ミッケリ臨時空軍基地 保健室 夕方

 消毒液の臭いが程よく充満している保健室
 椅子に座ってカルテを見ていた軍医は、回転式の椅子を回して立っている俺に向いた

軍医「怪我は大した事ないわ、けど一応、一週間は安静にさせてね」

俺「そうですか…」

 ほっと胸を撫で下ろす俺を見て、軍医はからかう様に笑う

軍医「良かったわね、貴方のお姫様が無事で」

俺「うっ、あの時は頭に血が昇ってましてですね…」

軍医「凄い形相で、ウルスラ曹長をここまでお姫様抱っこで運んでくるんだもの、驚いちゃったわよ」

俺「誰だって、その……仲間が負傷すれば、ああなるでしょう」

 俺は軍医への返答の言葉に、自分の右頬を掻いた
 軍医は、そうね。 と笑いながら言って椅子から立ち上がる

軍医「私はこれから食事に行くけど、一緒に行く?」

 俺は首を横に振って、静かに寝息を立てているウルスラを見る

俺「いえ、俺はコイツの様子をもう少し見てます」

軍医「そう」

 軍医は保健室の出入り口のドアを開けから、俺に振り返る

軍医「変な事しちゃだめよ?怪我人なんだから」

俺「しませんよ!」

軍医「そういう事は怪我が治ってからね、傷口が広がっちゃうから」

 そう言って軍医は保健室のドアを閉めた 

俺「治ってもしないっての…」

 俺はため息をつきながら、ウルスラの眠るベットの横に、丸型の椅子を引っ張り、腰掛ける。
 そして、彼女の顔を向いて呟く

俺「どうして俺を庇ったんだ?」

 ウルスラは、額に包帯を巻かれ、トレードマークのメガネが無いまま、ベットで眠っている
 彼女の返答は当然無い

俺「俺はお前に、あんな事したのに…」

 俺は視線を落として、自分の膝に乗せていた、傷跡が治りかけている右手を握る

ウルスラ「んん…」

 もぞもぞと、姿勢を治そうとするウルスラの動きに、俺は顔を上げて再び彼女の顔を見る
 寝苦しかったのか、彼女からシーツが胸辺りまでずり落ちて、白いシャツが見える

俺「夜になったら寒いぞ」

 俺は椅子から立ち上がって、ウルスラにシーツをかけ直し、視界の隅に映った、立てかけてある彼女のカールスラント軍服を見る

俺「…こいつは」

 そこまで言って俺は首を横に振り、ウルスラの顔を見て、丸椅子に座りなおす

俺「今度はきちんと謝らないとな、お前には」

 ガラガラガラ 

 保健室の入り口のドアが開く音がして、俺は視線をそちらに向けると、エイラが申し訳無さそうな顔をして、
両手を後ろに隠して、こちらを見ていた。

エイラ「あの…さ」

俺「どうした?」

エイラ「夕飯まだダロ? 食べるかと思ってさ」

 エイラは静かに保健室の引き戸式のドアを閉めて、俺のところに歩み寄る

エイラ「今日はパンだから、持ってきた」

 そういって彼女は、後ろに隠して持っていたパンを、俺の前に差し出す

俺「そういえば、出撃してから飯食ってなかったな。サンキューな、エイラ」

エイラ「うん…」

俺「いつもの元気が無いな、体調でも悪いのか?」

エイラ「いや…あの時のオレ、ちょっと怖かったから」

俺「あの時? …あー、コイツを抱えてた時か」

エイラ「オレのあんな顔初めて見た」

俺「ははは…まあ俺でも必死になる時はあるんだよ、怒ってるわけじゃないから気にすんな」

 俺は、自分の前に立って俯いてるエイラの頭に、右手をポンっと置いて、優しく撫でる

