ある晴れた午後。ジョーゼット・ルマールと下原定子は久しぶりの休暇を基地近隣の街で過ごしていた。
ふと、後ろに目を向ける。
青果店の店主や修道女、果ては銃器から重火器を取り揃える強面の露天商といった様々な人間たちから声をかけられる彼は手を挙げて返したり、軽い世間話に花を咲かせている。

俺「ごめんな。つい話し込んじまった」

武器商人と語り合っていた俺が話を切り上げ小走りで戻ってくる。
どうやら新しく入荷した売りつけられ、その商品の説明を受けていたらしい。それでも手ぶらということは上手く言いくるめたようだ。

ジョゼ「い、いえ……」

定子「色々な人と知り合いなんですね」

俺「面白いからなぁ。色んな奴と会って話すのは」

ジョゼ「修道女の方もいましたけど、俺さんも何かの教えを信仰しているんですか?」

俺「う゛!」

その言葉に俺の目が見開かれた。
言えなかった。
黒い修道服に包まれたシスターのヒップが肉感的だから、つい話に乗ってしまったなんて口が裂けても言えなかった。
揉めば指が沈み込むほどの肉感さと弾力さを兼ね揃え、揺れたわむ尻肉につられて教会の礼拝堂まで付いて行ってしまったことなど言える訳が無い。
そんな自分に聖母のような微笑みを浮かべてお茶とお茶菓子を出してくれたシスターの優しさを前に俺は教会を出る際、十字架の前で懺悔した。
仮にそんなことをうっかり漏らした日には502に居られなくなるのは確実だ。
別に自分は女の子から白い目で見られて性的快感を得るようなマゾヒストじゃないのだ。

俺「い……いやぁ。俺が居た所にはシスターさんって見かけなかったから……物珍しくてね

額に汗を浮かべながら視線を逸らす俺の姿は清々しいほどの怪しさを漂わせていた。
そんな大根演技でも何とかなったのは偏に二人の純粋さからだろう。

定子「俺さんって扶桑のどこ生まれなんですか?」

俺「あぁ。生まれは八丁堀らしいんだけど両親がいなくてね。母方のお婆ちゃんの家に引き取られたから、そこで暮らしていた記憶は無いんだ」

物覚えついた時から祖母の家で暮らしていた。
祖母曰く両親は自分が生まれてから一週間と経たずに姿を消してしまったらしく、一人布団の中で泣き声をあげる自分のことを聞きつけた祖母が引き取りに来たのだという。

定子「すみません……」

俺「気にしてないよ。親が居なくても傍に居てくれた人がいたからな。それに今は皆がいる」

定子「お……俺……さん?」

俺「あぁ! ごめん!!」

暗い影を落とす定子の頭に手を乗せていたことに気がつき慌てて手を退けた。
その際に“あ……“という小さな声が彼女の口から洩れたのは気のせいだろう。

そういえばあいつが落ち込んだ時もこうして頭を撫でたっけ。

嬉しそうに目を細め、頭を寄せてくる妹分兼幼馴染の姿がフラッシュバックする。

俺「あいつも……こんな綺麗な黒髪だったなぁ……」

ジョゼ「俺さん?」

物寂しさが混じった呟きにも似た一言にジョゼが首を傾げた。一瞬だけ見せた寂しげな表情は既に子供じみた笑顔に変わっていた。

ジョゼ「(気のせい……なのかな?)」




本格的に日差しが強くなる中で三人はオープンカフェのテーブルを囲んでティータイムを楽しんでいた。
あれから二人の買い物に付き合い荷物持ちとして同行し、こうして空いた椅子に積み上げてみると、それらの数々は衣類であったり、お菓子であったりと実に年相応の女の子らしい中身が詰まっていた。

ジョゼ「今日はすみません。荷物持ちどころか……こうしてご馳走になってしまって」

定子「俺さんは何も買わないんですか?」

俺「買っても邪魔になるだけだからなぁ」

彼には決まった家が無い。あるとすれば派遣された基地の部屋が家なのだ。
その基地にいる間に自分の仕事が終われば、次の派遣先に向かわなければならない。
その都度荷物をまとめるのは非常に面倒なのだ。
彼にとって給料の使い道とは世話になった基地に勤める人たちへの土産代か、こうして一緒に戦う仲間にお茶やご飯をご馳走するといったことが殆どだった。

