~キスの味は、どんな味?~
佐官の時とは比べものにならないほど倍増した書類の山を前にアドルフィーネ・ガランドは顔色一つ変えず、一枚一枚に目を通す。
カールスラント空軍ウィッチ隊総監という肩書きもついてくれば気を抜くことは許されない。
だが、窓から差し込む西日を背に浴びる彼女の面差しから緊張の色は伺えず、それどころか楽しげな笑みすら口元には浮かんでいる。
ガランド「まさか君とこうして書類仕事が出来る日が来るとは思わなかったよ」
俺「書類仕事って……俺はただ渡されたのをまとめて、整理しているだけなんだけどな」
来客用のソファに座り、ガランドから渡された書類をステープラーで留めてはファイルに収めていく青年は彼女の言葉に対して苦笑いを浮かべて返した。
ガランド「こ・い・び・と・と。二人っきりで、それも密室で仕事が出来るということに喜びを感じているのだよ?」
恋人という部分を強調され今更のように頬に熱が灯っていくのを感じながらも手は休ませない。
彼女からのストレートな愛情表現は嫌いではないのだが、恥ずかしい気分にもなる。晴れてガランドと恋人同士になった以上はこれからも耐えていかなければならない。
いや、それどころか今後はこれを上回ることだってあるのだ。
いちいち頬を赤らめているようでは理性が保たない
ガランド「熱でもあるのかな? 顔が赤いよ?」
いつの間にか、すぐ目の前まで音も無く迫ってきたガランドが片方の手で自分の前髪を、もう片方の手で俺の前髪を掻き揚げ、額を重ね合わせてきた。
鼻先が密着し吐息がかかる距離まで迫る端整な美貌に俺の心臓が激しく脈打つ。
俺「別に……熱はない。至って健康だよ」
頬を赤くして目線を逸らす俺の姿にガランドは自然と笑みを零した。たまに不意をついてみればこんな可愛い姿を晒してくれる年不相応な反応。
ガランド「(でも……そんな可愛いところも君の魅力の一つなんだよ。俺くん)」
世界の誰よりも愛しい彼をもっと困らせてみたい。恥ずかしそうな表情を浮かべる俺を前にガランドの嗜虐心が激しく燃え上がる。
ガランド「ふむ……そうだ俺くん。疲れてはいないか?」
俺「まぁ……少しダルさは感じてきたけどな」
朝食を摂ってからずっとここで書類仕事をしているのだ。
こまめに短い休憩を取ったり、立ち上がって身体を動かしたりしているが、それでも一向に疲れが取れないのは書類の量の多さが原因だろう。
目も少し痛んできた。
ガランド「疲れているときは甘い物を食べると良いんだ。確か……あったあった」
気だるそうな俺の言葉に対しガランドは嬉しそうな笑顔のままジャケットのポケットに手を突っ込み、手の平の上に乗せた目当ての物を俺に差し出した。
藍色の包装紙に包まれた球体。
僅かに漂ってくる甘い香りからそれが飴だと気付いた時には既に彼女は中身を口の中に放り込んでいた。
一体何をするつもりなのだろうか。
そう考えた矢先に唇を塞がれた。
ガランド「んむっ……ちゅぶ……れろ……っぷはぁ」
飴玉が舌伝いで口内へと送られ、唇と唇の隙間から漏れ出す艶かしい吐息と踊る唾液の音が静まり返った室内に木霊する。
歯茎、舌先、歯の裏側。
口膣の至る個所を蹂躙するガランドの舌の勢いに成す術なく身を任せていると彼女の瞳に浮かぶ物欲しげな色に気がつき、恐る恐る俺も同じように舌を動かす。
二人分の唾液によって飴玉はすぐに溶け切り、互いの口内にブルーベリーの味だけが広がっていた。
俺「っはぁ! お……おい、フィーネ。何の真似だ……!?」
ガランド「疲れているときには甘いものが必要だ。けれども飴玉は一つしかない。それでも、こうしたら二人一緒に“味”を堪能出来るだろ?
