一年の終わりが近づきつつあるその日こと12月24日。
日増しに吹く寒風が厳しくなっていくなか、俺とラルの二人は基地付近の市街へと繰り出していた。
季節が季節だけあってか、街路樹たちには色鮮やかな装飾が施されており、そんな街中を行きかう人々はみな大切な者と過ごす今宵に思いを馳せるかのような笑みを湛えている。

ラル「ひゃっ!?」

俺「どうした!?」

雑踏の中を縫うように歩いていると不意にラルが年相応の可愛らしい悲鳴を上げた。
すぐには俺の問いかけに答えず頬を桃色に染めながら辺りを見回してから、

ラル「い、いま……何かが私の……お、お尻を……」

俺「なんだと……?」

ラル「いや! きっと荷物が当たっただけだ!」

羞恥心と必死に戦いながら零すと、目の色を変えて全身から怒気を噴出し始める俺の姿を前に慌てて付け加える。

ラル「ぅわ!? お、おれ!」

俺「……もっと近くに寄ってくれ」

やや棘が含んだ声を発し、ラルの左肩に腕を回して抱き寄せる。
眉も吊り上がり、黒い瞳には怒りの炎がその姿を見せた。

ラル「おれ……もしかして、怒っているのか?」

俺「もしかしなくても……怒ってる。自分の女が他の男に触れられるなんて、嫌だからな」

ラル「……ッ!」

紆余曲折を経て恋人という関係になってからというもの俺は何かと気を遣ってくれた。
現に今も自分の身体が冷えぬようにと羽織っていたコートを着せてくれている。
見方によっては過保護とも取れなくない。
だが、そんな彼の気遣いの一つ一つから滲み出る優しさを知っているからこそ抵抗するどころか甘えてしまっていた。
それでも、ラルは胸の奥に何かが引っかかる感覚を覚える。
優しくされるのは決して悪いことではない。
しかし、こうも自分ばかりが甘えてしまって良いのだろうか。
安らぎを求めているのは俺とて同じはずである。

ラル「(私は……俺に何をしてやれるんだ……)」

恋人として、隣を歩く俺に何を返すことができるのか。
そもそも色恋の経験が皆無である自分には世間一般である恋人同士の営みに関する知識がまるでなかった。
しかし、それを言い訳にすることはできない。
知らないのであるならば、これから学んでいくしかないのだ。
だとしても、一体何から学べば良いのか。

ラル「あ……」

やはり雑誌だろうかと考えを巡らせていると、ある光景が目に入った。
ラルの眼差しの先にはカフェのオープンテラスにてテーブルを挟む一組の男女の姿があった。
女性が運ばれてきたパンケーキらしき料理を器用にナイフで切り分けたかと思えば、フォークの先端に突き刺したそれを満面の笑顔と共に向かいに座る男性の口元に差し出したのだ。
その光景を捉えたラルは全身に電流が駆け巡るような錯覚を覚え、

ラル「こ、これだ!!」

俺「何がこれだって?」

ラル「俺! 私たちもいくぞ!」

俺「いくってどこ、うぇぇぇぇぇぇえぇええええ!?」

瞳を輝かせたラルに引きずられカフェへと連行されていった俺の悲鳴が響き渡った。





天気は清々しいまでに晴れ渡っているというのに身体を蝕む寒気だけは一向に治まらない。

俺「ふええええ。さむいよぅ」

ラル「中が満席なんだ。我慢してくれ」

左腕で肩を抱いて震える俺の呟きを一蹴し、メニューを開いたラルが先ほどのカップルが注文していた料理を探す。
中々見つからずページを捲っていくと最後のページでそれを見つけた途端に目を見開いた。

ラル「(『ラブラブ』パンケーキだと……!?)」

メープルシロップをハートの形を模してかけられた料理の写真の下には確かに『ラブラブパンケーキ』という名前が記載されていた。
たかがパンケーキになんて名前をつけるのだ。これでは注文し辛いではないか。
ちらりと目線を上げれば自分が決めるのを待つ俺が寒そうに全身を震わせている。
コートを借りている身としては早いところ注文を済ませないといけないのだが、

ラル「(言うのか!? 私が!?)」

ラブラブなどという甘い単語を言えるのか!?

