――談話室



黒鷲の反逆より僅か一日。
精神的なダメージから立ち直った俺を含めた502メンバーは、今回の事の発端であるアドラーを交えて談話室に集まっていた。

アドラーは鳥籠の中に収められ、逃げられぬように入口を南京錠で止められた状態でテーブルの上に置かれている。

黒鷲の処遇をどうするべきか。その相談を隊員で話し合って決めるべきだというラルの判断であった。

現在は使い魔とは言え、元人間。
このまま野に放したのでは更なる被害者が出かねない。
かと言って殺そうにも、人間であったという根拠は彼女達の決断を鈍らせるには十分であった。

そもそも、守りたいという思いが強いウィッチ達は、ネウロイ以外との戦いは向いていない。
どんな形であれ、命を大事に扱える人間は、戦いに身を投じるべきではないのだ。


俺「ラル達から話は聞いた。あの場で見たものやあの時のお前の姿を見ていれば全て納得が行く」

アドラー「………………」

俺「だが、一つだけ腑に落ちない点がある。どうやって、今の身体になったかだ」

アドラー「…………驚いたな。お前が、そんな過程に興味を持つとは思わなんだ」

俺「興味はない。だが、お前をそうした奴が俺の敵である可能性もあるってことだ」


命の在り方に興味のない、依頼人を守り、依頼遂行にのみ興味を抱く俺がアドラーを生かしておいたのは、そういった理由があった。
新たな敵がアドラーの背後に存在している可能性があるのならば、どんな手段を使ってもその情報を得るつもりなのだ。

そこには、黒鷲に身を落とした人間に対する同情も共感もない。
俺の抜身の刃を思わせる態度に、アドラーは全てを諦めた。
同情を誘おうにも揺るがない、共感を求めようにも元よりそんな感覚を持ち合わせていない存在に、何を言っても意味はない。

加えて言えば、今回の件が失敗に終われば、次はないという予感があったのだ。
長い生の中、条件を満たす適合者は俺を除いて存在しなかった。
次なる適合者に出会えるまで、一体どれだけの時が必要となるのか想像もつかない。それまで、己の自我を保てるとはどうしても思えなかった。


アドラー「……安心していい。あの男に出会ったのはもう何百年も昔の話、生きてはおるまいよ」

俺「………………ソイツ、なんて名乗った?」

アドラー「名前はないのが風習だと言っていた。ただ、シュトヘル――“悪霊”と名乗っておったよ」

管野「名前がないのに、二つ名みたいのだけがあるって……」

ロスマン「それじゃあ、まるで……」


まるで暗兵そのものだ、と言葉にすることなく、俺へと視線を向けることで全員が気持ちを表した。
視線を向けられた俺は、苦虫を潰したような表情で黒鷲の言葉を咀嚼している。

