第502統合戦闘航空団 ぺテルブルク基地 グンドュラ・ラル少佐執務室内
ラル「ガランド少将預かりの男性ウィッチ、か」
目の前で直立しこちらを見つめる黒い髪に黄色の肌を持つ青年と手元の書類を交互に見比べながらグンドュラ・ラル少佐は呟いた。
柔らかい茶髪に服の内側から突き出す豊かな双房の持ち主は窓から差し込む逆光を浴び、どこか神々しくも妖艶な空気を纏っている。
瑞々しい桜色の唇から漏れ出す呼気と言葉には男を惑わせる色香を帯びていた。
見目麗しいこの女性が激戦区の更に最前線部隊を束ねる女傑だと誰が思うだろうか。
ロスマン「”元”扶桑皇国陸軍大尉。元? 元とはどういうことですか?」
女傑の傍らに控える銀髪の女性は指示棒を片手に真っ直ぐ青年へと視線を注ぐ。
少女と間違えられるほど小柄な体躯の彼女が人類トップクラスのエース、別名を黒い悪魔とも称されているエーリカ・ハルトマンを育てたエディータ・ロスマンだと事前に書類で確認していた青年は尚も肩を強張らせた。
片や人類第三位のグレートエース。片や人類トップクラスのエースを育て上げたウィッチだ。
緊張するなと言う方が無理である。
俺「細かい話を素っ飛ばすと本国での俺は戦死者扱いなんです。1937年の扶桑海事変の際に俺大尉は殉職。それが扶桑皇国陸軍の公式記録です」
尚且つ二人揃って見目麗しいのだから、その二つの視線に晒されながらどこか照れたような笑いを浮かべる青年。
名を俺という彼の経歴が記載されている書類の一番最後には扶桑海事変の際に僚機を庇い撃墜されて死亡とある。
だが血色の良い肌はもちろんのこと、強い生命の光が弾かれている黒瞳はとても亡者のそれではなかった。
ラル「なら今私たちの目の前にいるお前は何だ? 幽霊とでも言うのか?」
俺「あくまで公式記録では俺は確かに死者ですが、実際はこうして生きています」
ちゃんと足もあるでしょう、と付け加えた俺が軽くブーツの踵で床を叩いてみせると確かにコツコツとした音が執務室内に木霊する。
俺「今の俺は扶桑皇国陸軍人ではなくアドルフィーネ・ガランド少将の私兵。もっと簡単に言えば駒に過ぎません」
ロスマン「それはつまり少将が他の将官を気にせず秘密裏に独自の判断で動かせるウィッチ・・・・・・いえ、独立兵ということでしょうか?」
公式記録で戦死扱いを受けているからこそ、この世に俺という人間が既にいないからこそ、彼は少将の駒と成り得ているのだろう。
ラル「少将には後日個人的に確認を取る。初めに言っておくが、ここ第502統合戦闘航空団に所属する以上スタンドプレーは禁止する」
俺「ということは」
ラル「義勇兵ならどうとでも誤魔化しが効く。少将預かりの駒がどれほどの働きぶりを見せてくれるのか・・・・・・期待しているぞ?」
ロスマン「ようこそ、俺さん。”最前線”へ」
俺「えぇ。少将と、そしてブレイブウィッチーズの名に恥じぬ働き振りをお見せいたします」
―――
俺「こうもすんなり上手く行くと返って拍子抜けだな」
クルピンスキー「何が?」
俺「はいぃ?」
格納庫で自身のストライカーを磨いている最中、誰にとも無く洩らした言葉への返事があり、慌てて振り向けばいつの間に目前まで迫っていたクルピンスキー中尉の存在に内心焦りながらも表情に出さないよう努めた。
クルピンスキー「見ない顔だね。新しい人?」
俺「本日付で配属されました俺と申します」
クルピンスキー「さっき隊長やパウラから聞いたよ。義勇兵なんて変わってるね。男性のウィッチならすぐに正規軍に入れるのに」
俺「これが一番動き易いので」
クルピンスキー「へぇ。でも僕の前ではそういう演技はやめて欲しいなぁ」
俺「・・・・・・やっぱりばれるものか?」
