シャーロット・E・イェーガーは考える。
高速で空を突っ切り、迫り来るネウロイとの衝突を数秒後に控えた彼女の頭は冴えていた。
無線の向こうから聞こえたあの男の声はもう遠く、流れゆく走馬灯に身をゆだねていた。
シャーリー(こんな時に無茶して出て来たんだ。カッコよく決めてくれよ)
シャーリー(それにしても私は走馬灯まで早いのか……さすがだな)
ひとりごちて目を閉じる。
腕の中に眠るバルクホルンを抱きしめ、衝突へと備えた。
≪目を閉じて…ああ、あと鼻と口を塞いで≫
シャーリー「おいおいなんだ?お前の起こす奇跡は息を……と、め――」
薄らと開けた目に映る光景に絶句した。
≪飛び込め!!≫
どう、と空に大きな水柱が上がる。
ついでネウロイまでそれに突っ込み、慌てて進路を変えて飛んで行った。
宮藤以下8名の魔女の目に映るは四角く切り取られた海。
突っ込んだシャーリーは浮上の為に必死に水を掻いていた。
宮藤「なん、ですか……?あれ」
リーネ「水…ですか?どうして空に……」
遅れて来たリーネと宮藤が空に浮かぶ海を指差す。
ゼリーの様に時折震え、弾力性に富んでいる事が把握できた。が、問題はそこでは無い。
エーリカ「ファーゼンウバガン…相転移。にぃにぃの固有魔法」
坂本「ファーゼン……あいつの魔法は空に水を浮かす事なのか?」
浮上したシャーリーは立ち泳ぎをして周りを見ていた。バルクホルンもすでに酸素に触れてる。
大きな海の前で、先程まで息を切らせていた俺が何事もなかったかのように切り返すネウロイを見つめる。
頭から生える角の光は強くなり、段々と枝分かれして行くのが遠くの彼女たちからでも確認できた。
坂本の問いにエーリカは首を振る。俺から目を離さないまま、口を開いた。
エーリカ「あらゆるものの相を転移させ、新しい何かを創りだす。あれが錬金術の正体だよ」
エイラ「錬金術……やっぱりアイツは」
坂本「何故今さら?」
エーリカ「だってにぃにぃは戦力強化の為に、私達を補助する為に来たんだもの」
ペリーヌ「しかし俺大尉はバルクホルン大尉を!」
エーリカ「そんな事するわけないじゃん。あいつロリコンだもん」
言い逃れもしない心意気は立派だけどね。
溜息と共に吐き出されたエーリカの言葉に坂本が硬直する。
濁流のように記憶が押し寄せ、搔き混ざる。坂本は感情を押し殺すように口を開いた。
坂本「だとしたら…私達は――――」
エーリカ「違うよ、話さなかったにぃにぃが悪い。知らなければ私だってこうする」
坂本「…俺とて分かっていたはずだ。何故…何故俺は話さなかった……」
あっさりと否定された。それでも何かある筈だと、俺を見続けるエーリカに坂本が顔を向ける。目が合った。
空よりも高く澄む瞳に覗かれる。恨みのようなものは無く、諦めに濡れるわけでもなく、唯々寂しげにゆれていた。
エーリカ「にぃにぃは話さない…ううん、話せない。全てが嘘だと思っているから。全てが見え過ぎてるから」
宮藤「見え過ぎてるって……」
エーリカ「これが終わったら全部話すよ」
俺を中心に空間が歪んで見える。
赤いトナカイを囲むように、ざわざわと大気が集結するのが伝わって来る。
エーリカ「相の理解はその科学、転移の心は己が魔法
科学と魔法が交差する時、錬金術は発動する」
手を合わせ、再び針路をこちらに定めたネウロイを見据える。
魔法力を右腕に循環させると同時に頭で式を組み立てる。
段々と頭の中を棒で掻き回されるような感覚が俺を襲い、むせ返った。
俺「同時演算は、やはり無理、か……」
ひどくくらくらする。容量を越えた計算に脳が悲鳴を上げる。
それでも構わない。この子達を救えればいい。辱められた?それが何だと言うのだ。
俺「コスモロギー…アッレ―――――」
≪そこまでです≫
俺「…ウーシュ?何故君が」
言葉だけは冷静に出てきた。ぐちゃぐちゃの頭の中で考えている事なんて無いのに。
軽く息を切るように、インカムの向こうで彼女は俺に声をかける。
≪何をしてるんですか、俺さん。どうして…≫
俺「どうもこうも、分かっているだろう?」
