――上空
ラル「僅か三日で再襲撃か、気の早い話だな」
クルピンスキー「いやはや、襲撃予測がいよいよ当てにならなくなってきたね」
ニパ「でも、この間のX-10はカールスラントよりの観測所から確認されていたみたいだけど、今回のは……」
ニパの言動通り、今回侵攻してきた大型ネウロイは502JFW基地から程近い観測所で最初に確認された。
本来ならば、巣があるカールスラント方面の観測所で最初に発見されるのが普通である。
彼女の脳裏に浮かぶのは、あの不定形のネウロイ。
アレも、今回同様に観測所や周辺基地から確認されることなく、突然出現したとしか思えない場所に現れた。
管野「何だよ、ビビってんのか?」
俺「別にビビっててもいいだろ。恐れがあれば慎重に行動できる。勇猛果敢なんて聞こえはいいが、頭を使わん猪武者のことだぞ」
管野「何だとぉッ!? この、人を馬鹿にしやがって!!」
俺「自覚があるのも良いことだ。大型の撃墜数を稼ぐのもいいが、非撃墜数も減らせばもっといいと思うが?」
管野「ぐッ! いいんだよ! エースってのは撃墜数も非撃墜数も人並み以上なんだよ!」
ロスマン「はいはい。それくらいにしておきなさい。……ッ、見えたわ!」
ロスマンの言葉と同時に、6人全員の緩んでいた緊張の糸が引き締まる。
地上より1000m以上の高度に、それはいた。
人類では未だ作り出せぬ完全な球体。直径300mを超える偉容にして異様。
完全に大型に分類させるネウロイは、まるでウィッチを待ち構えるかのように虚空をゆっくりと移動していた。
X-10型のように、人類の航空機とは明らかに異なる形。
ラルはその形態に舌打ちした。形が違うということは、空戦軌道や行動予測がし難いということなのだ。
これが航空機に近い形状ならば、今までの経験や知識によってある程度の予測が可能であるが、これでは文字通り、何をしてくるか分からない。
しかし、問題にはならない。
相手は元より“正体不明の敵”であり、己の役割は敵の打倒。
敵が圧倒的な力で攻めてくるというのならば、それ以上の戦力と技術を以って、打ち滅ぼすのみ。
俺「……何だ?」
一番初めに異変に気付いたのは俺であった。
元来、常人の遥かに上をいく視力が魔法力によって強化され、敵の表面に奔った亀裂を捕えた。
亀裂は幾何学模様に広がり、やがて全体にまで及ぶや分裂した。
管野「……バラけた!」
クルピンスキー「やれやれ。昨日の今日で懲りないねぇ」
ラル「形状は異なるがX-10と同型……いや、上位互換か」
俺「………………」
ラルの推測が正しかったのか、このネウロイは個々の大きさがX-10に比べて一回り大きく、形状もバラバラである。総数こそ100と少ないが、速度は僅からながらに速い。
ラル「クルピンスキーと管野は中央で敵を引き付けろ、ロスマンとニパは後方でコアを。俺は私と一緒に来い!」
『了解!』
言葉と同時に、クルピンスキーと管野が突撃する。
周囲を覆い尽くすかのような数の個体は、最初の生贄だとばかりに二人へと殺到した。
管野「舐めんなぁッ!!」
クルピンスキー「今回は、ボクがフォロー役か。こういうのは、苦手なんだけど、ね!」
俺の猪武者という発言は正鵠を射ており、菅野は一直線に群れの中を突き進みながらも、すれ違いさまの射撃で次々とネウロイのパーツを撃墜していく。
少し後を追うクルピンスキーは、彼女の撃ちもらした個体を正確に、冷静に白い霧へと変えていった。
フォローは苦手、などと呟いていたのが嘘のようだ。事実として、群れの中に突撃した管野が背後から攻撃されることは一度もないのだから。
二人の猛攻を目にしたラルと俺が続く。
着いていくのがやっとな俺に反して、ラルは優雅に、されど果敢にネウロイを撃墜していく。
ここに来て、実力差が明白となった。
ストライカーを繰る歳月が、銃の引き金を引き続けた経験が違いすぎる。
