――まるで地獄だ。

愛機――メッサーシャルフの魔道エンジンを轟かせるラルが空中を進む大型ネウロイに向けて銃口を突き出し、機銃弾をばら撒きながら胸中にごちた。
敵への攻撃行動を取る最中に視界の下から黒煙が立ち昇る。
それが眼下の廃棄都市で繰り広げられる市街戦が如何に熾烈なものであるかを物語っていた。
至るところから聞こえてくる銃声、砲声、爆音、衝撃音。
インカムを通して伝わってくる歩兵や陸戦ウィッチの叫びや悲鳴からも、戦闘の凄惨さが伝わってきており、そのどれもが耳を覆いたくなるようなものばかり。

ラル「各機! 火力を集中させろ! 確実に仕留める!!」

先陣を切るや否や、勇ましい魔女たちの応答が鼓膜を打った。
敵が放つ夥しい数の閃光を研鑽された軌道で回避、返礼の銃弾を叩き込む。
間髪入れずに後方を飛ぶ隊員たちも同様に各々が握り締める携行火器が火を吹いた。
黒い異形の装甲が八人分の射撃によって驚異的な速度で削れるなか露出したコアに銃弾が直撃。

空間を縦に切り裂くかの如く天に向かって聳え立つジグラットを一瞥し標的を爆撃機級に定める。
周囲に展開される小型と中型の存在がネックであるが前者は装甲が薄く、後者も動きが鈍い上に砲門が少ない分、上手く立ち回れば撃破も回避も容易い。
ラルを先頭とする502が敵編隊の真上に差し掛かると同時に急上昇。釣り上げる形で編隊から小型を引き離し各個撃破に取り掛かる。

管野「へっ! やられるんじゃないぞ!! ニパ!!」

手にした二十ミリ機銃を唸らせながら真後ろで背中を合わせてMG42の引き金を絞るニパに叫ぶ。
数十を越える陸戦及び航空部隊との大規模合同作戦。
それだけに眼下の市街地と眼前の空には覆わんばかりの黒が蠢いている上に戦力も見事に拮抗し、予断を許さない状況が続いていた。

ニパ「わかってる! そういうカンノこそ後で泣いても知らないからな!!」

管野「はんっ! 上等! 一匹残らず地面に叩き落してやんよ!!」

――絶対に負けねぇ。
そう胸裏で意気込む管野が目まぐるしく飛び回る小型の動きを正確に追尾する。
見渡せば雲霞の如く集まる小型の編隊。部隊に配属されたばかりの新人ウィッチならば、この圧倒的な数を前にすぐさま焦りと怯えに包まれることだろう。
しかしながら僅かに幼さが残る容貌に恐怖の色は無く、むしろその逆。澄んだ黒の双眸は狩猟者を思わせる鋭利な輝きを弾いていた。

管野「こちら管野一番! 落とされたい奴からかかってこい!」

一切の虚飾も感じ取れない勇ましい叫びとともに空になった弾倉を投げ捨て交換を終える。
その最中も小型の編隊から放たれる針のように細い閃光を軽々といなし続ける動作には一分の無駄も見出せなかった。
仮にここで被弾の一つでも許してしまえば基地で自分たちの帰りを待っている“あの男”に何を言われるか分かったものでない。

だからこそ負けられない。
だからこそ勝利をもぎ取る。
誰一人欠けさせず且つ目玉が飛び出んばかりの撃墜数を叩き上げて凱旋してやるのだ。

ニパ「カンノのやつ……。私も負けてられないな!」

銃器など到底似合わぬ美貌に不敵な微笑を湛えたニパが飛び交う小型の一機に肉薄した。
MG42の頼もしい重みを両腕に感じながら対象を照射線上に捉え、一発も撃ち洩らすことなく羽虫のボディを射抜く。

翼をもがれた小型が黒煙を吹かしながら眼下の集合住宅の屋上に激突し内臓をぶちまけるかの如く純白の破片を撒き散らした。
地に堕ちた異形の存在など気にも留めず、ただひたすらに喰らいついては敵機の撃墜を繰り返す。

管野「ニパ! 後ろつけられてるぞ!!」

叫び声とも取れる管野の言葉が終わるよりも先に前方の標的の撃墜を終えたニパが身を翻した。
銃口を向ければ自らの背後を狙っていた小型との距離は既に数メートルほどまで縮まっている。
すかさず引き金を絞るも弾倉が空なのか弾が出ず、かといってシールドを展開する暇も既に残っていない。

瞬時に弾倉の交換を諦め、銃床の部分に魔法力を供給と同時に持ち手をグリップから銃身へと変更。
長時間の射撃によって熱を帯びたそれを掴んだ瞬間、顔をしかめたニパが咄嗟に魔法力で手の平を包み込む。
そして、

ニパ「やぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

凄絶な気合と共に振り下ろされる一閃。
硝子のオブジェを勢い良く地面に叩きつけたかのような破砕音とともに蒼空に白い華が咲き誇った。

肩に舞い落ちる花弁を手で払いのけグリップに持ち変える。
ふと、それまで銃身を握っていた手の平に視線を落として顔色を曇らせた。

微かに紅く腫れ上がる白い肌。軽く握る動作を行えば皮膚の表面に刺激が走る。
常に中程度の治癒魔法がかかる魔法体質とはいえ当分はこの軽い火傷に悩まされそうだ。
手の平の痛みを押さえ込み、弾倉の交換を終えたニパは再び次なる標的へと肉薄した。