ウーシュと波長を重ねる。言葉にするならば浅い一心同体だろう。
表層意識まで共有している彼女には、考えている事が光よりも速く伝わる。
これが深層意識まで共有して始めて力を開放できるが、そこまで強いる必要はない。
俺「ウーシュ、いいんだ。俺はここまででいい」
俺「このまま始末をつける。軍規も…なにより子供達に迷惑をかけた」
―――だから、もう
俺「楽にしてくれよ……ウルスラ」
潮風が頬を撫ぜた。
俺は何も出来ない男なんだよ、ウーシュ。
力が無ければ、この力を示さねば誰にも認めてもらえない。
――子どもの一人もjar…守れjarあggしなggkいyii…
何も伝わらない意志が現実をつき付けるようだった。
絶望したかい?そうだろう。陛下から推薦状を賜い、意気揚々と来た男がこの様だ。
何一つ創りDa..Skt事出来なかtTあton,錬金術士だsおuDa,愚者、それが正しい答Ans,,sう、真実wAhr……
≪…そうやって≫
再び演算を開始する。一Mens…で出来た事dあr,。これが唯一の、己の証明Proof..た。
≪…やっぱり嘘をつくんですね≫
俺「ウー…シュ……?」
≪そうやって考えるのがいけないんです。何でも一人で背負って≫
アクセス量が増える。光の連続に目がくらむ。
――――深層へaCcs..アクセス開始―veRs.―共有意識74.925141592xX――――
自我安定。浸食無し。外部アクセス了承。DIVE.
俺「これは俺の責任なんだ!……俺が背負って何が悪い!?俺は救えなかったんだ!俺が殺したんだ!俺が…俺があ!!」
見たくもない映像を脳は勝手に流す。不愉快なノイズと汚れにまみれた映画が止まることはなく
治りかけた傷を容赦なく抉っていく。どろどろとした血が溢れ、頭の中に溜まって行く。吐き気がした。
乱れる、歪む、崩れる。ぐずぐずと思考は朽ちていく。
視界が真っ暗に歪み、自分と自分が離れる感覚が気持ち悪い。
大切なナニカはすでに遠く、思い出せない。思い出したくて必死に数を数えるが思い出せない。
とても大切だったナニカ。忘れたく無くて、離したく無くて、ああ駄目だ。
気持ちが悪い。頭がどうにかなりそうだ。
このまま鋭利な刃に裂かれるように、いっそ消えてしまえたら。
手に入らないなら止めてしまえ。考えるなど止めてしまえ。忘れればいい。
もうすぐ全てが黒くなる。ドロドロの夜が呑みこんでしまう。
祈る様に両手を更に強く合わせた。祈る―何に?誰がこんな愚か者を守るんだ。
細かくぶつかり合い、震える大気と元素が俺の首飾りを揺らす。
更に強く両手を合わせた拍子に、一層強くなった振動に刻まれ、飾りが宙に投げ出された。
瞬間、左手に痛みが走る。
思わず両手を解き、宙を舞うそれを取った。
彼女にあげた片割れと同じ、首飾りだった鮫の歯――――
【どうぞよろしく】
【それはお守りだから、大切にしなさい】 【裏切りの英雄】
【その右腕は一体】 【教えてくれ、俺は……】
【人だって殺せる】 【興味の問題】 【技術屋】
【嘘だったのかよ】 【俺は何時でも本気だ!!】 【態度で示す】
【君にしか出来ない事】 【明けない夜は無い】 【好きにしろ。私は行く】
【にぃにぃの頑固者!】 【7年前に、過去に帰れ!】 【魔力供給】
【一人じゃ何も出来やしない】 【変換効率の不具合】 【いい加減自分の言葉で】 【話】
【認められたいんだ】 【認めてもいない人間の話す事なんて】
【狂言妄言】 【何でも結構】 【真実から目を逸らした】 【君には君の】
【そこまでして探す真実】 【子どもを見捨ててまで】【生きたくない】
【奇跡は起こすものなんだ】 【たった一人じゃ立つ事も】 【真実すら話せない】
【君達を守る】 【守れない】 【俺が殺した】
【子ども】【花】 【気を付けて】 【そんな所で】
【真実を求める】 【揺るがぬ鋼】 【貴方だけを】
俺「――――!!?」
≪貴方は少し考え過ぎです≫
俺「ウーシュ…君は……」
≪やっぱり、これは少し…≫
