――基地内 廊下
クルピンスキー「うん、どうやら俺も空戦にだいぶ慣れてきたみたいだね」
俺「そりゃな。お前等と出撃してりゃ、嫌でも腕も上がるさ」
管野「ハッ、小型しか倒してないのに何言ってんだか」
ニパ「でも、ストライカーは壊してないけどね」
ニパとの哨戒任務の一件以来、俺も数度の実戦経験を積んでいた。
本日の成果は小型を6機。エースとはとても呼べない数字ではあるが、新人にしては上出来な数字である。
そして何よりもストライカーユニットの全損――それどころか被弾すらゼロだ――は、あの一件以来一度もない。
ロスマンの入念な観察による一撃離脱、サーシャのネウロイには奇襲と超至近距離での射撃が有効という教えを、忠実に守った故の成果だ。
現在はラルへの報告を済ませ、談話室へと向かっているところだった。
管野「いちいちそんなの気にしてたら戦えないだろ」
俺「それはそうだけど、熊さんの心労も考えてやったらどうだ。泣きそうな顔してたぜ?」
管野「……ぐッ」
俺も最近気づいたことだが、どうやら管野はサーシャを引き合いに出すとどうにも弱い。
なので、何かにつけてサーシャを引き合いに出して、管野の追及や叱責を逃れているのだった。
談話室に入れば、中では既に定子とジョゼがソファに腰かけてお茶をしている。
管野は何も言わず定子の隣に、対面側にはクルピンスキーがジョゼとニパの間に挟まれるように座った。
俺は俺でソファに腰かけることなく壁に寄りかかって、何かを思案するように天井を見上げる。
気になっていたのは、あの不定形のネウロイである。あれから暫く時間が経ったが、同型のネウロイは出現していない。
そこが気になる。
ネウロイが人間の心理というものを理解し始めているのなら、アレ以外のネウロイも何がしか変化が見られると思っていた。
だが、今日のネウロイも与えられた命令を忠実に実行しているような、機械的な反応しかしてこなかった。
アレが特殊なネウロイであったのは間違いないが、何故その成果を反映させないのかが理解できない。
少なくとも、ウィッチの銃弾に対する耐性は凄まじいものがあった筈だ。
あの液状装甲は、攻撃系の固有魔法を有しないウィッチには効果的である。それを他のネウロイに使用しない理由が見つからない。
俺「はあ。人間でも相手にしていた方がやっぱり気が楽だな……」
定子「あの、俺さんもお茶にしませんか?」
俺「ああ、うん。ありがとう」
一向に答えの出ない疑問は一先ず後回しにし、取り敢えず休息を取っておく。
一人掛けのソファに腰掛け、出された緑茶を啜る。ほどよい渋みと独特の香りが口内と鼻の奥に広がった。
やはり、紅茶よりも緑茶の方が自分に合っている。この渋みは紅茶には……
管野「……おい」
俺「ん? またオレ?」
管野「そうだよ。あの話の続き、聞かせろ」
俺「お前も物好きだね。暗兵の話なんざ、聞いてて面白いか?」
クルピンスキー「まあまあ、減るもんじゃないし、いいじゃない」
にこにこと笑う伯爵の姿に、肩を竦めて答える。
他の面々を見ても、少なからず興味のあるような顔をしていた。
俺としては耳のタコができるほど聞いた歴史である。わざわざ説明するのが面白い訳もない。
だが、隠し立てする理由もなければ、時間がないわけでもない。寧ろ、いい時間潰しにはなるだろう。
俺「じゃあ、あの話の続きになるけど、キョウコウについて語ろうか」
キョウコウとは共工と書く。シユウ同様、彼等もまた中国神話に登場する神から名付けられた一族である。
蚩尤が戦神ならば、共工は水神もしくは悪神と言えるだろう。
人面蛇身の神であり、度々洪水による被害を引き起こし、そして敗北する神とされている。
定子「悪神、ですか……? そんな名前を自ら名乗るものでしょうか?」
俺「奴等はシユウとカハクが名付けた一族なんだ。シユウは戦神の名にあやかり、キョウコウは悪神の名を名付けられ、カハクは神の名を名乗ったらしい」
クルピンスキー「悪神の名を名付けられる、か。どうにも穏やかじゃないね」
俺「それも仕方ないさ。キョウコウは暗兵の中でもきっての嫌われ者だったからな」
キョウコウは、彼等の作り上げた宗教を信仰していた。