軌道に無駄がなく、撃ちもらしが極限されていた。俺が一機墜とす間に、ラルは五機以上は撃墜数を稼いでいる。
ハ、と鼻で余りの実力差に笑みを溢した。
地上でならばいざ知らず、空の上では自分は傷付けるどころか、指一本触れることすら叶うまい。
自尊心も何もない俺は、即座にネウロイの数を減らすことよりも、ラルの背中を守ることに専念した。
合理的な判断だ。このペースで撃墜し続ければ、ラルと言えど持っている弾を撃ち尽くすだろう。
その時、同じMG42を使っている俺ならば弾丸を共有できる。いや、共有するよりも全て渡してしまった方が効率いいだろう。
つまり、自分の役割はラルの護衛役にして補給係。極力弾丸の消費を抑え、護衛することが最優先と判断した。
ラルはそれに気づいたのか、薄らと笑みを浮かべる。
初めから、彼がそのような判断を下すことは気付いていたのだ。だからこそ、自らの僚機に選んだ。
ラルは俺の判断を信じ、俺はその信頼に答える結果となった。しかし…………
ロスマン「数が、減らない……」
ニパ「まずいよ、このままじゃ……」
離れた場所から戦況を見守り、コアの発見に尽力していた二人が呟いた。
分裂した個体の性能強化と再生力の向上を目指したのか、壊れた端から再生していく。
ブレイヴウィッチーズの面々ですら戦力を削り取れない事態に、ロスマンは焦りを覚える。
先日のX-10型を前にしたサーシャと同様の焦りであったが、危険度が違う。経験に勝る彼女であっても、動揺するのは仕方のないことだろう。
しかし、腑に落ちない点もあった。
先行した四人を囲む群れとは別に、離れた場所を浮遊している少数の群れがあることだ。
始めはその中にコアがあると思ったが、可笑しな点はなく、突き進む管野とクルピンスキーが近づいても迎撃するだけで逃げるような挙動は見せなかった。
もっと全体的に見れば、そうした群れは幾つかあった。攻撃をしてこないが、逃げもしない。恐らくは、その中にコアがあるのではなく、別方向からの奇襲を警戒しているのだろう。
ニパ「曹長、あれは……?」
ロスマン「ニパさん……?」
コアを保有する個体を発見したのかと、ニパの指差した方向に目を向ければ、十機ほどの個体が可笑しな行動を取っていた。
線で繋げば輪を描く形で静止したそれらを見た瞬間、ロスマンの経験と直感が警鐘を鳴らす。
理解できずとも何が起こるのかは予測でした。
それぞれの個体が何らかのエネルギーを放出してリンクし、増幅していく。そう、それは正に砲門だった。
ロスマン「ラル、避けて――ッ!」
ラル「――何ッ!?」
俺「チ……ッ!」
ロスマンは思わず、階級すら忘れて叫んだ。
砲門の向けられていたのはラル。それも無防備な背後である。
凄まじい余波と共に放出された光線は彼女が考えていたよりも、細く頼りない。
だが裏を返せば、それだけエネルギーが収斂されているということだ。
俺「ぐッ……!?」
ラル「く、ああああああぁぁぁぁッ!!!」
俺「ラルッ――!!」
間に割って入った俺のシールドを易々と貫通し、顔の横を通過した紅い閃光がラルのストライカーを貫いた。
間髪入れずに爆発するストライカーと、絶叫と共に空中へと投げ出されるラルの身体。
己の不甲斐なさを呪うよりも速く、動揺も混乱も押し殺して俺は動いた。
自身の限界を超えた急加速を見せるや、落下する依頼人の救出へと向かう。
しかし、それを許すネウロイではない。好機と見るや、ラルに止めを刺そうと殺到する。
俺「……邪魔だ、羽虫」
どんな者が聞いても怖気が奔る、とても人間の声帯から発せられたとは思えない無機質な声。
この時、俺は暗兵の祝詞も唱えずに完全な道具と化していた。
自らの精神を完全に制御し、目的を達成するだけの自動戦闘人形。その攻撃精度と速度は、ネウロイを遥かに凌駕している。
MG42を捨て、例のナイフを取り出しての投擲。数は依然よりも多く、一瞬の内に射出されたナイフの数は27。