クルピンスキー「少なくとも僕は誤魔化せないよ。それに君・・・・・・本当は怖い人みたいだからね」
俺「男はみんな狼なんだぜ?」
茶目っ気たっぷりに両手を広げて襲い掛かる素振りを見せる。
クルピンスキー「あはははっ! 本当に面白い人だね、君は。僕はヴァルトルート・クルピンスキー中尉だ」
俺「聞いたことがある。優雅な立ち振る舞いから・・・・・・確かプンスキー伯爵だっけか?」
クルピンスキー「そう呼びたかったらお好きにどうぞ。一応今日からは背中を預ける仲間なんだ」
俺「そりゃどうも。俺も堅苦しいのは苦手でね」
クルピンスキー「その割には妙に慣れてたよね? あの二人の前でも」
俺「処世術さ。生きていくには時に本当の自分を押し殺す必要もある」
クルピンスキー「辛いね」
俺「誰にだってあるさ」
クルピンスキー「少なくとも今の君はずっと押し殺しているように見えるよ」
俺「初対面の相手に何を一体」
クルピンスキー「何でか、は聞かないよ。でも、それが原因でいなくなるなんてことだけはやめてよね」
軽く舌を出して悪戯めいた笑顔を浮かべて何処かへと去っていく伯爵の後姿を見つめながら俺は一人溜息を吐く。
普段は飄々としている癖に勘だけは恐ろしく鋭い。彼にとってプンスキー伯爵は苦手なタイプの女性だった。
俺「押し殺してる、か。やりにくいな・・・・・・この基地は」
言うだけ言って去っていく伯爵の背中を見つめながら呟いた彼の言葉は風に掻き消され誰にも届くことはなかった。
――――
基地内部廊下にて
ロスマン「彼はどうだった?」
クルピンスキー「悪い人じゃなくて安心したよ。みんなにとっては良い刺激になるかもね」
ロスマン「男性のウィッチなんて珍しいもの。それにガランド少将お墨付きなんだから、きっと今の状況を変えてくれるはずよ」
クルピンスキー「そうだね。少なくとも僕たちにとっては強い戦力になるよ」
ロスマン「珍しいわね。あなたがそこまで褒めるなんて」
クルピンスキー「僕にだって人を見る目くらいあるさ。でも・・・・・・」
ロスマン「でも?」
クルピンスキー「やっぱり怖いね。彼」
ロスマン「怖い? あ、そういえば最近この基地の周辺でも共生派の集団の目撃情報が入って来てるみたい。みんなにも伝えておくけど、気をつけてね?」
クルピンスキー「うん。ありがとう」
――――
俺の自室
俺「さぁてと。依頼通り早い内に基地の防衛体制を把握しておく必要があるな。地図とかあれば助かるんだけど」
コンコン
俺「はい」
???「あのっ。俺さんのお部屋で間違いないでしょうか?」
俺「開いてますからどうぞ」
???「失礼します」
躊躇いがちな声が返ってきた後にゆっくりとドアが開かれ、廊下から一人の少女が姿を見せる。
肌と頭髪の色と言葉の訛りから見て自分と同じく扶桑の人間だろう。
???「初めまして。下原定子少尉です」
俺「どうも。俺と言います。下原少尉は俺に何か御用ですか?」
定子「いえ。扶桑から男性のウィッチが来たと隊長から伝えられたので挨拶にと」
俺「これはこれは。こちらこそ新参者ですがよろしくお願いします」
定子「はい。これからよろしくお願いします」
???「下原少尉・・・・・・私も」
俺「ジョーゼット・ルマール少尉ですね。初めまして。俺です」
ジョーゼット「こちらこそ初めまして。これから・・・・・・よろしくお願いしますっ」
初めて目の当りにする男性ウィッチの存在に若干怯えたような顔色で小さく頭を下げるジョゼに彼の心の中で何かが弾けてしまった。
小動物系で守ってあげたくなる、そんなか弱い空気を漂わせる彼女の怯えた挙動は男心を悶えさせるには充分な威力を秘めていたのだ。
