俺「……ほらよ」

ニパ「……ありがと」


キッチンに残っていた紅茶の茶葉を発見した俺は、早速自分とニパの分を入れていた。
紅茶は保存状態が良ければ、味が変わらずに何年も持つ。彼が見つけたものも、どうやら保存状態に不備はなかったようだ。

今、二人はテーブルの対面に座っており、ただ熱い紅茶を啜るだけで会話はない。
俺は気にしていないようではあったが、ニパは気まずいのか視線が右へ左へと泳いでいた。


ニパ「……あ、そういえば!」

俺「ん? どうかしたか?」

ニパ「いや、あの時、わたしを殴ったのに、どうしてネウロイを倒せたのかな、って」

俺「あー、そうか。北欧とかの人間からしたら、摩訶不思議な技かな。簡単に言えば、扶桑で言うところの鎧通しに近いか?」

ニパ「ヨロイトオシ?」


うん、と小動物のように首をコクリと動かす。

鎧通しとは、組み打ちの際に鎧の隙間を通して刺突することを目的とした短刀の総称である。
あの技に名前はないが、鎧通しという武器を技として再現したものらしい。
無論、鎧の隙間を縫う刺突の技ではない。目標に衝撃を伝え、内側から破壊する技だ。


ニパ「内側から、破壊する……?」

俺「うーん。ここらへんの概念はお前等には分かりにくいか? 基本的に、そっちはボクシングとかレスリングとかが主流だしな」

ニパ「正直、何を言ってるのか分からない、かな?」

俺「ま、中国の武術ってのはボクシングみたいに筋肉や骨格を鍛えて外側から衝撃で破壊する流派もあれば、どの武術にも見られないような内側から破壊する流派もあったんだ」

ニパ「はあ、それってどれくらいあったの?」

俺「さあ? でも百以上もの流派に分岐してたみたいだよ」

ニパ「へぇ、そんなに……」

俺「暗兵は、その様々な流派から実戦で使えそうかつ殺傷能力の高い技を引き抜いたみたいだ。
  アレはそれを、ネウロイや欧州の分厚い鎧に対して使用できるように改良した技らしい」


原理としては振り子の玩具を考えるのが分かり易いか。
いくつもの鉄球を連ね、端の鉄球を持ち上げ弾くと、反対側の鉄球が弾かれる、あの玩具だ。

人間ならば、鎧の強度に関係なく内臓が破裂する。
旧世代のネウロイならば、装甲の厚さに関係なく、コアの位置を把握していれば、問題なく破壊が可能という凶悪な技である。
但し、破壊部位が他の物体と接触しているのが要点となるが、ネウロイである以上、問題にならないだろう。


俺「お前が下手な体術の心得がなくてよかったよ。半端に受け身でも取っていたら内臓が……おっと」

ニパ「内臓が!? 内臓が何!?」

俺「尤も、アレが通用したのは第一次ネウロイ大戦以前の話だ。現代じゃ、純粋な生身の出せる威力で倒せるネウロイなんてそうそういないからね」

ニパ「無視した! そんなに危険な技だったのかよ!?」


自分の叫びを無視し、淡々と説明する俺にちょっとした戦慄を覚える。
しかし、確率や実現可能という点に重きを置き、依頼人を守るために命を懸ける彼のことだ、可能であると確信しての行動だろう。
その点に関しては、ニパも彼を信頼していたので、それ以上何も言うことは出来なかった。

そしてまた、沈黙が生まれる。
ニパは何かを聞こうとも思ったが、俺は冷えた身体を温めることに集中しているのか気にした様子はない。

だから。だからか、ポツリと自分の思っていた言葉が洩れた。


ニパ「…………ごめん」

俺「…………?」

ニパ「肩と額の傷。わたしが無茶をしなければ、わたしがいなければ、負わなくてもいい傷だったから……」


治療した傷は、シーツの切れ端を包帯代わりに巻きつけられている。
少々不衛生であったが、流れる血を抑えるために仕方がなかった。

ニパの言葉に自分の負傷した右肩へと視線を向けたが、彼女の謝る理由が理解できずに首を傾げるだけだった。


俺「なんでお前が謝るの?」

ニパ「だって、わたしのせいだし……」

俺「ああ、そういうこと。戦ってるんだから仕方ないだろ、これくらい。気にすることじゃない、死んだ訳でもあるまいし」

ニパ「………………」


更に、心も身体も使えば傷ついて当然だろう、と同意を求めたが返事はない。

戦いに対する覚悟が違う、と素直にそう思った。
生きられるのならば可能な限り生き延び、死ぬのならば己の果たすべき責任を果たして逝く。
極めてシンプルで、それ故に常人では難しい、実に暗兵らしい覚悟だった。