投擲と呼べる生易しいレベルではない。馬鹿げた速度と数は、最早射撃の領域である。
ラルの命を奪おうとした個体全てが瞬きの間に塵と変わる。
見れば、彼女に意識があるらしく、近づいてくる俺に手を伸ばす。
一度、命を落としかけた経験は
死の恐怖を増幅させる。生への執着を水増しする。
それは恥ずべき行為ではないだろう。人は生きていなければ、何一つ達成することはできないのだから。
背なから迫るネウロイを無視し、俺は伸ばされた手を取った。
そのまま機首を上げ、地面への激突を回避しながら、ラルの身体を両手で抱え上げる。
俺「救出に成功! 外傷なし! 意識はハッキリとしている!」
ラル「余り、舐めてくれるなよ……」
爆発の瞬間、自らの全身から魔法力を放出することで爆熱と破片を防いだようだ。しかし、その表情には疲労の色は濃い。
当然だ。俺のような精緻巧妙なコントロールが出来ない彼女は、全力で魔法力を解放したのだから。
全ての魔法力こそ消費しきっていないだろうが、全身が鉛のように重い筈だ。
ラル「後ろから迫っているぞ! 数は12! 振り切れ!」
俺「分かっている!」
ロスマン『今援護に向かうわ! それまで耐えて!』
返事をしたものの、俺に余裕はない。
如何せん、人を一人抱えての飛行経験は
初めてだ。常とは違う機体制御に戸惑いを覚えるのは仕方がない。
ラルの体重はそれほどでもないが、40キロほどのデッドウエイトであることに変わりはないのだ。
ロスマンとニパは即座に二人の元へ向かおうとするが、無数の群れに行く手を阻まれる。
どうやら、確実にラルと俺の命を殺るつもりのようだ。
俺(……やはり、振り切れんか。かと言って、ニパと先生が来るまで持ちそうにない)
ラル「…………俺、私を捨てろ。このままでは二人とも死ぬことになるぞ」
俺「いやだね。依頼人を見捨てるなんざ、死んでも御免だ」
ラル「聞き分けろ! まだ魔法力も残っている! この高さなら落下しても生き残る可能性があるんだ!」
俺「そんなことは言われなくても分かっている。だがな、俺は一度お前の命を狙った身。ましてや拾われた身だ。どんな理由があったとしてもお前を見捨てる訳にはいかない」
ラル「…………この、大馬鹿め!」
既に覚悟を決めつつあったラルは静かで強固な意志の前に、諦めたように笑いながら俺を罵った。
酷く魅力的な笑みだ。一人の男に対する信頼と呆れにも似た喜びに満ちた笑み。戦闘中でさえなければ、俺は顔を赤らめていたことだろう。
だが、俺はそれを視界に収めてこそいるが見てはいない。こうしている瞬間にも、ラルを確実に生き残らせる術を模索する。
戦闘中に思考を停止させるなど自殺行為に他ならないのだ。
その時、背後から襲いくる圧迫感にも似た複数の気配が消失した。
何が起こったと振り返れば、12機居た筈の個体の数が、4機にまで減っている。
機関銃の発砲音はなかった。つまり、仲間が救出にきた訳ではない。
見れば、残りの八機はそれぞれが別の方向に散開していた。共通点は、弧を描くような軌道のみ。
何の意図があるのか。あるいは何らかの制限があったのか。答えは出ないが、…………これが最大の好機である。
俺「ラル、掴まれ! 急制動をかける!」
ラル「……え? あ、ああ。分かった!」
事態を理解できないまま、ラルは俺の言葉に従った。
両腕を首に回し、上着の背中をきつく握り締める。俺は俺で、彼女の細い腰に左腕を絡め、決して離さぬように力を込める。
見ようによっては恋人同士の抱擁に見えなくもないが、そこに甘さは一切存在しなかった。
宣言通り、ストライカーを履いた両脚を前に突出し、航空力学を無視するような急制動をかける。
急激に速度が落ちた標的に反応できなかった4匹の猟犬は、二人を素通りして泡を食ったように旋回を開始した。
それでは暗兵たる彼の前では遅すぎる。
袖から取り出した4本のナイフは、外れることなく突き刺さり、爆発の花を散らせて飛散する。