長い放浪の旅路の果て、辿り着いたヨーロッパの地で細々と信仰されていた宗教を下敷きにしたものである。
名もない全知全能の神を祀り上げ、その日の暮らしを感謝する。そんな日常を送っていた一族だという。
俺「それだけなら問題はなかったんだ。実際、何を信奉しようが異邦人だ。ヨーロッパの人間も何らかの宗教に傾倒していた訳ではないからね」
ニパ「だったら、何で嫌われ者だなんて……」
俺「問題があったのは、宗教の内容だ。奴らの宗教ではネウロイが神の使い、天使としていたんだよ」
管野「はあ!? 何でわざわざ自分の住んでる場所を奪った奴等を……」
俺「シユウは故郷を奪われたことを運命と受け入れたが、キョウコウの連中はネウロイの力に魅入られたのさ」
太古とはいえ一国を滅するほど、地形を変形させるほど強大な力を有した存在を、彼等は恐れるよりも先に憧れ、魅入られた。
その憧憬の精神が結び付き、形となったのが彼等の信仰した名もなき宗教であった。
ジョゼ「まるで、共生派ですね……」
俺「は。あんなポっと出の寄せ集め集団と一緒にしたら可哀想だ。あれはあれで、強固な信念をもって信仰していたらしいからな」
管野「でも、それだけで嫌われるもんなのか?」
俺「だから、その宗教が問題なんだ。奴等、好き好んでウィッチを殺したんだよ。戦場で、日常で。暗殺で、完殺でね」
彼等の宗教の最終目標は自らがネウロイとなり、神に仕えることだった。
その為に、ネウロイを打倒し得るウィッチは恰好の標的であり、最上の贄であった。
そうすれば、少しでもネウロイに近づけると、馬鹿げた考えを持っていたのかもしれない。
シユウはこの世界に広がる過剰ともいえるウィッチ信仰を考慮し、ウィッチの暗殺は極力控えていた。
それは報酬の内容に対して、背負うリスクと買う恨みのバランスが取れていないという合理的な判断からだ。
しかし、キョウコウはそのリスクや恨みを度外視して、積極的にウィッチ暗殺の依頼を受けていた。
甚だしい時には、暗殺以外にも自らの意志でウィッチを殺すことさえあったらしい。
管野「成程な。そりゃ、嫌われる訳だ」
俺「それ以外にも、奴等の専門とも言える分野が災いしていた、かな?」
定子「専門? 暗兵に、専門分野なんてあるんですか?」
俺「ああ。基本、暗兵は戦時に万能とも言える忌み物であったけど、それぞれの売りがあったんだ」
クルピンスキー「へえ。ちなみにシユウの売りは?」
俺「五体の武器化によって如何なる状況においても暗殺が可能なことと、戦争の裏方としての能力の高さってところかね」
ニパ「じゃあ、キョウコウは……?」
俺「用水路と河川の破壊による意図的な渇水と洪水、宗教的結束を背景にした集団戦の巧みさかな?」
元々、キョウコウは中国においては用水路や洪水防止の河川工事に携わっていた兵士が多かった。
その技能を元にして、用水路を破壊し、飲料水や農業に使用する水の入手を困難にしたり、暴風雨の夜に河川の一部を破壊し、洪水を発生させていた。
用水路の破壊と洪水は、農作物に甚大な被害を与え、ある領地では食糧難を引き起こしたほど凄まじいものがあったようである。
戦争に置いては一介の騎士団では太刀打ちできないほどの結束と強さを見せ、暗殺者としてよりも戦士としての側面が際立った一族でもある。
何よりキョウコウが重宝されたのは、疫病が発生した村の殲滅だった。
彼等が村を殲滅したとしても、国が恨みを買うことはなく、速やかに疫病の拡大を防ぐことができたのだ。
俺「そんな真似をしていれば、当然恨みを必要以上に買う羽目になる。暗兵に対する悪感情の発端は、殆どがキョウコウのせいだ」
管野「でも、ネウロイになるなんて……」
俺「本当にそんなことが可能であると信じてたとは思えないがね。暗兵がそんな夢物語みたいなものを信じる訳があるかよ」
ジョゼ「だったら、なんでそんな宗教を……?」
俺「奴等が欲しかったのは結束力だったんだろ。
愛情だの友情みたいな曖昧なものよりも、宗教的な繋がりの方が圧倒的に深く、硬い結束が生まれるからな。もっとも、それが仇になった訳だが……」
クルピンスキー「仇になった……?」
俺「うん。キョウコウは既に滅んでいる。その滅びの原因こそが、宗教的な繋がりだった」
中世ヨーロッパで鏖殺令が発せられた際、キョウコウの一族は滅んだという。