俺「きまったか?」

ラル「あ、あぁ……」

俺「りょーかい。すいませーん!!」

ラル「あっ、ちょっ!」

理性と羞恥が熾烈な戦いを繰り広げている最中に突然、俺から声をかけられ肯定とも受け取れる声をあげてしまった。
そのことに遅れて気がついたラルが慌てて撤回しようとするも時既に遅く。
俺の呼びかけに応えたウェイトレスがテーブルの真横に現れた。

ラル「(うぁぁぁぁぁぁ!!??)」

胸中で絶叫をあげる。
もうこれで後戻りは出来なくなってしまった。
どうする? 今日はやめておくか?
だが今日を逃せば次の休みがいつ取れるか分からない以上は、やはりここで勝負に出るしかない。

ウェイトレス「ご注文はお決まりでしょうか?(チッ! またカップルかよ! ふざけやがってよぉ!!)」

胸の奥で毒づきつつも、相手を柔らかく受け止める笑顔は絶やさないこの女性こそウェイトレスの鏡と称しても良いのではないだろうか。

俺「飲み物はどうする?」

ラル「えっ、じゃあ……ミルクティーのホットで」

俺「ミルクティーのホットを二つ。あとは何かあるか?」

ラル「……」

返事は無い。
代わりにメニューを持つ手がぷるぷると震えているだけである。

ラル「ラブ……ブ……ーキを」

ウェイトレス「はい?」

ラル「このっ! ラブラブパンケーキを!!」

叫びにも似たラルの甲高い声がテラス一面に響き渡った。
自分自身の声に驚いた彼女が辺りを見回すと他のカップル――特に女性が自分に対して温かい視線を送っているのを捉え、ラルは真冬であるにもかかわらず身体が芯から火照っていく感覚を実感した。

ウェイトレス「か、かしこまりましたぁ! (こいつ! そんな立派なもん、ぶら下げといてウブだとちくしょう!!)」

引き攣ったと笑顔とともにウェイトレスが身を翻す。
その際にベルトがふわりと浮き上がりズボンに包まれた美麗な桃尻が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ顕となった。
しかし、そんなたわわに実った果実など気にも留めず、俺は目の前に座る少女の豹変振りに困惑していた。
身を縮こまらせ真っ赤に染まる顔だけは見せまいと俯き、小刻みに身体を震わせるラルの姿に首を傾げつつ、

俺「どうした? 何か悩みがあるなら聞くぞ?」

まただ。
この男は常に自分のことを気遣ってくれている。
そのことが、どうしようもなく嬉しくて、つい甘えてしまうのだ。その度に後ろめたさを感じながらも。

ラル「べ……別に」

俺「本当か?」

ラル「あ、あぁ。本当だとも」

俺「それなら……良いんだけど」

俺の声がやけに遠くから聞こえる錯覚を覚えつつ、膝の上に乗せた拳を握り締める。
どうして、俺は自分ばかり甘やかして、自分に甘えようとはしてくれないのだろう。
彼の目に映る自分の姿はそんなにも頼りないのだろうか。
それとも自分が六つも年下だからなのか。

ラル「なぁ。お――」

ウェイトレス「お待たせしましたぁ! ご注文のミルクティーお二つとラブラブパンケーキになりまぁす!」

ラル「っ!?」

真意を探ろうとするラルの言葉を、ウェイトレスの接客ボイスとパンケーキにかけられたシロップが放つ甘い香りが遮った。
ごくりと唾を飲み込んで目の前に置かれたパンケーキを見下ろす。
ハート型にかけられたシロップをまじまじと見つめ、俺を見る。

俺「どうした?」

目を丸くするきょとんとした表情。
どうやら俺はこのパンケーキをラル一人が食べるのだと思っているらしい。
彼女の胸中に生まれた激情など知らず、呑気にティーカップを口元に運ぶ。
そんな俺の姿が癇に障った。
周りを見れば一様にパンケーキの食べさせ合いをしており、そこから何か察してくれても良いではないか。

ラル「なんでもないっっ」

ぷいっと視線を逸らす。
そうやって呑気に構えていられるのも今のうちである。
自分の恥ずかしさを少しでも味あわせてやる。
一口大へと丁寧に切り分け、フォークで刺して一度、深呼吸。
思えばこうやって彼に料理を食べさせるのは何度かあったが、それは全て基地の中での話であり、こういった公衆の面前で行うのは初めてである。

ラル「おれっ!」

俺「な、なんだ?」

ラル「あ、あ、あーん……だ」

俺「っ!?」

仔犬のように震えながらフォークを差し出すラルの姿に俺は心臓の部分を何かに貫かれたような感覚を覚えた。
まずい。お世辞抜きで可愛い。
普段が姉御肌なだけに、それとのギャップがまた何とも……。
ただ一つの問題はフォークが自分の口元まで届いていないことだ。
それどころか、身を乗り出しても届かない距離にあるので食べるに食べられないのである。