ニパ「わたしは……俺みたく強くなれないよ。自分の不幸で傷つくのも死ぬのも諦めがつく。けど、それが他人に降りかかるのは……、耐えられない」

俺「……不幸、ね。いちいち気にするもどうかと思うけど。運は人のどうこうできる領分じゃないしな」

ニパ「でも、可笑しいと思わない? こんなに撃墜されるなんてさ。今回もそうだよ、整備の人達が手を抜いている訳でもないのに……」

俺「お前のツイてなさは確かに異常だな。神様にでも嫌われてるんじゃないのか?」


俺としては冗談のつもりだったのだが、ニパは的を射ていると力なく笑うだけだった。

被弾によるものを差し引いても、エンジントラブルによる事故と墜落の数は異常としか言いようがない。
それも誰かが意図して引き起こしたものではない。純粋に、単純に、不幸として言えないものばかり。
全てが嫌になる気持ちも分からないではないだろう。


俺「しかし、そうは言ってもな。どうにかできないなら、そのまま生きていくしかないだろ」

ニパ「俺には分からないかもしれないけど、怖いんだ。次は死ぬんじゃないか、次は誰か死んじゃうんじゃないか、ってさ……」

俺「だったら、軍を辞めればいいだけの話だろ」


余りにも無責任な言葉に、ニパは目を丸くする。

ウィッチはネウロイに対する人類最後の守り手である。それを周囲があっさりと辞めさせてくれる訳がない。
それを知っていてなお、俺は無責任な科白を吐いた。


俺「自分が死ぬのが嫌なら、誰かが死ぬのを見るのが嫌なら、初めから戦わなければいい」

ニパ「でも、わたしはウィッチで……」

俺「自然の中にウィッチだから戦わなくちゃならない摂理なんてない。戦いたくないことは戦わない理由にはならないが、人類のために戦いたくない奴まで戦わせる必要なんてないさ」

ニパ「なんで……?」

俺「そこまでいってたら、人類はもう敗北したようなものだからだよ」


やる気のない人間、戦う意思を持てない人間。どれだけ人類が窮地に追い込まれたとしても、危機感を持てぬ人間は存在する。
そんな人間まで戦わせる必要があるまで人類が追い込まれたとするのなら、それだけ戦力が削り取られたということだ。


俺「その点、今はまだまだ余裕がある。人類全体というデカい視点ではあるけどね」

ニパ「自分一人だけ逃げ出すなんて……」

俺「そりゃ周りの連中はとやかく言うだろうさ。貴重な戦力の喪失だ、引き留めない方が可笑しい。
  でもな、お前はウィッチである前に人間で、女で、子供だろ。戦う意思がないのに無理に戦わせるのは、どうかと思うけど?」

ニパ「それは、…………そうかもしれないけど」

俺「何だよ、半端だなぁ。嫌なら嫌、嫌でも続けるなら続けるで、ハッキリしたらどうだ」


随分、簡単に言っているが、ニパの板挟みも理解できない訳でもあるまい。

遠い昔よりネウロイと戦い続けてきたウィッチ。遺伝子にまで組み込まれているのか、彼女達の“守る”という思いの強さは人一倍である。
そして、ニパの不運不幸に対する諦観と苦痛もまた同様。
その狭間で、彼女は答えも逃げ道も見いだせずに苦しんでいる。

だが、このままでは駄目だ。
如何にスオムス十指に入るエースであったとしても、そのような不安定な精神ではそう遠くない未来に死んでしまう。

依頼人のために命を懸ける暗兵だったとしても、依頼人が死に向かっているのでは手の打ちようがない。


俺「仮に……もし仮に、お前が逃げ出したとしても、俺はお前を責めないよ」

ニパ「……え?」

俺「俺はさ、思うんだ。お前みたいな不幸な人間であろうがなかろうが、人付き合いには常に覚悟が必要だ、って」


相手に裏切られる覚悟。相手の不幸に巻き込まれる覚悟。相手の窮地に手を差し伸べる覚悟。上げていけばきりがない。
意識しているにせよ、無意識にせよ。相手が凶悪な殺人犯にせよ、相手が冗談みたいな聖人君子にせよ。相応の覚悟が必要だと俺は考える。
相手を傷つけることも、相手に傷つけられることも全てをひっくるめて、付き合いと言うのだと。

常に虐げられ、常に使い捨てにされてきた暗兵らしい考えだ。
半端な覚悟で契約を結んだりはしない。半端な思いで人と関わりを持とうとは思わない。
付き合うのなら腹を括る。相手の全てを許容し、どのような結末が待っていたとしても揺るがない。後に遺恨を残すことはない。


俺「ラルも、伯爵も、先生も、熊さんも、管野も、下原も、ジョゼも、お前と戦うと決まった時点で、お前の不幸に巻き込まれることは覚悟している筈だ」

ニパ「……だからって!」

俺「だから、後はお前が腹を括るだけだ」


視線を逸らすことなく真っ直ぐと見据える。
静かだが、秘められた意志の強さを感じられる。そんな瞳であった。

もう不貞腐れることも、諦めることも許さない。生きている以上、戦う以上、最低限それくらいの覚悟は持てとそう言った。


ニパ「正直……、重いなぁ」

俺「贅沢な重荷、……とは言わないよ。仕方がないさ、皆はお前をそれだけ価値のある者だと思っているんだ」

ニパ「…………俺も?」

俺「勿論。戦える以上、子供だろうが不幸な奴だろうが、立派な戦力さ」


予想していた、自身の欲していた答えとは違ったが、彼の言葉に嘘がないことだけは分かった。
実に前向きな、実に暗兵らしい返答ではあったが、どんな形であれ自分が認めらて嬉しくない訳がない。
他の仲間も同じように思ってくれているのなら、スオムスの親友達と同様に認めてくれるのなら……。