得意とする偏差射撃を以って次々と小型の数を削るラルが不意に左へと動く。
その直後、極太の紅い閃光が真横を通過した。
角度と方角から見て爆撃機級の護衛に就いている中型からのものだろう。

ほんの一瞬だけ下方を泳ぐ中型の位置を確認した後、眼前の敵編隊に意識を集中させる。
敵の移動予測ポイントを瞬時に割り出し、引き金を引いた。
乾いた発射音を伴って銃口から弾き飛ばされた弾丸が縦横無尽に飛翔する小型へと吸い込まれていく。
あるいは小型が自分から弾丸が描く軌道に飛び込んだかのような光景を前にラルは淡々と同じ動作を繰り返す。

敵の動きを見極めて、引き金を引く単調な挙措。
それでいて微塵の無駄が無く、あたかも達人が刀を鞘から迸らせたかのような鋭さを思わせる。
肩書きや勲章など見ずとも彼女が優れたエースであることを垣間見させる洗練された動き。

ラル「ッ!!」

必ず全員で生きて帰る。
それだけを胸に秘め、蚊蜻蛉どもを照準線に固定しては引き金を絞った。乾いた銃声が響く。立て続けに装甲を貫かれ白塵と化す異形。
反撃の機会など一度も与えず、淡々と敵編隊の数を減らしていく姿は戦闘と呼ぶよりも屠殺に近い。

彼女にとって小型の敵編隊を相手取ることなど射的に興じるのと等しいのだろう。
徐に視界の下方がぼんやりと赤らんだ。
銃口を対象に向けたまま片手で障壁を展開。すぐさま敵の攻撃が魔力で形成された防壁に叩きつけられる。
微かに揺れるラルの身体。

ラル「(馬鹿なッ!?)」

中型の射程範囲にはまだ入っていないはず。
にも拘わらず何故、敵の攻撃が届いたのかという疑問は視線を落としたことで拭われた。
斑点のようにネウロイの黒い装甲に備えられた紅い砲門。その数が明らかに増えている。

そのことに気がついたときには既にラルは機体を加速させ中型の射程範囲からの離脱を図っていた。
迂闊だったと唇を噛む最中も自身の道を阻もうと進路上に躍り出る小型を撃ち抜いていくも再び視界の縁が赤く染まり始める。
障壁を展開するために背後へ振り向くと敵の攻撃が発射された後だった。

飛び交う小型を邪魔だと言わんばかりに飲み込み、それは直線の軌道を描いて少女の身体に殺到する。
そのあまりにも巨大な光に思わず身体を強張らせてしまったラルが我を取り戻したときには目前にまで迫っていた。

ラル「(駄目だ……間に合わない!!)」

インカムから隊員たちの悲痛に満ちた叫びが聞こえてくるなか、ラルを呑み込まんとする光は確実に彼女との距離を縮めつつあった。
誰もが小型の撃破を捨てて彼女を守ろうと射線上に肉薄する。
鮮血を連想させる紅蓮光はラルを呑みこむ寸前、

――破ッ!!!――

万物を射抜く裂帛の叫びを伴って繰り出された破壊の奔流によって喰い千切られた。
神獣の咆哮を思わせる雄々しい爆音。
下方から上空にかけて昇り出た奔流はまさに自分をネウロイの攻撃から防ぐ壁となったのだ。
次いで小型が放つそれと同等の細い奔流が蚊蜻蛉の群れを穿つ。

更に続けて二発、三発と何処から弾き飛ばされた弾丸が中型の黒い装甲を貫通。
三度の直撃を許してしまった巨体が大きく傾き、緩やかに廃ビル群への落下を開始した。

巨体の激突を受けた廃ビルが土煙と白の光輝を放つ破片を舞い上げて崩れ去る。
先ほどの銃声とは比にならないほどの轟音と共に、まるで絨毯を広げるかの如く土煙が眼下の街並みを覆っていく。
速度を緩めずに接近を続けるラルたちの動揺を無視した援護射撃はなおも続き、合計十数発で展開されていた全ての中型を地上へと引きずり落とした。
急な流れに全員の理解が追いつかない状況の中、

???『ぼさっとするな! 道は開いたぞ!!!』

ラル「っ!?」

聞き覚えのある声が鼓膜を打ち我を取り戻す。
急いで声の主を探したいという衝動を理性で押さえつけ、ひたすらに機銃弾をばら撒いて爆撃機級の装甲を削る。曝け出された宝玉に浴びせられる集中砲火。
小気味良い音のあとに、爆撃級の巨体が崩壊した。
白い塵が眼下の街並みに降り注ぐ光景を見下ろすラルが拳を握り締めた。

ラル「どうしてだ……どうして来たんだ!! おれぇぇぇ!!!」

怒りとも悲しみとも取れる叫び声が蒼空に響く。
その場にいた全員が反射的に全身を強張らせるほどの絶叫に対し声の主は涼やかな口調を維持したまま返した。

俺『仲間外れは嫌だからな』

ラル「今どこにいる!?」

俺『ちょうど……みんなの真下だな』

その場にて滞空を続ける全員が同時に視線を落とす。
ビルの屋上に立ち、自分たちを見上げながら朗らかな笑顔を浮かべて手を振る見慣れた姿。
間違いなく今回の作戦から外され基地で待機しているはずの俺であった。