ラル「……は、はやく食べろ。あーん」

俺「はやくといわれても……そこじゃ届かないんだが」

ラル「なにっ!?」

目を見開くラル。
どうやら恥ずかしさのあまり、気付いていなかったようだ。
普段は隊長として他の隊員たちを束ねるラルであるが、こうして自分の前では少女らしい一面を見せてくれるのだから、彼女への愛情は深まっていくばかりである。

俺「……ほら。これなら届くか?」

テーブルの中央まで身を乗り出す。
自分でやっておいて何だが、全身に突き刺さる微笑ましい視線がむず痒くて仕方がなかった。だが、恥ずかしいのはラルも同じなのだと言い聞かせる。
彼女ばかり羞恥心を感じさせるわけにはいかない。
恋人として。苦しいときも、辛いときも、嬉しいときも分かち合いたいのだ。

ラル「あ、あぁ。おれ……」

俺「わかってるよ」

ラル「あ、あーん」

俺「あ……あーん」

口を開け、おずおずと中に入れられたケーキを咀嚼すると、シロップでほどよくふやけたケーキの生地を噛んだ途端に甘い蜜が口の中全体へと広がる。
寒空の下で冷え切った身体に染み渡るような味であった。

ラル「どうだ?」

俺「あぁ、美味しいぞ。誰かさんが食べさせてくれたおかげでな」

ラル「そうか……!! もっと食べるだろ?」

俺「俺ばかり食べるとなくなっちゃうだろう? ちゃんと自分の分も食べないとな」

ラル「あっ、いや」

これはお前のために注文したのであって私が食べようとしたわけじゃない。
そう否定するよりも早く、俺がラルの手元からフォークを奪い取る。
そして、切っ先をパンケーキの一切れに突き刺すと狼狽する彼女の口元へと差し出した。

俺「ほら、あーん」

ラル「えっ……? あ……」

俺のために頼んだというのに。
一瞬、彼に食べさせて欲しいと思ってしまった自分に叱咤する。
それでも、弾けんばかりの笑顔とともに差し出されたフォークに自然と顔を近づけてしまったのは、やはり自分が彼を欲しているからなのだろう。
俺の温もりに包まれたい。俺の優しさに触れたい。俺に自分の何もかもを委ねたい。

ラル「あ、あーん……」

隊長として部隊を指揮し、管理することに対して何一つ苦が無いといえば嘘になる。
どれだけ持て囃されようとラルもまた一人の人間であり、少女でもあるのだ。
圧し掛かる重責が許容量を超えれば、どんな人間でも潰れてしまい、それはラルとて例外ではない。
だが、彼女は尋常ならざる精神力で耐え抜いてきた。
全ては部隊長としての強い責任感が成せる技である。

俺「どうだ?」

ラル「甘くて……やわらかくて。美味しい……な」

舌を覆って口の中に広がる甘みを堪能し、ぽつりと呟く。
そういった精神的負荷を笑顔で人知れず覆い隠してきたラルにとって、俺は心の支えになっていた。
彼の前では部隊長としての責任も、ウィッチとしての使命も忘れ、ただの女でいられる。
これ以上の贅沢などあるだろうか。

ラル「それに、お……おまえの味がする。優しくて、温かくて……すごく、おいしいんだ……」

俺「ッ!?」

照れたように頬を染め、はにかんだ笑みを見せるラルから視線を落とし、俺は手にしているフォークを凝視する。
思えばこのフォークはつい今しがた自分が口にしたものである。
つまり、彼女のいう自分の味と言うのは……

ラル「おれ……もっと、食べさせてくれ」

動揺する俺に、キスをねだるように顔を近づける。
胸の奥底から沸き起こる、この男に愛されたいという無限の欲求に結局、自分は負けてしまうのだ。
でも、それで良いのかもしれないと開き直る。