名前を与えられず、武器としての銘を、或いは二つ名のみを与えられる風習は、少なくとも暗兵のものしか彼女達は知らなかった。


俺「……悪霊、か。どうやら、俺の心配は杞憂だったようだが、奴ならやりかねないか」

ジョゼ「知って、いるんですか……?」

俺「ああ、会ったこともないし、見たこともないがね」

クルピンスキー「じゃあ、その悪霊と名乗った男は、暗兵の?」

俺「そうだ。暗兵の中でもとびきり異質なカハク。仙人になった一族、その追放者に与えられる名前だ」


中国神話に登場する神、河伯。
様々な逸話が語られる神ではあるが、共通して言えることは人から神、或いは仙人と成った存在であることだ。

彼らはその名を自ら名乗った一族である。


下原「仙人って言うと、霞を喰らって生きるとかいう、あの?」

俺「そうだ。中国じゃ、仙人と神は同一視されていた。仙人になろうと躍起になって修行や真理の探究に明け暮れていた物好きも居たくらいだよ」

サーシャ「じゃあ、カハクは……」

俺「そう、そういう連中の集まりが始まりだったらしい」


何処にでもある他愛のないコミュニティ。
人間を超えた超常の存在を目指そうとする集団は、世界中に散見する。そして、その全てが失敗に終わるものだ。

だが、彼等は違った。
古代中国で培われた魔法技術とヨーロッパで発祥した魔法理論が合一することで、劇的な発展を見せたのである。


俺「地球が発するエネルギー、龍脈だのと呼ばれていた大地に流れるエネルギーを魔法力に変換する特殊な術式を編み出した」

ジョゼ「リュウミャク、ですか……?」

俺「分かり易く言えば、地殻変動のエネルギーみたいなもんだ」

サーシャ「そんな、別エネルギーを魔法力に変換する技術なんて……」

俺「ありえないよな。俺も信じられない」


この世界には、魔法力を電気や熱に変換する機関や技術は古くから開発されている。逆に魔法力へと還元する技術は、まだまだ実用段階にまで至っていないのが現実だ。

カハクはルーンなどの魔法体系までをも取り入れ、実現してのけた。
だが、それだけでは仙人と呼べる存在には至るまい。それでは、ただのウィッチと変わらないだろう。


俺「通常のウィッチとは違い、カハクの魔法力に底はない。当然だな、人と地球じゃ、そもそも生み出せるエネルギーを比べること事態が間違ってる」

ロスマン「言わんとしてることは分かるけど……」

俺「だが、奴等はそれだけじゃ飽き足りなかった。更なる高みを望み、至ったらしい」

ラル「…………何を、望んだ?」

俺「不老不死」


酷くあっさりとした口調で俺は告げ、その言葉に全員が目を丸くする。

それはある意味、人類共通の夢と言っても過言ではない。
ある時は権力者が、ある時は病に床へと伏せる者が、ある時は己の欲を満たさんとする者が望むもの。

魔法力は所有者の肉体の健康を保ったり、周囲の環境を人間が生きられるレベルに変える効果がある。
それは例えば、ネウロイの瘴気を無効化したり、或いは過酷な環境下においても生存が可能と、もうそれだけで奇跡と言っても過言ではない力だ。
そんな奇跡の力、無限の魔法力があれば、確かに不老不死というのも、あながち不可能とは言い切れないだろう。


俺「簡単に言ってしまえば、カハクの連中はアーサー王伝説のマーリンや、影の国の魔女スカアハが、現実の世界に出てきたような奴等だと思えばいい」

クルピンスキー「でも、そんな一族が居れば、暗兵が暗殺者みたいなイメージで固まるのは、ちょっと違和感があるね」

俺「だろうなぁ。個人の単純な性能で言えば、カハクは飛び抜けてる。だが、コイツ等もキョウコウ同様に危険な奴等でね」


そう、カハクには使われる側の人間として、致命的な欠陥があった。


シユウは故郷を追われたことを運命と受け入れた。

キョウコウは、怪異の強大な力に魅入られた。

そしてカハクは、怪異に国を滅ぼされながらも生き残った自分達を、選ばれた人間だと思い込んだ。


選民思想。
それは神という概念が存在しない世界でも、個々人に性能差がある世界である以上、存在する思想と言えよう。
ウィッチが存在するこの世界では、より顕著な思想だろう。

尤も、当のウィッチはそれを使命感として、心を燃やす。持ち上げるのは周囲ばかりで、ウィッチ個人が歪んでしまうような例は極端に少ない筈だ。


俺「奴等はその思想を元に、ヨーロッパの国々を支配しようとしたのさ。世界の舵取りは、自分達こそが相応しいってね」

ラル「ならば、それを危険と判断したシユウは、カハクと戦ったのか?」

俺「ああ、それどころかキョウコウとも手を組んで潰しにかかった。結果は後の世が示す通り。カハクはヨーロッパから一番最初に姿を消した一族だ」

管野「でも、相手は不老不死だろう。よく倒せたな」

俺「結局、どこまで突き詰めようと元は人間っていうこと。奴等の不老不死はあくまで日常生活での話だ」


人体である以上、斬られた部分は蜥蜴の尻尾のように生えてはこない。
頭が潰されれば考えることすらままならない。首を身体から斬り離されれば、動くことは出来ない。
肉体の一片までも焼き尽くしてしまえば、最早どうすることもできないのだ。

加えて言えば、カハクは生粋の戦闘者ではない。
真理の探究、魔法技術の構築に長く時間を費やした為に、シユウやキョウコウとは体術において致命的な隔たりがあった。
とどのつまり、彼等が如何に荒唐無稽の魔法を使えたとしても、それを使われるよりも速く行動不能に陥れてしまえば良かったのだ。