シャツの上にジャケットといった普段通りの出で立ち。
違う点を挙げるならばシャツの上に拳銃やナイフが納められたハーネスを身に着けている程度か。
右手には長銃身の対戦車ライフルを手にし、背にはMG42、足元には馬鹿でかい金属ケース。
腰周りには携行火器の各種弾倉が取り付けられており、完全武装という言葉を見事体現している。

そして俺の右手に握られる対戦車ライフル。形状から見てボーイズだろうか。
その銃口から微かに立ち昇る細い白煙から中型の不意を突いた先ほどの射撃が彼によるものだと確信した。
魔眼を所有していないにも拘わらず一撃で中型を仕留めた離れ業はさながらウェーバーが作曲した魔弾の射手を髣髴させる。
無論俺が放った弾丸は悪魔の手によって鋳造された魔性を秘めたものでもなければ俺自身、悪魔ザミエルとの契約も結んでいない。

衝撃波を放つ能力を固有魔法に持つ俺がコアの居場所を一瞥しただけで突き止める荒業を成しえたのは蓄積された膨大な戦闘経験から各ネウロイのどの部位にコアが内蔵されているか経験的に知っていたから。
激戦区を単身で渡り歩いてきた猛者だからこそ可能な芸当。

だからといって今回ばかりは素直に俺の技量を認めることが出来ない。
ストライカーも無しにこの男は何しに来たのか。
次第に込み上げて来る激情の傍らでそんな疑問が脳裏を過ぎる。
本当は分かりきっているはずなのに。理性がそれを、その答えを認めようとしなかった。

ラル「おれ……おまえ……!!」

噴き上がる感情の奔流によって上手く声を出すことができない。
周囲に轟いていた砲声や銃声が嘘のように遠くから聞こえる。
戦場で動きを止めるなど新兵ですら分かる愚行だというのにラルは自分や他の隊員たちを見上げる俺の姿から眼を逸らすことが出来なかった。

俺『そんな顔しないでくれよ。現に役に立っただろう?』

ラル「どうして。どうして来たんだ……?」

俺『言ったじゃないか。仲間外れは嫌だって』

インカムから陽気な声が流れてくる。
嫌だ。
聞こえない。
聞きたくない。
どうしてそんな風に笑えるのか。
魔法力も残り僅かで且つシールドを展開する力もない。殆ど一般の歩兵と何ら変わらないというのに。

ラル「お前はシールドが張れないんだぞ? そんなやつが戦場に出れば」

俺『分かってる。それでも黙って待つなんて……俺には無理なんだよ』

それまでの笑顔が一転して曇る。
俺が立つ屋上と自分が今いる空との間ではかなりの距離が生まれているにも拘わらずラルは彼が表情を歪ませたことがはっきりと分かった。
声音から俺がどんな顔をしているのかが自然と頭の中に浮かんでくる。

ラル「……私たちはそんなに信用できないか?」

俺『そうじゃない。たださ、大切な人くらい……自分の手で守りたいじゃないか』

ラル「大切な……人?」

俺『あー……言わなきゃ、分からないか?』

気恥ずかしげに頬を掻く俺。
自分へと真っ直ぐに注がれる眼差しからラルが彼の言葉の意味を察するのに数分の時を要した。
俺が放った“大切な人”という言葉。
そして、その対象となっているのは彼の視線の先にいる人物――すなわち、自分。
次の瞬間、全てを理解したラルが目を見開いて一気に頬を紅潮させた。

ラル「なっ!? え……なぁ!?」

クルピンスキー「ヒュー!」

ロスマン「俺さん……あなたという人は……」

それまで二人のやり取りを傍観していたクルピンスキーが囃し立てるように口笛を鳴らした。
彼女の隣でロスマンが痛み出すこめかみに指先を添えて呆れ返った視線を俺に落とす。
遠回しではあるものの俺は一人の男としてグンドュラ・ラルという女性に自分の感情をぶつけたのだ。
爆撃音と砲声が飛び交うなかムードもへったくれもない告白ではあるが、頬から耳たぶまで赤く染め上げるラルの姿から少なくとも彼女にとっては充分すぎるほどの威力を秘めていたようである。

ラル「ばかっ! こっここ、こんなところで言う奴があるか!!」

俺『仕方ないだろう!! 好きになったんだから!』

ラル「ムードを考えろ!! ムードを!!」

俺『人のファーストキスいきなり奪っておきながら何言ってや・が・ん・だ!!』

ラル「ひぁ!?」

ニパ「たいちょう、そんなことしたんですかぁ?」

どこか茶化すようなニヤけ笑いを零すニパを尻目にラルの脳裏に昨夜の出来事が蘇った。
あのとき自分はベッドの上に腰掛ける俺の唇を何の前触れも無く奪ったのだ。
思えばあれが自分のファーストキスだったのだと今更のように自覚するラルがふと口許を綻ばせた。
俺も同じだったという事実にどうしようもなく嬉しくなる。

ラル「おまえ……ここでそれを言うか!?」

だとしても、少し大胆すぎたかな――と自分でも思っていただけに隊員たちの前で暴露されてしまった彼女の頬は熟した林檎よりも赤く色づいていた。
狼の耳と尻尾は力無く萎れており、それら二つが今の彼女が羞恥に支配されていることを窺わせる。

