決河の勢いで管野は上空から敵対象へと動力降下する。
彼女を知らぬ者が、この光景を目の当りにしたら悲鳴を上げて静止するだろう。
大型航空ネウロイの真上から身を投じる管野は抱え持つ携行火器―――九九式二型二号改13mm機関銃の銃口を向けて引き金を引く。これこそ管野直枝が最も得意とする戦術なのだ。銃火を叩き込みながら、管野がすれ違った箇所には遠めに見てもはっきりと分かるほどの傷跡が刻みつけられていた。
クルピンスキー「さっすがナオちゃん。相変わらず勇敢だね。でもそういう一生懸命なところも可愛いかな。俺はどう思う?」
見る者全てを威圧する巨大な化物相手に刃金を鳴らす管野の姿を捉えながら、堅牢な甲殻を削っていくクルピンスキーが隣で同様に銃弾を撃ち込む俺に微笑みかけた。
俺「確かに可愛いけど本人の前で言わないほうが良いぞ。前に言ったら噛みつかれた」
クルピンスキー「……俺ってさ。もしかして意外とプレイボーイ?」
俺「そんなわけあるか。女の子を選り好みできる立場じゃないってことぐらいは自覚してる」
男のリビドーを刺激する笑みを物ともせずに俺は彼女とお揃いのグロスフスMG42機関銃を右手で発砲しつつ、左の五指から放つ衝撃波によって管野の進路を阻もうと飛び交うX-10を次々と撃墜していく。
五本の指を僅かに動かすだけで変則的に動き回るX-10を射線上に捉え、一撃必中の要領で貫く様は激戦地を転々と渡り歩いてきた者だけが見せる洗練された所作だった。
魔力減衰が始まった今の状況では掌から放出する高威力かつ広範囲の衝撃波を多用することはできない。
かつては自身の象徴でもあった衝撃波も今となっては思う存分発揮することが叶わない現状に歯痒さを感じつつも俺は小型の撃墜と大型への攻撃を同時並行で行った。
ロスマン『俺さん。身体の調子はどうですか?』
ニパ『魔力減衰が始まったんなら、あまり無理しないほうが良いんじゃないか?』
俺「一人で戦うわけじゃないから問題ないさ」
インカムから流れてくるロスマンとニパの、自身を気遣う声が耳に届く。
気持ちはありがたいが、彼女たちだけを火線に立たせるわけにはいかない。飛ぶことができ、敵の数を少しでも減らせるなら使い物にならなくなるまで、戦い続けるのも自分の役目だ。
クルピンスキー「……さぁてと。それじゃあ僕も行って来ようかな。俺、エディータ、ニパ君。援護頼むね」
そんな俺の胸裏を汲み取ったのか、クルピンスキーが大型に向かって猛進を開始した。
被弾を全く考慮しない彼女の戦術に初めは途惑いを隠せなかったが、逸早く的確な支援が行えたのも長年培って来た経験によるものだろう。
俺「まったく……嫁入り前の肌に傷でもついたらどうすんだ。了解! 背中はしっかり守ってやるから思う存分暴れて来い!」
構えていたMG42を背負い、十指から衝撃波を発射する。狙いは二人の勇敢なる魔女を狙うキューブ状の羽虫ども。
熱した鉄を水に放り込んだような音を立てながら繰り出された攻撃がプンスキー伯爵の背を狙うX-10のボディを貫通した。
クルピンスキー「ありがとう。助かったよ」
砲火を交えるクルピンスキーを援護するべくポクルイーシキンが、手にしていた対物ライフルの引き金を絞った。
轟く銃声と共に蒼空に鮮やかな発射炎の花が咲き、徹甲弾が直撃した部位から白い光輝を放つ破片が噴き出す。
ラル「残るはあの大型か」
定子「それでも……あの装甲は堅すぎます」
俺「だったら俺が致命傷を与える。トドメは任せたぞ」
ラル「無理はするな。私たちだけでも」
俺「安心しろ。これくらいなら撃てるさ」
俺が体内に充溢する魔法力を前方へと持ち上げる右の掌へと集中させた。
