――ヨーロッパに広がる、とある民間伝承より
むかしむかし とおいヒガシのチから クニをおわれた みっつのタミがヨーロッパにやってきました。
かれらのクニは おそろしいカイイに やきはらわれてしまったそうです。
それを ふびんにおもった みっつのクニのおうさまたちは それぞれのクニでひきとったのです。
かれらは つよく そしてかしこいタミでした。
いろいろなことを クニのヒトビトにつたえ すくってもらったおんを ひっしにかえして へいおんにすごしました。
ですが そんなひびは ながくは つづきませんでした。
みっつのクニのおうさまたちが せんそうを はじめてしまったのです。
それぞれのタミたちは それぞれのクニに おんをかえそうと あんぺいになって ひっしにたたかいます。
でも たたかいは おわりませんでした。
クニのひとびとと ともにたたかったタミは おおくのなかまをうしなっても たたかいをやめませんでした。
やがて ながくつづいた せんそうは おわりをむかえました。
ですが せんそうがおわったころには かれらはだれもいなくなってしまいました。
でも かれらは にげだしたのではありません。
ひとつのタミは タタカイにつかれて ぶきそのものになり。
ひとつのタミは ひとびとをにくみ カイイとなり。
ひとつのタミは タタカイのなかで しにたえてしまったのです。
そのせんそうから しばらくときが ながれると みっつのくにで きみょうなうわさがひろがります。
そのうわさは それぞれのタミを それぞれひきとったクニの まちでみかけた というのです。
ひとびとは うそだ とおもいいましたが すぐに それがほんとうのことだと わかりました。
かれらには ひとめでわかる とくちょうが あったのです
ぶきになったタミには からだのどこかに みっつめのメがあり かれらは シユウ とよばれていました。
カイイになったタミには いつもくびに ヘビがまきついており かれらは キョウコウ とよばれていました。
しにたえてしまったタミには からだにうろこがあり かれらは カハク とよばれていました
かれらに であっても けっしてはなしかけては いけません。
かれらは せんそうをやめなかったひとびとを にくんでいるからです。
だから かれらと であってしまったら――――――
――オラーシャ ペンテブルグ 夜
第502統合戦闘航空団を要する基地の外壁に、一人の少年と黒い鷲が居た。
黒い布で右目を隠すように顔を覆い、余った部分をマフラーのように後方へと流している。
黒い鷲は、彼の頭上を旋回し、まるで見守っているかのようだった。
こんな時間に何をするつもりなのか、少年は5mはあるであろう壁をしげしげと眺めていた。
少年「やれやれ、厄介な仕事を押し付けられた」
黒鷲「自業自得だ。……で、ここは一つワシと契約せんか? 仕事がぐっと楽になるぞ」
少年「いやだね。お前みたいな奴、必要ない」
それだけ告げると少年は地を蹴り、たった一跳びで外壁の頂点に飛び乗る。
最早、常人の領域にはない恐るべき跳躍力であった。そして、洞察力も飛び抜けていた。
その壁の向こうは植林が成されており、また壁の高さも相俟って、巡回する兵士も少なく、その優先度も極めて低い。
僅かな月明かりしかない中、少年はそれでも何かが見えているのか、外気に触れている左目で眼下の木々を見回している。
やがて、誰も居ないことを確認すると外壁から飛び降り、音もなく着地するや木々の合間へと消えていった。
黒鷲「やれやれ行ってしまいおった」
基地全体を俯瞰できる程の高度に飛び上がっていた黒い鷲は、残念そうに呟いた。
この鷲は決して魔物の類ではない。歴とした使い魔である。
もっとも現段階では誰とも契約しておらず、あの少年を主にしたがっているようではあるが……。
黒鷲「しかし、あれの依頼人も正気ではないな。このご時世にウィッチの暗殺など……」
少年の目的は暗殺。そして、それを生業とする人間であった。
標的はこの基地の司令官、グンドュラ・ラル。
誰が何の目的でそのような依頼をしたのか定かではないが、一つだけ確かなことは、既に運命の歯車は音を立てて動き始めていることだ。
黒鷲の願いからも分かるように、彼もまたウィッチであるだろう。それを考えれば、暗殺も不可能ではないかもしれない。
だが、決定的な違いが少年とラルの間にはあった。
それは、使い魔の不在である。
ごく一部を除いて、ウィッチは使い魔という制御装置に頼らねばならない。