俺「お……おぅ! 腹いっぱいになるまで食べさせてやるよ!」

ラル「……ぅん」

力強い返事にこくんと頷いたラルが瞼を閉じ、次の一口のために口を開いた。


ウェイトレス「(カップル超うぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!)」


店内で全身から嫉妬に満ちた邪気を噴出しながら鬼のような形相で睨みつけるウェイトレスの存在など気にも留めず。





俺「はぁ……」

カーテンを開き、ガラス越しに広がる街並みを見下ろして溜息を吐く。
降りしきる雨は止む気配を見せず、それどころか次第に激しいものへと変えていき、それが彼の気を滅入らせた。
せっかくの休暇だというのに、このような形で水をさされるとは。
あれからカフェを後にし、基地へと戻る最中にどこからともなく現れた雨雲が市街地を覆い、雨を降らし始めたのだ。
朝から晴天が続いていたので傘を持っていなかった二人は当初駆け足で基地へと向かっていたが、あまりに激しい勢いのため近くのホテルで部屋を取ることにした。
それまではよかったものの、

俺「まだ降ってやがる。これは……やっぱり今日中には帰れそうにない、か」

ラル「つまり……今日はおまえと一夜を過ごす、わけだな?」

俺「あ、あぁ。そういうことになるな……」

ホテルの一室で寝泊りするという状況を互いが意識している所為か、気まずい沈黙が部屋に広がった。
これではまるで如何わしいことをしにきたみたいではないかと思いつつも、そう思われても仕方ないかと納得する。

俺「(まいったな……)」

今まで同じ部屋で寝泊りしたことは何度かあったし、その度に同じベッドで一夜を過ごしてきた。
もちろん肝心の一線は越えなかったが、意識しなかったといえば嘘になる。
豊かに実った彼女の双丘も、きゅっとくびれたウェストも、桃を思わせるヒップも、張りのある唇も。
どれも自分の獣欲を刺激するには充分すぎるほどの妖艶さを湛えていた。
それでも胸の内で暴れまわる牡としての肉欲を抑えることができたのは、ラルに対する純真な愛情からだった。
彼女は自分と違い現役のウィッチで撃墜数も人類第三位とエースの中でも間違いなく指折りの実力者である。
そんな彼女の進む道を自分の黒い欲望で汚すわけにはいかないのだ。

俺「ッ!?」

視線を眼下の街並みからソファに座り込む彼女へと移した俺が息を呑み込んだ。
視線の先にはコルセットを外し、上着を脱いでソファに座り込むラルの姿がある。
雨の水分を吸い込んで濡れた白いシャツは彼女の柔肌に纏わりつき、柔肉がたっぷりと詰まっているであろう美麗なバストを覆う黒いブラジャーの姿を顕にしている。

俺「……」

思わず生唾を飲み込んでしまった。
これまで自分は必死に我慢してきた。
たしかに風呂場のアレは不可抗力であったが、それ以降は何とか耐えてきた。
だが……これはまずい。

ラル「っくし!」

俺「大丈夫か? シャワーあるから浴びてきたほうがいいぞ?」

このままでは本能のままに彼女を押し倒してしまいそうになる。
理性が鳴らす警鐘を遮ったのはラルの可愛らしいくしゃみの音。
北国ペテルブルクの冬に雨を浴びて平然といられる訳がない。
早いところ身体を温めねば、また身体を壊しかねない。

ラル「いや、私よりも」

俺「俺のことなら心配するな。これでも身体は頑丈なほうだからな……ほらっ! 女の子が風邪なんか引いたら大変だ」

ラル「それじゃ。すまない……先に使わせてもらおう」

俺「あぁ。焦らず、ゆっくりな」




バスルームに入って二十分足らずでラルは戻ってきた。
濡れた衣服は部屋干しをしているせいか、服の代わりにバスローブ一枚という艶かしい格好に思わず視線を逸らしてしまう。
襟元から姿を覗かせる谷間やすらっと伸びた両脚。
たとえ本人にその気が無くとも、こうして自分の理性を削りにかかってくるのだから、ある意味では罪深い女とも言えよう。

