春とはいえペテルブルクの朝は寒い。
この基地に派遣されてから起きると寒さで身を震わせるのが習慣になっているというのに、その日の朝は妙に暖かかった。
そうだ。この温かさは人肌の温もりという奴だ。
そういえば子供の頃、一人で眠れないと言ってきた幼馴染が自分の布団に入ってきたな、と思い返しながら温もりの正体について考えてみる。
別に暖房が利いているとかでもなければ布団を変えたというわけでもない。
ん?
布団?
気がつけば自分の背中に何かが密着していた。
はて? 寒さ対策に布団の中にクッションでも入れたのだろうか。
前言撤回。
何かが。
否。
誰かがいる。
声から判断して女性。意識がクリアになるにつれて自分が置かれている状況を理解する。
誰だかは分からないが間違いなく後ろから抱きつかれており、背に当たる胸の大きさと感触から見て……
俺「分からん。誰だ?」
???「ん~……おれ?」
もぞもぞと身体を後ろへ向けてた途端。俺に電流が走った。
カーテンの隙間から差し込んでくる陽光を浴び、雪のような白い肌が照らされる。ショートカットのブロンドから漂う甘い香り。
何ということでしょう。
目の前には寝惚け眼の寝間着姿のニパが寝そべっているではありませんか。
時折、熱の篭った気だるげな寝息が胸元に吹きかけられ、俺青年の全身が粟立った。
俺「え? 何でいるの?」
あれ? 俺この娘連れ込んだっけ?
脳裏でそんな考えが過ぎるが即座に否定する。昨日見舞いには来たが、確かに帰ったはずである。
俺「(そ……それにしても)」
今の彼女は普段着こなす軍服と同様に水色を基調とした寝間着で身を包んでいるのだが、その寝間着の胸元ははだけ、発育良く育った白い果実が“もっちり”とした谷間を創っている。
実にすばらしい。
そしてけしからん。
ニパ「だって……看病する時は人肌の温もりを感じさせた方が良いって……クルピンスキー中尉ふぁぁぁ」
言葉の最後が欠伸に掻き消された。
俺「伯爵ちゃん。お兄さん怒らないから正直に出てきなさい」
クルピンスキー「やぁ。おはよう。呼んだかな?」
ドアの向こうで待っていたかのように、爽やかな笑顔を浮かべてクルピンスキーが顔を覗かせた。
間違いない。この娘が犯人だ。
だって物凄くニヤついていますもの。
えぇ。それはもう。清々しいくらいの笑みですもの。
俺「この年頃の女の子は何と言うかその……デリケートというか純粋というか……とにかくそういうことを吹き込んじゃめーなの。分かる? 分かるかな? 分かってくれるよね?」
クルピンスキー「女の子のエスコートを完遂した俺にちょっとしたご褒美さ。ニパ君だって自分の意思でこうして君の布団へと入ったんだよ?」
恨めしい目線を軽く受け流彼女の言葉から反省の色は欠片も感じられなかった。
悪戯がばれた子供のような笑顔を浮かべながら歩み寄り、布団を剥いでニパを起こす。
ニパ「別に誰に対してこういうことするって訳じゃないんだからな!?
私なりのお礼のつもりなんだけど……その……俺はこういうことされるの嫌い……なの?」
大好きですと即答するのを堪え、あくまで平常を保つ。
こんな状況で大丈夫かって?
大丈夫じゃない問題だ。
俺「こういうのは自分の好きな男にしてあげなさい」
ニパ「……」
いかん。
捨てられた仔犬のように、しゅんとした表情で縋り付いてくるニパの姿は人として大切なもの全てを破砕するほどの威力を秘めていた。
髪から漂う甘い香り、女性らしい丸みを帯びた肢体はもちろんのこと時たま身体に触れる柔房の感触。
息子よ……堪えろ。堪えるのだ。
辛かろうが今はぐっと堪えるのだ。主に俺の尊厳のために。
クルピンスキー「ニパ君。そろそろ離れないと。男はみんな狼らしいし、ね?」
爽やかな笑顔を浮かべてニパをベッドから降ろすクルピンスキーの視線の先が―――すなわち股座でテントを張る自分の愚息に向けられている事に気がつき慌てて布団を被った。
見られた!!
よりにもよって伯爵に見られてしまった!!
ニパ「あれが……男の人の……!?」
俺「やめてぇぇぇぇぇ!! 今見たことは忘れてぇぇぇぇぇ!!!!」
それどころか、ごくんと唾を飲みながら色の白い頬にほんのりと桜色を差しこめるニパも男根の怒張をちゃっかりと見つめていたのだ。
どちらも年下の女の子に痴態を見られたことによって生まれた羞恥心が俺の顔貌に熱を灯していく。
俺「今のはね!? 生理現象なの! 朝起きたら男の人はみんなこうなるの!」
ニパ「凄く起き上がってたけど……大丈夫なの? 辛そうだけど……」
俺「見るな言うな!」
ニパの心配そうな眼差しが胸に突き刺さる。
男の性を知らぬが故に純粋に自分の身を案じてくれる彼女の視線に自らの汚さが曝け出された気がしてしまい、俺の絶叫がますます甲高いものへと変わっていく。
俺「そんな目で俺を見んナァァァァァァァ!!!」
クルピンスキー「あははっ! 元気が出てきたようで安心したよ!!」
腹を抱えて笑いこけるクルピンスキーに怨嗟の念を込めて睨みつけると以外にも彼女はすんなりと大人しくなった。
それでも頬を膨らませ、口を3の形にするところを見ると納得はいかない様子だ。
俺「ここで退くのとサーシャに正座をさせられるのとどっちが良い?」
ついでにエディータも呼ぶのも良いかもしれない。
むしろ呼ぼう。
クルピンスキー「正座は辛いけど……うーん。わかったよ。ニパ君。こっちおいで」
ニパ「えっと、俺。また来るね。お大事に」
ベッド近くに設置された椅子の背もたれにかけてあるカーディガンを羽織ったニパが若干頬を紅潮させながら手を振り、クルピンスキーと共に医務室を出て行った。
バタンと閉まるドアを見つめ、また視線を天井へと戻す。
嵐は去ったのだ。
自身の尊厳を引き裂いて。
結果的に生殺し(?)に終わったが、内心俺は安堵の溜息を吐いた。これ以上あの状況が続けば自分は本当にどうにかなりそうだ。
俺「この場にフィーネがいたらどうなっていたことやら」
ふと、自分をこの基地へ派遣した彼女の姿が脳裏に映し出された。彼女のことだから状況を楽しむような笑顔は浮かべていても額に青筋を立てるに違いない。
彼女を怒らせると碌なことがなかった。
話しかけても返事をしてくれないことはもちろんのこと、近づいてきたと思ったら不機嫌そうに頬を膨らまして自分の頬をぐいぐいと引っ張ってくる。
おそらく猫形の使い魔なのだろうが、その発現した耳と尻尾をぴんと逆立てて、頬を膨らましている姿は不覚にも可愛いと思ってしまった。
兎にも角にも俺の中で一番怒らせたくない女性第一位。それがアドルフィーネ・ガランドであった。
俺「寝よう。寝ちまおう」
ただでさえ心臓が縮むようなことがあったのだ。
二度寝くらいしても許されるだろう。
そう自分に言い聞かせながら俺は睡魔に意識を奪われていった。
最終更新:2013年02月04日 14:25