俺『大体だな! あんな、作戦が終わったら伝える――だなんて不吉満載なこと言われたら心配しないわけにはいかないだろうが……!!』

ラル「そ、それは!!」

俺『だから、な。俺にもお前のことを守らせてくれよ? 自分が惚れた女を守れなくなったら俺はきっと自分が許せなくなる』

ラル「だけど……お前はストライカーが」

そう。
全身を武装で固める俺ではあるものの、その近くには日頃彼が身に着けているストライカーの姿が見当たらない。
まさかというラルの予感は見事に的中した。

俺『この作戦が成功したとしても別働隊が来るかもしれないんだろ? なら魔法力は節約しないとな』

つまり、この男はストライカーの補助無しで陸戦型と張り合おうとしているのだ。
たしかに残り少ないとはいえ魔法力を有している彼ならば一般の歩兵に比べると能力的には上であるが、それでも陸戦魔女と比較してしまうと見劣りしてしまう。

ラル「おれ……」

俺『大丈夫だ。俺は死なない』

なんの根拠もないというのにラルはその言葉が説明できない説得力を宿している感覚を覚えた。

俺『あぁ……一つ言い忘れてた。こればっかりは、ちゃんと言っておかないとな』

屋上の手すりにワイヤーを通した俺が不意に顔を上げた。

ラル「?」


俺『好きだぞ……おまえのこと。仲間としてじゃなく……一人の女として、な』


ラル「っっ!?」

満面の笑顔を伴って囁かれた愛。
それは自分が心の底から欲した言葉だった。
とくん――と胸が穏やかな高鳴りを放つ。きっと、この温かな充足感を幸せと呼ぶのだろう。

俺『じゃっ!』

ラル「あっ!」

返事をする前に俺がワイヤーを伝ってビルを降りていった。

ラル「まったく……」

言いたいことだけ言って、こちらの返事を待たずに消えるとはなんて身勝手な奴なのか。
これは基地に帰ったらきっちりと言っておかないといけないようだ。
MG42のマガジンの交換を終えたラルが後ろで待機する隊員たちに振り向く。

ラル「作戦を再開する。止まっていた分は取り戻さないとな」

あとで作戦司令部にも一人戦力が加わったことを連絡しておかないとなとぼやきながら、再び大空を舞った。





通りに降りた俺は真っ先にケースを足元に置いた。ロックを外して蓋を開き、中身を取り出す。
収納されるモノを取り出し、備え付けられていたスリングをベルトに接続。
次に銃口下に連結されたスパイクを地面に向けて突き立てる。専用の弾装を差込口に押し込んでセイフティを解除。

俺「さぁてと。散々押し付けて来たんだ……土壇場でジャムったら許さないぞ」

腰溜めに構えたソレの銃口を迫り来る巨大な蜘蛛型に向ける俺が口元を歪ませた。
杭が如き鋭さを誇る計六本の脚部を器用に動かして前進してくる様は多脚戦車と称しても何ら差し支えないほどの威圧感を発散する。
対して俺が構える得物は陽光を受けて鈍い輝きを放つ大口径の長銃伸対戦車ライフル。
だが、口径はもちろんのことライフルそのものの大きさから見ても明らかに人間が携行するサイズではないことは見て取れる。

砂塵を巻き上げ、アスファルトを串刺しにしながら迫り来る蜘蛛型へとトリガを引き絞った直後、列車砲に匹敵するほどの爆音が辺り一面に反響。
射出された弾丸は堅牢な防殻に包み込まれる蜘蛛型の装甲を真正面から押し潰し、発射時とは比にならないほどの轟音とともに黒いボディが爆裂する。
膨れ上がる橙色の爆炎。
押し寄せる熱を帯びた爆風を前に片腕で顔を防いだ俺が軽く口笛を吹き鳴らし、スパイクを地面から抜き放つ。

俺「さっすがホプキンス。相変わらず良い腕だ!!」

身の丈を超える超長銃身ライフルを手足の如く巧みに使いこなしながら、自分が握り締めている得物を創り上げた武器商人の男に対して賛辞を送った。
どこを探し回っても見当たらないそれはペテルブルク市街地の裏道に店を構える肥満店主ホプキンスが一から創り上げた世界に唯一つしかない一品。

腰だめに構えた大口径対戦車ライフルを振り回す。
肉薄してくる別の蜘蛛型の脚部に向かって魔法力を僅かに込めた砲金色の銃身を叩きつけた。
大して魔力を供給していないというのに、銃身は鉄槌が如き堅牢さを誇り、杭を連想させる蜘蛛型の脚を豪快に圧し折った。

遠心力に逆らわず、ステップを踏むなり一回転。
慮外の損傷に怯んだ蜘蛛型の真正面に銃口を向け、引き金を絞る。

轟音が周囲一帯に広がり、金属板を仕込んだコンバットブーツの底が地面に埋まる。
衝撃によって建造物の窓が破れ大通りに降り注いだ。

ホプキンスの店はどれも破壊力を重視した非合法の重火器ばかりを取り揃えており、火力だけならば既存兵装の二段ほど上をいく。

俺「っぐ! これ……ライフルというよりかは大ッ砲……なんじゃないかッ!?」

上半身が吹き飛ばされそうになるほどの反動を強靭な足腰で押さえつける俺が歯を喰いしばった。
化け物じみた威力なだけあってか、リコイルもそれに正比例する。
身体能力強化を固有魔法とするウィッチならば、この暴れ馬を楽々と屈服させることが出来るのだろう。

どこか場違いな感想を抱きつつも痺れる腕に力を込め、手元に備え付けられたレバーを手前に引き、排莢。
弾丸を装填し、とどめの一撃をぶち込んでやると直撃を許した蜘蛛型の巨体が大きく吹き飛び、宙を舞う。
錐揉み状に回転を繰り返す漆黒の装甲に亀裂が走り、核が割れた途端に醜い黒は純白の光輝を放つ破片と変貌した。

直後、巣穴に殺虫剤を注ぎ込まれ慌てて出てきた害虫のように等身大の陸戦型が群れを成して殺到する。
今しがた撃砕したものが親蜘蛛ならば、前方から押し寄せるそれらは子蜘蛛と称すべきか。
どちらにせよ斃すべき敵には変わりない。胸中で呟き、黙々とレバーを手前に引いて排莢を行う。

――ジャコッ!!