エイラ「子ども扱い…スンナ」

俺「ちょっとだけ、いつもの調子に戻ったな」

 エイラの頭に乗せた手を、ゆっくりと退ける
 彼女の目線は、地面から俺の顔に移る

エイラ「なんか、励ますつもりが逆になった気がするゾ」

俺「お前が俺を励まそうなんて、まだまだはえーんだよ」

エイラ「むぅ…」

 納得いかないという顔のエイラに、俺は少しだけ笑顔を見せる

俺「でも、飯は助かった。これでもう少し元気が出そうだよ」

エイラ「本当カ?」

俺「本当だ、俺はコイツの様子まだ見てるから先に休んでいいぞ」

 エイラは、俺とウルスラを交互に見て

エイラ「変な事は」

俺「するわけ無いだろ、さっさと休んでろ 長機命令だ」

エイラ「今の長機はお互い違うダロ」

 そう文句を言うものの、エイラは笑顔を見せて俺の命令に従い、部屋を出て行った






ミッケリ臨時空軍基地・保健室 深夜

 真っ暗闇の部屋に、月の明かりが差し込む保健室
 もぞもぞと、ウルスラはシーツを動かして、上半身を起き上がらせる

ウルスラ「ここ、どこ?」

 ウルスラは目を細めて、暗闇に染まった辺りを見回す

ウルスラ「見えない」

 そう言って、自分の顔に左手を当てる

 包帯の辺りで手が止まり、何が巻かれているのかを、確かめるように触っている

ウルスラ「…墜ちた」

 小さく呟いた彼女は、左手を降ろそうとして、何かモサモサとしたような物に左手があたる

 彼女は、体を一瞬だけビクッとさせて、左手を胸元に置き、体を強張らせ、そちらを見る

俺「んん~ん…」

 俺の声が聞こえて、ウルスラの肩から力がふっと抜ける
 声の主の顔に、自分の顔を近づけて、息がかかりそうな距離で止まる

ウルスラ「俺軍曹…」

 そう言うとウルスラは、上半身を起こし、彼を見つめていると、寝言が聞こえてくる

俺「…ごめん…ごめんな」

 途切れ途切れに、そんな寝言を言う俺の頭に左手を乗せる

ウルスラ「謝らなくていい…謝らなければならないのは、私」

 彼の頭をひと撫でして、ウルスラはベットに体を倒して、再び眠りについた






ミッケリ臨時空軍基地・保健室 早朝

 朝の黄金色の日差しが、保健室の中を優しくライトアップさせている

 ウルスラのベットに、腕を枕にしていた俺の肩を、軍医がトントンと優しく叩いている

軍医「俺軍曹、そろそろ起きて下さい」

俺「んん~…あれ、寝ちゃったのか?」

軍医「ええ、それはもうぐっすりと」

 俺は、丸椅子に座ったまま、上半身を起こして目を擦り
 両腕を上に伸ばして、のびをする

俺「んんー、お邪魔しました」

軍医「いえいえ、ウルスラ曹長の様子を見てもらって助かったわよ?」

 俺は、そんなもんですか と言って丸椅子から立ち上がって、まだ寝ているウルスラの顔を見る

俺「そういや、こいつメガネ…」

軍医「え? 運ばれた時はしてなかったけど」

 俺は頭をがしがしと掻いて、一つため息をする

俺「被弾した時になくしたか…あの、聞きたい事があるんですが」

軍医「何かしら?」






ミッケリの街・大通り 朝

 日が昇り始め、雪が積もっているレンガ造りの家が立ち並んだ街を照らしている
 俺は、地図に赤ペンでマークされた地図を持って、テントが立ち並ぶ大通りの歩道を歩いていた