ニパ「…………そう考える、余裕なんてなかったな、わたし」

俺「生きてるだけで丸儲け丸儲け。今がダメなら次に、次がダメでも更に次に向けて進めばいいよ」

ニパ「本当、変に前向きだなぁ」


彼ほどに、生きてさえいれば次がある、そう思えるほど前向きに生きられないのは分かっている。
けれど、仲間や俺の覚悟に答えたいと思えたのも、また事実だ。

空を飛んでいる限り、エンジントラブルや被弾、撃墜からは逃れられないだろう。
その度にサーシャに怒られ、ラルとロスマンからは苦笑を貰い、管野とクルピンスキーと共に正座し、下原やジョゼから慰められる。

それも、悪くはない。生きているからこその憤りであり、悲しみであり、また同時に仲間の優しさを実感できる瞬間なのだから。


ニパ「ねぇ、俺。わたしも、皆と戦いたいよ」

俺「じゃあ、戦えば? それに続けていれば、その不運から解放される時も来るかもしれない。ほら、開けない夜はないっていうし」

ニパ「本当に、そう思ってる?」

俺「ああ。…………でも問題なのは、人の一生よりも長い夜もザラにあるってことなんだけどね」

ニパ「人が覚悟を決めようって時に、なんでそういうこと言うかな」


彼の余計な一言に、ガックリと肩を落とす。
いや、余計な一言ではないのか。都合のいい可能性の部分だけに目を向けて語る人間ではないのだから、当然だろう。


俺「それでも前に進むしかないだろ。例え、目の前に暗闇の荒野しか広がっていないとしても、前に進まにゃ死んじまうしな」

ニパ「……うん、そうだね」

俺「腹、括る気になった?」

ニパ「どこまで続けられるかは分からないけど、やれる所までやってみようと思う」

俺「……そうか」


それ以上何も言わずに、残った紅茶を飲み干した。
本人が生きる気で戦うのなら、守ることも出来よう。尤も、それが自分に可能であるかは別ではあるが。
しかし、生きる気力のない者を守るよりも遥かに簡単な仕事だろう。


俺「お。成程、今日は寒い筈だ」

ニパ「どうしたの?」

俺「外を見ろよ、カタヤイネン。……雪だ」


窓の外を見れば、初雪が降り始めていた。故郷に比べて随分遅いが、静かに雪が降る光景は嫌いではない。
今日の気温なら吹雪く心配もないだろう。命を奪いかねないあの白い闇に比べて、目に入ってくる光景は幻想的ですらある。

そんな気分を吹き飛ばすように、くしゅんと可愛らしいくしゃみが響く。
寒さに強く、シーツで身体を覆ったニパではない。相変わらずの褌姿で隙間風の冷気に耐えていた俺のものだ。


ニパ「俺、ちょっと……」

俺「ん? 何だ、座ってろよ」


椅子から立ち上がると、俺の手を引いて暖炉の前に座らせる。
そして、後ろから抱き締めるように、一緒にシーツを被った。


俺「なにすんだ!?」

ニパ「だって、一人じゃ寒いだろ?」

俺「いい、いいよ! 暖炉の前に座ってるだけでいいから!」


背中に当たる柔らかい胸の感触と下着姿の女が居るという事実に、瞬く間に耳まで赤くなった。

伯爵や下原が、俺のことを可愛い可愛いと言っていた理由が分かった気がする。
つい先程までは頼れる暗兵ではあったが、今は気恥ずかしさに耐える年相応の少年であった。弟でも出来たような気分だ。

何とかこの状況を何とかしようとする俺ではあったが、決して乱暴にしたりはしない辺り、暗兵として依頼人を傷つけないという制約を忠実に守っている。


俺「おい! カタヤイネン!」

ニパ「ニパ、……ニパでいいよ」

俺「分かった! 分かったから!!」

ニパ「それから、ありがとう。俺のおかげで、大切なことに気が付いた」


思っていた以上に小さい身体を抱き締め、背中に額を押し付ける。
俺と出会わなかったとしても、何時かは隊の誰かが同じことを言ってくれたかもしれない。
だが、その前に死んでしまう可能性もあっただろう。その可能性を否定できなかったから、素直に礼を言うことにした。

この後、救援隊が来るまで現在の状況を維持していた二人はあらぬ誤解を受けるのだが、それはまた別の話だ。


アドラー(現時点で掌握は三割といったところか。……あと3度か4度で完全に掌握できるはず。ワシの願いも、もう目前じゃ)


そして、静かに二人を眺めていた黒鷲は、心の内でひとり呟く。
純粋でありながら底のない悪意が、彼等の知らぬ水面下で、蛇の如く蠢いていた。
最終更新:2013年02月06日 23:20