魔力を供給する分だけ生まれてくるブレを少しでも減殺するべく生体砲身と化した右腕を左手で掴むように固定し、大型ネウロイへと狙点を定める。発射態勢を整える彼の姿を確認するや否や管野が再び急上昇し、対象の真上を確保した。
俺「ナオ! いけるか!?」
管野『当たり前だ! いいからさっさと撃て!!』
俺「了解!!」
射線上からの退避を終えたクルピンスキーのアイコンタクトを受けた俺が衝撃波を発射する。
反動で大きく後ろへ吹き飛ばされそうになるも、傍で待機していたラルが彼の身体を支えることで、事なきを得た。
砲口からぶっ放された奔流が大型を包み込み、その黒いボディを歪に変形させていく中で大型の頭上から一個の弾丸が飛来する。
管野が首下のマフラーを突風にたなびかせながら機関銃の弾丸をばら撒き、肉薄。
右手に展開するシールドを直径数十センチまで圧縮、強度を高めていく。
上空から降下突撃する管野が例の如く右腕を後方へと引き絞る彼女の拳は既に眩い輝きを放つ蒼白い光に包み込まれていた。
管野「でぇぇぇぇりゃぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!」
これまで数々の化け物どもを沈めてきた必殺の一撃が堅牢無比を誇る装甲に叩き込まれる。戦車砲の一斉発射にも似た衝撃音を轟かせながら、放たれた絶大なインパクトは黒い装甲の内部にて燦然と輝く紅の宝玉にも伝達された。
ジョゼ「最近は敵の装甲が硬くなってますね……」
ラル「今後は厳しい戦いになるだろう。各自英気を養ってくれ」
全身に亀裂が走り、轟沈していく敵対象を見据えるラルは続けて全機に帰還命令を下した。
ニパ「あれ?」
帰還を終え、最初に異変に気付いたのはニパだった。周囲を見回してみるとストライカーを脱いだ面々が視界に入り込んでくる。
しかし、俺の姿だけはどこにも見えない。まさか帰還する途中に落ちたのではという嫌な考えが胸中に生まれ、突き動かされるままに俺のストライカーが置かれている場所まで走ってみれば、確かに彼が先ほどまで身に付けていたストライカーが寝台に設置されていた。
では肝心の俺はどこに消えたのだろう。
管野「どうしたんだよ?」
ニパ「カンノ……俺のこと見なかった?」
管野「見なかったも何も一緒に帰ってきただろ?」
ニパ「でもどこにも見えないんだよ」
管野「先に格納庫から出て行った……って言ってもあいつは一番後ろを飛んでたしな」
ニパ「だろ?」
管野「そういえば変だな。でも飯の時には帰ってくるだろ?」
ニパ「このあと何があるか忘れたのか?」
あぁと呟くように返す。
そういえば、このあとは無事にブリタニアから帰ってきた俺のために茶会を開く予定だったな、と思い出す。
出張先のブリタニアで彼がブレイブウィッチーズの面々のために、これでもかというほど大量の土産を持って帰ってきたのだが、そのお礼にとジョゼが今回の茶会を企画したのだという話を聞いた管野は顔を顰め始めた。
確かに肝心の俺がいなければ何の意味も無い。いつも通りの茶会になるどころか、下手をすれば中止になりかねない。
管野「……じゃあ探しておくから、先に準備しておいてくれよ」
ニパ「それは良いけど……俺がどこにいるか分かるのか?」
管野「さぁ?」
ニパ「さぁって……」
当てなど無い。
ただ俺がこの基地に勤務するありとあらゆる人間と親交を深めているのは管野も知っていた。
彼らを訊ねれば、すぐにでも見つかるはずだ。そう高を括っていたこの時の自分を管野は直ぐに恥じることとなる。
管野「いっねぇ!!!」
あれから自分なりに思う場所に足を運んでみたものの、まるで神隠しにでも遭ったかのように彼の姿は見えなかった。
