キューブ状の小型ネウロイ―――X10が羽虫のように蒼穹を跋扈する中心で俺は腹腔に溜め込んだ気合を一気に吐き出した。
頭上に掲げた腕の上で球状に形成した衝撃波が膨張を開始する。
普段は単純に放つだけの衝撃波を掌の中に押し留め、更には特定の形状に変化させるには些か骨が折れた。
それでも自身の固有魔法にはまだ応用できる道があるのだと思うと彼の唇は自然に緩んでいった。

俺「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

轟!!

空を掻き分けるように横へと広げた瞬間、彼を中心に周囲の空間へ衝撃波が迸った。その威力は暴風の何十倍にも匹敵し、自身の包囲殲滅を展開していた大量のX10を一掃する。
暴君の如き無慈悲さを誇る衝撃波に飲み込まれた小型の破片が辺り一面を埋め尽くした。


一方別の空域でもブレイブウィッチーズの面々が基地へと歩を進める大型ネウロイに対して集中砲火を行っている最中であった。
黒いボディから放たれる赤いビーム群を流麗な機動で回避し、絶妙のタイミングでシールドを展開しては防いでいく。
ポクルイーシキンが携える対物ライフルの銃口を向け対象を照射線上に捉え、引き金を絞った。
重く低い銃声が轟き、発射された弾丸がネウロイの身体を貫通し、大きくバランスを崩させる。

ラル「俺が羽虫どもの足止めをしている内にデカブツを叩く! ノロマだと思って油断するなよ!!!」

衝撃波による広範囲攻撃を得意とする俺に全小型ネウロイの殲滅を任せ、勇猛果敢なる魔女達の携行火器が再び一斉に火を吹いた。
耳をつんざく機関銃の合奏と共に降り注ぐ弾丸の嵐が黒い装甲へと殺到し、容赦無く削り、穿っていく。

俺『大きな獲物とは落とし甲斐があって羨ましいなぁ!!』

管野「無駄口叩いてないでさっさとお前もこっちに来い!! 衝撃の!!」

インカムから流れる俺の陽気な言葉にトリガを絞りながら返す。久しぶりの大物に対峙する彼女は頬を綻ばせていた。
右の拳に超硬シールドを圧縮し、一気に敵との距離を詰めると、右腕を矢のように引き絞った彼女が繰り出す剛拳の一撃がネウロイの装甲全体を大きく拉げさせた。
直後、断末魔に似たネウロイの絶叫が蒼穹に響き渡った。


俺「そうしたいんだけど……中々行かせてくれなくてね!!!」

天高く上昇する俺が急制動をかけて後に続く小型の群へと向き直る。ストライカーを上に突き出す腕を大地、すなわちこちらへと殺到してくる黒い羽虫の大群へと向ける次の刹那、再び大気が震撼した。

轟!!!

幻獣の咆哮を思わせる凄まじい轟音と共に放射された衝撃波が残った全ての小型ネウロイを霧散させたのだ。

俺『こちら俺。小型種の殲滅を完了。これより合流する』

ロスマン「もう終わりそうなのですが……了解しました」

案の定俺が合流した時には敵ネウロイの全滅を確認した後だった。

管野「遅かったな。もう倒しちまったよ」

俺「そうみたいだなぁ。残念」

快活な笑顔を浮かべ腰に手を当てる。若干息が切らせているところを見ると魔法力を使いすぎたようだ。
周囲を見回してもネウロイ一匹も見られない。
自分が来る前に装甲が硬い大型ネウロイを倒してしまうのだから改めて攻勢部隊の名は伊達ではないこと胸中に刻みつけた。

下原「でも俺さんが小型のを引きつけてくれたおかげで、とても動きやすかったです」

ジョーゼット「いつもいつもありがとうございます」

ジョーゼットがおさげを揺らし、小首を軽く傾けて可愛らしい笑顔を浮かべて感謝の意を述べた。
心臓が握り締められたような圧迫感を覚えた彼が狂喜の雄叫びを上げなかったのは成長した自制心が成せる業だろう。

俺「役に立てたなら嬉しいね」

それでも声を裏返らせてしまい、唇を不気味に震わせる俺の姿に二人が後ずさった。

ラル「全機帰還するぞ。続きは帰ってからだ」

ラルの指示に全員が基地へと向かい始めた時だった。最後尾を飛ぶニパのストライカーが不気味な破裂音を立てたのだ。

ニパ「うぇぇぇ!? またぁぁぁぁ!?」

重力に捕らわれ、絶叫を上げて頭から地上へと落ちていくニパに逸早く気付いたのは俺であった。
目にも止まらぬ動力降下で追いつきニパを抱き寄せると、そのまま木々が生い茂る森の中へと消えていった。