深淵に光が射す。目の前に現れた彼女の意思。黒く蕩かされた頭に少女が入り込んで来た。
汚ないと叫ぶと、彼女は辛そうに笑って寄り添うのだ。
≪今、俺さんが見ているものは真実です≫
言葉にしなくても伝わるのに、彼女は言葉を紡ぐ。
どろどろに淀んだ深淵を彼女は進む。
≪でも真実は一つとは限りません≫
≪全部、俺さんが教えてくれたんです≫
インカムの向こうから、ウーシュの小さく笑う声が聞こえた。
美しいものだったと思う。ウーシュはそれを分解して、淀んだ何かを書き変えた。
俺「子供が傷つくのは嫌なんだ。もう失いたくない…俺は守りたい……ッ!」
≪それが理由じゃいけませんか≫
俺「君は優しすぎる」
暖か過ぎて怖くなる。ぼろぼろと涙が零れた。
深層意識までの共有は電子レベルで繋がっている事だ。
嘘ではないと分かっているのに怖くなる。
俺「…俺は、これで死ぬ」
≪させません。範囲計算は任せてください≫
俺「失うのは今だ」
≪付いていきます≫
両手を合わせ、頭の中、枯葉を被ったホワイトボードに式を書き込んでいく。
真空の相転移を利用。真空の空間をエネルギー準位の高い状態から、低い状態へ相転移。
濃密なまでに収束させたエネルギーを両腕に乗せ、転移対象を決定。
転移位置、対象物体確認。方程式を展開、証明――――終了。
≪範囲確定。目標の侵入を確認≫
俺「ファーゼンウバガン」
空間をネウロイの中心、コアへと転移させる。
押し込まれた空間が急激に膨張する。
膨大な熱の開放により、飛び込むネウロイが熱した硝子のように赤く、白く膨れ上がっていく。
俺「…コスモロギー、アッレ」
大気がゆらぎ、薄く張っていた雲が晴れ上がった。
まるで世界が始まるような清々しさ。
俺は言い放った。
俺「サンタズウィーグ」
瞬間、大気が鳴動する
解いた両手を宙にかざした瞬間、ネウロイを中心に空間が爆発する。
真っ白に熱を閉じ込めた鉄の身体を弾けさせ、辺り一面に熱波と衝撃を撒き散らした。
エイラ「――ッ宮藤!シールド!!」
宮藤「えっ…は、はい!!」
全員を守る様に展開されたシールドに衝撃波がブチ当たる。
衝撃で後退する宮藤をリーネ達が支え、輝く波を防いでいく。
ペリーヌ「眩しい…これは一体…」
サーニャ「綺麗…」
中心で焼かれるコアの辺りから虹色の光が溢れていく。
大気に瞬く燃える燐光。幻想的だった。
俺「宇宙創世の業火に焼かれ、原子の一片まで消滅し尽くすがいい」
インカムを取って頭を振う。赤く輝く角が大気に散った。
景色に目を移した瞬間、意識が飛んだ。
目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。
俺『何だ……海の底?』
体を動かす。何気なく右腕を動かすと、すっと動いた。
驚いて右腕を見る。肩口にあった鋼の接合部が消え、綺麗な人の腕がくっついていた。
俺『…夢を、見ていたのか……?』
声が震えた。握る、開くを繰り返す。
鉄の擦れる音も、ずっしりとした鉄の重さも無い。正真正銘、俺の――――
右手をあげる。その時だった
ぐしゃり
歪な音が耳につく。右腕がぐずぐずと崩れていく。
骨が、肉が、皮が。ぼたぼたと落ちるのを、俺は茫然と見ていた。
膿んだ大地が広がる。血の様な炎がべろりと傷口を炙る。
視界が揺れる。
頭が認識した途端、世界が広がる。
口が渇く。頭が痛い。腕が、俺の腕が……左手で右腕を抑える。崩れた。
落葉が揺れる。かさかさと、誰かが近付いてくる。
引き攣れるような呼吸が精一杯だった。視点が定まらない。
右手が何かを持っている。ぐずぐずになった右手を開く。靴だ。
誰の――子供の。何で――知らない。どうして―――それはね―――
誰かが近付いてくる。違う、誰かに見降ろされている。
ゆっくりと顔をあげる。ちいさい子供は見降ろしている。
――ねえ
蕾のような唇が動く。
空気は震えず、頭に響く。
――わたしの、
ぶわりと、冷汗が噴き出た。
胃が挽き潰される。呼吸が早まる。右手は崩れていく。
――わたしのくつは、どこ?
