「嵐撃」‐イプシロン・アタック‐
【1940年 カールスラント JG52基地 俺自室】
俺「ミーナ!!!」
跳ね起きる、辺りを見渡す
見慣れた自室の風景である事を確認した俺は、過去の懐かしい思い出を夢で見ていた事に少し驚いていた
俺「あの頃は楽しかったな。ミーナもまだ誰の物でもなかった」
ベッドから這いだし、鏡を覗く
そこに写ったのは少しパーマがかかった金髪に、精悍でありながら彫刻のように美しい顔立ちをした、少し成長した俺の姿
そして、部屋の片隅には5年前から描き続けている絵が立てかけてある
被写体は赤髪の少女のようだ
俺「…ふぅ」
少し喉に渇きを感じたので、食堂まで水を飲みに行く事にした
ここはカールスラント空軍第52戦闘航空団の基地
夜特有の冷えた空気を感じながら、俺は歩を進める
己にウィッチの適正が見つかった後、養成学校へと進学した俺は、非常に優秀な成績で卒業
その後エース達や、将来有望な才能溢れる若者が集うここJG52へと配属されたのだった
また、ウィッチにして極僅しか持ち得ない固有魔法を持っていた事も非常に幸運であった
“電波ビームを発射する”と言うあまり実用性の見えない固有魔法にカールスラント技術省が着目し、彼等が開発していた“空対空ミサイル”の誘導手として選ばれる事となった
小型のロケット弾にシーカーを搭載し、魔力によって生み出された電波ビームによって誘導・着弾させる
そんな単純な理屈だが威力は抜群
その一航空歩兵として規格外の火力は東部戦線や、現在も継続中であるカールスラント防衛戦においていかんなく発揮され、今や彼は『大嵐』・『暴風の駆り手』などと呼ばれるエースの1人となっていた
そんな彼が、食堂へと辿りつけば消灯時間なのに、2人の女性の話す声が聞こえてくる
どちらも聞き慣れた声
彼の同僚であり、戦友であるウィッチの少女の声だ
ゲルト「まったく貴女と言う人は!無断外出はする!外部の女性を連れ込む!挙句の果てに酒の窃盗ですか!?」
クルピンスキー「窃盗とは人聞きが悪いな、ちょっと借りただけさ」
ゲルト「どうやって返すんですか!?」
同隊の問題児クルピンスキーが、後輩のバルクホルンにまた窘められているようだ
良く言えばおおざっぱなクルピンスキーと、悪く言えば石頭なバルクホルンのこんなやり取りはJG52においては日常茶飯事だった
クルピンスキー「こころへんで勘弁してよ。ほら、俺少尉がそこで見てるよ」
ゲルト「俺のような模範的なカールスラント軍人が消灯時間に出歩くわけ無いじゃないですか!」
クルピンスキー「だってさ、俺」
俺「期待に添えられなくてすまないね、トゥルーデ」
バルクホルン「俺!貴様!!とっくに消灯時間は…」
俺「少し喉が渇いたんだ。見逃してくれやしないかい?」
俺が、人懐っこい微笑みを見せて頼みこむ
バルクホルンとは訓練生時代からの同期であり、隊でも比較的仲が良い
バルクホルン「しかしな、規則は規則で…」
クルピンスキー「そういえば今日俺どこ行ってたの?一日見なかったけど」
いい加減バルクホルンに付き合うのに飽きたのか、クルピンスキーが俺に問いかけてきた
俺「取材だったんですよ、Die Luftwaffeの…なんでも男性ウィッチ特集とかで…」
Die Luftwaffeとはカールスラント軍空軍広報誌であり、世間一般に絶大な人気を誇っている美しきウィッチ達の特集が組まれるため、この雑誌もまた絶大な人気を誇っている
クルピンスキー「えー、俺が表紙なの?ボクとしては女の子がいいんだけどなー」
俺が表紙を飾るのにもまた理由があった
男性のウィッチは元々数が少ない、その中でも彼は知名度もあり、ルックスも優れている
精悍な顔つきが浮かべる少年のような無邪気な笑みが世の女性達を虜にしていたのであった
また、真面目な性格も人気の秘訣である、かってインタビューで「初恋の女性を未だに慕っている」と答えた事も大きな反響を生んだ
バルクホルン「無視をするな!!!」
いい加減にバルクホルンの勘忍袋の緒が切れたようだ
ワナワナと体を震わせ、手にした酒瓶に亀裂が走る
クルピンスキーが流石にマズイかな?と思ったようで、俺に向かってウィンクする
俺「はぁ~…」
彼女の意図を正確に読み取り、俺が溜息を吐いた
俺「ほらトゥルーデ、今何時何分だい?」
バルクホルン「今?23時59分だが?そんな事より…」
彼女の言葉を遮って、時計が鳴る