頼もしい重低音を鳴らしながら飛び出した巨大な薬莢が視界から外れると同時に装填完了。
数秒の間見咎めた後、陣形が鶴翼だと察した俺は砲身を固定するためのスパイクをアスファルトの上に突き刺し狙点を化け物どもの中央に定める。

まるでボウリングの容量だとまたしても場違いな感想を抱いて引き金を絞った。
鋼の猛獣が咆哮を上げる。長銃身大口径対戦車ライフルの銃口から弾き飛ばされた弾丸が群れに突っ込み、醜悪な黒いボディを悉く吹き飛ばす。
あるものは直撃を受けて粉微塵に粉砕され、あるものは爆風によって両脇に林立する建造物に叩きつけられ派手に四散。

俺「来たか」

眉を顰めて零すも、その囁きは舞台の外から聞こえる砲声によって容易に掻き消された。
視線の先端――巻き起こる粉塵と熱風のなかを突き進んできた第二波が姿を見せる。
辺り一面を振るわせるほどの轟音から先ほどの第一波は先遣隊といったところか。

その圧倒的な数に押し負かされ、一瞬でも判断が遅れれば大群によって押し潰されるという状況の中に立たされている俺は顔色一つ変えず無言でレバーに手を伸ばした。

流れる動作で排莢、装填、引き金を絞る。
第一波の貧弱さから、それら小型には大型ほどの堅牢な装甲は備わっていないことが分かる。
サイズから見ておそらくは地上に展開された歩兵を掃討するために造られた機種だろう。

それ故に対処法の構築は実に容易く第一射は敵陣中央に発射し爆風で数を削り、続く第二射は両サイドの建造物に銃口を向けてタイミングを計った上で引き金を引く。

『既存火器の数倍を往く重火器の提供』がホプキンス銃器店のキャッチフレーズである。
故にたった一度の射撃で六階建ての建築物を半壊に追い込むことなど容易く、猪突が如く猛進する小型の群れをまるで予定調和であるかのように崩落した瓦礫によって圧潰させた。

俺「……」

弾倉が空になったことを確認しスリングをベルトから外して重火砲を投げ捨てる。
役割を果たせぬ銃器などただのオブジェ――死重量でしかない。
ましてや設計から弾丸に至る全てが特注品。
この市街地に展開される全ての部隊が有する弾薬を探しても見つかりはしないだろう。

凝り固まった肩の筋肉を解そうとしたそのときである。足元が揺れ周囲に砂埃が零れ落ちた。
先の蜘蛛型の襲来とは異なる振動。おそらくはジグラットが移動を開始したのだと見当をつける。
危険な賭けになるがあの聖塔を崩せば作戦も容易になるはずだ。
残った携行火器を背負ってその場から走り始める。

俺「なっ!?」

大通りを曲がった瞬間、俺が後方へと飛び退がった。一拍子遅れ、鎌を髣髴させる一撃が振り下ろされる。

耳を押し潰すほどの破砕音。飛び散る道路の破片。
両の脚で地面の上に降り立った俺が砂煙によって輪郭をぼやかせる襲撃者を見上げた。

黒のボディカラーはそのままに。
将棋の駒を思わせる五角形の体躯に備わる六本の脚と蝦のような尾――その先端に備え付けられた鋭い針。
鍛え上げられた槍の穂先を見る者に連想させる部位。

眼前に佇む蠍型を前に無言で背負っていた銃器を今自分が立つ通りに面した建物に放り投げた。

喫茶店か何かだったのか放物線を描いたMG42とボーイズがカウンターテーブルの上に身を横たわらせる。
本来ならば温かい紅茶や料理を置く場所だったのだろうが今では主を無くし、戦塵と油に塗れた銃器が鎮座しているのだ。

さぞや悲痛だろう。さぞや無念だろう。
きっとそこには温かく柔らかな日常があったのだ。
訪れる客と迎える店主の笑いに満ちた幸せな毎日があったに違いない。

俺「恨むんならコイツらを恨んでくれ」

そんな場所に場違いな凶器を投げ捨てた俺が眼前の蠍型を見やった。
形状から見て近接特化型と踏んで間違いない。現に機銃といった類の武装の姿を見つけることはできない。

仮に射撃兵装を搭載しているのならば自分が現れた瞬間に尾に仕込まれた針による攻撃を繰り出さずとも機銃掃射を行えば確実に仕留められたはずである。

外観と行動から眼前の怨敵が接近戦主体の機種であると踏んだ俺は肩口に手を伸ばした。
下手に銃器を用いて引き撃ちをすれば悠然と距離を詰められ、しなる槍の餌食となるのは想像に容易い。