硝煙の臭い。人の叫ぶ声。炎の熱さ。置き去りのぬいぐるみ。
口に広がる鉄の味。焼けた森。黒い塊―――赤い靴
俺『ぁあ、あ……ぁぁああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!』
にこりと、子供は嗤った。
「起きろ!俺大尉!」
俺「――――ッッッ!!?」
不意に視界が白に変った。
一瞬の戸惑いをへて、ようやくここが医務室であると気付く。
俺「……ゆ、め?」
視点の定まらないままの目に天井が映る。
するとその横から、心配そうな顔をしたバルクホルンが覗きこんで来た。
バルクホルン「大丈夫か?」
俺「…大尉、なんて顔をしているのです」
バルクホルン「こちらの台詞だ。汗だくだぞ」
バルクホルンが差し出したタオルを受け取り、額を拭う。
自分の身なりを確認すると、着ていた服は病人服に変わり、鋼の右腕は剥きだしだった。
バルクホルン「何故お前は来た」
唐突にバルクホルンは口を開く。
ベッドにはウルスラが倒れ込む様に眠っていた。目の下の薄い隈をそっと撫でる。
俺「子供を見殺しにはできませんから」
バルクホルン「そんなもの理由じゃないだろう!」
声を荒げ、バルクホルンが俺に詰め寄る。
俺は顔色一つも変えず、静かに。と、人差し指を口元に寄せた。
俺「恨み、憎しみ…負の感情の集め方を知っていますか?」
突然の、枯葉一つの重みも感じさせない呟きに、バルクホルンは眉をひそめた。
ことの成り行きに、理解もなにもかもが追いついていかない。
俺「簡単だ、愚者を作ればいい」
バルクホルン「…愚者?」
俺「人類が必要としたのは勝利。オストマルク陥落という事実を捻じ曲げるには国民総脱出という奇跡が必要だった」
俺「続きにカールスラントが落ちた。戦争は続く。だが丁度いいものがあった」
バルクホルン「………」
ウルスラの金色の髪を、俺はゆっくりと撫でる。
俺「昔、貴女の様に立っていた子がいた」
俺「だがその子は自分が何をするも知らないまま死んだ。驕りに塗れた、愚かな一人の所為で」
バルクホルン「…お前は―――」
口を開く。
するともう一度、静かに。と人差し指を示された。
俺「知る必要はありません……最後となると話し過ぎるものです」
バルクホルン「最後?」
木の軋む音と共に、医務室の扉が開く。ミーナと坂本だった。
二人は俺のベッドへと歩み寄り、バルクホルンを留めたまま俺と目を合わせた。
ミーナ「俺大尉。貴官は自分のやった事を分かっていますか」
俺が声を発するまでも無く、ミーナは言った。
その言葉に俺は自嘲的な笑みを浮かべ、言う
俺「軍規違反を。何より迷惑を掛けました」
直に荷を纏めます――そう言って頭を下げようと身をかがめる。
すると、坂本に遮られる。何かと頭を上げると、彼女は頭を下げた。
坂本「すまなかったな、大尉。まず謝らせてほしい」
俺「なっ、止めてください!貴女方は正しい事をしたまで。自分が―――」
坂本「それでもだ」
俺は狼狽する。
確かに坂本は酷く当たったかもしれない。だが、それは上に立つ者としては当然だ。
下の者を守る為だと俺は分かっている。何より、その罵倒すらもよく分からなくなって来ているのだ。
俺「お願いですから…」
こんな自分に頭を下げるなんて止めてくれ。
申し訳ないとか、そんな気持ちを込めた眼は止めてくれ。
ぎゅうと掛け布団を握り締める。ではと、坂本が呟いた。
坂本「交換に……その腕の事、聞かせて貰えるか」
俺「腕……?」
きしりと右腕が鳴く。
ずっしりとした鉄の重さに、やはり先程見たものは夢かと実感する。
俺「…まずは魔法の話をしなければなりませんね」
ミーナ「魔法……俺大尉は固有魔法を?」
驚いたようにミーナが言う。
言っていなかったか。頷きながら両手を合わる。
すると、先程の海のように、空中にぷかりと水玉が浮いた。
バルクホルン「これは…」
バルクホルンが目を見開く。
坂本「相転移…と言ったか?」