ラル「ニパ! 俺!」

ポクルイーシキン「少佐! 私たちの魔法力も……先ほどの大型との戦闘で削られてます……!!」

ロスマン「ひとまず帰還して付近の部隊に捜索願を出し、私たちもまた明日に捜索に出ましょう。今のままでは全員森の中で遭難してしまいます」

確かにこれまでニパは何度も墜落したことがあったが無事に基地へと帰還して来た。しかし、ラルの胸中に渦巻く暗雲は晴れなかった。
戦場を駆け抜けてきた軍人としての勘が不吉な胸騒ぎを呼んでいるのだ。

ラル「……全機帰還する。明日は朝一番で捜索に取り掛かるぞ」

感情を押し殺す震えた声で告げると、ラルは基地の方角へと飛翔していった。妙な違和感に苛まれながら。





焚き火が一層強く燃え、枝が砕ける小気味良い音が洞穴の中で木霊する。
自分がクッションとなったことでニパに怪我はなかったものの、地面に激突した際に完全に自分のストライカーはオシャカになってしまい、二人揃って基地の方角へと歩き始めた。
途中に雨が降ってきた時に運良く見つけた洞穴で暖を取り、一夜を明かすことにした。
ニパの話ではかつてのウィッチがこの洞窟を緊急時の避難シェルター代わりにしていたらしく、岩壁を削り取られて作られた長椅子などが見られる。
互いに服を乾かすため限りなく裸に近い状況からか、焚き火を中心に背を向け合い何を喋るわけでもなくただ静寂に身を任せていた。

ニパ「その・・・・・・ごめん」

俺「……どうした?」

沈黙を破り申し訳無さそうな口調で声を震わせる彼女に身体を傾けると、傷一つ無い陶器のような背中が小刻みに震えているのが視界に入り、再び背を向けた。

ニパ「だって私の所為で俺まで巻き込んじゃってさ。おかしいな・・・・・・誰かを巻き込むなんてこと今まで一度もなかったのに」

俺「巻き込まれたわけじゃないよ。俺は自分の意思でここに居るだけで、ニパは何にもおかしくなんかないさ」

ニパ「どうしてさ……ついて来なくても私は帰ってくるよ。いつもそうだった……だから」

喉を鳴らしながらも必死に嗚咽を堪えようとするも、どうしても言葉が数珠繋ぎにしか出ない。
平常通りに努めようとすればするほど、涙が零れ情けないしゃくり声だけが唇から漏れ出してしまう。

俺「いつもそうでも今回もそうとは限らないだろう?」

ニパ「・・・・・・」

諭すような彼の口調に弱気な声音が黙り込み、代わりに嗚咽を堪える音だけが返ってくる。

俺「少し昔の話になるんだけど……良かったら聞いてくれないか?」

ニパ「昔話?」

俺「そうだよ。七年前だったか。あるウィッチが僚機を庇って海へと落っこちた。暗くて冷たい海の中にそいつは沈んでいったよ。たった独りでな」

脳裏にあの日の出来事が蘇る。
大きく回転する世界。
耳障りな風の音を聞きながら落下していく自分と自分を助けようと必死に急降下して追いつこうとする彼女の叫び声。
頭から叩きつけられる衝撃。引っ張られるように独り、海へ沈んでいく、孤独と恐怖。
全身を包み込む冷たく暗い世界。

俺「何が言いたいかっていうと……独りぼっちってのは寂しいものさ。どんなに平気だって言っても……たった一人だけの世界って本当に寂しいんだよ。
それに、ニパが大丈夫だって言っても俺やみんなは心配する」

勝手について来たのは自分だ。
あんな思いを、後ろで咽び泣く心優しい少女には味わって欲しくない。

ニパ「俺……」

とくん、と少女の胸が静かに高鳴った。
不意に視線を入り口の方へと移す。
街の灯りなどあるわけが無く外の景色は黒一色に塗り潰され、蒼白い月明かりが差し込んでいた。
もし、この場にいるのが自分独りだったら?
肌を晒して火を見つめているのが自分だけだったら?
そう考えた途端に彼女の胸裏に寂寥の風が吹いた。同時に誰かが傍にいてくれるだけで、こんなにも穏かな気持ちになれるのだと温かい笑みを溢した。

ニパ「お……れ……?」

しかし、見た者を魅了する彼女の無垢な笑みは背を向ける彼を捉えた瞬間、消え失せることとなる。
引き締まった身体に刻まれた無数の傷跡。何かに激しく打ち付けられ部分的に変色したものもあれば、切り傷や火傷の跡も見られる。

俺「ニパ?」

彼の背に寄り添い、傷だらけのそれにそっと手を這わせている自分の行動に遅れて気がつき、慌てて身を退いた。
自分たちと出会う前の彼は一体どのような人生を歩んできたのだろうか。少なくとも壮絶な道を歩んできたということだけは逞しい背に刻まれた傷が無言で物語っている。

ニパ「ううん。ごめんね」

俺「さてと。早く寝ちまおう」

ニパ「ねぇ……俺」

俺「ん~?」

ニパ「ありがとう。飛び込んで来てくれて。嬉しかった」

俺「そっか。俺も飛び込んだ甲斐があったかな」

ニパ「おやすみ! 俺!」

俺「おやすみ。ニパ」





早朝の森に重い唸り声が木霊する。

ギュィィィィィィン!!!