俺「コッチで合ってるよな…しっかし、このメモ分かりにくいな」

エイラ「オーレー、ここ3回も通ったゾ」

 背後に居るエイラに、俺は眉間をひくつかせながら振り返る

俺「せめて来るなら手伝えよ!」

エイラ「ぇー、わたしこの街はあんまり来た事ないからナー」

俺「俺はこの国自体、初めてなんだけど…」

エイラ「暇ダナー」

俺「話題を逸らすな、というかせっかくの休暇なんだぞ? 暇なら基地で休んでれば良かっただろう」

 俺は両肩を落として、エイラに背中を向けて再び歩き出す
 エイラは、両手を頭の後ろで組んで、そっぽを向いて唇を尖らせ、小さく呟く

エイラ「だって、オレが居ないんだもん…」

俺「ん、なんか言ったか?」

エイラ「何でもナイゾ」

俺「ふぅん…? まあ、いいや、此処だな」

 俺は、一つの店屋の前で足を止めて、エイラも釣られるように足を止める

エイラ「メガネ屋?」






ミッケリの街・メガネ屋 朝

 目的の場所を見つけた俺は、エイラと共に眼鏡屋に入る
 中は木造の作りで雑貨屋のように机が壁沿いに並び、商品のメガネは、その机の上に綺麗に並べられていた

俺「誰も居ないな…後から出てくるのか?」

エイラ「お菓子は無いのカ…」

 エイラはスタスタと手前にあった、メガネのある棚に行って、青ふちのメガネをかけて振り向く

エイラ「似合うカ?」

俺「お~、なんか頭良さそう」

 そう言われたエイラは、少し不満そうに俺を見る目を細める

エイラ「なんか、いつもはそうじゃないって聞こえるのは気のせいカ?」

 俺は苦笑いを浮かべながら、目を泳がせる

俺「気のせいですよ、キノセイ。似合ってるぞ」

 エイラははにかんだ笑顔を浮かべる

エイラ「ニヒ、最初からそういえばイインダヨ」

俺「メガネを選びたいんだけど、店の人出てこないな」

エイラ「そのうち出てくるダロ。そういえば、オレって目が悪いノカ?」

俺「いや、俺のじゃなくて、あいつのだよ」

エイラ「あいつ?」

俺「あー…っと、ハルトマン曹長?」

 エイラは笑顔から再び、不満そうな表情になって俺を見る

エイラ「なんで疑問系ナンダヨ」

俺「何となくだ」

エイラ「ふ~ん」

 エイラと談笑していると店の奥から足音が聞こえて、カウンター奥の扉が開く

店主「いらっしゃい…おや?」

 白髪の気の良さそうな初老の女性店主が出てきて、二人を見るなり、ゆっくりとこちらへ歩み寄る

店主「そこのお嬢さんは、もしかしてウィッチですか?」

 俺はどう答えようか迷っていると、エイラは一歩踏み出す

エイラ「そうダゾ!」

 店主の顔がパァっと明るくなる

店主「ウィッチの方でしたか、そうですか、そうですか。お隣の男性は婚約者で?」

 俺は面食らったような顔になって驚く

俺「こ、婚約ぅ! いきなり飛躍しすぎだ、なぁエイラ?」

 初老の女性店主に手を振って、エイラの方を向くと、彼女は顔を耳まで真っ赤にしていた

エイラ「ち、ち、違うんだからナーーーーーーー!」

 エイラは、弾かれたように店から走って出て行ってしまった

店主「ふふふ、若いって良いですねぇ。貴方はカールスラントの方でしょう、遠方からわざわざどうも」

俺「は、はぁ…どうも」

 俺は、ゆっくり締まる店の出入り口を見て頬を掻く

店主「何かお探しですか?」

俺「ああ、この規格のメガネってありますか?」

 そう言って、コートの中から、小難しい数字が並んだ紙を店主に手渡す
 店主は、10秒ほどその紙に目を通す

店主「はい、ございますよ。こちらです」

 初老の女性店主にゆっくりと促され、広いとは言えない店内を7歩ほど歩き、多数のメガネが並べて置かれた棚の前で止まる

俺「一杯あるな…」

店主「さっきのウィッチさんにプレゼントですか?」

俺「いや、あいつはメガネしないんで。えっと……仲間、がメガネを失くしちゃったので」

 少し言いよどむ俺の言葉を、初老の女性店主は笑顔でゆっくりと首を縦に振る

店主「そ~ですか、そ~ですか」

 俺は棚から、ふちの無い楕円形のメガネを手に取る

俺「ん~…これが似てる気がするけど、丸メガネだったかなぁ」

 手に取ったメガネの隅々まで見て、俺は店主に振り向く

俺「こいつを貰えますか?」

店主「はい、只今包みますので少しお待ちくださいね」

 メガネを手に取った店主に背を向けて、俺はガラス窓の外に見える、立ち並んだテントを見る

俺「このテントってもしかして、スラッセンの…」

店主「ええ、スラッセンから非難された方々のテントですね。他にも小屋に住んでたりするそうで」