周囲に接近を試みる敵影はなし。一時とは言え、油断できないとは言え、安全の確保に成功した。
ロスマンとニパは猛攻の前にまだ近づいてはこれない。管野とクルピンスキーも同様だろう。
このまま戦線を離脱しようにも、一人では不可能だ。かと言って、この場に留まっても結末は同じ。
どうするべきか。周囲を警戒しながら、次なる最善手を探す。
その時、ロスマンが見つけた奇妙な行動を取る群れが視界に入る。しかし、得られた情報からの推察は、全く別のものだった。
俺「…………そういうことか」
断片的な情報が、線と線で繋がり、形を成す。
先日見たX-10型の不可解な行動の意図。不定形なネウロイを思わせる、人間に近しい思考。
弧を描くように離脱した個体。奇襲を警戒するように見せかけた別の目的を有する群れと不規則な中に見られた特定のパターン。
このネウロイは、単純に強いだけでは勝てないネウロイだ。そう確信へと至る。
単純に強い。それだけで勝てるというのならば、それは最早、人とは呼べぬ領域に踏み込んだ人外である。
ともあれ、コアの場所は見当がついた。視界には入っているが、決して見えない。まともなウィッチでは透視の魔眼でもない限り、見つけだすことは永劫不可能だろう。
この空を埋め尽くすような無数の“護衛機”を超えるための武器はある。
問題があるとするならば、ラルの存在だ。自分一人が死ぬならまだしも、依頼人は巻き込めない。
ラル「……コアを持つ個体が分かったのか?」
俺「推察の域はでないが、十中八九間違いないだろうな」
ラル「私のことは構わん、行け!」
俺「断る。お前を守るのが俺の最優先事項だ」
ラル「この……、」
俺「人の考えを否定するのは勝手だがな。
否定するだけして、解決策や別の方法を提示しないのは感情に任せただけの無能のやることだ。正義の味方面をしたいのなら余所でやれ」
俺の口から出た言葉は正論であった。
相手のやり方を否定するのならば、相手に反論の余地を許さないほどの方法を見せつけなければならないのだ。
それを前にして、ラルは自身の内面へと潜った。
感情に訴えても、この男は曲がらない。決して揺るがぬ精神を持っている。……ならば、現状を打開する方法を考えるまで。
現在、自分に残った魔法力は平時の3割ほど。シールドはまだ張れる。
あの貫通力に特化した一撃さえ受けなければ、というのが前提であるが、まだ五分以上は張り続けることができる筈だ。
ラル「分かった。だが、それでも行くんだ」
俺「………………」
ラル「このままではどの道やられる。地上へ行くにしても、他の仲間が着くのを待つにしてもだ。
私がシールドを張れる状態ならば防御も可能。共に生き残る可能性はある。違うか?」
俺「…………」
アドラー「ふむ、実に正論。反論の余地もないの。どうだ、我が主。依頼人の心意気を買ってやれ」
一体、何時の間に近づいてきたのか。今の今まで静観していた使い魔を睨み付ける。
それも仕方のないことだろう。使い魔単体でネウロイと戦うことは不可能であるし、初めから彼を使っていればよかったのだから。
絶妙な、謀ったかのようなタイミングで現れる黒鷲を警戒する。悪魔というのは、自らの窮地に甘い誘惑と共に現れるものだ。
しかし、今の自分には力が必要であり、彼の思惑を考えている時間はない。
俺「……いいだろう。ラル、お前の命令を聞き入れる。それが最善であることに疑いようはないからな」
ラル「すまない。私が油断しなければ……」
俺「いや、俺の落ち度だ。それに不愉快な話だが、コイツがいればお前の安全も、打倒の可能性も跳ね上がる」
ラル「……何?」
俺「余り自分の手札は切りたくないが……出し惜しみはなしだ。“アレ”をやるぞ」
アドラー「よい判断だ! 我が力を以って、覚醒せよ!」
俺とアドラーが一つになる。瞬間、膨大な量の魔法力が流れ出た。続き、外見にも変化が現れる。
使い魔の特徴を一切見せず、髪が長く伸び、爪は猛禽類の如く鋭く尖り、瞳は鷲と同様の金色へ変わっていく。
