――いいか? 変なもの買って来たら承知しないからな!!!
基地を出る際に両手を腰に当ててふんぞり返る管野から放たれた言葉が頭の中で反響する。
今日は三月六日。
第502統合戦闘航空団の戦闘隊長を務める我らがアレクサンドラ・I・ポクルイーシキンことサーシャ大尉の誕生日である。
部隊の中で、ただ一人プレゼントを用意していなかった俺は基地から追い出される形で市街に繰り出し、彼女が気に入りそうな物品を探し歩いていた。
そのとき、往来を行きかう人々のなかを縫うように進んでいると一軒の工具店が目に入った。
新しく始めた店なのか入り口は開店祝いの花によって飾り付けられている。
そういえばサーシャは機械いじりが得意だったなと思い出した俺が唐突に工具店へと進めていた足を止めた。
待て。いくら誕生日だからといって年頃の少女に渡すプレゼントが工具というのは些か華やかさに欠けるのではないか。
いや、むしろ誕生日だからこそ工具は渡すべきではない。そんなもの格納庫を根城とする整備班に頼めばいくらでも調達できるのだから。
鮮やかな華によって飾り付けられた工具店を素通りした俺であるが、何か妙案が浮かんだわけでもないのが厳しい現実。
通りに構える店の数々に視線を配りながら必死に頭を働かせる。
ぬいぐるみ――子供っぽいので却下。
化粧品――種類がよく分からないので保留。
様々な案を頭の中に浮かべては消していく。
そんな行動を繰り返すこと幾数分。俺は偶然目に留まった雑貨屋の前に立っていた。
窓から中を覗き込んでみるも照明が点いていないのか、硝子越しの店内は暗がりが立ち込めており細部はぼんやりとしか見えない。
それどころか人の気配すら感じ取れないのは気のせいか。
だとしても入り口に立て掛けられている看板から営業中であることには間違いない。
雑貨屋にしてはやたら物々しい空気に思わず生唾を飲み込んでしまう。
しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。何故なら今日はサーシャの誕生日。
日頃から世話になっている身としては何らかの形で感謝の意を伝えなければならない。
意を決し、ドアノブを掴む手を回してなかへと入る。
案の定、薄暗がりが広がる店内には俺とレジカウンター越しに腰掛ける女性以外、人間の姿は見られなかった。
俺「はっはは……こんにちは」
女性「…………いらっしゃい」
カウンターに頬杖を突き、つまらなさそうに外の景色を眺めていた女性が眼球だけ動かして抑揚のない声で出迎えた。
色白の肌に焦げ茶色の長髪。新緑に彩られた森林を髣髴とさせる翠色の双眸。
女性「……なに?」
遠目から見ても心を奪われる美貌の持ち主に声を掛けられ、
初めて自分が彼女に見惚れていたことに気がついた俺は慌てて視線を逸らした。
もしかするとこの店で閑古鳥が鳴いているのはこの店員の無愛想ぶりが原因なのではという考えをそっと頭の隅に押しやって物色を開始。
年季が入った店が持つ独特の古めかしい匂いに包まれるなか、静まり返る店内を進む。
棚に陳列された商品の数々を手にとっては戻す。
傍から見れば冷やかしと受け取られても可笑しくない行動だが肝心の店員は相変わらず我関せずの態度を貫いている。
あの様子なら気が済むまでプレゼント選びが出来そうだ。
手に取った切手セットを眺め回す。年代ものだけあってか色鮮やかな切手がバインダーに納められているが、どうにもしっくりこない。
もう少し実用性があるものがいいなと考えて棚に戻す。
次に持ち上げたのは香水の瓶。桃色の液体が入ったそれを鼻の前まで運んで軽く匂いをかいでみる。
果物の甘酸っぱい香りが鼻腔を満たすも些か刺激が強くサーシャのイメージとは離れていると感じた俺は何も言わず棚に戻した。
隣の赤い香水が入れられた瓶を持ち上げ匂いを嗅いだ瞬間、俺は込み上げてきたものを抑え切れずその場で盛大にむせ込んだ。