丁度0時を告げる音
クルピンスキー「ハッピーバースデー!俺!!」
俺「ありがとうございます」
わざとらしく大声をあげるクルピンスキーと、これまた大げさに感謝する俺
そんな彼等を見て、バルクホルンは呆気にとられていた
バルクホルン「あ、今日は俺の…」
クルピンスキー「そうそう、だから野暮な話は言いっこ無しって事でね!じゃっ!!」
何か良く解からない理論で持って煙に巻き、逃げ出すのは彼女の常套手段であった
バルクホルン「あ!まだ話は…」
バルクホルンが制止の声をかける頃にはすでにクルピンスキーはその長い足を活かした大きなストライドでとっくに影も見えなくなっていた
バルクホルン「まったく!!」
俺「困った人だね、本当に」
俺がまた無邪気な笑みを浮かべている
俺「トゥルーデもあまり怒ってばかりじゃ健康に良くないな。笑顔の練習でもするかい?」
バルクホルン「本当に俺はお節介だな。生憎間に合っている」
バルクホルン「それに、私にはお前のような素敵な笑顔はできないさ」
俺「…」
彼女の言葉を聞いて、俺は物思う
素敵な笑顔とはなんだろうか?良く考えれば、俺は別に楽しくて笑っている訳では無かった
こうすれば、みんなが警戒を解いてくれるから
いつからだろうか?心からの笑みを顔に出せなくなったのは?
自分より勉強ができて、ミーナが称えた少年を絞め殺して埋めた時?
ミーナとクルトが、自分の知らない2人だけの話題をよくするようになった時?
兄が俺の異常さに気付き、周りに言い触らそうとしたから、火事に見せかけて燃やした時?
ミーナとクルトが付き合い始めた時?
訓練生時代に、自分より優秀な男のウィッチをストライカーの自己に見せかけて殺した時?
ミーナとクルトがキスしているのを見た時?
思いだせない
バルクホルン「まぁなんにせよ、誕生日おめでとう俺」
考える俺に、親友であるバルクホルンが微笑む
それに俺もとびっきりの偽物の笑顔でお返しする
俺「ありがとう。トゥルーデ」
彼女もまた自室へと戻っていき、食堂には俺が1人残される
グラスに水をそそぎ、一気に飲みほす
俺「ミーナは祝ってくれないのかな?」
暗い、静かな空間に光る眼が二つ
感情も何も感じさせない、どこまでも冷たい光
静かに呪いの言葉のように、執念しか感じられない言葉がこぼれ落ちた
* * *
【カールスラント オストマルク国境付近】
何ら変哲の無いJG52の夜が明け、今日も朝日と共に人類と侵略者との生存競争の幕が上がる
オストマルクにある巣から破壊と死の匂いを纏って、黒鉄の軍勢が攻め入ってきたのだ
大型を含むその数は実に50を軽く超えている
最前線には小型の群れがコンバットボックスを組んで密集し、その奥に瘴気をもたらす忌々しい大型ネウロイが鎮座していた
この厄介な小型の群れを突破しなければ、領土内に大型の侵入を許してしまう
それだけは避けなくてはならない
突如、青く輝くエーテル反応光を噴煙と共に航跡として残して、小型のロケット弾24発が小型ネウロイ達の密集部を丸く囲むように飛来し、突き刺さる
発射されたロケット弾はR4Mに圧縮エーテル水を始めとした魔導テクノロジーを搭載して小型し、携行しやすくした試作兵器『MR4M』
発射後、一定時間をおいて起爆するこの兵器であるが、小型ネウロイとの距離を緻密に計算され発射されたようである
見事彼等の中心部で次々と爆発を起こしコンバットボックスを崩壊させた
多数の小型ネウロイが弾け飛び、白く輝く破片に変わる
逆巻く爆炎と衝撃波がその破片を飲み込んで周囲の気流を狂わせ、ネウロイ共の陣形はボロボロだ
俺≪着弾を確認、全弾起爆成功したようです≫
射手は使い魔である「雄羊」の特徴的な渦巻き状の角をパーマがかった金髪から生やした俺
履いたストライカーは漆黒のカラーリングに、イエローのラインが入った他に見ない物
側面に先程撃った『MR4M』を外付けしていたようである
その機体の名は『SdA-01.V』、とある国防プロジェクトの要となるために生み出された機体であり、現在は俺が試験運用している
性能的にはレシプロ機の限界に挑んだ火器搭載量と、極限まで高められたシールド性能が特徴である
また、前述のプロジェクトに関わる機能が搭載されているようだが今現在、その内容は国家機密クラスの秘匿事項であるため明らかにはされていない
ボニン≪着弾確認!小型共の陣形は崩壊寸前だ!!各機徹底的に叩け!!