俺「はい。全ての固体、液体、気体その他諸々。その全ての性質の理解からの別物質への転移が可能です」
バルクホルン「…水を浮かせるだけじゃないのか?」
俺「はは、大体何でもできますよ」
例えば水。
そう言うと俺は浮かせたままの水玉を両手で包む。
俺「まず、固体に」
ぱちりと紫電が飛ぶ。
俺が両手を開けると、氷の球が右手の上に転がっていた。
坂本「すごいな」
俺「定石は液体に戻してから気体にですが、一気に気体にする事も可能です」
再び両手を合わせる。
紫電が飛んだと思うと、俺の手の中は空っぽだった。
俺「大体このような感じです」
ミーナ「しかし、水を浮かせていたのは?」
俺「あれはエーテルを利用していたんです。こんな風に」
両手を合わせる。
すると空中の見えない何かに並々と水が注がれていった。
その光景に三人は感嘆の声をあげる。
ミーナ「本当に魔法ね…」
俺「応用性が高い魔法ですから。理論さえ分かっていれば全てを創造する事が可能です」
坂本「だからこそ、錬金術師か」
俺「こそばゆいですがね。簡単にいうなら状態変化を操れると言ったところです」
ミーナ「待って。さっきのあれは一体何なの?」
思い出したようにミーナが問う。
それを聞いた坂本の脳裏に、先程の戦闘が浮かび上がる。
美しい燐光をあげて、ちらちらと燃えるように見える光
中心のネウロイを消し潰しながら、虹色に輝く光の柱
俺「サンタズウィーグといいまして」
バルクホルン「…ファンシーだな」
カールスラント語の響きに坂本が首を捻る中、ミーナとバルクホルンがくすりと笑う。
そんな二人に、俺はにへっと笑って頭をかいた。
俺「真空の相転移を利用して、辺りの量子を―――――」
坂本「あー、待て。私達の解る言葉で頼む」
俺「簡単にいえば、この宇宙が出来た時の爆発です。量子の激突などで虹色に見え―――」
両手を使って楽しそうに説明する俺とは裏腹に、三人は焦っていた。
正直理解できない。だが目の前の男はとても生き生きとしている……
ミーナはふっと笑みを作った。
ミーナ「良く分からないけど、すごいのね」
バルクホルン「………そ、そうだな!」
坂本「あ……ああ、その通りだ!」
俺「理論さえ解っていれば何でもできますよ」
不意に、毛布を握る手が震えるのが見えた。
両手を見つめ、唇を噛む。俯いて影の濃くなった表情からは多くの感情が読み取れるが、
なんともいえぬ、複雑な表情だった。
俺「唯一、欠点があります」
眠るウルスラに手を伸ばし、そっとゆり起す。
眠たげな瞳にミーナ達を映し、慌てる彼女に俺は状況を説明すると、そのまま話を続けた。
俺「この魔法を使う為には、必ず両手を合わせなければなりません」
両手が数式とすれば、合わせることでイコールとなる。数式は必ず答えを出さねばならない。
演算途中での放棄は許されませんから。
そんな感じに呟いた後、両手を見つめ、右手を握り締める。
―疑問に思った事も無かった。何故この男は義手を付けているのかと。
オストマルクから途絶えた撃墜スコア。世間から身を隠し、非難を浴び続けた七年間。
技術省への転科と、あまりに不明慮だ。
バルクホルン「その腕、まさか……」
俺「オストマルクで失くしました」
俺はそう呟いただけだ。特別な動きをしたわけでも、怒りを漂わせることも、声を荒げることもなく。
道端に硬貨を落としたとでもいうように、呟いた。
そこから導かれる真実は、そこから現れた真実に、ウルスラをのぞく三人は氷塊を背中に流されたような顔をして固まった。
俺「付けたのは最近です。やっと魔法力循環で指を動かせるようになった」
どこか遠い声で右手を遊ばせる。
すいと俺がウルスラに目を向けると、彼女はこっくり頷いて、簡素に説明する。
ミーナ「動力は魔法力でいいのかしら」
ウルスラ「はい。日常生活、戦闘はギリギリこなせます。試作品ですから変換効率は馬鹿になりませんが…」
坂本「そしたら、何故俺大尉はそれを付けていられる?」
当然の言い分だ。