俺「(危険な賭けかもしれないが……)」

ハーネスに納められた鞘からナイフを抜き放つ。
陽光、そして爆撃によって辺りを包み込む焔の輝きを受けて煌きを帯びる刀身。
それは形状からナイフと呼ぶよりは刀身の短い刀――小太刀と称したほうが的確かもしれない。

腕をしならせ無言で構えを取る。
初めて異形に刃を向ける今の状況に対し俺は何の感慨も抱かない己の胸中に驚愕した。
自分に剣術は似合わない。自分には怪異相手に相対できるほどの剣技などない。

そう言い聞かせて自分は今まで剣を取らなかった。それが今では身の丈を遥かに超える敵と相対し、右手に握るのは一振りの小太刀ときた。
傍から見れば自殺志願者と見られても可笑しくないだろう。

俺「だけど……なにも変わらないな」

暗殺者として幾多の命を奪い続けた人喰い鬼が抑揚もない声で囁く。
そう。何も変わらない。
敵である以上は人間もネウロイも変わらないのだ。
ただ立ち向かい、斃すまでのこと。

俺「さぁ…………」

一歩足を踏み出す。
凄絶な光を弾く鷹の眼は獲物に視線を突き刺したまま。

俺「突破させてもらおうかァ!!!」

咆哮と同時に剣鬼が駆けた。
すかさず蠍型が迎撃を開始。風切り音を轟かせながら振り下ろされる一撃。

直撃すれば人体が弾け飛ぶであろう凶刃の一閃を縫う容量で躱す。
繰り出される巨大な鋏と尾針が織り成す連携を手にする小太刀で受け流す俺は着実に距離を縮めつつあった。
鋭さと頑強さを併せ持つそれらの攻撃を真正面から防ぐ真似はしない。
ただ柳葉のように受け流して間合いに引き込む。

俺「シッ!!」

連撃の綻びを見出した俺が懐に飛び込んで右腕を引いた。
すぐさま切っ先に魔法力を集中。
徐々に、そして着実に。剣尖に鬼火を思わせる青白い輝きが灯っていく。

秘剣、雲耀。

かつて陸軍飛行第一戦隊に所属していた頃、黒江綾香に一度だけ披露してもらった完成間近の必殺剣を急ごしらえでありながらも俺は見事使いものになる領域にまで昇華してみせたのだ。

俺「ハァァァァアアアアッッッ!!」

裂帛の気合と共に引き絞った右腕を突き出す。
繰り出される針の一撃よりも速く俺が真正面に刃を黒い装甲に突き立てた。
刀身の長さ上、一撃で仕留めるまではいかないが俺の狙いは別にある。

俺「破ッ!!」

引き抜くと同時に左の掌底を叩き込んで衝撃波を発射。
放たれた奔流は傷口を抉り、突き進み、蠍型の体内を食い荒らす。
瞬間、膨れ上がる異形の装甲。

俺「ふぅ……案外いけるもんだな」

粉雪を思わせる純白の光輝を放つ粒子へと姿を変えた蠍型を尻目に、手中で回す得物を肩口の鞘に納めた俺が店内に放り投げた銃器を背負う。
撃破することは出来たが一匹仕留めたとしても戦局に大きな変化は見られない。
――やはり大物を叩くしかないか。
軽く屈伸を行い、視界の隅にその姿を現したジグラット目掛けて俺は砲爆撃によって荒れ果てた街路の上を走った。





いくら大火力の重火器を用いたとしてもストライカー無しに、強固な装甲を有する陸戦型に戦いを挑むなど無理に決まっている――という定子の常識は見事に覆されることとなった。
ナイフ一本で敵機が繰り出す猛攻を捌き、遂には撃墜にまで追い込んで見せた光景を呆然と見下ろす彼女はその時になって初めて自分の身体が小刻みに震えていることに気がつく。
日頃は温厚な青年が見せる鬼気迫った姿。本当にあの人は俺さんなのだろうか。

ロスマン「見惚れている暇なんかないわよ! 伯爵! 援護お願い!!」

次なる標的に向かって飛行を続ける途中に眼下の街並みで繰り広げられる死闘を呆然と見下ろしていた定子を叱咤したロスマンが隣を飛ぶクルピンスキーを連れて対象とした中型に向かって突撃を開始した。
敵の死角から回り込むと同時に引き金を絞る。彼女が最も得意とする一撃離脱戦法。
隣ではクルピンスキーが彼女の動きに合わせて銃弾を叩き込んでいく。
一瞬の乱れも生じない絶妙なコンビネーション。
まさに阿吽の呼吸と呼ぶに相応しい二人のロッテ戦法により中型が撃墜の憂き目に遭うのも時間の問題であった。


DP28軽機関銃を両手で抱え持ったサーシャがその矛先をめぐらす。
その背後には同じように、それぞれ手にした携行火器の銃口を同一の対象に向け、引き金を引く瞬間を待ち構える定子とジョゼの姿が見られる。
ジョゼは敵を撃墜することだけを頭に入れた。
定子は先ほどの鬼神めいた戦いぶりを見せ付けた俺の姿を頭から消し去った。

指示を下し突貫を開始したサーシャに続いた二人が接近と並行して銃器に火を吹かせる。
三つ分の銃声が蒼空に轟く。繰り出される閃光の数々を時に障壁で防ぎ、いなしていた三人が唐突に左右へと散り、巨大な紅蓮光の回避に成功。