アポも取らず訪問してくる不躾な鉄屑共に鉛玉を味あわせてやれ!!≫
JG52の指揮官であるボニン少佐の勇猛な声が、連なるエース達を鼓舞する
それに応えてか?それとも自国のためには当然か?
少女達は一気呵成にネウロイ達への猛攻を仕掛け始めた
ロスマン≪相変わらず大した威力ね?さしずめ「大嵐」と言った所かしら?≫
俺の長機であるエディータ・ロスマンが、驚くほどクレバーな戦闘を見せながら語りかけてくる
俺≪まぁ、威力は大したもんですが重すぎますね。こういう風に開戦直前にブッ放さないとこっちが落とされてしまいます≫
こちらも、ロスマンに負けず劣らずにお手本通りの動きで敵に対処している
2人共、手にしたお揃いのMG32で次々と陣形が崩れた小型を掃討していく
『おおおおおぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!』
遥か前方から、気合の入った凛々しい声が聞こえてくる
同時に、陶器が割れるような音が戦場に響いて大型ネウロイの姿が白く美しく煌めく破片へと変わる
その中に佇んでいるのはMG131を2門手にしたゲルトルート・バルクホルン
世界的にもトップクラスの飛行技術を持ち、さらに勇猛果敢
ウィッチの鏡のような彼女の疾風怒濤の攻撃からすれば護衛を失った大型など的のようなものであろう
バルクホルン≪俺、早くこっちまで来い!!このまま私が一匹残らず頂くぞ?≫
俺≪うーん、もうちょいで撃墜数100届きそうだし、少し残しておいて欲しいかな≫
バルクホルン≪ならば早くする事だな≫
少し、含み笑いを残して通信が切られた
俺≪ねぇ、エディータ…≫
俺が長機であるロスマンへと声をかけようとした瞬間、彼等の前方の小型ネウロイ達が瞬間輝く破片へと変化
その後ろをクルピンスキーと、彼女とロッテを組んでいた新人のハルトマンが飛び去っていった
彼女達が仕留めたのだろう
クルピンスキー≪フラウ、解かったかい?こうやって突っ込んで適当に撃墜していけば…≫
ロスマン≪コッラ!!偽伯爵!!新人に適当教えるな!!≫
エーリカ≪…≫
いつものやり取りをしながらのロスマンとクルピンスキー
マイペースなハルトマン
3者3様ながらも、的確に、着実に撃墜していく
当然他のウィッチ達も同様に鬼人の如く働きを見せていた
違う中隊だが、グンドュラ・ラルの芸術的な飛行技術と脅威の見越し射撃は見る者を魅了すらさせるレベルであった
俺≪完璧に出遅れてしまった…≫
気付けば、既に殲滅寸前
残る小型は残り僅かであった、中型や大型とは一回も見敵してすらいない
バルクホルン≪喜べ俺、そんなお前に誕生日プレゼントがやって来たようだ≫
俺の呟きを拾って、バルクホルンが通信してきた
彼女の方角へ目を向ければ、悲鳴と共に、先行していた違う小隊のウィッチ達が墜落、もしくは命を散らしていくのが目についた
流線形のフォルムに、全身に真紅のラインを縦横無尽に走らせた
まるでロケット弾のような形をしたネウロイが四方八方に高熱の破壊の光を撒き散らせながら進軍してくる
大きさは、一般に大型と呼ばれるネウロイの1.5倍程だろうか?機銃の攻撃を受けて、装甲を剥がしながらも、驚異の再生力で尚進んでくる
バルクホルン≪後方に隠れていたようだ。こっちがメインのようだな。≫
クルピンスキー≪彼等も段々戦略的になってきてるね、隠し球とは恐れ入ったよ≫
ロスマン≪被害が大きくなる前に片づけましょう。俺少尉、『X-7』は?≫
俺≪行けます。ヴァルトルート、フラウ、少しだけ足止頼めるかい?≫