これは如何ともし難い、絶対的な差だ。シールドも張れなければ、固有魔法の使用もままならないでは、結果は分かったようなもの。
黒鷲「出来れば、契約したいんじゃがのぅ。ま、奴の生い立ちを考えれば、ここで死ぬのも已むなしか」
もう一度だけ嘆き、黒鷲はその翼をはためかせた。
――基地 談話室
暖炉の中で炎が揺れていた。
炎から生み出される熱は室内全体を包み、冬に向かい始めた季節の寒波を程好く押さえている。
豪奢とは言い難いが、決して安くない絨毯やソファが並べられた室内で、8人の少女がそれぞれ思い思いの行動を取っていた。
定子「はい、管野さん。お茶ですよ」
管野「……ん」
ソファに座っていた少女に、お盆の上から緑茶の入った湯のみを渡す。
ただ、お盆が木製ではなく、銀だったのがミスマッチではあった。
湯飲みを渡したのは下原 定子少尉。
リバウの過酷な様相を呈した戦場を生き抜いたウィッチとは思えない、柔和な少女である。
それを受け取った少女は管野 直枝少尉。
眉間に皺を寄せており、不機嫌そうな様子を隠そうともしていなかった。
二人のやり取りを見る限り、劣悪な関係というよりも寧ろ、亭主関白の家庭を近いのかもしれない。。
実際に管野も決して不機嫌な訳ではない。ただ、彼女自身が猛々しい性格の方がウィッチに相応しいと思っているだけなのだ。
ただ残念なのは、表情に反して小柄な体型なため、子供が癇癪を起こしているようにしか見えないことか。
クルピンスキー「やったね。ボクの勝ちだよ、エディータ」
ロスマン「くぅッ! もう一度。もう一度勝負しましょう、伯爵」
身長に差のある二人が、ビリヤード台の前で話していた。
今し方まで続けていたナインボールの決着に不満があるのか、背の小さい方の少女は対戦相手に食って掛かっていた。
だが、悲しいかな。既に彼女は絶賛4連敗中だ。
子供と言っても遜色のない小さい体躯の少女はエディータ・ロスマン曹長。
数々のエース達を育ててきたベテランであり、恐らくは現時点で正式に戦っているウィッチの中でも最古参に当たる人物。
一目見れば、とてもそのような人間には見えないが、この隊のウィッチは大なり小なり尊敬を向けているのは確かである。
もう一度と詰め寄ってくるロスマンを、どうしようかと意地悪げ笑っているのはヴァルトルート・クルピンスキー中尉。
彼女はすらりとした身体と常に余裕のある優雅な振る舞いから、羨望と憧れを持って伯爵と呼ばれている。
無類の酒好きにして享楽主義者。現に今も、ビリヤード台の端に置いてあったグラスを手に取り、中のウイスキーを飲んでいた。
サーシャ「ニパさん、身体の方は大丈夫?」
ニパ「……固有魔法のことは知ってるでしょ。それに、ジョゼも大丈夫って言ってくれてるよ」
ジョゼ「ふぁ、んく……はい。大丈夫です。傷痕も残らずに綺麗に治っていましたから」
管野が座っているソファの対面には、三人の少女が座っていた。
金髪を揺らし、隣に座っている少女の身体を心配しているのはオラーシャのトップエース、アレクサンドラ・I・ポルクイーシキン大尉。
502JWFの戦闘隊長でありながら戦闘全般を任されており、通常の戦闘隊長以上の職務をこなしている才女である。
出撃の度に増えていくストライカーユニットの全損率に、常に頭を悩ましている。
そんなサーシャの心配を疎ましそうに返したのは、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン。
大抵、何らかの功績や誰にもできないような真似をしたウィッチには渾名で呼ばれる。彼女の場合は、ツイてないカタヤイネン。
度重なる被弾やエンジントラブルによる非撃墜数の多さが、彼女がそう呼ばれる所以である。
そして、一人だけロールケーキを食べていた少女の名前は、ジョーゼット・ルマール少尉。
502JWFきっての常識人であり、それ故に苦労人でもある。
可愛く華奢な見た目ではあるものの、ポルクイーシキンが直々に招聘するほどの実力者なのだ。
ラル「……………………」
そして、そんな彼女達を見守れる位置で、一人掛けのソファに座っているのがグンドュラ・ラル少佐。502JWFを束ねる女傑である。
彼女は管野等とテーブルを囲むように座り、その上には氷の入ったグラスが一つ。
だが、グラスの中身は僅かに減った程度で、それきり手がつけられた様子はない。
その表情は硬く、柳眉が逆立ってすら見える。酔っている訳でも、不機嫌な訳でもなかった。
何か。何か、嫌な予感がするのだ。
それは、長らく戦場を離れる結果となる大怪我を負う前に感じていた予感と同じような気さえした。
ラル(ネウロイが、来るのか?)