ラル「いい湯だった。おかげで身体が温まったよ」

俺「そ、そうか。そりゃ……よかった……!?」

ラル「ふふっ。どうした? そんなに顔を赤くして」

俺「べっ。別に何でもない……!!!」

バスタオルを頭に被せるラルが隣に座ったことで内側の獣が再び暴れ出す。

俺「ところで、寒くないか? 湯冷めしない内に寝たほうがいいぞ?」

ラル「そういう俺こそシャワーは浴びないのか?」

俺「たしかに濡れたままだと気分が悪いからな。ちょっくら浴びてくる。何だったら先に寝ていても構わないぞ」

ラル「いや。待ってるよ」

俺「悪いな。すぐ戻ってくるからさ」




軽くシャワーを済ませ、同じくバスローブ一枚を羽織る俺が部屋へと戻る。
胸元や足元から入り込む部屋の空気に戸惑いつつも、ラルが待つベッドに腰掛けた。

俺「待たせたようだけど、湯冷めしてないか?」

ラル「大丈夫だ……と言いたいところだが。少し冷えてきたな」

俺「それはまずい。早いところ寝ちまおう」

頷くラルとともにシーツの中へと潜る。
バスローブを身に着けたままでは寝にくいためか必然的に脱ぎ捨てなければならない。
生まれたばかりの姿になることに抵抗感を感じながらも寒さを凌ごうと身を寄せ合う。
全身に密着するラルのしっとりとした柔肌を感じながら、俺は密かに腰を引かせた。

ラル「俺。もう少し、くっついても良いか?」

俺「……」

ラル「俺?」

俺「あぁもう。いいよ、おいで」

ラル「……うん」

俺「その……なんだ」

ラル「ッ!?」

俺「ごめん」

ラル「良いさ。これはつまり……お前が私の身体で、その。こうふん、している証拠……なんだろう?」

押し付けられる彼の男性器の感触。
嫌悪感といった感情は不思議と込み上げては来なかった。
相手が愛する俺だからなのだろうと納得しながら、思いの丈をぶつけることにした。
今はっきりさせておかなければ、きっと今後の生活にも支障が出てしまう。

ラル「それなのに、どうして……? どうして……なんだ?」

俺「お、おい……いったい、何の話だ?」

ラル「どうして、お前は私に頼ってくれないんだ? 甘えてくれないんだ? 私は……そんなに、頼りないか?」

俺「別にそういうわけじゃ……」

ラル「ならもっと、頼ってくれ! 甘えてくれ! 私ばかりが……貰い過ぎてるんだ。私だって……お前にあげたいものが沢山あるんだ!!」

目の前で感情を爆発させるラルを見つめたあと、唾を飲み込む。
どうも自分は彼女の幸せばかりを考えて、自分の幸せを考えていなかったらしい。
息を整え、意を決したような面持ちを作り、

俺「本当に……良いんだな?」

ラル「当たり前だっ」

僅かに語気を強めて頷くのを確認した俺が彼女の身体に圧し掛かった。
悲鳴を発するよりも前に恵まれた果実へと顔を埋めるとその母性に満ちた柔らかさを堪能する。
柔らかくて、温かくて。
それでいて、どこか甘い香りがする双丘が顔を包み込み、絶対的な安心感が心を包み込んだ。

ラル「んっ、あっ……ふふっ。まるで……子供みたい、だな」

俺「むっ。甘えて良いっていったのは、そっちだろ?」

ラル「別に嫌とは言ってないさ。むしろ嬉しいんだ」

俺「ほ、本当か?」

ラル「あぁ、もっとお前に近づけた気がしてね。私ので……落ち着けているか?」

俺「あぁ……なんだか眠くなってきた」

ラル「そうか……嬉しいよ」

自身の胸に顔を埋める俺の頭をそっと撫でるラルが満面の笑みを作り上げた。
俺から甘えてもらえる喜びを噛み締めるかのように。

俺「なぁ……」

ラル「どうした?」

俺「好きだぞ」

ラル「あぁ……私もだよ、俺。愛してる……世界中の誰よりも」

愛を交し合った二人が眠りにつくのに大した時間は掛からなかった。
寒さからお互いの身を庇いあうように、抱き合って眠りにつく二人の姿は温かな安らぎに満ちていた。







ラル「んっ……ここ、は?」

瞼を開けると見覚えのない天井が目の前に広がった。
意識が次第にはっきりしていくに連れて、昨日俺と二人でこの部屋に泊まったことを思い出し身を起こす。
直後、違和感を覚えたラルがシーツを剥いだ。