覚醒と呼ばれる状態。使い魔とウィッチが極端にシンクロ、融合する現象である。
誰もがなれるものではない。使い魔とウィッチ、それぞれの持つ魔法力の相性が良くなければ至れぬ領域だ。
この状態となったウィッチは身体能力と魔法力が跳ね上がり、その代償として魔法力消耗の激化、飛行時における使い魔の魔法力コントロールが疎かとなる。
が、俺に限って、その代償は極端に薄くなる。
過激、過度な鍛錬によって得た精妙な魔法力コントロールは消耗を極限させ、使い魔であるアドラーは自らの役割を十分に全うするのだ。
唯一デメリットがあるとするならば……
俺「ぐ、……お」
アドラー《くはははは! やはり、こうでなくてはな!》
自らの精神にまで、その影響が及ぶこと。
俺とアドラーの融合係数は高すぎた。恐らく、他の覚醒可能者とは比較にならないレベルだろう。そして、黒鷲の思惑もまた……
他者と己の精神の堺が壊される。二つの意志がパレットの上で絵の具のようにグチャグチャに掻き混ぜられるかのように。
凄まじい不快感と認識の侵略。常人ならば即座に精神が崩壊する。達人であっても廃人となることは否めない。
これに耐えられるのは、元より精神の形が歪な、あるいは何かが壊れた狂人のみ。
俺「我が心・技・体。…………悉く、道具なり……ッ!」
しかし、ここにいるのは蚩尤が暗兵『黒髪鬼』
自らの身体のみならず精神までも道具とした、人のまま魔と呼ばれる領域に足を踏み入れた狂人にして魔人である。
この程度の狂気の沙汰、呼吸をするかのように乗り越える……!
俺「……参る!」
ラルを背中で背負い、爆発的な加速を見せる。
過度な魔法力を前にして、ストライカーのエンジンは一時咳き込んだが、それでも使い手の意志に答えるように限界を超えた。
異変を察知したネウロイは、俺の動きを止めようと進む先に殺到し、毒蛾の群れの如く行く手を遮る。
俺「……遅い」
既に敵の行動を予測していたのか。俺は袖から取り出したナイフをまたしても投擲した。
跳ね上がった身体能力により投擲されたナイフの威力は凄まじく、突き刺さった個体が空間を滑り、後退するように吹き飛んだ。
だが、俺の攻撃はこれだけで終わらない。
一体、どこに隠していたというのか。ナイフの柄には馬鹿げた長さの鎖が繋がれており、等間隔で何かが取りつけられていた。
俺「爆導鎖だ。道を開けて貰おうか……!」
言葉に応じるかの如く、鎖に取り付けられた何か――爆弾が、連鎖的に爆発していく。
爆導鎖。数に物を言わせて攻めてくる敵に対し、中央突破を目的として作られた、正に現状には最適の武器である。
爆発に巻き込まれた羽虫達は、成す術なく無に帰る。
吹き荒ぶ爆熱と爆風。巻き起こる爆粉の帳へと、魔法力を全開にして俺は飛び込んだ。
視界は一時的に失われるものの、最短距離を行くためには仕方がない。
身を危険に晒す無謀な行為。だが、放たれる魔法力は爆発によって生まれた破壊からラル共々身を守る盾となった。
俺「……チッ」
ラル「まずいぞ、避けろ!」
帳を抜けた先に見たのは、ラルのストライカーを破壊せしめた一撃を放つあの陣形。
既にエネルギーの充填は済んでいた。次の瞬間には、シールドも貫通する必殺の光線が放たれるだろう。
即座に敵の攻撃地点を予測し、回避に移ろうとした俺の行動は無為に終わる。
陣形の一つを形成していた個体が銃弾の雨を受け、この世から消失した。
充填されたエネルギーは行き場を失ったらしく、暴発という形で結末を迎える。
クルピンスキー「余計なお世話だったかな?」
俺「そうだ、と言いたいとこだが、撃墜される可能性はあった。感謝しとくさ」
クルピンスキー「あは。髪が伸びた時は何事かと思ったけど、心配なかったみたいだね」
管野「ったく、なに呑気にやってんだ。おら、さっさと行くぞ!」
援護の為に駆けつけた二人が、俺の両脇に並ぶように飛んでいた。