金属を擦り合わせたような咆哮を上げるそいつは木々を切り倒しながら、陽光の下に己が姿を晒した。

俺「こんな時に出てくるなってんだよ……」

苛立ちを隠し切れずに歯を噛み締め、乱入者を睨みつける。

ニパ「何……これ……ネウロイ……なの?」

俺「逃げるぞ!!」

洞穴を後にし、基地へと向かう最中に現れたのは先端を尖らせる六本脚を持った巨大な黒い蜘蛛であった。
無論そんな蜘蛛など存在するわけがなく、その金属質の光沢を放つ黒いボディは人類に刃を向ける異形のそれと同じものだった。
弾薬も満足に無ければストライカーすらない状況の中で現れた陸戦大型ネウロイを目の当りにして立ちすくむニパの腕を引っ張り、走り始める。後ろで短い悲鳴が洩れたが、気にする余裕などなかった。ストライカーもなく弾薬も殆ど底を尽きている状況下での陸戦ネウロイとの戦闘は余りにも無謀。
一方で身を翻して逃走を始めた二つの獲物を捕食者が見逃すはずが無かった。棘のように鋭く尖った脚を地面に突き刺しながら、ゆっくりと二人に追撃を掛ける。

牽制の意を込めて時折振り向いては衝撃波を放つも、拉げた前面装甲は十秒も経たない内に元の形状へと戻っていく。
ただでさえ陸戦型は装甲が硬いというのに再生速度も高いと来ている。
厄介極まりない相手に俺は盛大に舌打ちをかました。

ニパ「近隣の部隊に入電!! こちら連合軍第502統合戦闘航空団所属のカタヤイネン曹長! と……」

俺「義勇兵一人追加ぁ!!!」

ニパ「俺義勇兵! 現在陸戦大型ネウロイと接触中! 至急応援を!!」

近隣基地司令部『カタヤイネン曹長と俺義勇兵ですね!? 至急陸戦ウィッチを送ります! それまで持ちこたえてください!!!』

ニパ「ねぇ俺! 無事に帰れたらさ! 一緒に街に―――」

息を切らせて隣を走り、不吉な言葉を口にするニパに、

俺「それ以上言うなぁ! 言っちゃらめぇ!!」

俺の情けない悲鳴が喉を割った。

ニパ「ひぃ! もう来た!!!」

俺「ちっ! ちょっと荒いが我慢してくれよ!!!」

有無を言わさずニパを抱き抱えると足の裏から衝撃波を噴射し、そのまま超低空飛行の容量で森林の中を突き進む。
俗に言うお姫様抱っこで抱き抱えられたニパが一瞬で頬を紅潮させるが、それどころではない。二人並んで走っていては餌食になるのも時間の問題だ。

ニパ「……大丈夫?」

俺「姿勢制御が面倒だが出来ないことはない!!!」

木々の間を縫うように進む俺は表情を曇らせたまま。
それがニパの不安を誘う。

俺「このまま行けば街に出るが……それだと不味いな」

ニパ「あんなのが街に来たら大変だよ!!」

俺「よし。ニパはここで降りて、街に出て真っ直ぐ基地へ迎え。そこで航空用ストライカーがあれば火器と一緒に貰って来てくれ」

あとは俺がひきつけるとだけ言い残すと急停止し、ニパを地面に降ろす。

ニパ「……分かった。必ずすぐ戻るから!!」

引き止めるという考えは浮かばなかった。彼のような攻撃系統に分類される固有魔法を持たない以上、速やかに基地へと向かい空を飛ぶ翼と戦う為の武器が必要になる。
今自分に出来ることはその二つを早く手に入れて戻ってくることだ。

俺「さっき救援要請届いてたんだろ? ならすぐに応援が来る。なぁに持ちこたえて見せるさ!!!」

ニパ「このままいなくなるなんて嫌だからね!?」

グッと親指を突き立てて返し、駆け去っていくニパに背中を向け、迫り来る怪物へと向き直る。

俺「さぁて! 野郎で悪いが相手してもらうぞ。女の尻を追い回すよりかは退屈させないぜ!!」
最終更新:2013年02月04日 14:25