俺の姿がどこにも見えないことに苛立ちを隠せない管野があらん限りの声を張り上げると、通りすがった清掃員が身体を強張らせ、足早に立ち去っていく。
俺と仲の良い整備兵Aに尋ねても知らないと言われ、逆に彼のほうから俺の居場所を尋ねられる始末だ。
管野「何だあいつ。碌な知り合いがいねぇじゃねぇか」
結局彼の知り合いで唯一まともな類の人間が整備兵Aだけで、あとの連中はどれも個性が強い……というか濃すぎた。
何というか、どいつもこいつも一人だけでどんな状況でも解決できそうな屈強な輩ばかりだ。
しかし、このまま見つからなければ本当に茶会そのものが中止になってしまう。
管野「でも……そんなにすぐ見つかるわけ……」
いた。
中庭の木の幹を背もたれにして寝息を立てる見慣れた姿を見つけ、管野は足早に目的の人物へと歩み寄った。
開いた口元から涎を垂らし、穏かに身体を上下させる俺の間抜けた寝顔。その額に手を伸ばし、親指で人差し指を押さえ込む。
ここまで走らされたことへの怒りを指先に込め、そして、
俺「あいたぁ!?」
額に強烈な一撃を喰らった俺が素っ頓狂な声を上げて飛び起きた。
無理やり夢の世界から引き摺り上げられた俺は陸に揚げられた魚が跳ねるように周囲を見回す。
その余りにも滑稽な姿を目の当りにし思わず噴出してしまった管野に俺は額を擦りながら睨みつけた。
俺「寝込みを襲うとは随分と狡猾な真似をしてくれるじゃないか……!!!」
管野「こんなところで何してんだよ」
俺「あぁ……清掃員の仕事は当分の間お休みだからな。昼寝してた」
つまりこの男は帰還後誰にも見つかることなく格納庫を去り、自分がやって来るまで、ずっとここで惰眠を貪っていたのか。
管野が呆れながら、涎で濡れた口元を拭う俺を睨みつけているとふと、彼の瞼の下に浮かび上がる薄い隈を見つけた。
管野「……寝てないのか?」
俺「ここのところ残業が多くてね。本当に困ったよ」
ただでさえブリタニアでの一件が堪えたというのに、最近は共生派を始めとする勢力が活発化の一途を辿っており、ここ数日の間は毎晩基地を抜け出しては連中の拠点に強襲を掛けている。
おかげで戦力は根こそぎ奪い取ることには成功したものの、対ネウロイ戦での出撃も合わせると彼の疲労はとっくに限界を超えていた。
それでも銃を取り、刀を振るい続けるのはウィッチを守るという彼の執念が成せる業か。あるいは鍛え抜かれたタフネスによるものか。
管野「掃除のおっさんたちは夜中寝てるじゃないか」
俺「仕事がすんだら仕事なんだよ。俺の場合は」
管野「はぁ?」
俺「何だよ。さっきだって戦闘に参加してたし……こっちはブリタニアから帰ってきて疲れてるんだ。少しくらい休んでも罰は当たらないだろう?」
管野「そういえば、どうだったんだよ。501は」
俺「あぁ……いい子たちだったぞ?」
何か一番小さい子に懐かれたなーと思っていたら今度は天使みたいに愛くるしい子に懐かれてしまった。
坂本曰く自分には子供を引き付ける何かが備わっているらしいが、いくら懐かれるとはいえ腹部へのタックルだけはいただけなかった。
幼いだけに手加減というものをまるで知らない彼女たちの一撃は可憐な見た目を裏切る破壊力を誇っていたからだ。
俺「でも……俺はここの空気の方が合ってるみたいだ」
どうしてか。
その言葉を聞いて安心する自分に気がついた管野は、自身の胸裏に生じる得体の知れない感情を払拭しようと俺の手を取り引っ張った。
俺「おい! ナオ!?」
管野「みんな待ってるんだ! さっさと行くぞ!!!」
ラウンジまで引っ張られた俺は既に自分と管野を覗く全員がそれぞれ円形のテーブルを囲んでいることに対して疑問を抱く。