俺「げほっ……なん、だこりゃ」
鼻の奥を串刺しにする勢いの臭いに膝を折った。
香水の代わりに劇薬でも詰め込んだのではないかと思ってしまうほどの刺激臭。
心なしか視界まで滲んできたのは自分の気のせいだろうか。
柔らかな物腰のサーシャには到底似合いそうに無いそれを押し込むように棚へと返し、手の甲で瞼を擦る。
女性「何か探しもの?」
俺「ッ!?」
不意にすぐ耳元で女性の声が弾み、反射的に距離を取る。
振り向くと今までカウンターに頬杖を突いてた女性が豊かな双丘を持ち上げるように腕を組んでいた。
女性「あぁ、ごめん。驚かせちゃった?」
特に悪びれた様子もなく女性。
俺「あ、いえ……」
女性「それで。何を探しているの?」
俺「えっと……今日が友人の誕生日でして」
女性「じゃあ、プレゼントを探しに?」
俺「まぁ……そんなところです」
女性「そう」
たった一言だけ返すと女性が棚を漁り始めた。
一体何事かと目の前の景色を呆然と見守っていると、
女性「その人……ウィッチ?」
俺「え?」
女性「だって貴方。さっきから女の子向けの商品ばっかり手に取っていたから……」
たしかに切手セットも絵柄を見れば少女向けだったし、香水もラベルから見て女性向けであった。
それにしても意外だ。初めは店内に入ってきた自分など床の上を転がる埃でも見るような目で迎えた彼女がこうしてプレゼント探しを手伝ってくれているのだから。
俺「……もしかして見てました?」
女性「狭い店だからね。見えちゃうのさ」
苦味を含んだ笑いを零して肩をすくめると女性がどこからともなく踏み台を引っ張り出してきた。
そのまま台の上に立つなり手が届かなかった場所を探し始める。途端に俺は言葉を失った。
目の前で揺れるズボンに包まれた肉感的なヒップ。
触らずとも絶品の弾力と柔らかさが容易に想像できる桃尻を前に再び生唾を飲み込む。
女性「どこ見てんのさ」
俺「えっ!? あっいや!」
女性「すけべ」
視線を感じたのか、棚から商品を取り出した女性が腰をひねり、目を半開きにした状態で見下ろしてきた。
あたかも汚物を見るかのような凍てついた眼差しに全身を寒気が駆け抜けた感覚を覚える。
女性「別にいいけどさ。男なんだし、そういうのに興味があるのは仕方ないよ。だけど、あんまりそういう目で女を見てるとモテないよ?」
俺「面目ないです……」
初対面の女性にここまで言われるのは初めてかもしれないと思いつつも自分に落ち度があったため黙って頭を下げることにした。
女性「素直でよろしい。はい、これなんかどう?」
差し出される年季の入った長方形状の箱を手に取ると同時にずっしりとした重みが伝わってきた。
軽く振ってみると中から重量感に満ちた音が洩れてくる。
それも一つや二つのものではない。音の重なり具合からみて少なくとも四つ以上はあるだろう。
女性「箱の見た目は古いけど中身はあたしが仕入れたときに確認したから大丈夫だよ」
了承を得て蓋を外した俺が頬を綻ばせた。
中に敷き詰められる色鮮やかなそれらに満足げな微笑を口許に湛えて蓋をする。
男からみても間違いなく女受けするだろうと思うほどの上品さが箱の中には敷き詰められていた。
これならサーシャはもちろんのこと、自分を弾き出した管野も満足するに違いない。
長いことプレゼント選びで町中をさまよった俺は迷わず購入を決定した。
俺「これギフト用に包んでもらえますか?」
女性「まいどあり」
柔らかな微笑を口許に湛えて箱を受け取った女性の後姿を尻目に俺は店内をぐるりと見回す。
初めに外から見たときは店の雰囲気も読み取れないばかりか何が置いてあるかも分からず不安に感じていたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。