コアが一向に見つけらず、ラルが撃墜の憂き目を見た現状に、クルピンスキーは何らかの変化を見せた俺の行動を見逃さなかったのだ。
常に心の何処かに余裕のある彼女ならではの行動と言えるだろう。
管野「おい、コレ使え!」
俺「扶桑刀か。ありがたく使わせてもらう」
管野「最後の一撃もついでにくれてやるよ」
俺「ハ。コアの場所が分からないからお願いします、だろう?」
管野「ハッ! 言ってやがれ!」
クルピンスキー「お喋りはそこまでだ。さあて、最後の一仕事といこうか、ナオちゃん!」
管野「俺に、指図すんなぁッ!!」
俺の傍を離れ、二人の戦乙女が空を行く。
絞られる引き金。放たれる弾丸。排出される空薬莢。そして、粉々に砕ける無数の敵達。
片や飄々と、片や裂帛の気合いを身に纏い。片や冷静な意志の元、片や闘志を剥き出しにした射撃を披露する。
露払いなど生温い。このまま全ての敵を薙ぎ倒してしまいそうな勢いだった。
ラル「やはり、倒しても再生していく。……俺、コアは何処にある?」
俺「簡単なミスディレクションだ。お前はX-10と同型か上位互換と言ったが、それこそが間違いだった」
ラル「……何、どういうことだ?」
俺「この中には二種類の個体がいる。俺達を不規則な行動を取って攻撃する個体と、奇襲を警戒――いや、コアを護衛する個体がな」
ラルを助けた時、突然引いた個体が居た。アレこそがコアの護衛をする個体であり、それを気付かせる要因となった。
恐らくは、攻撃をする個体は自動操縦であり、護衛をする個体はコアの遠隔操作なのだ。
だからこそ、退いた。自らの操作範囲を超えようとしていたが故に。
俺「そして、攻撃をしてくる個体の中にコアはない」
ラル「そうか。X-10と同型と思わせておけば、我々は永遠に意味のない攻撃を繰り返す……!」
先日襲来したX-10は、今日のための布石。
いやにあっさりと倒されたのは、その分裂という特異な性能を印象付けるためであり、透視の魔眼を有するウィッチが居るかの確認作業。
つまり、罠を張り、戦力分析まで行う一挙両得の行動だったのだ。
あの戦闘に僅かでも違和感を感じていなければ、決してこの答えには辿り着けなかっただろう。
だが、それだけではコアの場所までは分からない筈だ。
俺(……と考えているようだが、甘すぎる)
貴様は隙を見せすぎた。まるでそう言うが如く、俺は口の端を吊り上げて笑った。
余りにも甘かった。俺の前で、方向こそ違えど、同じ軌道を見せるなぞ。
退いた個体の共通点は、弧を描く軌道――即ち、円周軌道。
物体を操るのに理想とされるもの。では、その操り手は、何処に居るのが理想的だ?
俺「…………掴まれ、離すなよ!」
ラル「俺、何を……!?」
二度目の急制動をかけ、ある地点で停止する。
如何に管野とクルピンスキーの援護があるとは言え、周囲から攻撃が何時飛んでくるかも分からない状況では自殺行為である。
しかし、こと今に限っては、それも当て嵌まらない。
俺「全ての円周軌道の中心点。其処が、理想的な位置。つまり…………“此処”だ」
そう。衛星が惑星の周囲を飛ぶように。地球を筆頭とした惑星が太陽を中心にして廻るように。
護衛を旨とする個体全ての中心点にこそ、コアが存在する。
ようやく銃弾の雨を抜けてきた複数の個体が、俺の目の前にまで迫っていた。だが……
「もう遅い。――――――負けて死ね」
逆手に抜き放った刀を、振り返らぬまま背後に振るう。
ラルがその方向に目を向ければ、刀身は半ばで折れていた。否、折れる筈がない。消えているのだ。
バチバチと音を立てて、ネウロイのコアが出現する。
光をあらぬ方向に捻じ曲げ、姿を消し去る迷彩。巨大なネウロイでは無意味だが、これだけ小さいコアならば十分すぎる脅威である。
初めから、ネウロイのコアは皆の視界に入ってはいた。ただ、見えていないだけだった。
刀身に集中した魔法力を一息に解放させ、コアを完全に消滅させる。