はて今日は誰かの誕生日だったかな、と思い返してみるも特に思い当たることはない。
俺「どうして全員集合してるんだ?」
ロスマン「俺さんが無事にブリタニアから帰って来れたお祝いですよ」
ラル、クルピンスキーと共に小さな円卓を囲むロスマンが立ち上がり、俺の手を引いて同じテーブルの席に着かせる。
丁寧に磨かれた白いテーブルにはクッキーやタルトといった菓子の他にもティーカップに注がれた紅茶が湯気と共に独特の香りを漂わせていた。
ジョゼ「少しでも、お土産のお礼が出来たらと思いまして」
クルピンスキー「ジョゼちゃんが企画したんだよ?」
俺「ヒィィィィ……いや。ありがとう! ジョゼ!!」
危うく例の悪癖が出てしまいそうになるも、すんでのところで押さえ込む。せっかく自分のために祝いの席を設けてくれたのだ。場の空気を壊すことだけはしたくない。
ジョゼ「私こそ。ブリタニアのお菓子、ありがとうございます。とても美味しかったです」
小首を傾げ、にっこりと微笑むジョゼの笑顔は太陽のように眩しかった。色白で彫刻品を思わせる端整な美貌が見せる、あどけない笑みを前に俺は心臓を握られた感覚を覚え、反射的に胸へと手をやった。
俺「(駄目だ……直視できん!!!)」
ロスマン「そうだ、俺さん。フラウは元気でしたか?」
誰にも知られること無く内心で悶々とする俺の煩悩をロスマンが打ち払った。
俺「あ……あぁ。帰る時はロスマン先生によろしくって言われたよ。明るくて良い子だったぞ」
ロスマン「あの子はウィッチとしても優秀ですからね」
俺「黒い悪魔なんて聞いてたから、どんな強面の子かと思ったら普通の女の子だったな」
ただやはり腹タックルはいただけなかった。くどいようだが言わせてもらおう。あれは絶対に人に向けてやってはいけない。禁じ手なのだ。
特に食後とか食後とか食後とか。
脂っこい、あのブリタニア名物を食べたあと胃痛に苦しむ自分に向かって、あろうことかあの天使は可愛らしい笑顔を浮かべて悪魔の所業を平然と行ったのだ。
ロスマン「そ……それだけ……フラウは俺さんのことを信頼していたんですよ」
俺「冗談じゃねぇよ! あの子は俺に何か恨みでもあるのか!? あぁぁぁ……思い出しただけで痛くなってきた……ジョゼェ……お願いぃぃぃ」
ジョゼ「だ……大丈夫ですか!?」
腹部を抑えて背を丸める俺にジョゼが駆け寄り、治癒魔法を施す光景を眺めながらラルは一人複雑な感情を抱え込んでいた。俺の力を必要とするほど第501統合戦闘航空団は脆弱ではない。彼がブリタニアへと派遣された本来の目的を知っているからこそ、彼の裏の顔を知る数少ない人物であるからこそ、彼女は俺が無事に帰ってきたことへの喜びと同時にまた手を血で染めてきたことへの痛みを覚えた。
全身に傷を負っても彼は平気だと笑っていた。
傭兵時代に使い捨ての駒として扱われても彼は仕方が無いと言った。
自分はもう死んでいるからと言ってウィッチを影から守るために血と泥を被ってきた。
ラル「(俺……まさか……お前は)」
管野「少佐?」
ラル「いや……何でも無い」
馬鹿馬鹿しい。全て確証の無い推測だ。現に彼は約束通り土産を持って、こうして無事に帰ってきてくれているではないか。
それでも一瞬だけ、胸中に生まれた不吉な胸騒ぎは彼女に不安という種を植え付けていた。
一応管野回のつもりですが、やはり日常風景の描写とは難しいですね。
これにて共通ルートは終了となり、次回よりガランド√に入ります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
最終更新:2013年02月04日 14:27