すでに俺の齢は22。そんなに魔法力を消耗する義手はともかく、戦場に帰って来ることさえありえない。
俺は、どこから説明したものかと少し思案した後、口を開いた。
俺「この魔法を……練成としましょうか」
坂本「ああ」
俺「エーテルと魔法力は非常に密接な関係を持っています。ならばどうすれば魔法力を得られるか。
つまるところ形態の違いですから、相転移を使って気相からの形態転移を――――」
ウルスラ「……大気中のエーテルを魔法力に変換後、取り込むことができます。
つまり、俺さんが魔法力を失う事はありません」
俺が魔法力を失う事は無い。
その両手がある限り、地に落ちることも、力の無さで嘆くことも無い。
そんな魔法が存在するとは。一番に喰いついたのは坂本だった。
坂本「ならば自分以外には……」
俺「話はここまでです。少佐」
これで終わりです、と俺は笑うと、深々と三人に頭を下げた。
俺「自分は本国へ帰ります」
ウルスラ「…俺さん?」
俺「いいんだ。…申し訳ありませんでした」
ミーナ「帰って、どうするのかしら」
俺「技術省に勤めながら院の方へと行かせてもらっています。
院を出て、正式に技術省で働きます……幸い、裏の方の研究は席がありますから」
それにと続け、コンと自身の右肩を指ではじく。
俺「この研究も終わっていません」
そう言って、つらつらと事務的な内容を三人に聞かせ、俺は最後にミーナへと了承を求めた。
あの部屋をどうやって片付けようか。そんな事を、頭の片隅で考えながら。
ミーナ「俺大尉、貴官の犯した罪は重大です」
俺「はい」
ミーナ「罰として、貴方にはここに正規配属とさせてもらいます」
俺「はい?」
目が合った。
目が合ったという事は、どちらも見つめ合っているという事で、俺が頭をあげた事になる。
突然の計算外に思わず頭をあげてしまった男は、たっぷりと思考をめぐらせた後、
気持ちを整え、意を決して口を開いた。
俺「何を言っているんですか、あなたは」
ミーナ「その通りの意味です。もう退院しても平気だそうよ」
俺「ですから、俺はあなた方に――――!!」
バルクホルン「逃げるな。お前のお陰で私は助かったんだ。これは嘘か?」
嘘ではない。だが、堂々と言えたことではない。
そちらが許しても、俺が許せないんだ。
世間に散った蔑称で、俺がなんであるかは分かっているじゃないか。
こんなにも薄汚い、危険な人間を、どこの誰が傍に置く。誰が守りなどするものか。
眉を顰め、唇を噛み締める俺を、坂本は不審と受け取ったようだ。
坂本「私達が無理矢理留めた。これでいいだろう?」
俺「それでも!……俺は、俺を許せない」
坂本「なら少しずつでいい。俺、今からお前は501の一員だ」
俺「……少佐」
つきつけられて、
初めて自覚する。
自分がいたら全員が嫌な思いをして士気が下がるとか、今そう言っていても後でどう転ぶか分からないとか、
どのみち自分は必要の無い人間だったからとか、
浮かんでくるのは、ひたすら逃げ出すための言い訳ばかり。
せいぜい威勢の良く言い放って逃げ出すゴロツキと同じように、
自分のみっともない体面を取り繕うとしているだけなのだ。
罵倒すら分からなくなるまでの七年で、戦う心はすでに折れてしまった。
なのに、それなのに目の前の少女達は自分の居場所をつくり、自分が変わらぬ心で戦うことを信じている。
それを俺は、それが失望に変わることを恐れ、美しい思い出のまま逃げ出そうとしている。
どこまでも、みじめな意地だった。
ミーナ「俺大尉、あなたを歓迎します」
俺「…守ります。あなた方を、この命に掛けて」
顔を伏せ、気恥ずかしさとで張り裂けそうな胸を右手で抑えて頭を下げた。
年上らしい余裕を持って挨拶できた自信はなかったが、さしたる言及もされなかった。
微かに震え、堅い挨拶をする俺を見ながら、ふと、坂本は毛布に水滴が落ちていることに気付いた。
仰々しく挨拶をする年上で堅苦しいこの男は、案外涙もろいのかもしれない。
最終更新:2013年02月03日 16:35