俺「前にも言ったがシユウは信念がないからさっさと逃げたが、奴等は依怙地に反抗しやがったのさ」
宗教的結束の強さが、反抗を誘発したのである。或いは他所からの介入もあったのかもしれない。
そして、キョウコウの一族は戦闘員、非戦闘員問わず、皆殺しにされた。
男も、女も、老人も、赤子も、怪我人も、病人も、一切の区別なく殺され、死体を晒された。
如何に凶悪な暗兵集団と言えども、国の保有する戦力に叶う筈もない。戦力比が違いすぎた。
どのような一騎当千の猛者であろうとも、人間である以上、戦いが続けば疲労が蓄積し、いずれは殺されるものだ。
定子「じゃあ、その時にキョウコウは全滅したんですか?」
俺「いや、もしかしたら生き残った剛の者も居たかもな。でも、一族の再興なんざ無理だったろうさ。ひっそりとどこかで死んだんだろうよ」
少なくとも、現時点でシユウはキョウコウを確認してはいない。
彼等の諜報員すら超える情報収集能力を考えれば、当時のヨーロッパで滅んだと見て間違いないだろう。
俺「暗兵でありながら現実的かつ合理的な行動が出来なかった、当然の末路だな」
ニパ「何もそこまで、言うことはないじゃないか」
俺「仕方ない。奴等はロマンチストが過ぎたのさ。それに、自分達の信念に殉じて死んだんだぜ、満足だったんじゃないのか?」
既に亡くなった者達に興味はない。
例えどれだけ悲惨だろうが、どれだけ虚しかろうが、終わった事柄に思考を向けることすら馬鹿らしいと鼻で笑う。
そもそも絶望的な戦力を前にして退かない方が悪い、とでも考えているのだろう。
だが、彼は気付いているのだろうか。
宗教のために死のうが、信頼ある依頼人のために死のうが、結局のところ何も違いがないことに。
ラル「……む、やはり此処にいたか」
ジョゼ「少佐、どうかなさったんですか?」
ラル「ああ、これを俺に渡そうと思ってな」
談話室へと入ってきたラルが、手にしていた封筒を見せる。封筒の中身は、言うまでもなく金。つまり、俺に対する報酬だ。
正式な軍人でない以上、軍からの報酬はない。故にこの報酬は彼女達に支払われる給与の一部から支払われている。無論、全員同意の上である。
始めは管野が難色を示したが、元より金に拘る人間ではない。思ったよりも事は簡単に片付いた。
ラル「喜べ、俺。私よりも高給取りになってしまったぞ」
俺「そうなのか。……じゃあ、確かに半月分受け取った」
クルピンスキー「中身は確認しなくていいのかい?」
俺「うん。重さでキッチリ分かる」
ニパ「なにそれこわい」
管野「このド守銭奴!」
掌に封筒を乗せて、重さで金額を測るという暗兵の地味に凄まじい特技を見せた俺に全員が苦笑いか呆れの表情を浮かべた。
ラル「しかし、オラーシャの通貨でよかったのか? もし必要であれば、換金くらいさせるが」
俺「それくらいはこっちでやるよ。国籍がないからって両替ができない訳じゃない。妙な勘繰りをされても面倒だろ」
定子「そう言えば、そのお金、どうするんですか? まさか直接自分でシユウの村に届けに行くわけではないですよね」
定子の疑問も尤もだ。
出稼ぎ要員として暗兵を送り出すのであれば、当然、稼いだ金を村へと送る必要がある。
しかし、送り先はどこの国にも所属していない、何処にあるとも知れない村にどうやって送るというのか。
俺「シユウには暗兵の中に分類があってね。その中で『脚』と呼ばれる連中が居るんだ」
ジョゼ「あし、ですか?」
俺「そ。暗兵はいつ死ぬか分からないし、一つの場所に金を隠しておくのは危険だからな。いわゆる集金係みたいなもんだ」
シユウの暗兵には、それぞれ得意な、或いは特化した技能によって、『魔』『獣』『武具』『脚』の四つ分類にされる。
『獣』は情報収集や後方攪乱などの裏方としての技能に特化しており、『武具』は暗殺や純粋な戦闘力に特化しているといった所だ。
そして、その分類よって、獣や武器から取った名を与えられる。
『脚』とは殊更特殊な分類だ。その得意とする分野は移動と情報伝達である。
直接的な戦闘力は常人よりも少し上といった所であるが、その真価は逃走能力と生存性の高さにこそあった。