 ガサガサと、メガネを紙袋に入れる音を聞く音が短く店内に響く
 俺はテントを見つめて、右手を軽く握り締めた

俺「俺たちが失敗したばっかりに…」

店主「誰にだって調子は悪い時はありますよ」

俺「けど!」

 強く振り返った俺の目には、笑顔で紙袋を差し出す初老の女性店主が居た
 俺の顔はあっけに取られた顔に変わる

店主「大事なのは、諦めないで、前に進むことです」

 その言葉に俺は渋い顔をする

俺「…恨まれても、ですか?」

店主「この町で貴方達を恨んでいる人は居ません、そう思いたいですが皆が皆そうではないでしょうね」

 店主は繋げて ですが と言う

店主「だからと言って人を恨んで、立ち止まったら笑えなくなっちゃうんですよ」

俺「笑う?」

店主「ええ。笑う事で辛いことも、悲しい事も薄れて、幸せに生きていける。
 だから皆諦めないで前に進んでいるんです」

俺「…お強いですね」

店主「非難されてる方々から教えられた事なんですけどね。貴方もこれから先、
 前に進めますよ」

俺「俺にも…」

 俺は握っていた右手を軽く開いた

店主「ええ、きっと」

 俺はふっと笑顔を作ってみせる

俺「難しい注文だ…でもきっと前に進んでスラッセンを奪還してみせます!」

店主「ご期待、しております」

 ポケットからスオムスの紙幣を何枚か渡して紙袋を受け取り、俺は店を出た






ミッケリ臨時空軍基地・保健室 夜

 電灯で照らされた保健室に、外で荒ぶっている吹雪が窓を叩く音が響く

 入り口のドアが開いて、俺が小脇に紙袋を持って保健室に入ってくる

俺「こんにちわー、って軍医さん居ないのか」

 スタスタと俺は、窓際のウルスラのベットへ足を運び、仕切りのカーテンから
 顔を覗かせる

俺「起きてたのか」

 ウルスラは上半身をベットから起こして、外を見ていた
 彼女のベットから少し離れた位置に足を運ぶ

ウルスラ「なに」

俺「一応見舞い、何を見てたんだ?」

ウルスラ「何も見えない」

俺「そ、そうだよな、ははははは…」

 俺は気まずそうな顔で後頭部を掻いてから、ウルスラの隣まで歩いて
 丸椅子に座る
 そのまま紙袋から中身を取り出して、彼女の前に差し出す

俺「これ、やるよ」

 ウルスラは首を小さく傾げて、俺の手に乗ったメガネを見る

ウルスラ「見えない」

俺「この距離でも見えないのか、メガネだよ。この間壊れただろ」

ウルスラ「そういえば、そう」

 彼女は右手で、差し出されたメガネを取り、それをかける

俺「見えるか?」

 俺の質問に彼女は首を一度だけ、小さく縦に振って

ウルスラ「ありがとう」

 その言葉に俺は、ウルスラから視線を外して地面を見る

俺「いや…俺が原因だしな」

 ウルスラは、顔を合わせないで俯いている俺を見つめる
 俺は膝に乗せていた傷跡が治りかけた右手を見て、視線をウルスラに合わせる

俺「この間は…その、ごめんな」

ウルスラ「なにが?」

俺「手紙渡してくれた時、吹き飛ばしちゃったろ?」

 ウルスラは首を1度、横に振り

ウルスラ「気にしてない」

俺「そ、そうか…」

 俺は息を吐いて両肩を落とす
 その様子をウルスラはじっと見ていた

俺「何か欲しいものあるか? 水とか食料とか」

ウルスラ「本」

俺「ほんー? 何でまた」

ウルスラ「見えるようになったから」

俺「見えないから、外を見てたのか」

 ウルスラは首を縦にコクンと振る

俺「分かったよ、お前のベットから適当に数冊持ってくる。それまで待って」

 そこまで言って立ち上がろうとした俺の裾を、彼女に掴まれる

俺「な、なんだ?」

 裾をウルスラに掴まれたまま、お互い固まって、5秒ほど経った頃に彼女の口が小さく動く

ウルスラ「名前」

俺「名前?」

ウルスラ「名前で呼んで」

俺「考えとく…じゃダメか?」

 彼女の瞳は俺の目から離れず、黙ったまま
 俺は諦めたような表情をして、一つため息を漏らす

俺「…わかった。その、ハルトマン曹長?」

 ウルスラは首を2度、横に振る

俺「んじゃ、ウルスラ曹長?」

 ウルスラはぎこちなく首を1度、横に振る
 俺は頬を掻きながらそっぽを向く

俺「えーっと…その、う、ウルスラ?」

ウルスラ「なに?」

俺「いや、お前が呼ばせたんだろ!」

ウルスラ「名前」

俺「う、何とか名前で言うように努力するよ…」

 彼女に掴まれていた裾がようやく離される

ウルスラ「本、お願い」

俺「了解。でも夜遅くまで読まないほうがいいと思うぜ、ウルスラ」


続く
最終更新:2013年02月04日 14:53