たしかに香水に関しては地雷を踏んだが、あのような上品なプレゼントを見繕うことができたことを考えると案外ここは穴場なのかもしれない。
女性「はい」
俺「どうも。あぁ……あと」
女性「なに?」
会計を済ませ、真新しい包装紙に包まれた商品を脇に抱えた俺がドアノブに手をかけたところで足を止める。
肩越しに振り向く男に女性が目を細めた。
俺「もっと笑ったほうがいいですよ。せっかくの美貌が台無しだ」
女性「……口説いているつもり?」
問いかけに苦笑いで返す俺。
自分なりに気遣ったつもりだったのだが、どうやら妙な意味で受け取られてしまったようだ。
女性「でも……ありがと。考えとくよ」
笑窪が魅力的な柔らかな笑み。
俺「えぇ。それじゃっ」
軽い会釈のあと、俺は今度こそ店を出た。
薄暗い店内にいた所為だろうか。強い陽光の突き刺さるような刺激に眼球が耐え切れず、反射的に片手で日よけを作る。
眩い出迎えを受けながら、もう一度店内を覗いて見るとやはり中は薄暗がりによって細部まで見渡すことができない。
俺「また会えるさ」
誰にとも無く呟いて歩き出したその顔はいつになく弾んでいた。
その日の晩。
シャワーを浴び終え、まだ火照りを帯びた全身を固いマットレスの上に投げたサーシャの唇から深い吐息が漏れ出した。
頭の中で蘇るのは今日一日の出来事。
自分の誕生日パーティが始まった途端に飛び込んできた観測班からの報告。結局、緊急発進をすることになり宴は明日に持ち越されることになってしまったのだ。
軍人である以上は軍務を優先しなければならないことはサーシャとて理解してはいるものの、やはり水を差されたような気分は拭えずにいた。
どれだけ優れたウィッチであろうとも、ストライカーを脱げば一人の少女であることには変わりない。
半渇きの髪の毛をタオルで包み、天井を見つめると再び大きな溜息が零れ落ちた。
せっかくの誕生日なのにどうしてこんなにも疲れるのかなと呟きながら寝返りを打つ。
このまま寝てしまおうかな。どうせ明日はオフだし。
そう思って瞼を閉じようとした矢先に扉が乾いた音を鳴らした。
サーシャ「は、はい!!」
「俺だけど。まだ起きてるか?」
ドアの向こうから聞こえてきた声は同じ部隊に所属する俺のそれであった。
ふと今朝方、管野から追い出されるような形で基地を出て行ったことを思い出し、横たわらせていた身体を起こす。
扉に向かう途中に姿身に映った寝巻きを身に着けた自分の格好を目にし、慌ててカーディガンを羽織った。
それにしても、こんな時間に何の用だろう。そういえば彼が自室を訪ねるのはこれが初めてではないか。
そんなことを考えながらもドアを開くと、廊下には何かを脇に抱えた俺が立っていた。
俺「こんばんは。もしかして……これから寝るところだったか?」
サーシャ「あっ……いえ。何かご用でしょうか?」
俺「渡しておきたいものがあるんだ。今空いてるか?」
サーシャ「はい。大丈夫ですよ」
壁に立て掛けられた時計を一瞥。
消灯時刻に幾分かの余裕があることを確認し、室内に通した。初めて異性を自室に招き入れる状況に改めて頬を赤らめる。
汚くはないだろうか。変なものは落ちていないだろうか。
こんなことになるならもう少し念入りに部屋の掃除をしておくべきだったと零しながら彼に腰掛けるよう促す。
サーシャ「それで……渡したいものとは?」
俺「ほら。サーシャ、今日が誕生日だっただろう? なのに緊急発進が入っちゃって……」
サーシャ「そのことでしたら気にしないでください。ウィッチなんですから……仕方ないですよ」
俺「うん。まぁ、そうなんけどさ……やっぱりプレゼントは当日の内に渡しておきたいんだ」
そう紡ぐ俺が脇に抱え持っていたものを差し出した。
水色の包装紙に包み込まれた長方形状の箱を受け取ったサーシャが不思議そうな目で見つめる。
まさか彼から、こんな手の込んだプレゼントを受け取ることになるとは。