再生と破壊の比率は逆転し、遂には無害な白い雨となってコアと同じ末路を辿る。
仮に、ネウロイに心というもの存在したのなら、その間隙を突かれたのは人かネウロイか。
結果のみを見るのであれば、それは後者に他ならなかった。
ラル「……終わったな」
俺「はあ、お前を抱えて特攻なんて、二度と御免だ。管野と伯爵がいなけれりゃ、どうなってたか」
ラル「だが、それでも守ってくれたのだろう?」
俺「可能な限りは、な」
ラル「ふむ。無茶を止めるのならば、考慮に入れておくべきか……」
冗談だろ、とうんざりした表情で呟く俺に、ラルは笑みを浮かべる。
そこで自分の瞼が異様に重いことに気が付いた。急激な魔法力の消費に、生死の境を行き来する緊張感、そして敵を倒したことで緩んだ緊張の糸。
猛烈な眠気を前にして、何とか起きていようとしたが、溜まった疲労のせいで精神力も限界だ。
一指揮官として部下に無様な姿を見せられなかったが、気心の知れた仲間である。いらぬ心配だろう。
ラル「すまん、俺。…………基地についたら教えてくれ」
俺「はあ? おい、ラル? …………寝ちまいやがんの」
アドラー「ま、如何にウィッチと言えど、まだ20にもなっとらん娘だ。仕方なかろうよ」
既に覚醒状態を解き、身体の外へ出てきたアドラーが何か懐かしいものでも見るように、俺の背中で眠りについたウィッチを見ていた。
その言葉にふんと鼻を鳴らし、速度を落として仲間達の元へと向かう。
普段、激務と重圧を両肩に乗せたラルを慮っての行動だった。今は、少しでも休ませてやろうということだ。
クルピンスキー『本当によくやったよ。ところで、後ろの眠り姫は大丈夫かい?』
俺「呼吸から見て寝てるだけだ。外傷も内傷もないだろうよ」
クルピンスキー『それは重畳。じゃ、今日はゆっくり帰ろうか?』
ロスマン『それから、お説教もです! まったく、貴方達ときたら無茶ばかりして……』
俺「心配かけて悪かったよ、先生。出来ればお手柔らかに頼みたいな」
ニパ『うわあ、ご愁傷様』
俺「今回、活躍できなかったお前よかマシだ」
ニパ『仕事はしてた。してたんだよ……』
管野『つーか、お前、どうしてコアの場所が分かったんだ』
俺「謎の解明は基地についてからゆっくりしてやるよ」
インカムの向こうから聞こえてきた仲間達の声に、戦闘のスイッチを切る。
思っていた以上に魔法力の消耗が激しかったのか、やや疲労感があった。
尤も問題になりはしない。この程度の疲労感、暗兵の訓練をしていた時の方が酷かった。
俺「……なあ、伯爵」
クルピンスキー『なんだい?』
俺「コアに近くにいた時、敵の攻撃の命中精度が下がった気がしたが、どう感じた?」
クルピンスキー『ふむ。…………正直に言えば、少し気になる程度、かな?』
俺「そうか。……いや、変なこと聞いて悪いね」
気にしないでよ、と返すクルピンスキーとの会話を最後に、飛行に集中する。出来るだけ揺らさず、出来るだけ静かに。背なに背負った依頼人を気遣って。
しかし、引っかかる。コアの遠隔操作をしていた個体の攻撃精度が、近づいたにも関わらず下がっていた。
普通は逆ではないか。本体に近づけば、それだけ命中精度も上がる筈である。
俺(嫌な予感がしやがる。……事が大きくならなきゃいいが)
この戦線に立ち込めつつある暗雲を持ち前の感覚で感じ取ったのか、俺の表情は険しい。
そして、隣を飛ぶ黒鷲を見る。
今回の融合と覚醒で一つ分かったことがあった。
この使い魔の悪意の根底にあるのは、何らかの誓いだ。精神まで融合した時に流れ込んできた記憶と感情の断片がそれを物語っている。
俺「前途多難だな……」
アドラー「何か言ったか、主よ?」
俺「何でもねえよ」
暗兵の呟きは風と共に消えた。
彼の予想通り、これから先、大きな戦いが待っている。だから、どうか。今だけは、その休息が彼等にとって幸せなものでありますように……
最終更新:2013年02月06日 23:21