ラル「おれっ!?」

胸元に顔を埋めて寝ていたはずの俺の姿が消えていた。
全身から汗が吹き出る。
胸騒ぎが徐々に膨れ上がり心臓の鼓動が早くなっていくのを感じつつ、ベッドから飛び起き、

ラル「おれ……おれっ……」

干した服を着ることも忘れ、室内を歩き回り俺の姿を探すも見当たらない。
まさか昨日までの記憶は全て夢であり。
俺という存在はもうこの世にいないのでは。

ラル「そんな……!!」

膝を床に着き、蹲る寸前。
ドアが音を立てて開き、

俺「おっ! 目が覚めたのか、おはよう。いやぁ……ホテルの近くで朝早くからやってるパン屋があったからな。朝ごはんとして買って来たんだけど……って、どうした?」

ラル「あっ……あぁ……おれぇ!!」

香ばしい匂いを漂わせる紙袋を器用に左腕で抱え、陽気な笑みと共に姿を見せた俺へとかけより、しがみついた。

俺「ちょっ!? おまえ、服は!?」

一糸纏わぬ愛しい女の抱擁に俺の声が裏返る。

ラル「ばかっ……ばかっ。私を置いて、勝手に一人で……どこかへ行く奴があるか……!!! いつも一緒だと……言っただろう!!」

俺「……寂しい思いさせちまったな。ごめんよ」

パンの袋を足元に置き、左腕を震える彼女の背中に回す。
手の平に瑞々しいラルの肌の感触が伝わってくる。


――あぁ……どうして、この子はこんなにも愛おしいんだろう。


ラル「ぐすっ……もっとだ。もっと強く抱きしめないと……許さない」

俺「……わかったよ」

涙声で抗議するラルの背中を撫でつつ、苦笑いを浮かべた。
やはり自分はこの娘に骨抜きにされたようである。





朝食を終え、チェックアウトのために部屋を出ようとした矢先。
思い出したように俺がロッカーにしまって置いた大き目の紙袋を引っ張り出してきた。

俺「今日が何の日だったか。覚えてるよな?」

ラル「……? あぁ。もちろんだとも」

俺「それでだな。プレゼントがあるんだ」

ラル「ぷっ、プレゼント? 私にか?」

俺「あのなぁ……お前以外に誰に贈れって言うんだよ」

やや呆れたような声。

ラル「あっ……うん」

俺「趣味が分からないから気に入って貰えるかどうか自信は無いんだけど……受け取ってもらえると嬉しい」

差し出された大きな紙袋。
受け取り、丁寧に梱包された中身を取り出し、押し黙る。
姿を見せたのは黒のロングコートだった。

ラル「これは……」

俺「メリークリスマス」

ラル「本当にいいのか?」

俺「当たり前だろう。着てみてくれよ。サイズは合ってると思うから」

そう促され、コートの袖に腕を通して羽織る。
俺の言うとおりサイズは恐ろしいほど合っていた。
むしろ、どうしてこうも的確な大きさを選んでくることが出来たのだろうか。

ラル「俺……おまえ」

俺「しょうがないだろう!? そりゃぁ……頻繁に布団の中に入ってきて抱きしめられたら覚えるってもんだろう!?」

ラル「……すけべ」

俺「うぐぅ!!」

ラルのじと目に苦しげな声が漏れ出した。




ホテルを出ると昨晩の豪雨が嘘であったかのように、頭上には澄み切った青空が広がっていた。

ラル「そうだ、俺。私からもプレゼントがあるんだが。受け取ってもらえるか?」

俺「もちろん」

手にする袋から一本のマフラーを取り出したラルがそれを自分の首元に巻いた。
ただのマフラーなら、それで終わりなのだろうが彼女が取り出したものは、もう一人分が使えるほどの長さであった。

ラル「メリークリスマス」

柔らかな笑みを口元に作り、残りの分を俺の首元に巻いて身を寄せた。

俺「うん……あったかいな」

ラル「あぁ。あたたかい」

しばし、互いの体温を味わっていた二人が歩き出した。
そんな彼らの未来を祝福するかのように、陽光は柔らかく降り注ぐ。

俺「さてとっ! みんなが待ってるし、帰るか」

ラル「そうだな。楽しい休暇も過ごせたし、満足だ」

俺「おいおい。これで満足なのか? 俺はまだ物足りないぞ?」

ラル「そうだったな。まだ……これからだものな」

俺「そういうことだ。これからもよろしくたのむぞ。グンドュラ」

ラル「あぁ。あの時の約束……ちゃんと守ってもらうぞ? 俺」

俺「おぅ! 一生かけて幸せにしてやるよ!!」

ラル「ふふっ。それじゃ、帰ろうか」

言葉に出さずとも自然と手を繋ぎ、握り締めた。
歩く速度をやや速める。
今宵――聖夜に想いを馳せながら。
どんな風に過ごそうかと期待を膨らませながら。
陽の光を浴びて反射する雨粒が飾り付けられた道を歩いていった。



                                   おしまい
最終更新:2013年02月04日 14:34