐息が耳にかかって若干くすぐったい。
俺「どういう意味っすか?」
クルピンスキー「そのまんまの意味さ、自分に嘘つかずに、真っ直ぐに生きて欲しい。
それがボクから君に教えてあげられる事だよ。」
俺「はぁ…」
俺がいまいち理解できないという表情をしている
。
ニパ「あれ?中尉珍しいですね。」
そんな時いつもの稽古場に、いつもと一緒のタオルを握り締めて、いつもの少女が、いつも通りの時間に現れた。
そんな少女がいつもはここにいない人物がここにいる事に心底驚いている。
ニパ「なにしてたんですか?そんなにくっついて…」
距離が近い2人に訝しげな視線を送るニパ。
若干不機嫌そうだ。
なぜ不機嫌なのか?きっと本人にも理解しがたいであろう。
クルピンスキー「なんでもないよ、道徳のお勉強。」
そう言って、クルピンスキーは背後から俺をニパの方へと突き飛ばす。
俺「うわ!」
クルピンスキー「ボクが言った事、頭の隅にでも覚えておいてね。」
俺「は、はい。」
そう告げて、クルピンスキーは優雅に、しなやかに朝靄の中に消えていってしまった。
ニパ「なに言われたの?」
俺「内緒。」
ニパ「えー!気になるじゃん、教えろよー!」
俺「嫌~だね。」
ニパ「お~し~え~ろ~。」
ニパが俺の首を掴み、ガクガクと前後に揺する。
取り残された2人がじゃれ合う姿は仲の良い友達そのものだ。
きっと聡明なクルピンスキーは気付いていたのだろう、“友人”としての2人の関係に綻びが生じ始めている事に。
「“本当に好きな人”を見失わないで、自分の思った通りに正直に生きなさい。」
優しい姉は望んでいるのだ。
只一度しかない、この輝ける時間を大切な弟と妹が笑って過ごせるように…
青春時代と言う今を、思う存分楽しむことを。
最終更新:2013年02月03日 16:12