驚きと喜びを同居させたまま視線を戻す。
サーシャ「これ……本当に貰って良いんですか?」
俺「もちろん。気に入ってくれると……嬉しいんだけど」
照れたような笑みを零し、俺が頬を掻く。
八つも年上だというのに。どこか子供っぽい態度に思わず吹き出してしまうサーシャ。
魔力減衰を迎えているにも拘わらず戦場では変わらぬ頼もしさを見せる日頃の姿とのギャップに震える肩を何とか押さえ込む。
サーシャ「ありがとうございます。開けてみても良いですか?」
俺「もちろん」
出来る限り包装紙を破かないよう丁寧にテープを剥がしていく。
顕になった、やや年季の入った箱を取り外した途端、
サーシャ「あ……」
と、小さな声が瑞々しい唇を割って出た。
箱に敷き詰められていたのは水、黄緑、橙、桃、黄、青、紫、赤の合計八色のアロマキャンドル。
あたかも空に掛かる虹を閉じ込めたかのような光景に思わず見惚れていた自分に気がつき、サーシャは頬に熱が篭っていくのを感じた。
露天で販売されているアクセサリーなど粗悪品に思えてしまうほどの色鮮やかなそれらを前に息を飲み込んで俺に視線を戻す。
俺「ほら。サーシャって戦闘隊長で色々と気苦労が耐えないだろう」
第502統合戦闘航空団は余程の大規模作戦でない限り、基本的にはサーシャが指揮を執っている。
本来ならば司令であるラルが現場指揮を執るべきなのだろうが、彼女はというと全てをサーシャに丸投げし、責任は自分が取るというスタンスを貫いている。
配属当初はその独特の指揮系統に驚きはしたものの徐々に出撃回数を重ねながらもブレイブウィッチーズ流の戦闘に慣れ、同時にサーシャという少女が隊員たちの負傷やストライカーの破損に頭を悩ませていることも知った。
俺「だからってわけでもないけどさ。これ使って気分を安らげて暮れると嬉しいかな」
サーシャ「でも。こんな……」
素人目に見てもはっきりとわかる。
箱の古めかしさに各キャンドルの側面に刻まれた精巧な模様細工。
俺が用意してきたものは明らかに世間一般でビンテージと称される類の商品だった。
こんな高価なものを本当に貰ってしまって良いのだろうか。
俺「あ、もしかして……気に入らなかったか?」
サーシャ「い、いいえ! ただ……家族以外で、男の人からプレゼントだなんて……初めてで。ありがとうございます。大切にしますね」
俺「あぁ、俺のほうこそ……いつもありがとう。サーシャ」
サーシャ「……え?」
俺「サーシャが現場で的確な指揮を執ってくれるから俺や他のみんなも安心して戦えるんだ。だから……ありがとう。サーシャ」
そう言って俺が笑った。
一切の計算も世辞も虚飾もない本心からの笑顔。
自然体だからこそ放つことの出来る笑み。
心の底から贈られる柔らな微笑。
サーシャ「…………っぐ」
俺の言葉にサーシャは胸のつかえが緩やかに消えていく感覚を覚えた。
そのまま視線を膝の上に落とす。そうしなければ涙で滲む瞳が俺に見つかってしまうから。
久しく忘れていた感情が蘇りサーシャは熱くなる目頭にそっと指を伸ばす。
誰かに認めてもらうことが、感謝されることがこんなにも嬉しいのだと思い出しながら。
サーシャ「ぐすっ……俺さん。誕生日ついでに……一つお願いしても、いいですか?」
俺「うん? 俺で良ければ喜んで」
数珠繋ぎになる言葉に俺は何も言わず、潔く引き受けた。
その姿に胸の内側を満たされながらハンガーに掛けておいたタオルを俺に差し出した。
今日ぐらい。
今夜ぐらいはウィッチでなく。ましてや戦闘隊長でもなく。
ただ一人の少女のとして。ただのアレクサンドラ・I・ポクルイーシキンとして。
少し甘えてみよう。
サーシャ「あの……髪の毛。乾かしてくれませんか?」
俺「ッ!?」
サーシャ「俺さん?」
俺「いや、それは構わないんだけど。本当に……俺でいいのか?」