その能力は如何な状況下であったとしても、例え追手がネウロイであったとしても確実に逃げおおせるほどだ。
クルピンスキー「成程、その『脚』とやらが、一定期間で金を受け取りに来るってわけ」
俺「そういうこと。胸の刺青があれば、大まかな位置を特定できる。ホント、便利なもんだよ、魔法って奴は」
特定の結界を打ち消すのみならず、味方同士の位置特定の機能まで有しているのか、俺は肩を竦めて笑う。
昔は科学技術が発達していなかった分だけ、魔法技術が発達していたということなのだろう。
ニパ「でも、そのお金、全部渡しちゃうわけじゃないんだろ?」
俺「うん。別段ノルマがあるわけじゃないし、こっちの状況と村の状況を鑑みて決定するってところか」
ニパ「じゃあ、残りはどうするの?」
ニパの疑問、いや、皆の疑問と言ってもいいだろう。
訓練以外の時間は、人の手伝いばかりしている印象しかないのだ。
俺という人間が、何か特別な趣味に時間や金をかけているところを見たことがない。
そんな人間がどう金銭を使うのか興味を持つな、という方が無理な話である。
俺「そうだなぁ。新しい武器、医療品、自然の中じゃどうしても手に入らない道具や情報を買ったりが殆どだな」
クルピンスキー「趣味に使ったりとかは?」
俺「あー、別にないな。まあ、生きるてりゃ娯楽には事欠かないだろ。わざわざ金を使うこともない」
クルピンスキー「それじゃあ息が詰まっってしまうよ。こう、たまにはパーっと使ってみたら?」
俺「と言われてもなぁ。使い道が思い浮かばないってのが本音だ。それに、その、……」
そこまで口にして言い淀む。
何か照れ臭そうに頬を掻くが、中々次の言葉が出てこないのか、視線が右へ左へと泳いでいた。
そもそも、言いたいことはハッキリ言う方である。そんな彼が何かを言い淀むなど珍しい。
何事かと彼以外の全員が顔を見合わせるが、答えはでなかった。
やがて、意を決したように俺が口を開いた。
「……俺は今の生活を、気に入ってる。まるでシユウの集落で暮らしていた頃みたいだ」
生きることに娯楽は必要ない。生きているだけで娯楽には事欠かない。
そう言い切った彼が、そう信じている彼が、今この瞬間こそが自分にとって最高の娯楽であり、最高の幸せだと言った。
彼女達は、過酷な人生を歩んできた俺が素直にそう言ったことを純粋に喜んだ。
へへ、と年相応の笑みを浮かべた後、じゃあと逃げるように部屋を出た。
ラルやクルピンスキーの向ける優しげな笑みに耐えられず、今にも抱きついてきそうな下原の視線に怖気づいたのだろう。
背後から管野の呼び止める声が聞こえてきたが、この後にはサーシャからストライカーの整備について教えて貰うことになっている。
戦時において万能と呼ばれるほどの利便性を発揮する暗兵として、そして自分の武器くらい自分で手入れしたいという思いもあったからだ。
後の講釈はまたの機会にということで、と自分だけ納得して、基地内のハンガーへと向かう。
その足取りは軽い――ように見えたが、何か後ろ足を引かれるように軽快さはなかった。
キョウコウの話をしていて、一つだけ思い出したことがある。
それは共工と呼ばれた神が、“時代を超えて黄泉帰り、その度に打倒される”という伝説があること。
語られる伝説通り、かの一族もまた同様に忽然と現れ、悪意を振りまくのではないか、と漠然とした不安があった。
俺「…………くだらないか」
本当に下らない。死んだ人間が蘇ることなど在りえない。それは人の法を超えた領域であり、この世では起こりえない現象である。
そんな不安を持つ方が馬鹿らしいのだ。
可能性があるとするのならば、鏖殺令の生き残りが現代まで何らかの意図を以て、爪を研ぎ続けているというものくらいだろう。
そして、この基地のウィッチを狙うと言うのならば……、戦うまでである。
戦いの中に同情も憐憫も必要ない。彼らが宗教に命をかけたように、俺もまた依頼人のために命をかけるだけ。今の仕事と何も変わりはないだろう。
尤も、その可能性も極めて低いのだ。考える方がどうかしているだろう。
しかし、俺はまだ気付いていない。
黒鷲のように形振り構わず近づいてくる悪意の影に潜んで近づいてくる、もう一つの悪意の存在を。
最終更新:2013年02月06日 23:20