ミーティングルーム
「先日配属されました、俺少尉です。よろしくお願いします」
ネウロイとの戦闘が一夜明け、基地内のミーティングルームにストライクウィッチーズの少女達と俺が集まっていた。
現在、オレは戦闘中の黒い鎧など纏っておらず、イギリス空軍の軍服でキッチリと身を包んでいる。
ぱっと見れば十代の青年にしか見えないが、その実、彼の年齢は二十代の半ばに手をかけた年齢である。
(……本当に、殿方ですわね)
(あちゃー、こりゃカールスラントの堅物は何ていうか)
(この前は助けられたけど、サーニャには指一本触れさせないゾ)
(うじゅー、残念賞も上げられない)
(…………眠い)
彼に向けられる視線は好意的なものもあれば、敵意にも似た警戒を孕んだものまであった。
しかし、そんな視線を向けられても、当の本人は何処吹く風といった様子の無表情である。
これまで共に戦ってきたウィッチ達もそれぞれ度合いは違えど、向ける視線はどれも似たようなものだったのだろう。
「……強化外骨格"ゴースト”、だったか。本当に魔力を解さずにあんなものが我々と同じように空を飛ぶなど、直接目にするまで信じられなかったぞ」
「でしょうね。アレが飛ぶ理論や動力源は守秘義務で明かせません。ただ、魔法力どころか魔法理論すら一切使用しない技術で飛んでいるのは確かですね」
どうやら強化外骨格のペットネームはゴーストというようだ。
だが、あんな悪目立ちする黒い鎧を幽霊と呼ぶのは、どう考えても名前負けしていた。
冗談を交えながら語る美緒であったが、視線は鋭い。
ブリタニア空軍の一部上層部――殊更、さる空軍大将は表立って動くことはないが、ウィッチを排斥しようとする意図を隠しもしない。
故に、目の前に居る男が如何に統合戦闘航空団の創設に尽力したチャーチル首相肝煎りの部隊であったとしても、そうそう油断は出来なかった。
ミーナも同様であるようで、柔和な視線の中にも相手を探るように観察している節がある。
(随分とまあ疑われたものだな。マロニーの馬鹿大将め、余程嫌われてると見える)
二人の視線に当の昔に気付いていた俺は、無表情を貫きながらも内心で口汚く自らの上司を罵った。
彼からすれば、ウィッチを排斥しようとする思想は馬鹿げているとしか思えない。
敵の総戦力が分からない以上、こちらの戦力は多いだけ人類が滅亡してしまう可能性は低くなる。
その先に待っているであろう世界の覇権争いは、その時にでもやっていればいい。目の前の試練は、明日を見ていては乗り越えることはできないと考えているのだ。
「まあ、足を引っ張らないように努力しますので、どうかお手柔らかに」
「…………話は終わりか。なら、失礼させてもらう」
「待ちなさい、トゥルーデ。まだ私達の紹介が……」
ミーナの静止を聞かず、ゲルトルート・バルクホルンはそのままミーティングルームを出て行った。
俺は眉を顰める。それは己に対するあんまりな態度にではなく、出て行く寸前、その視線が向かった先が芳佳という不自然さにだ。
警戒心じみた視線を自分に向けられるのは分かる。
差異はあれど、女性にとって男という生き物はそこに居るだけで警戒に値する生き物だ。全世界の憧れであり、美しいウィッチであれば尚の事。
だが、視線の向かった先は己ではなかった。そして、あの視線は警戒心などではなく――――――
「あー、ごめんね。最近、トゥルーデなんだか調子が悪いみたいで」
「ああ、別に気にしていませんよ。これくらい、慣れっこです」
エーリカ・ハルトマンのバルクホルン本人に代わっての謝罪も、相変わらずの無表情で返す俺。
彼の言葉通り、ウィッチに冷たく接されるのは慣れていた。
元々、ウィッチ養成学校に入っていた者は男そのものとの接点が極端に少ない。
また養成学校に入っていない場合においても、周囲の大人達が異性に対して注意を促す傾向にある。
それは昔からの言い伝えが関係している。
その言い伝えとは、ウィッチは純潔を失うとその魔法力をも失ってしまうというもの。
大半のウィッチは性交に至ったとしても影響はないのだが、ごく一部のウィッチはそうではなかった。
魔法力は精神や体調に大きく左右される。そう考えればなんら不思議ではないが、科学的に魔法力喪失のメカニズムは未だ解明されていない。
「……仕方ないわね。個人の自己紹介は、またの機会にしましょうか。構いませんね、少尉」
「いえ。一応、名前と顔くらいは一致していますから、わざわざ機会を設けてもらう必要はありませんよ」
「そうか。じゃあ、宮藤、リーネ、二人で俺少尉に基地を案内してやれ」
「はい!」
「……は、はい」
「よろしくね、二人とも。じゃあ美緒、私は執務室に戻るから、後はお願い」