俺「その時が来れば、また別のところに飛ばされるわけだしな」

ジョゼ「どこかへ……行ってしまうんですか?」

俺「それがお仕事ですから」

別れは辛いがその分出会いもある。不安半分、希望半分を胸に秘めて世界の色々な基地を転々と旅するのは何だかんだで楽しいものだ。

定子「あまり想像ができません。俺さんが502にいることが……なんだか当たり前のように思っていましたから」

俺「そう言ってもらえるのは嬉しいな。まぁ……別れも言わずに消えることは無いよ」

笑いながらコーヒーを口にし、苦いと一言。





俺「定子は確かリバウへの遣欧部隊に選抜されたんだよな?」

定子「はい。坂本少佐と竹井大尉の下で指導を受けました」

坂本の厳しい訓練に耐えられずよく涙を流しては竹井に慰められていたものだ。それでも激戦区であるカールスラントに進出した際はそれらの経験が役に立ち今では感謝してもし切れない。
あの二人があったからこそ今の自分がいるのだ。

俺「坂本? 坂本ぉ……どこかで聞いたな。もしかして……坂本美緒か?」

定子「知ってるんですか?」

俺「知り合いって呼べる仲でもないよ。何度か話しただけだしね。向こうも覚えてないんじゃないか?」

自分が陸軍に所属していた時にガランドと出会い、彼女を通して当時12歳であった坂本美緒とも何度か顔を合わせたことがある。
とはいえ殆どガランドと魔眼の制御について話し込んでいたので、実際に言葉を交わした回数は両手の指で足りるくらいだ。

俺「あの坂本が。でも北郷少佐の教え子なら……立派に大成しても不思議じゃないか」

“軍神“の異名を持つある女性の姿が脳裏に浮かんだ。講道館剣道免許皆伝及び同館の師範代を務める彼女は異名に恥じない動きで自分と他のウィッチを一蹴した。
それも得意の二刀流ではなく一刀で、だ。
もう魔力減衰を迎えているのだろうが、今でも勝てる気が全くしないのは当時の恐怖体験からなのか、それとも自分の腕を客観的に分析しているからなのか。



定子「あのっ! 俺さん!」

カフェを出た矢先に定子が少し恥ずかしそうな表情を浮かべ、こちらを見つめてきた。
一瞬、都合の良い妄想をしてしまった自分を情けなく思いながら、

俺「どうした?」

ジョゼ「少し寄っていきたいところがあるんですけど……」

二人が指差す先にあるのは一件のファンシーショップ。店先に並んだ可愛らしい小物やらぬいぐるみを見て納得する。
なるほど。確かにあそこに男が入るのは難しいな。
二人なりに気を遣ってくれたのだろう。

俺「それじゃあ一時間後くらいに、またそこの広場にってことで」


―――



二人と別行動を取る最中にふと、足が止まった。
目線を向けた先にあるのはごく普通の楽器店。
店先のショーウィンドウに並べられる楽器の中で特に目を惹いたのはトランペットやホルンといった管楽器。
楽器そのものを財宝と称しても過言ではないほど、丁寧に磨き上げられた金色のボディが美しい光沢を放っている。
自然と足を店内に運ぶと、心を満たすピアノの音が耳に飛び込んできた。紡がれる旋律はどこか優しさを帯びているように聞こえ、気がつけば小さく手を打ち鳴らしていた。

男「これはどうも。ピアノはお好きですか?」

男性が演奏を止め、こちらに身体を向けて会釈する。
女性の目を惹きつけるスラリとした手足にシャープな顔立ち。
隣で彼の演奏に耳を傾けていた女性と同じ指輪を嵌めているところを見ると、どうやら夫婦のようだ。

俺「聴く専門ですけど」

女「私たちの娘もピアノが好きな子だったんですよ」

傍の女性が柔らかな笑顔を浮かべた。男性が男性なら女性も息を呑むほどの美貌の持ち主だった。
キメの細かい白い肌に上質な絹糸のような長髪。母性という言葉をそっくりそのまま人の形で具現化したかのような印象を俺に抱かせた。