軽々と不意打ちを回避してみせた三人が進路を変えることなく再び目標への攻撃を開始。
超至近距離での射撃を敢行するサーシャ。彼女が放つ弾丸の痛みにのた打ち回るかのように中型が手当たり次第にビームを発射する。

時折飛来するそれらを得意とする防御戦闘によって確実に防ぎ、銃弾を浴びせていくジョゼ。
リバウの三羽烏の一角を成す坂本美緒の厳しい指導を見事最後まで耐え抜いた定子は彼女から叩き込まれた技術とこれまで積み上げてきた経験を活かし、被弾することなく一方的に攻撃を繰り出し続ける。

卓越したケッテ戦術は瞬く間に黒いボディを削ぎ落とし、そのコアを剥き出しにさせた。
鋭い眼光を弾く定子が微かに目を細め、宝玉に向かって引き金を引いた。







ウィッチ『俺さん! ジグラットのコアは最上階です!』

インカムを通して澄んだ声音が耳に入る。声質から見て年は十五、六といったところだろう。
若干、その鈴を転がしたような声が震えていることから緊迫感に包まれていることがわかる。

俺「了解、ナビゲーション頼むな。それと……あんまり緊張しないほうがいいぞ。肩の荷降ろせ」

ウィッチ『は、はいっ!!』

陽性を帯びた声に幾分か気が紛れたのか少女のそれが和らいだものへと変わったことに満足げな笑みを零した俺が再び薄暗い通路を走り始めた。
あれからジグラットへと到達し、衝撃波で強引に入り口を空けて内部に突入してから既に十数分の時が流れていた。

今は突入直前に知り合った陸戦部隊の司令から紹介された魔眼持ちのウィッチの案内によって内部を突き進んでいるが外見が堅牢無比な移動要塞だけあってか、内部も難航不落の砦のように入り組んでいる。
不意に俺が眼を細めた次の瞬間にはMGを構え、発射態勢を取っていた。
微かに聞こえる、這うような、滑るような音。

初めは空耳かと考えた俺であるがここはジグラットの体内であり外界と隔絶された場所である。
外からの音など届くはずもなく、また自分を除いた人間もここには存在しない。

そこから弾き出される答えは敵の襲撃。次いで床、壁、天井を氷の上でも滑るかのように六角形状の物体が現れる。
あたかも自分という異物を排除する白血球の役割を持つそれらに備え付けられた小口径機銃を目にする前に俺は引き金を絞った。
暗がりが広がる通路を発射炎の花が照らし出すなか、生き残った防衛装置が放った銃弾が左肩を貫通。

灼熱を帯びる激痛を強靭な胆力でねじ伏せた俺がウィッチの指示に従って角を曲がり、階段を二段飛ばしで駆け上がる。
その際にも天井から現れた機銃が弾丸をばら撒くも、それらを迎撃しつつ確実にコアが位置している最上階へと向かって疾走した。

ラル『俺! 聞こえるか!? 俺!!』

中腹へと差し掛かったところで軽いノイズが走り、流れるラルの声。

俺「あぁ! 聞こえるよ! どうした!? 何かあったか!?」

ラル『作戦本部から連絡が入った。敵航空部隊の七割が壊滅、市街に展開されていた部隊も駆逐されつつある』

彼女の声音とは別に聞こえてくる銃声の量がジグラットへ突入するまえと比べて明らかに激減していることから見て

俺「他のジグラットは?」

ラル『航空及び陸戦部隊を集中させて四つの内三つは撃破出来たが戦力が足りず、残りの一つが残っている状態だ』

なるほど。
初めは自分が内部に突入している故に他の部隊が手を出してこないと踏んでいたが、どうやら残り三つに大部分の戦力を投入していたからだったらしい。
どうりで爆撃の音も銃声の合奏も聞こえなかったわけだ。

俺「だから、攻撃が来なかったのか……」

ラル『どういう、ことだ……?』

三階の踊り場に到達したところで一度足を休め、息を整えながら自分が今ジグラットの体内に突入していることを告げる。
意外にも返事は返って来ず沈黙がその場に広がり始めた。

ラル『……この馬鹿! 自分が何をしているのか分かっているのか!?』

一体どうしたのだろうかと訝しんだ途端に耳をつんざく怒号がインカムから発射された。
あまりの大音量に反射的にインカムを耳から引き抜いた俺が顔をしかめる。
耳に矢が突き刺さったかのような痛みに涙まで滲んできた。

俺「っつぅぅぅぅ……ジグラット一機がどれだけの被害を与えるかお前も、分かってるだろう?」

ラル『それは!!』

俺「戦力の大半を集中させて、やっと一機だ。それにお前の話を聞く限りじゃコイツを崩せるのは今の段階では俺一人のようじゃないか。なぁに、さっさと破壊してすぐ戻ってくるさ」

ラル『そうは言うが……どうやって戻ってくるつもりだ?』

俺「コア砕いたら衝撃波で穴空けて逃げるさ。こんな殺風景な棺桶で死ぬなんざ、ごめんだからな」

再び生じる沈黙。
微かに聞こえる荒い息遣いから彼女が判断の選択に苦しめられていることが窺える。
運良くコアの破壊に成功したとしても一歩でも遅れてしまえば崩壊するジグラットの瓦礫に呑まれてしまう。