ふふっ。それにしても俺くんのは甘いなぁ。飴のせいかな? それとも本当に甘いのかな?」
悪びれた素振りなど微塵も見せず目の前の女性が微笑む。
ガランド「ところで、俺くん。これは……何かな?」
俺「そ、それは!?」
俺の胸板をくすぐるようになぞっていたガランドの繊手が彼の下腹部へと下がり始め、股座でテントを張る怒張の辺りで止まった。
自分でも言われるまで気づかなかった俺は自身のいきり立つ愚息に胸中で叱咤した。
ガランド「恥ずかしがらなくても良い。君も男だからね」
それにと一度言葉を噤み、
ガランド「今ので興奮してくれたのなら……嬉しいよ」
桃色が差し込む白い面差しに象嵌された青い宝玉に浮かぶ優しげな光。
唾液で艶やかに光る桜色の唇。
そのどれもが自分の性欲を刺激する。
ここが基地でなかったら。
もし今が仕事中でなければ。
おそらく自分は彼女をソファの上に押し倒していただろう。
俺「そういうのは……ずるいんじゃないか? その、だな。本気にしちまったらどうするんだよ?」
ガランド「なにを……本気にしてくれないと困るよ」
俺「は……え……えぇ!?」
ガランド「君と私はもう……恋人同士なんだ。つまり……この先は……もう言わなくても分かるだろう?」
俺「で、でもよ……そろそろ仕事に戻らないと不味いんじゃないか?」
ガランド「……よわむし」
俺「うぐぅ!?」
ガランド「ふふっ、冗談だよ。さっ……仕事に戻ろうじゃないk……ぅわ!?」
満足した様子でデスクに戻ろうと身を翻すガランドの口元から悲鳴が零れた。
ソファの上に横になった俺が彼女の腕を引っ張り、自分の身体の上に倒したのだ。
恋人の突然の抱擁にそれまで余裕を見せ付けていたガランドの頬に羞恥の朱が灯る。
ガランド「おっ、俺くん!?」
俺「今は、これで我慢してくれないか?」
ガランド「その……当たっているのにか?」
俺「っく……とにかくだ! 今はこれで満足してくれ!」
ガランド「仕方ない。これで我慢してあげようか……当たってちょっと痛いが」
俺「それは……すまん」
頭に手を置き彼女の長髪を梳くように撫でた途端に、黒髪から使い魔の白い耳が姿を見せる。
こうして髪を撫でられるとガランドは決まって使い魔の耳と尻尾を発現させる。最初の内は何か意味でもあるのかと思っていたが、どうやら無意識の内の行動らしい。
ガランド「くすぐったいよ……ひゃんっ」
俺「それにしたって、さらさらしてるなぁ。色は同じなのに性別が違うと、こうも違うのか?」
ガランド「こら……いつまで撫でているんだ? いい加減にしないか」
俺「ふむ……そうだな。じゃあ、やめようか」
ガランド「えっ……あっ……」
温かい手の平の感触が突如として消え去りガランドの唇から、か細い声が漏れた。
俺「さぁってと! 仕事しますか!!!」
ガランド「ま、待ってくれ!」
俺「ん?」
振り向けばガランドがソファの上からこちらへと身を乗り出していた。青い瞳に漂う寂しげな光。
使い魔の耳と尻尾は発現した状態のままだが、彼女の感情に反応しているかのように垂れ下がり、しおれている。
ガランド「その……もっと、撫でてくれないか……?」
俺「いい加減にしろって言ったのはフィーネじゃないか」
ガランド「あ、あれは言葉の綾というか……だから、お願いだ。俺くん」
潤みを帯び始めたガランドの瞳を目の当たりにし、嗜虐新よりも先に後悔が生まれた。
泣かせるつもりじゃなかったのだ。
ただ反撃してみたかっただけなのだ。
俺「悪かったよ。ごめんな、フィーネ」
やはり女心というのは難しいなと感じながら、傍によると、
ガランド「っ!!!」
俺「おわ!?」
まるで待ち構えていたかのようにガランドが飛び掛ってきた。今度はソファではなく床の上に押し倒されたため頭を打った俺が顔をしかめる。
ガランド「まったく……俺くんは本当にいじわるだな。君に触れられて嫌なわけがないだろう?」
いつからこんな簡単に涙が零れるようになったのだろうか。
目じりを拭いながら自問する。
おそらく彼に対する友情が愛情に変わってからだ。彼を男として意識するまでガランドにとって俺は「ちょっと気になる男性ウィッチ」であった。
だが、あの小さな街の上空で、たった一人で大勢の人間のために命を賭して戦う彼の姿を目にした瞬間、友情は強い愛情へと変化した。
俺「その……何だ。すまん」
ガランド「いいんだ。こんな簡単に涙が零れ落ちるなんて……軍人失格だな。私は」
俺「そうかね。誰だって泣くさ。軍人だろうが民間人だろうが」
生きていれば必ず涙を流すときは訪れる。たとえ誰であろうとも、それは避けることの出来ない現象なのだ。
確かに軍人である以上は己の感情を押し殺さなければならないこともある。
だが、所詮それは長くは続くわけがなく、
俺「泣いていいんだよ。生きているんだ。恥じることじゃあない」
そして、それは誰にも等しく与えられた権利なのだ。
俺「泣きたいときは泣いちまっても良いさ。お前たちの涙、俺は笑わないよ」
生暖かい雫で濡れる自身の頬に手を添えながら、俺が白い歯をニッと見せて笑った。
ガランド「君も泣くときがあるのかい?」
俺「もちろん」
ガランド「なら、君が泣いたときは私が慰めてあげよう」
そう言ってガランドが微笑んだ。雨雲から差し込む陽光を思わせる笑みに自然と俺の頬も緩んでいく。
俺「そいつは楽しみだな。ぎゅっと抱きしめてくれるとなお嬉しいね」
ガランド「もちろんさ。なぁ、俺くん」
俺「ん?」
ガランド「仲直りのキス、しようか」
俺「あ……あぁっ」
身を寄せ合い、唇を重ねる。
舌と舌を絡めるものではなく、たた唇と唇を触れ合わせる優しくて温かいキスだった。
~お わ り~
最終更新:2013年02月04日 14:30