俺「だったというのは……」

男「ネウロイが私たちの故郷……オラーシャに侵攻してきた際にウィッチとなった娘とは離れ離れになってしまったんです」

俺「すみません。軽率でした」

女「いいえ。あの娘は今でも立派なウィッチとなって活躍している。私たちはそう思っているんです」

俺「俺も……そう思います」

離れ離れになった今でも一途に娘を探し続ける両親の愛情を一身に受けているのだ。
会ったことも無ければ話したことも無かったが、俺は二人の娘であるウィッチが心優しい女性であると確信した。

女「あなた。そろそろ」

男「そうだな。名残惜しいですが……ここでお別れのようです」

俺「そうみたいですね」

男性が足元に置いてあった鞄を手に取る。
とても人柄の良い二人なだけに少し心寂しい気もしたが、人の出会いとはそんなもんだと言い聞かせた。
次に会えるかどうかも分からないからこそ、一度きりの出会いというものが大切に思えるのだ。

俺「娘さんに早く会えることを祈っています」

心の底からの願いを口に出すと二人もまた穏かな微笑みを零す。

男「ありがとうございます。あなたの行く先にも幸あらんことを」

丁寧にお辞儀した夫妻が店内を出て行った後である。

俺「あぁ! ちょっと!!」

封が押された手紙がピアノの足元に落ちているのを見つけ、慌てて手に取り声を張り上げると既に夫婦の姿は雑踏に紛れていた。
店の奥から店主と思しき男が面食らった表情で出てくる。

俺「あ、すいません」

汚れ一つ無い白い封筒は真新しく、ひっくり返して見れば“サーニャへ”という宛て名しか書かれていない。
おそらくこのサーニャという人物こそが、あの夫婦が探し続けている生き別れた娘なのだろう。

俺「サーニャさん、か」

届かぬ手紙をあえて書いたのは娘への想いを忘れないため。
彼女への愛情を文章として、手紙として現したかったのではないだろうか。
たとえ送ることが出来なくても。
この空の下のどこかにいるであろう愛しい娘への愛情を形にすることはできる。
希望を捨てず、一途に娘を探し続ける両親を持った彼女がどこか羨ましく思えた。

俺「ま! 無い物ねだりしたって始まらないしな!」

両親がいなくても自分には傍にいてくれた人がいた。
支えてくれた人がいた。
厳しくも優しく、見守ってくれた人がいた。
祖国を後にした今ではもう会えるかどうかも分からないが、それでも独りではなかったのだ。

俺「って。これどうするんだよ……」

話の内容から察するに夫妻はこの街の人間ではない。
おそらく娘を探している最中にブレイブウィッチーズのお膝元であるこの街へと偶然やって来たのだろう。
だとすれば宿を探し回れば見つけることが出来るかもしれない。しかし、待ち合わせ時間まであと十分を切っている状況で全てのホテルに足を運ぶのは不可能だ。
しかも、娘を探して旅をする夫妻がいつまでここに滞在しているかも不明である。
真っ先に然るべき場所に届けるという考えが浮かんだが、即却下。
渡したところで検閲に引っかかるし、検閲をパスしても宛先が無いのだから送ることも出来ない。当然捨てるわけにもいかない。ともなれば今後の休暇を全て夫妻の捜索に費やすか、それとも自分が個人的に預かっておくか、だ。

俺「そういえば……あの二人の名前聞いてなかった……」

思い返してみると互いの名前も名乗らず、ただ世間話をしただけだ。
仮に宿泊施設へ訪れて宿泊者名簿を見せてもらったとしても彼らの名前が分からなくてはどうしようもない。
残された手段は自分が彼ら、もしくは彼らの娘であるサーニャというウィッチに出会うまで、親子を繋ぐこの大切な手紙を保管するしかなかった。

俺「サーニャってだけじゃあ、どこの誰かも分からないし……オラーシャの人で同じ名前のウィッチって見かけるしなぁ」

時計に目をやると待ち合わせ時間まで五分しかない。せめて返すことが出来ればな、と思いながら俺は楽器店を後にした。




一応はジョゼ、定子回ということで。
手に入れたサーニャへの手紙ですが、一段落したら短編の番外編という形で消化したいと考えています。
最終更新:2013年02月04日 14:26