蒸し暑い風が吹く。
賑わう雑踏の中を縫うように進む。
差し出される手をきつく握り締め、穴拭智子は幼くも整った顔立ちに屈託のない笑みを浮かべていた。
今日は年に一度の夏祭りである。
物心ついたときから自分の世話を焼いてくれる俺と羽目を外して遊ぶことが出来る数少ない行事なのだ。
おれ「いいか? 絶対に手を離すなよ? はぐれたりしたら大変だからな」
ともこ「うん! はなさないよ!!」
口元を緩めながら辺りを見回す少女の大きな黒い目には無邪気な輝きが宿っていた。
はしゃぐ智子の姿を見るたびに、俺の胸の中が温かいもので満たされていく。
この日の軍資金のために、いつも以上に家事手伝いをこなした俺は欲しいものもぐっと堪えてきた。
全てはこの愛らしい妹と夏祭りを楽しむために。
おれ「それにしても色々な店があるなぁ。あ! お面屋さんだ! ってあれ?」
いつのまにか隣を歩いていたはずの妹がどこにも居ない。
後ろを振り返っても、辺りを見回しても淡い桜色の浴衣を身に着けた少女の姿を見つけることができない。
おれ「ともこ? ともこぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
もしかすると知らない内に、この人ごみの中ではぐれてしまったのでは。
次第に膨れ上がる焦燥感。背筋に寒いものが走る。急いで探さなくてはと思った矢先のことだ。
ともこ「おれ~! ほらほら!」
智子が両手に戦利品の数々を手にして帰ってきたのは。
~ともこの戦利品~
ラムネ
チョコバナナ
りんご飴
焼きとうもろこし
わたあめ
おれ「こら! さっき離さないって言ってたじゃないか! それに、そんなに食べるとお腹壊しちゃうぞ?」
口を尖らせる俺に智子はというと、どこ吹く風といった態度で受け流し胸を張ってみせた。
この日ばかりは、兄としての小さな威厳もどこかへ吹き飛んでしまっているようだ。
ともこ「へいきだもん! いただきまーす!」
勢いよくりんご飴にかぶりついて満足げに頬を綻ばせる愛らしい妹の姿に俺の口元にも自然と笑みが浮かび上がる。
ついさっきまで込み上げていた怒気が嘘のようにどこかへと消え失せていた。
美味しいものを食べたとき、綺麗なものを見たとき。決まってこの子は心の底から嬉しそうな笑顔を見せてくれるのだ。
見ているこちらまで幸せにしてくれるような笑みを。
おれ「おいしいか?」
ともこ「うん!」
おれ「そっか……そっか」
ともこ「そうだ俺! あーんして! あーん!」
おれ「べっ、別に俺はいいよ!」
ともこ「あーんしてくれなきゃ、やだぁ!!」
頬を膨らませて一口齧ったりんご飴を突き出してくる。
こうなってしまった智子が梃子でも譲らないのは今までの経験上から熟知していた。
自分が入浴しているのに背中を流すといって風呂場に突撃してきたときも。
怖い話を聞いて眠れなくなってしまい、自分の布団に潜り込んで来たときも。
智子は最後まで自分の意思を曲げなかった。こうなっては大人しく折れるしかない。
おれ「わかったよぉ……あ……あ、あーん」
こんな公衆の面前で食べさせられるなんて、と気恥ずかしさを感じつつも観念して飴を一口齧る。飴の味とりんごの味が口の中で混ざり合った。
ともこ「おいしい?」
おれ「うん……おいしいよ。ありがとな、ともこ」
ともこ「……うん!」
手にしたイカ焼きを頬張る俺が気付かれぬよう智子へと視線を落とす。
既にチョコバナナ、りんご飴、わた飴の三つを胃袋へと収めているというのに焼きとうもろこしにかぶりついていた。
本人が言うには祭りのために昼食を少なめにしてきたらしい。
おれ「たしかに……この時じゃないと食べられないものもあるもんな……」
ともこ「……?」
視線を感じ取ったのかこちらを見上げてくる智子。
口周りが汚れていることに気付き、懐から手拭を取り出した。
おれ「なんでもないよ。ほら……口元汚れてるじゃないか。じっとして」
ともこ「ん~」
くすぐったそうに瞼を閉じ、大人しく口元を委ねる。むしろ心地良さそうな表情にも見える。口回りを拭いてもらうなど別に今日に限ったことではない。
頻繁に食卓をともに囲み、その度にこうして口元を拭ってもらっているのだ。
彼女の母親曰く、わざと口元を汚しては拭いてもらっているらしいのだが肝心の俺は智子がどうしてそのような行動に出るのかはさっぱり分からなかった。
多分、甘えたいのだろうというのが俺の考えだ。
おれ「これでよしっ。きれいになったぞ」
ともこ「おれ! ありがと! ってきゃぁ!?」
おれ「ともこ!? 大丈夫か!?」
ともこ「うぅぅぅ……いたいよぉ……いたいよぉ……」
おれ「足挫いちゃったのか……立てるか?」
痛みに顔を歪めながらかぶりを振る。
おれ「……ほら、乗れ」
智子に背を向けてしゃがみ込んだ。
身長差は大してなく、無事に家まで辿り着けるかどうかは怪しいが痛む足を無理に動かすわけにもいかない。
ともこ「ふ……ふぇ?」
おれ「おぶってやるから。早く乗れ」
ともこ「いいの……?」
おれ「痛いんだろ? 早く乗れ」
ともこ「……ぁ……ありがと」
イカ焼きを智子に持たせ、少女の小柄な身体を背負う。
ともこ「おれ……」
おれ「なに?」
ともこ「ううん……なんでもない」
顔を赤らめた智子が俺の小さな背中に顔を埋めた。
おれ「なんだよそれ。気になるよ」
ともこ「なーいしょ! ねぇ? おれ」
おれ「んー?」
ともこ「また、お祭りに来よう? 来年も、そのまた来年も」
きゅっと背中にしがみつく、この可愛らしい妹分が後に“扶桑海の巴御前“と称される魔女に成長することなど、この時の俺はまだ知る由もなかった。
※サブタイトルが中々決まらず掲載に手間取りました。
それにしてもrise(ttp://www.youtube.com/watch?v=5HoPH5pntCw)を聴きながら書いていたら「ともこぉぉぉぉ!」が「もとこぉぉぉぉ!」になってしまいどこのバトーさんだよと思い慌てて修正。
今度から気をつけなくては。
最終更新:2013年02月04日 14:40