それ故の暗殺と言う手段。
微に入り細に入り調べれば、私生活は隙だらけなものだ。世界最強の超人であろうと、冴えない一般人であろうとそこに変わりはない。


俺「ヨーロッパから追い出された奴等は俗世と関わりを絶ち、仙人らしい生活を送っているって話だ」

アドラー「だが、あの悪霊は……」

俺「だからこその追放者。他人を炉端の石程度にしか思っていないカハクの中で更に異質で悪質な野郎だったという話だ」


悪霊と呼ばれたカハクは何人かいる。
だが、シユウの歴史に残っている悪霊は、たった一人の男のみ。年代的にも、アドラーが人間であった頃と一致する。

どんな力を持っていたのか、どんな目的があったのか。それすらも詳しく残っていない。
当時、シユウの保有していた暗兵全てを投じて戦いながらも、死んでいった者は第一次ネウロイ大戦よりも多いという甚大な被害を受けている。

言えることは、確実にこの世から消滅したということだけ。
暗殺者たるシユウがターゲットの生死確認を怠る訳もない。そして、その事実さえあれば、俺には十分だった


俺「何にせよ、俺の気苦労は杞憂だったな。じゃあ、後は……」

下原「待ってください! 何をするつもりですか!?」

俺「何って、コイツを殺すだけだが?」


アドラーの入った鳥籠を指差し、さも当然と呟いた。

裏切り者には死の制裁を。戦いに携わるとして、当然の粛清だ。
分かり易い敵よりも、味方の中に潜む敵の方が性質が悪い。

俺はアドラーを味方などと認識こそしていなかったが、自身の身体を奪い、一時的に依頼人を危険に晒した存在である。
そんな者を、なあなあで見逃すような、現実に対する認識が甘い男ではない。

どんな理由があったにせよ、危険な存在は殺すに限る。それが安全を確保するのに、もっとも確実な方法と言えよう。


ジョゼ「で、でも、鷲さんも元は人間ですし。それに大事な人を助けたいって気持ちが、間違いな筈がないじゃないですか!」

俺「間違っているね。死んだ人間は、もうどうにもならない。それに勝手な思いで多くの人間の命が危険に晒されるのは、お前達にとっても歓迎すべき事態じゃない筈だ」

ニパ「………………それは、そうだけど」

俺「前々から思っていたんだが、お前等は敵に対して寛容過ぎやしないか? 敵を生かしておく危険性をきちんと認識した上で行動するとは思えないよ」


自身もまたその寛容さに救われたにも拘らず。否、救われたからこそ、苦言を呈しているのだろう。
証拠に、俺の表情は苦さに引き歪み、どう説得したものかと思い悩んでいるようである。

それでも納得が行かない、とジョゼや下原が俺に対して何かを言おうとしたとしたが、クルピンスキーとラルが止めた。


クルピンスキー「俺、君の言い分は分かった。でも、一つだけ聞いておきたいことがあるんだ」

俺「何だよ? 人としての優しさがどうだのという下らない問答は止めてくれ。俺にそんなものを期待するな」

クルピンスキー「あはは。君が優しいのは、僕達に……依頼人に対してだけって言うんだろう? 分かってるさ、それくらい」


じゃあ、なんだ、とばかりに腕を組み、睨み付けるように俺は苦笑する伯爵を見た。
当の本人はまだ苦笑を刻みながらも、ラルと視線を交わす。どうやら、二人の考えていることは同じことのようだ。


ラル「我々、第502統合戦闘航空団の最終的な目標は分かっているな」

俺「ああ、オラーシャ方面からのカールスラントへの進軍と領土奪還だろ。…………お前等、まさかとは思うが」

ラル「そのまさかだ。お前とアドラーは貴重な戦力。どちらが欠けても最大の戦力には成りえない」

クルピンスキー「新しい使い魔を見つけてきても、今ほどの力量を発揮できないのなら、このままアドラーを使った方が僕達の目標のためにはなるよね?」


現実的に考えて、俺がアドラーほどに相性の良い使い魔を見つけられる可能性は皆無だろう。
そうなれば、空戦における俺の戦闘力は激減すると言っても過言ではない。

カールスラントに居座るネウロイの総戦力は不明。
現時点でも最大の激戦区に数えられるこの地方での戦闘は、更なる過激な戦場の様相を呈するのは目に見えている。
ならば、人類側も持てる戦力は大きい方がいい、というのは思考として当然の流れだろう。