宮藤はハッキリとした返事で、リーネはおどおどとした様子で美緒の言葉を受け取った。
そんな二人の様子を見ながら、ミーナは後のことは美緒に任せ、部屋を後にした。恐らくは、執務室で待つであろう書類の山との格闘に向かったのだろう。
じゃあ、着いてきてくださいと言って歩き出した二人の後を、了解と一人呟いて俺が着いていく。
彼は服の上からでは分かり辛いが、十分に男らしい身体付きからは想像も出来ない静かな動作で、ミーティングルームの扉を閉めた。
「はー、何だか捉え所のない人だったねー」
「中尉に言われちゃおしまいダナ」
「エイラにもね」
茶々を入れてきたエイラに、上半身を机に預けながら、にししと笑うエーリカ。
そんな彼女の言葉に対して、エイラは肩を竦めることしかできなかった。
「しっかし、強化外骨格ねえ。そんなものよく極秘で開発できたもんだ」
「そうだな。だが、戦果は凄まじいぞ。撃墜数もエースと呼んでも構わないレベルだ」
「ですが、魔法力なしでネウロイを倒したのでしょう。余程、強力な武器を開発しているようですわね」
「いや、私はその場で見たけどそれほど強力な武器は使っていなかったナ。こう、ツッコンでいって、蹴りでコアを壊してタ」
はあ? とエイラの発言が理解できなかったのか、美緒以外の少女達は首を傾げた。
それも当然だ。ネウロイを徒手空拳での破壊など、銃や固有魔法を使って倒す彼女達からすれば、異様極まりない。
「もしかして、強化外骨格ってのに魔法力が必要ないだけで、少尉本人はウィッチなのか?」
「いや、少尉はウィッチではないそうだ。実際、魔法力も感じなかっただろう」
「それはそうですが、そのようなスタンドプレー染みた真似をする方と一緒に戦うことなんてできませんわ!」
美しい金髪を揺らしながら、声を荒げたのはペリーヌ・クロステルマンであった。
確かに彼女の言葉も尤もである。射撃武器を使わない徒手空拳の戦闘スタイルは、どう足掻いても先走りがちになるだろう。
「ああ、それについては問題ない。本人も無理に危険な真似をする気はないそうだ」
「そのような言葉だけでは信用できませんわ!」
「まあ、そう言ってやるな。これからは、共に戦う仲間だからな。……それに、問題を起こしたら起こしたで、此処から放逐できる」
「…………坂本少佐にしては、随分キツイ物言いだ」
美緒はまあな、と歯切れの悪い返事を返す。
その返答に、やれやれ本当に面倒なことにならなけりゃいいけど、と心の中でごちたのはシャーロット・E・イェーガーだった。
坂本美緒という人間は、相手に対する信頼が先にあり、その後から他者の信頼を獲得する人柄である。
少なくとも、この基地にいる人間には自ら心を開いて信頼を得てきた人物が、こうも警戒するのは珍しいどころか、
初めて見る。
「さて、私もそろそろ行くか。お前達も、それぞれ訓練をしておくように。ああ、サーニャは……もう寝てるな。後は任せるぞ、エイラ」
『了解』
半数以上が気の抜けたような返事をする中、苦笑をしながらミーティングルームを後にする。
(さて、あの二人が一番初めに案内するのは、一番近い食堂辺りか? ……やれやれ、わざわざこんな真似をすることになるとはな)
新人二人に油断のならない新隊員の案内を任せたのは、どうやら新人相手ならば何かボロを出すのではないか、という考えがあったようだ。
しかし、美緒の表情は浮かない。仲間を囮に使うなど、彼女の本意ではないのだ。
(だが、いくらなんでも秘密主義が過ぎる)
それが俺を警戒する最大の理由だ。
先日渡された資料にも、強化外骨格に関する事柄は殆ど書かれていなかった。
それどころか、俺や開発班の過去についても不明な点が多過ぎる。
この大戦が始まってからの戦果や経歴は詳細に記されていたが、それ以前については謎という一字に限る。
俺に関しては、陸軍内部で構想中であった特殊部隊の出身で、空軍に引き抜かれ現在に至るとのことだが、それはあくまでも書類上のことだ。
しかし、相手がブリタニアの特殊部隊出身である以上、下手な動きは彼女の意図とは異なる勘ぐりをされかねない。
だからこそ、このような真似をしなければならなかった。
(そういえば、少尉は一時期502の方にも配属されていた筈。
……しめた。確か、今度情報交換の為にポルクイーシキン大尉が来ることになっていた。何か聞きだせるかもしれん)
――射撃場
「此処で最後です」
「――――ふむ」
基地の海岸よりにある射撃場に三人は居た。
彼らの立つ場所からおよそ100mほど先に的があり、その両サイドには跳弾による事故を防止する為の壁があるシンプルな造りだ。