俺「ヒィィィィィィィィハァァァァァァァァ!!!」
定子「俺さん!?」
ジョーゼット「だだだだ大丈夫ですか!?」
突如として発狂し悶絶し始める俺の異変に定子もジョゼもまた顔色を変えて傍へと駆け寄った。
常識人である二人らしい対応だが彼を古くから知る、とあるウィッチに言わせれば彼自身の悪癖が目覚めただけなので、何ら問題はないらしい。
俺「いや失敬。欲望が身体の端から滲み出てしまったようです。忘れてください」
すぐに正気を取り戻し紳士の笑みを見せる俺の豹変っぷりにたじろぎながら、軽い会釈をして部屋を出て行く二人が扉を閉めたと同時に今度は頭を抱えてしゃがみ込む。
俺「いかんな。変人と思われてしまったかもしれない」
既に自分が男として、そして何より人として手遅れの領域にまで足を踏み入れてしまっていることに気付くことの出来ない男を悔恨の念から引き上げたものは皮肉にも怨敵の襲撃を知らせる警報だった。
―――
あれからすぐにブリーフィングルームへと集合し、作戦会議を行ったとメンバー全員で出撃となった。
特に今回は部隊全員で俺の動きを見ておく為でもあるらしい。
ニパ「まさか配属初日で出撃なんて。これじゃ歓迎会も出来ないね」
扶桑製ストライカーを穿いて青空を飛翔し、ブレイブウィッチーズの面々と並んで戦闘区域へと飛行する最中、俺の右隣で少し退屈そうな表情を浮かべるニッカ・カタヤイネン曹長とは反対に左隣を飛ぶ少女―――菅野直枝少尉が突き刺すような目線を向けて来た。
瞳に宿る感情から見てどうやら突然部隊に入り込んで来た自分の存在が気に喰わないらしい。
菅野「お前が新入りか。ふんっ! こんな奴が使い物になるのかよ?」
初めてかけられた言葉には疑念と嘲りが含まれていた。どうしてこんなにも目の仇にされるのだろう。
やはり自分が新入りだからだろうか、それとも先ほどの作戦会議で欠伸を六回もしてしまったせいだろうか、と首を捻って色々悩んでいると意外にも助け舟を出してくれたのはクルピンスキー伯爵だった。
クルピンスキー「まぁまぁ、ナオちゃん。ガランド少将の推薦なんだし。そうだよね? 隊長」
ラル「あぁ。書類のサインも少将直筆のものだった。念のため本人にも確認を取った。間違いない」
俺「お言葉ですが菅野少尉。自分が有能か無能かは戦場での働きを見て判断して頂きたい」
クルピンスキー「もう。いい加減、その言葉遣いやめたら? 似合わないよ」
俺「そうは言われましても・・・・・・」 チラッ
ラル「はぁ・・・・・・礼儀さえ弁えていれば自分の好きにしろ」
俺「それはどうも。今言った通りだ。使えるか使えないかは戦闘が終わってからでも遅くないんじゃないか?」
菅野「役に立たなかったからすぐに追い出してやるからな!!」
今にも噛み付きそうな菅野を宥めながら俺は脳裏で猛犬を想像し、笑いを堪えるのに徹する羽目となった。
―――
交戦が開始されてから十分近く経過したが、敵の数は一向に減る気配が見られない。
そんな状況の中、ラル、ロスマン、ポクルイーシキンの三人は後方で他の隊員たちが討ち洩らした敵を叩きながら、俺の一挙一動を観察していた。
俺自身も三人分の視線を感じながら、彼女らが戦闘時における自身の能力を見定めているのだろうと気付き、普段通り敵を撃滅することだけを考えた。
いくら少将の推薦で派遣されたとはいえ実際に指示を出すのは、主にあの三人であり、背を向け合って戦うのは他の誰でもない彼女たちなのだ。だとすれば信用出来るのは上層部から与えられた情報でもなければウィッチ隊総監のサインでもなく自分たちの目で見た光景のみ。
定子「そういえば俺さんの固有魔法はどういうものなんですか?」 ガガガ!!