加えて言えば、アドラーの願いはたった一つ。
それさえ叶えてしまえば、後にやりたいことが残る訳ではないのだ。


ラル「アドラー、お前はあの封印を破り、中に眠るウィッチの魂とやらを解放し、ネウロイを倒せればいい。間違いないな?」

アドラー「…………ああ。それが儂の手に寄らずとも、構いはしない」

俺「おいおい……」

クルピンスキー「なら、それが終わったら、また俺と一緒に戦ってくれるよね」

アドラー「俺が承諾してくれるのならば、な。儂にもまだ、恩を返そうというくらいの気概は残っておる」

ラル「これが私達の考える最善だ。何か、反論の余地はあるか?」


アドラーは降って湧いた幸運に、俺は最悪の展開に茫然と言葉を紡ぐ。
アドラーの願いと自分達の思いを達せられる上、俺にとっては反論の余地のない選択肢だ。
現実的な問題、合理的な判断という点を見るのならば、これ以上のものはないだろう。

問題があるとするのなら、二点。

まず第一に、封印されている怪異を倒せるか。
だが、これは問題はない。少なくとも数百年も前の怪異だ。現在のネウロイとの性能は天と地ほどの差がある筈。
ストライカーユニットという武器が開発されている以上、敗北はない。

第二に、アドラーの言葉が本当であるかどうか。
再三の裏切りがあるようでは、初めから共に戦わない方がマシである。

俺は、アドラーと視線を交わす。
裏切り者が、真意の全てを語ったのかどうかを探るように。

暫く、無言のまま時間が流れたが、俺はやがて大きな溜息を吐き、踵を返して歩き出す。


サーシャ「待ってください。何処へ行くんですか……?」

俺「何処って、発破用の爆弾を作るんだよ。あの岩山の規模なら、封印の起点を壊してしまえば何とかなるだろ」

ニパ「じゃあ……!」

俺「ああ。言いたいことは色々あるが、反論できるだけの合理的な理屈が用意できない。今回は、素直に従うさ」


よくよく考えれば、アドラーが裏切ったとしても依頼人の身に直接危害が及ぶ訳でもない、という思いもあった。

少なくアドラーはウィッチを斬る理由も、殺す理由もない。
目的の邪魔立てさえされぬのなら、良好な関係を築けると過去の事実が告げていた。

あくまでも、自身と同じく誰かの為に全てを捨ててきた、或いは捨てられるアドラーに感情移入した訳でも、共感を覚えた訳でもない。
ラルの言い分が正しいと理性が判断した以上、その意向に従うのは暗兵として当然の行動だ。


アドラー「…………感謝する」

俺「礼ならラル達に言うんだな。余所じゃ、こうはいかなかっただろうよ」

アドラー「すまない。この恩は、必ず……」

クルピンスキー「気にしないで。僕達は、僕達のやりたいやり方を通したまでさ。それに、折角の鷲の友人を失うのは、惜しいからね」

アドラー「……言ってくれよるわ」

ラル「では念の為、どのような怪異なのか、教えて貰うぞ。俺は、そのまま封印を破壊する準備を進めてくれ」

俺「――了解」


バタン、とドアを閉め、俺は談話室を後にする。
向かうのは基地の武器庫。爆導鎖やナイフを作った際に、残った爆薬の量も確認している。速ければ、一両日中にでも望むだけの爆弾が完成するだろう。

しかし、ピタリと脚を止めた。

いくつか嫌な予感がしたのだ。
それは、封印された怪異がただの怪異であるかどうか。
そして、何故あの“悪霊”が、都合良く全てを失った矢先のアドラーの前に現れたのか。

これでは、まるで……


俺(……考えすぎか)


その予感を振り払うかのように、俺は再び歩き出した。
最終更新:2013年02月06日 23:24