定子「あの少佐、どこか具合でも?」
ラル「ああ、いや……」
定子の問い掛けに、心配をかけまいと返事をしようとしたその時、談話室の扉が叩かれた。
こんな時間になんだろう、と全員が思った。
ネウロイの襲来ならば、基地の誰かが直接伝えに来る訳もないし、緊急時ならばサイレンが鳴り響く。
整備員も、今日の仕事は当に終えている。何かあるとすれば、ストライカーユニットか武装に、何らかの致命的な問題が起きたということだ。
サーシャ「……はい、どうぞ?」
?「……失礼、します」
扉を開けて入ってきたのは、彼女達もよく知る整備班長だった。
仕事熱心で明るく、最近生まれたという子供のことを嬉しげに、そして自分の顔を知らないので父親と思ってくれるかと不安げに語る家族思いな男である。
それを見たサーシャが慌てて、ソファーから班長の前に立つ。
彼が此処に来たということは、間違いなくストライカーユニットに関連してのことだ。彼女としては居ても立ってもいられない
サーシャ「ストライカーユニ……、血? 怪我をなさったんですか!?」
班長「………………」
小さい悲鳴を上げるサーシャに何も言わず、班長は虚ろな目でぼうっと眺めているだけだ。
確かに、右手の先から赤い血がポタポタと滴っている。傷の場所は、上腕部辺りにあるのが裂けた作業着から分かった。
だが、彼は喋る気力もないほど消耗しているのか、僅かに前に出るだけだった。
サーシャ「ルマールさん、治療をお願い!」
ジョゼ「は、はい!」
クルピンスキー「ん? …………駄目だ! 二人とも近寄るな!」
何故、彼女が彼女らしからぬ声を上げたのか。
それは班長の襟首と後頭部の髪を持ち、気を失ったないし既に死亡している彼を、無理矢理立たせている二本の手を視界に入れたからだ。
え、と反応した二人であったが、全ての行動が遅すぎた。
サーシャ「きゃッ……!」
ジョゼ「うぐぅッ!」
どん、と音を立てて班長の身体が突き飛ばされ、サーシャとジョゼは受け止めきれず、共に地面へと倒れ伏す。
『それ』の姿を初めに確認したのは管野、定子、ニパ、ラルの4人。
『それ』は、薄暗い廊下の闇に紛れるように、或いは幽鬼のように立っていた。
突然の出来事に、ネウロイとの戦いで培われた判断力も思考も凍りつき、あらゆるアクションを阻害する。
そして、その硬直は『それ』の前では致命的な隙。
ラル「…………くッ!」
銀光が奔る。
それが腕を振った瞬間、一本のナイフがありえない速度で射出されていた。
狙いは、ラルの眉間。刺されば、即死は免れない。
いち早く硬直からの再起動したラルは、自らの使い魔と一体化し、狼の耳と尻尾を生やした。同時に、魔法シールドを展開する。
ネウロイのビームですら弾く、人類の用いる守りにおいて最強の盾。
だが、彼女の思考は今一度凍りつく。
呆れたことに、『それ』はナイフを投擲すると同時に跳躍していた。それも、空間を奔るナイフと全く同じ速度で。
ラル「――――、あ」
眼前の光景に、呆然と呟くラルは、頭のどこかで冷静な自分が呟くのを感じた。
――ああ、死んだな、と。
極限状態の中、生と死が交錯する。
無限に浮かび上がる無駄な思考と過去の思い出。
ラル(これが、走馬灯という奴か)
死を前にして、取り乱すことなく冷静な思考ができる自分に驚いた。
それは死ぬ覚悟が出来ていたということなのだろう。
生き抜く覚悟もしていたつもりではあったが、どうやら比重は逆だったようだ。
一度は生死の境を彷徨った身である。そこから何とか立ち上がり、闘志をもって再び戦場に舞い戻った。
ラル(よく、やった方だな。すまん、大尉、エディータ。後のことは頼んだ)
それが彼女の最後の思考となるのか。
ともかく、ラルが指一本も動かす暇もないまま、ナイフはシールドに弾かれたが、『それ』は頭の上に着地する。
傍目から見れば、何かの曲芸に見えただろう。何せ、人間の頭の上で人間が片手で逆立ちをしているのだから。
頭頂部から感じる手の感触に反して、重さは一切感じない。奇妙な体術だ。
ゾクリと首から背筋が氷に変じてしまったような悪寒が奔る。
『それ』が何をやろうとしているかは分からない。だが、次の瞬間、己の頚椎が破壊される光景を幻視した。
『それ』は、両脚を大きく開き、そのまま風車のように回転し、彼女の頚椎を
クルピンスキー「こ、のぉぉぉぉッ!!」
『それ』「…………ッ!?」
破壊することは叶わなかった。
恐るべき技が展開されるよりも速く、クルピンスキーは手にしていたキューを槍投げの要領で投擲していた。