「一つ聞きたいのだが、射撃場は此処だけなのかね?」
「確か、滑走路の先の方でも訓練ができた筈ですけど……。リーネちゃん、どうなの?」
「は、はい。ミーナ隊長の許可と他の隊員が飛行訓練をしていない場合なら使えます」
「そうか。それなら訓練になりそうだな」
俺は満足げに呟いた。
二人はその様子に、この人も訓練大好き人間なのだろうか、と美緒を脳裏に浮かべ、ほんの少しだけげんなりする。
二人とも美緒のことは尊敬も信頼もしているが、それ以上に彼女の課す訓練は辛く厳しいものなのだ。
「悪かったな、宮藤軍曹、ビショップ軍曹。貴重な時間を使わせた」
「いいえ、これくらい当然です。これから一緒に戦ってくれる仲間なんですから、坂本さんもきっとそう言います」
「そうか……」
その坂本少佐にずっと監視されているのだがね、という言葉を飲み込んだ。
無論、それは美緒が監視や尾行が下手な訳ではない。事実、俺以外は彼女の存在に気付いてさえいないのだから。
ただ、今回は相手が悪かった。元々、彼はそういった行動のスペシャリストなのだ。
「あの、それから一つお願いがあるんですけど……」
「――? 聞ける範囲でなら構わないが」
「その、軍曹って呼ぶのを止めて欲しいんです」
「…………それは、」
どういう意味だ、と告げようとして口を閉じた。
わざわざ聞くまでもない。軍曹と軍の階級で嫌っているのを見る限り、軍というう組織か、戦いという行為に対して何らかの迷いがあるということ。
彼の本心から言えば、甘ったれるなと言いたい所であった。
経緯はどうあれ、戦場に立った以上、彼女も立派な兵士である。そうであれば、そのような迷いも甘えも許されない。
「了解だ。宮藤、そう呼べばいいんだな」
だが、本心を隠し、芳佳の願いを聞き入れた。
それが戦闘に支障をきたさない限りにおいては、他人の考えに口を出す人間ではないようだ。
彼の言葉を聴くと彼女はぱっと笑みを浮かべ、ありがとうございます、と深々と頭を下げる。
そのあんまりに真っ直ぐな性格に、思わず口元を緩めた。
(……もしかして、俺少尉って、あんまり怖い人じゃないのかな?)
「ああ、君の方もそう呼んだ方がいいか? 名前で呼ぶのは勘弁して欲しいが」
「……え? あ、え、ええっと、じゃあ、お願いします」
いきなり振られて驚いたのか、リーネは最後の方は殆ど聞こえないような声で返事をした。
正直、その引っ込み思案な性格を見る限り、先日の戦闘で見せた狙撃手としての腕前が全くと言って良いほど結びつかない。
本当にあの偏差射撃をしてみせた人間と同一人物なのだろうか、と俺が疑りだした頃、芳佳が口を開いた。
「どうして名前で呼ぶのは嫌なんですか?」
「いや、普通は初対面の人間のファーストネームをいきなり呼ぶのは不敬だと思うがね。
まあ、後は俺の主義か。恋愛関係になった女以外は名前で呼ばないようにしている、というだけだ」
その言葉に、芳佳とリーネは暫く見詰め合うと、きゃーきゃーと騒ぎ出した。
彼の主義に格好よさを感じた――のでは断じてなく、何となく色恋沙汰を連想させる科白に色めきたっただけである。
昔も今も、彼女達くらいの年頃の少女はこの手の話が大好きなのだ。
俺は、女三人寄れば姦しいと扶桑ではいうが、二人でも十分だな、と若干失礼なことを考えていたが、目を輝かせた二人の視線を浴びて思考を中断する。
「それってそれって、今お付き合いされている方がいるってことですか?」
「ああ、いや……」
「どんな、どんな人なんですか? もしかして、ウィッチだったりとか?」
「ん、まあ……」
余りの食い付きに引き気味になるオレ。
そんな彼の様子に全く気付くことなく、詰め寄るように質問を浴びせていく。
「あーあー、分かった分かった。君達がそういうことに興味津々なのは十分に理解したがね、此方の話も聞いてくれ」
「「はい!」」
「まずがっかりさせて悪いが、オレは今恋人はいない。その主義を決めたのは7年近く前の話だ」
え、と心底がっかりしたように呟きを漏らす少女に、そこまで期待していたのか、苦笑を漏す。
「アレだな、他人の色恋沙汰に興味を示すよりか、そういうのは自分で体験した方が有意義だ。ウィッチに対して、こんなことを言うのは我ながらどうかと思うがね」
だから、他人事といって余り色めきたつな、と皮肉げな笑みを浮かべる。
正当といえば正当な言い分に、反論の糸口さえ見つけられない二人であった。
もっとも、俺本人としてはそれ以上踏み込んできて欲しくはなかったが故の、苦し紛れに言い放っただけの言葉である。
「では、オレはそろそろ行かせてもらうよ」
「え、ええ? 何処へですか?」
「ああ、隊舎の外に倉庫があっただろう?
