ノイエ・カールスラント
とある基地
春の陽気が満ちる中、輸送機の前で一人の男と少女が言葉を交わす。
隣でその様子を見ながら初老の医師が微笑んでいる。
何も事情を知らなければいい場面だ。
だが、男の着ている服はカールスラントの軍服。そして冷えるのか両手に白の手袋を嵌め、右腕を吊っていた。
ウルスラ「リハビリ、お疲れさまでした」
俺「ああ、ウーシュには感謝してもしきれないよ」
ウルスラ「私はやれる事をやったまでです」
医師「我々も同じです。どうか大尉、自分を殺し続けた7年を取り戻してきて下さい」
俺「ありがとうドクトル……ウーシュ」
医師に礼を言い、少女の手を握る。右腕が動く度、きしりと金属の擦れる音が鳴る。
ウルスラ「はい。俺さん」
俺「君のおかげで俺は腐らずに済んだ。ありがとう」
ウルスラ「いいんです…最後に、見せてくれませんか?」
俺「ああ」
そう言って両手を合わる。ぱちりと電流の様なものが手の隙間からこぼれだす。
それを見る少女―ウルスラは眼鏡の奥の瞳を輝かせ、ほんの少しの笑みをのぞかせた。
俺「…ファーゼンヴバガン」
電流を散らし、ぐっと力を込める。頭の中で式を展開、証明、終了。
俺「ウーシュ、目つぶって」
ウルスラ「はい」
目を閉じた事を確認してからウルスラの首に先程作ったものをかける。
紐の長さもばっちり。上出来、と心に思いながら位置を整え、目を開けるようにと囁く。
ウルスラ「…何の形ですか?月?」
俺「鮫の歯。研究室で要らないって言うから教授に頼んで貰ってきた…どうだい?」
ウルスラがついついと鮫の歯にガラスが絡み付いたペンダントを人差し指でなぞる。
その様子を見て少しドギマギするが、ふにゃっと笑うのが見えてほっと胸をなでおろした。
俺「君が無事でありますように」
ウルスラ「技術省は安全ですよ?」
俺「よく爆発するからね」
ウルスラ「俺さんもよく爆発させていたじゃないですか」
俺「しばらく実験は出来ないからいいんだよ」
医師「大尉、そろそろお時間ですよ」
笑いながら言い合う二人に、初老の医師が懐中時計を閉じながら告げる。
俺「今行く。じゃあまたなウーシュ」
ウルスラ「はい、姉さまによろしくお願いします」
俺「魔法力接合の考案者だからな。必ず」
ウルスラ「俺さんお元気で」
俺「ああ、またなウーシュ!」
俺が輸送機に駆け寄り、タラップを上る。
もう一度離れたウルスラに目をやり、その光景を目に焼き付ける。
―奪われた祖国カールスラントとは違う温暖な気候、でも…俺は……
操縦士「大尉?どうなさいましたか?」
俺「ああ…今行く!」
この一歩が、祖国奪還に繋がるのなら何だってしよう。
機内で発進を待ちながら軋む右腕を見詰める。
あの日失った希望。あの日死別した右腕。だが今、全ては還って来た。
たった一人の少女が全て取り戻してくれた。
俺「奇跡は起こすものなんだ…そうだろ?ウーシュ」
最後のつぶやきはエンジンの轟音に掻き消され、機はロマーニャへと動き出した。
医師「行きましたか」
ウルスラ「はい。皇帝陛下直々の推薦を頂いて501統合戦闘航空団へ…」
医師「彼はよく耐えました。そして貴方も」
ウルスラ「私は手を差し出しただけです」
医師「頑なに手を払ってきた彼に貴方は希望を掴ませました…我々には誰一人として出来なかった」
ウルスラ「買いぶり過ぎ…です、よ」
段々と拙くなる言葉と共に、ウルスラが倒れる。
そんな彼女を、さほど慌てもせずに医師はささえ、溜息をついた。
医師「大丈夫ですか?…この一年程働き詰めでしたからね。少し休みましょう」
ウルスラ「いえ、ジェットストライカーの調整をしなければいけませんので…」
医師「駄目です。せめて一日だけでも寝ていただかないと」
ウルスラ「大丈夫です」
医師「目が閉じてますよ……あ、もう」
幸せそうに眠る天使を抱きかかえ、春に霞む大尉の輸送機を眺める。
かつての英雄が7年を飛び越え、再び戦場に帰った。揺るがぬ鋼の意思を携えて。
医師「まったく、大尉の周りは頑固者ばかりだ」
ロマーニャ基地 執務室
かりかりとペンが書類の上を走る。先程から広い室内を支配するのはペンの音だけ。
しかし粗方作業は終わっているようで先刻よりペンの音は繊細だった。
一枚が終わりまた一枚。と捲った下にはカールスラント王族の封蝋が押された封筒と書類がぽんと乱雑に置かれていた。
ミーナ(…嘘でしょう)
頭を抱えながら封筒を開け、内容を読みまた溜息。
ミーナ(補給人員…それも皇帝陛下のサイン入り)
坂本「ほう、また誰か来るのか?」
ミーナ「きゃっ…美緒、驚かさないで頂戴」
坂本「はっはっは。気付かないミーナもミーナだ」
ミーナ「書類手続きを手伝ってもらいますよ?少佐」
坂本「なーにバルクホルンにでも手伝ってもらえばいいさ」
軽口を叩きながら坂本が手紙の内容を読み、片手で付属の書類を探る。
すかさずミーナが書類を取り内容を読み上げた。
ミーナ「カールスラント空軍所属の俺大尉。元技術省所属ね。
主にロケット兵器などの開発に尽力。大学院に通っていて正確には客員大尉……滅茶苦茶よ」
坂本「男のウィッチとは珍しいな。撃墜数137…ほう、スーパーエースじゃないか」
ミーナ「大戦初期のオストマルク戦線のみの戦果よ。それ以降の作戦には不参加……正直、あまりいい噂は無いわ」
坂本「…まあ、聞いた事はあるが」
眉間にしわを寄せ、坂本が言い淀む。
大戦初期、最強とまで謳われたカールスラント最高のウィッチ。
ミーナ「有名よね『赤鼻』。錬金術師と呼ばれたウィッチ。
オストマルクでの負傷後、上層部に取り入って一人安全な技術省に逃げた…ダイナモ作戦すら参加しなかった裏切り者」
怒気が見え隠れするミーナの声に、坂本は苦笑すると、かつての教官の言葉を思い出しながら言う。
坂本「戦果の持ち逃げ、臆病者、扶桑でもよくコイツみたいになるなと言われていたよ」
ミーナ「私も言われたわ…でも、そんな人には見えなかったけどね」
坂本「ミーナはあった事があるのか?」
ミーナ「ええ、技術省に行ったときに。なんとなくよ?」
それでも許せないけれど。
そう言うと、ミーナは書類を処理済みの箱へと置いた。
坂本「まあ、見ない事には分からないな…」
ミーナ「でも来る事に変わりはないわ。一応エースだったし、それに皇帝陛下からの御命令はさすがに断れないし」
坂本「…再結成したばかりだと言うのにまた忙しくなるな」
ミーナ「使い物にならなければ本国に送り返すまでよ。他の子達と何もなければいいんだけれど…」
坂本「はっはっは!どんな奴が来るか楽しみにしようじゃないか!」
最終更新:2013年02月03日 16:34