魔法力によって強化された身体能力とキューの威力は、武器ではないが常人であれば骨折は免れない。
そんなものが、『それ』の胸部に直撃した。
手がラルの頭部から離れ、きりもみに回転しながら吹っ飛んでいく。
死神の魔の手から逃れた彼女は、そのままテーブルの上を前転しながら、恐るべき敵から距離を取った。
ラル「……ハ、はぁ……はっぁ」
クルピンスキー「……大丈夫かい?」
ラル「なん……とか、な」
九死に一生を得たラルは、今の今まで呼吸を停止させ、冷たい汗が全身を濡らしているのに気が付いた。
心臓が早鐘を打っている。恐怖か、絶望のためか、全身が震えている。だがそれでもなお、己を奮い立たせて立つのがグンドュラ・ラルという人間である。
見れば、クルピンスキーも頬に汗を伝わせている。彼女からしても、冷や汗を掻く事態だったようだ。
サーシャ「ラル少佐、班長も無事です。命に別状はありません」
ラル「そうか。それは、何よりだ」
サーシャからの報告を受けて、大事な部下の命が無事だったことに安堵の溜息を吐く。
正直に言えば、自分を殺そうとしていた相手は情け容赦がないものと高を括り、既に殺されているものだと思っていた。
だが、予想に反して、無益な殺生はしない主義のようだ。もっとも、自分を殺すことは、敵にとっては有益らしいが。
管野「……このヤロウッ!」
ロスマン「嘘でしょ……」
クルピンスキー「手加減なんて、する余裕はなかったんだけどね……」
『それ』は、ウィッチの攻撃を受けてなお、平然と立ち上がっていた。
右目と顔を覆い隠す黒い布の覆面、同じく闇に溶け込むための黒い上下。
ただ、胸部はクルピンスキーの攻撃を受けて、横一文字に大きく裂けていた。
彼女達は知る由もないが、『それ』は先程、基地内部に侵入を果たした少年と同一人物であるようだ。
彼は胸部にキューが直撃する瞬間、自らの身体を旋回させ、肉体へのダメージを受け流していた。
ただ、その回転をラルの頭部へ集中させる余裕はなかったようだ。
衣服はビリビリに引き裂かれたが、胸板には傷どころか痣すらない。
いや、それ以上に目を引くのは胸に刻まれた、刺青か。
ニパ「な、なんなんだよ、コイツ……」
ラル「第三の眼、邪眼の刺青だと……ッ。こいつ、シユウの暗兵なのか!?」
クルピンスキー「冗談だろう? アレは……」
ジョゼ「で、でも、あれって御伽噺じゃ……」
ロスマン「…………」
その胸には、不気味な眼を象った刺青が刻まれていた。
ラルの呟きに反応したのは、ヨーロッパ出身の者だけ。
現に、定子も、管野も、ニパも、サーシャも何のことを言っているのか、理解できていない様子だ。
管野「何にせよ、ただで帰れると、うわッ!?」
定子「管野さんッ!?」
前に出て、正体不明の敵に殴り掛かろうとした管野は、少年の蹴り飛ばしたソファと激突し、尻餅をつく。
定子は慌てて駆け寄り外傷がないのを確認して、正面の敵を見据えるがその場には既に誰も居なかった。
ガラスの割れる音が室内に響く。
現状での目標殺害は不可能と判断したのか、あっさりと逃亡を選択し、窓の外に身を投げていた。
この談話室があるのは3階。高さにしておよそ7、8m。如何に下が芝生でも、何らかのダメージは免れない。
だが、少年は着地と同時に身体を回転させ、衝撃を分散する。
そのまま勢いを利用して立ち上がり、木々の合間に消えていった。
サーシャ「追跡を……」
ラル「いや、止めろ! 何もこちらから蜂の巣をつつくような真似をしなくてもいい」
サーシャ「……しかし」
ラル「止めるんだ。冗談じゃなしに、死人が出る羽目になる」
管野「いてて。……クソ! なんなんだよ、あのヤロウッ!!」
立ち上がった管野は、苛立ちを言葉と壁を殴ることで表現する。
ビシリ、と圧縮式超硬度防御魔方陣を纏った拳は壁に蜘蛛の巣状の罅を走られせた。
定子「少佐、あの人は一体……」
定子の問いに、どう答えるべきか迷う。
実際、自分としても混乱しているのだ。
ヨーロッパの人間ならば誰でも知っているような民間伝承の中から出てきた一族であると説明すべきなのだろうか。
それとも、その民間伝承の一部は真実であり、今も存在している一族であると伝えるべきなのか。
やがて、ラルは意を決したように口を開いた。
ラル「あれはな、暗兵という存在だ。過去の遺物、便利な忌み物。……要は、時代遅れの暗殺者だ」
何時もの響きを取り戻した言葉に反して、窓枠に添えられた手は寒さを耐える少女のように、震えていた。
最終更新:2013年02月06日 23:17