俺の問いかけに応えるより先に2人は超大型に迫っていく
既に対峙していたバルクホルンと共に、3人がかりで強敵の気を引き、確実にダメージを与えて行く
流石に未来のエース3人の猛攻、敵自慢の超再生も追いつかなくなっているようだ
このままでも時間をかければ容易に撃墜自体は可能のようだ
俺≪『X-7アングリフト』セット≫
俺が、背部に背負った大筒を肩に担ぎ砲門を超大型へと向ける
俺≪固有魔法展開、『システムMARH』作動、シミュレーション開始…≫
俺の体を、魔力発現の証である蒼光が包み込む
固有魔法である電波ビームを用いてミサイルを標的に誘導させる『MARH(マジック・アクティブ・レーダー・ホーミング)』の脳内演算を開始する
明晰な頭脳が標的との距離、風、障害物等を割り出す
俺≪オールグリーン、発射≫
引き金を引くと同時に発射されたミサイルは、圧縮エーテル水を燃焼させ、猛速で猛進していく
X-7アングリフトは、有線誘導ミサイルX-4ルールシュタールを元に俺の固有魔法に合わせて改造・開発された世界初の実戦用空対空ミサイルだ
『MARH』によって発射された電波ビームの反射波を、魔力を探知追跡する呪符を組み込んだシーカーが反応してミサイルを誘導する仕組みになっている
クルピンスキー≪フラウ、離脱するよ≫
エーリカ≪あ、はい!!≫
アングリフト発射の合図を受け、クルピンスキー・バルクホルン・ハルトマンが急離脱する
厄介な3人が急離脱した事で、超大型ネウロイは邪魔されずに侵攻できると安心していたのだろうか?
己に轟々と音を立てて迫る災厄に気付きもしなかった
まぁ、気付いていたとしてもそれは既に手遅れだったのだが…
3人のウィッチ達が破損させていた部分に…執拗に狙われ、自慢の超再生が追いつかなかった箇所に正確にアングリフトが突き刺さる
魔導エンジンが蒼光を後方に残しながら、装甲をブチ抜いて体内の奥深くまで進んだアングリフトはコア周辺で起爆
内部に込められた撃ち手の魔力と共に衝撃波と炎を撒き散らし
爆炎として周囲の酸素を吸い込み、巻き込んでの大爆発を起こす
局地的な大嵐のように、暴風が超大型ネウロイを破片すら残さず消し去ってしまった
超大型ネウロイを容易に消し去ったアングリフトを放った俺は、何を想うのだろうか?
皆の注目が圧倒的な火力と強敵の末期に向けられた中、相も変わらず不気味な眼は赤く煌々と燃え上がる爆炎を見つめていた
炎と言う物は地上でも空中でも等しく美しく、気に入らない者を焼き払って浄化してくれる
あの日、不細工で不出来な兄を家ごと燃やした時もこんな風に眺めていたっけ?と記憶を呼び起こす
すべては、あの兄が俺の頭がおかしいとミーナに吹き込もうとしたのがいけなかった
だから彼は、優秀な弟へのコンプレックスに悩んで一家心中を謀った事になったのだ
兄の筆跡を真似て、遺書を作成し彼の友人に郵送もした
「違法ドラッグに手を出すまで落ちぶれていた兄。
そんな彼が神童とまで言われる弟に嫉妬してすべてを両親のせいに、社会のせいにして逆恨みをして一家を巻き込んでの焼身自殺」
幼かった頃に描いた筋書きは、そこそこの説得力があるようには思える
偽の遺書に関しては非常に苦労した覚えがある
不細工なのは顔だけでなく、字面もそうであったのだ
ミミズの這ったような文字を、筆跡鑑定をパスするレベルで再現するのには時間がかかった
その間に兄がミーナに余計な事を喋らないか戦々恐々していたものだ
違法ドラッグで夢の世界に入りこんだ兄の部屋に火を放って、ある程度火が回った頃に慌てたふりした家から脱出