あそこを今日から我々の研究室として使わしてもらう。その為に色々な機材の搬入をしなければならなくてね。
……きつい物言いになってしまうが、中を覗くことは許さない。重要な機密だからな。もし覗いたら、相応の対処をさせてもらう。他の隊員にもそう伝えてくれ」
では失礼する、とだけ告げ、俺はその場を後にする。
後に残ったのは、最後の言葉にほんの少しだけ重圧を感じた少女達と海から吹く潮風だけだった。
「俺少尉って、なんかて言うか……」
「……変な人、だね」
ふと優しさや気軽さを見せたかと思えば、子供を怯えさせるような重圧を放つ。
青年といっても過言ではない容姿に反して、その言動や立ち居振る舞いは大人のそれである。
何というか中身と外見がちぐはぐで、更にその中身すらも二面性があって判然としない。
リーネの変な人発言も、少々言い過ぎ感はあるものの、あながち間違っているものではなかった。
「うん、でも悪い人じゃないみたい」
「そうだね。此処に来た時も、私達を助けてくれたし」
その言葉で、俺に対する疑問と不安を払拭させて歩き出す。
この後には新人としての訓練とやらなければならない仕事が待っている。何時までも立ち止まっている訳にもいかないのだ。
「悪い人ではない、か……」
一人木の陰から様子を伺っていた美緒は、芳佳の言葉に呟きを漏らした。
彼の行動や言動に、何の違和感はない。やや軍人らしからぬ気さくな印象を受けるものの、決して軽い性格というわけでもないようである。
これならば、ウィッチの貞操に関する危機も無駄に心配する必要はなさそうである。
「だが、まだ信用はならんか……」
悪い人間ではないからと言って、良い人間であるとも限らない。
まだ年若い美緒も、もう10年近くなる軍人としての経験上、人がそういうものであるのを理解していた。
ふう、と大げさに溜息を吐いて、木に背中を預ける。
宮藤やリーネの言葉を聴いてほんの少しだけ、自分は何をやっているのか、という気分になってしまった。
昔は、もっと真っ直ぐに他人というものを信じていた気がする。それが出来なくなったのは何時からだった。そんな感傷に浸っている。
しかし、それは彼女が少女から少しだけ大人になったというだけで、決して悪いものではない。
ましてや、彼女達はウィッチは軍上層部の責任の押し付け合いや、世界の覇権を握ろうとする醜い争いを間近で見ているのだ。
人間不信に陥っていないだけでも、彼女の心根の真っ直ぐさと精神の強さを物語っていた。
「やれやれだ。色々と大切なことを思い出させてくれるな、アイツは」
新人だからこそ、自身の初心というものを思い出させてくれることもあるのだろう。
そうして美緒は初心に帰り、信頼を俺に対して向けることを決めた。
無論、全幅のという訳ではない。そうするには余りに要素に欠け、秘密が多過ぎる。
だが、戦場において彼の身を守る程度には行動するつもりであった。
ウィッチという人種は根っからのお人好しが大多数を占める。
結局の所、どんな理屈や理由を並べようと、彼女もそのご多分に漏れず、お人好しなのだった。
最終更新:2013年02月04日 14:18