髪の毛が女性にとって如何に大切であるか熟知しているだけあってサーシャの言葉は俺に対して少なからぬ衝撃を与えた。
それでも、その言葉が彼女なりの信頼の証だと察した俺は震える腕に力を込めて、差し出されたタオルを受け取り、彼女の背後に回る。
そのとき、思い出したかのように俺がアロマキャンドルの箱に視線を移した。
俺「っと。その前に……使ってみないか? アロマキャンドル」
サーシャ「そうですね。使ってみましょう」
せっかく彼から貰ったのだ。
どうせなら今この場で使って、香りを分かち合いたいと感じたサーシャは箱から取り出した黄緑色のアロマキャンドルに火を点ける。
漂い始めるほんのりとした甘い香り。嗅ぎ覚えのある匂いで鼻腔を満たしたサーシャが瞼を閉じた。
サーシャ「グリーンアップルですね……」
俺「そうみたいだな。どう? 使った感想は」
サーシャ「はい。とても落ち着きます……」
寝入ってしまいそうなまでの落ち着いた声音。
俺「それじゃ。始めるぞ」
サーシャ「はい……あっ、あのっ」
俺「?」
サーシャ「あんまり…………いたくしないでくださいね?」
恥じらいを含んだか細い声。
耳にした途端に俺は頭をハンマーか何かで殴打されたような錯覚を覚えた。
健康状態には何の問題もないというのに視界がぐらつく。
呼吸を上手く行うことができない。走りこんだ直後のように身体が熱い。
俺「………………」
サーシャ「俺さん? どうしましたか?」
俺「ウン。ダイジョウブダヨ。ゼッタイニイタクシナイカラ」
まるで機械にでも喋らせているかのような無機質な声。
違和感を覚えて首を傾げていると頭にタオルが被せられた。
俺「じゃ。始めるぞ」
サーシャ「は、はい……」
我を取り戻した俺が丁寧な手つきでサーシャの髪を拭い始めた。
緊張しているのか、頬を強張らせたまま手を動かす様はあたかも上品質な絹糸を扱う職人を彷彿させる。
サーシャ「……んっ……ふぁ」
俺「どうだ? 痛かったりしないか?」
サーシャ「だいじょぶ……です。なんだか、気持ちよすぎて……」
アロマキャンドルの香りによって夢心地のような口調に変わっていることに気付かないまま、サーシャの首がこくん……こくん……と傾き始めた。
戦闘指揮に加え、整備班の人間たちともストライカーの調整について綿密な打ち合わせを行っている光景を何度か出くわしたことがある俺は彼女が抱える負担が自分の想像を超えるものだと知っていた。
俺「眠たくなった?」
サーシャ「はぃ……ごめんなさい。俺さんにしてもらっているのに……こんな」
俺「いいさ。サーシャだっていつも頑張ってるんだ」
だから眠たくなったら寝ても良いんだぞと付け足して最後の仕上げに取り掛かる。
幼い頃から妹分である智子にせがまれ幾度も髪の毛を乾かしてやった経験からか、多少緊張はしているものの手際よく作業を終えた。
俺「さってと。こんなもんかな……」
手に持ったタオルを肩にかけると漂ってきた甘い香りによって鼻腔をくすぐられ、慌てて肩から降ろした。
サーシャ「う……あぅ……」
俺「サーシャ? 寝るならベッドで寝ないと風邪引くぞ?」
サーシャ「はい、わかって……まふ」
返ってきたのは寝ぼけたような声音。
やはり今日の緊急発進が堪えたのだろう。器用にカーディガンを脱がしてハンガーにかけると座ったまま眠りこける彼女の身体を抱きかかえる。
俗に言うお姫様抱っこ。
もしもサーシャが目を覚ました状態ならば大慌てで降りようと身を捩るのだが、今の彼女は自分が男に抱きかかえられていることにも気付かないほどの疲労を溜め込んでいた。
俺「よいしょっと」
起こさないようベッドの上に華奢な身体を寝かせると首元まで布団をかけてやる。
俺「おやすみ。サーシャ」
テーブルの上で輝きを放つキャンドルの火を消し、照明を落とすと俺は足音一つ立てずに部屋を後にした。
おしまい
最終更新:2013年02月04日 14:40