そのまま燃え続ける家を、火を食い止めようとする消防活動を、駆けつけたミーナとクルトと共に眺めていた
炎の赤に照らされたミーナの今にも泣き出しそうな表情は未だに心のアルバムに焼き付けてある。あれは彼女の表情の中でも間違いなくベスト5に入る美しさであった
今になって思い返してみれば、粗が目立つ手際であり、己が容疑者として疑われていても仕方が無いレベルの犯行であったと思う
しかしそこは日頃の行いの差か?誰もが兄の仕業と信じて疑わなかったのであった
そして生き残った俺は、悲劇の主人公として脚光を浴びる事となる
あぁ、あと当然と言えば当然だが、両親も一緒に消し炭になった
若干気の毒ではあったが彼等も死んでくれたおかげで沢山ミーナに甘える事ができた
息子の幸せのために犠牲になったのであれば、きっと両親も天国で喜んでいるはずだ
俺≪ネウロイの消滅を確認≫
両親の尊い犠牲の元に、ミーナに甘える事はできたのは良かった
しかし、結局はクルトの俺を献身的に労わる姿がミーナの心を捉えたようで、この出来事の後から2人は急速に距離を縮めていく事になったのだった
俺≪何事も思い通りには行かない物だな…≫
バルクホルン≪何を言っている、見事な物じゃないか?何か不満でもあるのか?≫
俺≪いや、こっちの話さ。強いて言えば、理不尽な人生に対してかな?≫
バルクホルン≪???≫
俺の言葉が理解不能のようで、バルクホルンが不思議な表情を浮かべている
俺≪深い意味はないさ。さぁ帰ろう、凱旋だ≫
既に小型ネウロイの掃討は完了し、指揮官であるボニン少佐から帰還の命令も出ていた
激しい戦いを終えた、天駆ける戦士達は次々に帰還を始める
戦いが終われば、彼女達も年齢通りの乙女に戻り、年相応の話題で盛り上がるのだ
そんな中に、俺も楽しそうに混じっている
傍目で見る限りでは、本当に楽しそうに…
* * *
【同日晩 JG52基地】
エーリカ「はぁ~…」
JG52の新人であり、皆から愛されている少女、エーリカ・ハルトマンは憂鬱であった
これから、世界で一番苦手な人物の部屋へと行かなければならない
誰かと一緒ならともかく、彼と2人だけの時間は正直1秒でも過ごしたくはないと思う程だ
エーリカ「トゥルーデの奴、私が俺の事苦手なのを知っててこんな事頼むんだから…」
彼女がバルクホルンから受けた頼みとは、本日の誕生日会の主役である俺を部屋まで迎えに行く事
とどのつまり、パーティー開始の準備が終わったから主役をエスコートして来いと言った内容だ
エーリカ「あの人怖いんだよな~…何考えてるか全然わかんないし…それに私の事めっちゃ警戒してるし…」
彼の事で、いつも最初に思い出すのはファーストコンタクト
彼女がJG52に
初めて赴任した日の事である
火達磨になって不時着して、そのまま握手してきたクルピンスキーに驚いて、ロスマン曹長の優しそうな微笑みに安心した後、彼は現れた
いつも顔に張り付けている、無邪気な笑みをその日も浮かべていた
エーリカは生まれつき勘が非常に優れていた
だから稀に、嘘でできた笑みの仮面を被る人間がいる事を幼くして気付いていたのだ
その仮面の意味が大まかな分類として
- 他人を見下している物
- 悪意を隠すための物
- 媚びへつらって取り入ろうとする物
大体この3つに分けられる事も知っていた
しかし、彼の笑みはこのどれにも当てはまっていないと思う
およそ、感情と言える物が一切感じ取れなかったのだった
彼という人間が理解できなくて、避け続けていたのだ
彼のエーリカを見る眼が少し変わったのはいつからだっただろうか?