俺「俺のは・・・・・・これかな!!!」
豪雨の如く降り注ぐビームを時に回避し、時にシールドで防ぎながら彼が片方の掌を中型ネウロイに向かって突き出した瞬間、黒い装甲が真正面から拉げた。コアをも巻き込んだ歪みは一撃で中型クラスを撃墜へと追い込んだ。
ジョーゼット「今のは・・・・・・何が起きたんですか!?」
俺「衝撃波。俺の固有魔法は攻撃系統に分類されていてね・・・・・・まぁ文字通り魔力を衝撃波に変換してぶっ放すだけの能力さ」
ニパ「随分軽く言ってるみたいだけど凄いんじゃない? 銃いらないじゃん」 ガガガ!!
俺「そうでもないさ。言った通り俺の魔力を変換してぶっ放す以上、撃ちすぎるとすぐに魔力が切れて最悪落っこちる可能性だってある。だから銃と併用しないといけないんだ」 バシュゥン!!
クルピンスキー「小型、中型はなるべく銃で。装甲が硬い敵には衝撃波をっていう具合にかい?」
俺「その通り。でも今日はここでの初陣だし、働きっぷりを見せないと追い出されちゃうから出血大サービスだ!!!」
銃器を背負い、両の掌を同時に突き出し先ほどとは比べものにならない程の威力を秘めた衝撃波を小型の群れとその群れを統率する中型ネウロイに放つ。ネウロイのビームとは異なる赤黒みを帯びる彼の衝撃波はいとも容易く、そして一瞬で敵の数を大量に減少させた。
ラル「広域破壊に優れているということか。流石は少将の懐刀か」
悪鬼さながらの活躍を見せる俺の行動を観察しながらラルは口端を吊り上げた。どうやら自分たちはとんでもない贈り物を貰ったようだ。
ロスマン「あぁ言った強大な能力は過信に繋がると聞きましたが・・・・・・彼の場合は違うようですね」
ラル「己の能力を知り尽くしているからこそ、ネウロイに対して有効な戦闘スタイルを構築できる。ほう、細い衝撃波を出すことで狭域破壊も可能なのか」
確かに初陣だけあって俺は背負っている銃器よりも固有魔法を多用し、次々と敵戦力を削っている。
一見すると先ほど自らの能力を疑問視した菅野に対するあてつけにも見えるが、僚機の背後を取った小型ネウロイを指先から放つ極細の衝撃波で撃墜してみせたり、果ては戦艦の主砲クラスの衝撃波で大型の装甲を捲りコアを露出させ、それを他の隊員たちに攻撃させたりと連携を重視した戦術も同時に取っていた。
ポクルイーシキン「みんな動きやすそう・・・・・・援護して欲しい時に援護に入って、あえて敵を弱らせ全員で撃墜することで士気も上げる」
ロスマン「突出した一人だけが要となるのではなく、突出した一人が他の隊員の背中を押して部隊全員が要となる、か」
ラル「チームプレーをよく知ったものじゃないと出来ない。もしくは過去に大きな過ちを犯した者でなければ出来る芸当じゃない。それとも年の功という奴か」
一連の彼の行動に隠された意味とは自分たちに対しても己の有用性を見せつけるためのものだろう。彼の頭から発現している使い魔である鷹の翼はまるで彼自身が戦況を瞬時に見極め獲物を貪る鷹のようにも見えた。
喰えない男だと笑いながらラルはロスマン、ポクルイーシキンを引き連れて戦場へと踏み込んでいく。
ラル「値踏みは終わった。さぁ私たちも往くぞ!! 新人に手柄を持っていかれたらたまらんからな!!」
結果としてその日の戦闘はいつにもまして速やかに終了した。
余談ではあるが今回の戦闘で誰のストライカーユニットも破損しなかったことで俺はポクルイーシキン大尉から感謝されたとか。
最終更新:2013年02月04日 14:24