ラル『……信じて、良いんだな? ちゃんと……帰って来るんだな?』

震える声でラル。

俺「もちろん」

普段と変わらぬ声音で返し、再び階段を駆け上がる。
ここで死ぬつもりはない。少なくとも、ここは自分の死に場所ではないのだ。
まだ生を完全に諦めるときではない。

ラル『約束しろ。必ず……帰って来てくれ……!!!』

俺「了解。俺の魔女」

ラル『なっ!?』

相手を安心させるような穏やかな口調で返すと裏返った可愛らしい声が鼓膜を震わせた。
彼女が何か言う前に満足げな笑みを零した俺は通信を終えてコアが位置している最上階へと到達し、指示された部屋に突入する。
室内の中央にて輝くコアを見つけるなりMGの銃口を向けた俺が躊躇無く引き金を引いた。
その瞬間、

俺「がっ!?」

生々しい音を伴って俺が込み上げてきたモノを吐き出した。
乾いた床に液体が滴る音が不気味なほどに静まり返った室内に反響する。

口内から吐き出されたそれは吐瀉物とは似ても似つかない鮮やかな紅。
次第に周囲に漂い始める鉄錆の匂い。
吐血するたびに身体から体温と力が抜けていくのが分かる。生命の灯火が徐々に小さくなっていくのがわかる。
自分が緩やかに死へと近づいていくのが嫌というほど実感できた。

俺「俺も大概……間抜け、だな」

細かく震える身体に鞭を打ち、膝だけは突くまいと立ち続ける俺が自嘲の念を帯びたつぶやきを零す。
部屋へと突入し、引き金を絞るよりも先に何かが彼の身体を貫いた。
まず初めは右肺。次に脇腹。そして最後に左膝を穿ったそれは部屋に隠された唯一の防衛機構から放たれたもの。

崩れ落ちる寸前、無傷の右膝に残る力を注いで天井に備え付けられた小口径機銃を薙ぎ払った俺の口から喘鳴が発せられた。
弾切れを起こしたMGを捨て左脇に吊り下がる拳銃を引き抜き、霞み始める視界の中央に捉えたコアに向かって銃口を突きつけた。
身体の三箇所を食い破られる激痛を胆力で抑え付ける。

しかし、今回はそれが災いした。大人しく倒れ伏し、意識を手放していれば緩やかな死を迎えられたかもしれない。
ある種の生き地獄のなか守護する者を失ったコアに一発、また一発と銃弾を叩き込んでいく。

俺「こりゃ……間に合わない、かもな」

コアが砕け散る音を耳にしながら重い身体を引きずってその場を後にする。
墨を零したかのような床は俺の銃創から流れ出る血によって赤みを帯びていた。



コア失い、その巨体を揺らし始めたジグラット。
しかし肝心の俺からの連絡がいつまで経っても入ってこない現状にラルの苛立ちと不安は募りつつあった。
既に外装が剥がれ始め、砲門から突き出した砲身が半ばから圧し折れて街路の上に落下していく様を見つめていたラルのインカムにノイズが走る。

ラル「俺か!?」

『あ、ぁ……』

ラル「……何があった?」

返ってきた弱々しい声。返事としての機能を果たしているのかも分からないそれを耳にした瞬間、背筋に薄ら寒さが走った。
全身の毛穴から滲んだ脂汗が更なる悪寒を誘発する。
言葉では説明できない不安に包まれたラルに更なる追い討ちがかかった。

『悪い……何発か良いの貰っちまって。衝撃波撃つ体力も……もう、残って無いみたいだ……』

ラル「そん……な……」

断崖絶壁から突き落とされたかのような不気味な浮遊感が身体にまとわりつく。
次第に膨れ上がる絶望。

『悪いな。帰るって……約束。守れそうに……な……ごほっ』

ぴちゃり――鳥肌を誘う気味悪い音がインカムかれ零れ落ちる。
俺が血を吐いたものだとラルは嫌でも分かってしまった。

ラル「いや……だ。待ってろ! 今すぐそっちに行く!!」

『や、めろッ! 無理だ……どの位の距離があるか、分からないけど……間に合わない。それに、お前まで、巻き込まれる』

ラル「だけど! だけど!!」

このまま俺の命が尽きるのをただ黙って見ていろというのか。
愛する男が崩壊するジグラットの瓦礫に押し潰される瞬間を何もせずに待っていろというのか!!

『やば、まえ……みえな』

ラル「俺! しっかりしろ! 俺っ!」

『はっはは……じゃ、な。愛してるよ……』

ラル「ばかっ! 諦めるな! 頼むから……戻ってきてくれ……!!!」

『――……』

ラル「お……れ……?」

インカムに叫ぶも俺の声は返って来ない。
ウィッチとしての勘が俺の死を告げていた。
けれども、グンドュラ・ラルという女としての自分はそのことを認めることが出来なかった。

ラル「お……れ? おい、返事をしてくれ……なぁ? 聞いているんだろ? わざと聞こえないふりをしているんだろ? なぁ! 俺!!」

だからこそ叫ぶ。それがどれだけ儚い行動だったとしても。

ラル「あ」

次の瞬間、轟音を立ててジグラットが崩壊した。
彼女が胸の内に抱いていた一縷の望みを押し潰すかのように。
心の底から大切にし、欲していたものを奪い取るように。

ラル「あ、あぁぁぁ……いやだ、こんなの。いやだぁ……おれ、おれっ……おれぇぇぇぇっっっっ!!!」


続く
最終更新:2013年02月04日 14:34