たまに、背筋がゾクッとする時があれば大概あの男が遠くからエーリカを見つめているのだ
エーリカ「あー、なんでもっと上手く避けられなかったかなぁ~」
後悔先に立たず、まさにそんな心境だ
どんなに嫌な事、問題を先送りにしても、それはいずれ訪れる
彼女の足が、俺の部屋の前で止まる
なんの変哲もない部屋なのに、エーリカにとってはまるで地獄への入り口にも感じられる
それほど彼の事を嫌悪しているのだ
エーリカ「スー…ハー…」
大きく深呼吸して、ノック
彼女の心境とは裏腹に、軽快な音がコンコンコンと鳴る
「どうぞ」
あくまでも爽やかな声が入室を促す
この声も爽やかに聞こえるだけなのだろうか?疑いだせばキリが無い
エーリカ「失礼します」
意を決してドアを開けば、相も変わらず笑顔を顔に張り付けた俺が筆を持ちキャンバスに向かっている光景が眼に写る
耳にはベルリオーズの幻想交響曲がとび込んできた
皮肉にも「第4楽章 断頭台への行進」である
あまりに自分の心境とマッチしたBGMに、少し苦笑してエーリカが口を開く
エーリカ「えっと、パーティーの準備が終わったんで迎えに…」
俺「そうかい、わざわざすまないねフラウ」
そうは答えたものの、俺は椅子から動こうとしないし、筆を動かす手を止める気配も見えない
エーリカ「えっと、あの…」
俺「そういえば俺とフラウはあまり話した事無かったよね?少し、お話しないかい?」
エーリカ「え!?いや…はい…」
断る理由が思い浮かばずに、なし崩し的に彼と話をする事になってしまった
どうもこの男相手だと調子が狂わされていけない
緊張した彼女の心と同調するかのように、BGMは激しさを増していく
俺「そんなに緊張しないでよ、俺って嫌われてるのかな?」
柔和な笑みを浮かべたように見えるその顔はやはりエーリカには偽物のように見える
エーリカ「そんな訳ないじゃないですか~」
俺「そう?なら良かった、避けられてるのかと思ったよ。あはは」
字面だけ見ればフレンドリーな会話だが、その実エーリカの心境は穏やかでは無い
適度な緊張感をはらんで、刻一刻と時は進んでいく
俺「ねぇフラウ、君は俺の事どう思ってる?正直な感想を聞かせてよ」
エーリカ「ッ!?」
いきなり、心臓を鷲掴みにするような質問をぶつけられる
この質問の真の意味を…今現在、彼に“探られている”とエーリカは正しく自覚した
ここで動揺してはマズイと、彼女の天性の勘の良さと、危機対応能力の才が告げるのか?
エーリカは眉一つ動かさず、冷静に答える
エーリカ「うーん、頼りになる先輩って感じですかね~。イケメンだし、真面目だし嫌いじゃないですよ
あ、でも私は俺さんの笑顔あんまり好きじゃなかったりして~。にゃはは!」
嘘の中に、少しの事実を交えて告げる
俺「最後はともかく、そう思われてるのは嬉しいなぁ~
しかし、フラウも結構言うね」
2人共、笑う
どちらも嘘をつきながら
エーリカ「あ、私の方からも質問していいですか?」
俺「もちろん、なんでも聞いてよ」
BGMが最終盤の山場に立ち行った時、エーリカがいつも思っていた疑問をぶつける
エーリカ「その絵の赤毛の女性、なんでいつまでも顔を描かないんですか?」
俺「描けないんだよ」
俺「だって彼女の真正面からの顔を、俺は覚えていないんだもん」
そう、いつだって記憶の中の彼女はクルトを見つめて微笑んでいる
その笑顔が自分に向けられる事は無く、いつも俺は彼女の横顔を見つめていた
会話が終わり、絵の片付けをするから先に戻ってくれと俺に頼まれたので、エーリカ・ハルトマンは1人で彼の部屋から立ち去っていった
それにしても、稀に彼女のように勘が鋭い人間と言う物が存在するらしい
そう言った人種達は、だいたいが一目で俺の異常性に気付き、関わりを持とうとしないのが特徴であった
だから、俺はエーリカを実験台として擬態の精度を高めようと考えていた
向上心は人間らしく生きるためには必要不可欠な要素だ
そんな事を考えながら、俺は夕方にミーナから届いた手紙を手に取り眺める
内容はクルトが軍に志願した事・引き止めたが聞く耳を一切持たなかった事・俺からも考え直すように言って欲しい
この3点だった
俺の誕生日に関しては一切触れられていなかった
俺「ハッピーバースデー」
彼女の代わりに1人で呟いて、俺は自室の灯りを消してバースデー会場へと向かう
彼にとっては何の価値も持たない、有象無象共からの祝福の言葉を受けるために
最終更新:2013年02月04日 15:06