――森林地帯 怪異封印地点
俺「これでよし。……準備が終わった。今からそっちに向かう」
ラル『了解した。全員、現状を維持して待機しろ』
了解、とインカムの向こうから502隊員の声が聞こえてきた。
森の中に開けた岩山には、無数の爆発物と思しき物体が設置されている。
アドラーの記憶を元に封印の起点――恐らく、ウィッチの亡骸が起点であろう――を計算した配置だ。
尤も、頼りとなる記憶は曖昧な上、地形も封印当時とは様変わりしているだろう。
それを計算した上で火薬の量を増やしたが、元より発破とは緻密かつ綿密な計算が要求させるものだ。一度で成功するかは運次第だろう。
準備を終えた俺はストライカーを吐き、空へと上がる。待っていたのはラルとの問答だった。
ラル「……不満そうだな」
俺「不満、ね。どちらかと言えば、不満というよりも不思議だよ。死んだ人間の為に何かできることがあると思っている辺りがまるで理解できない」
ラル「これは、先に待つ戦いの為に必要な行為だと言ったはずだが……?」
俺「アドラーへの同情と共感、封印を施したウィッチへの思い入れが全くないと胸を張って言えるのか?」
無いはずがないだろう。
封印を解き放とうと何百年もの時を生きたアドラーの気持ちも、自身の人生を投げ出して怪異を封印したウィッチの気持ちも、ラルには痛いほどよく分かる。
もし仮に、自分が彼等の立場に立ったのならば、迷わず自分も同じ行動に出るはずだ。
それが俺には理解できない。
何故、違う立場の人間に心を重ねようとするのか。何故、死んだ人間の為に出来ることがあると考えられるのか。
全く以って無駄で無意味な行為の筈だ。死んだ誰かの為になぞ、生きている者の傲慢に過ぎないとしか思えない。
死人に手を伸ばすことは、死に手を伸ばすことと同義。なればこそ、生者は生者の為にのみ戦うべきであると考える。
ラル「………………」
俺「まあ、別に何でも構わないがね。理屈も言い分も理解できないが、行動するに足る理由は用意して貰ったからな」
ラル「……すまないな」
俺「俺は暗兵、お前は依頼人だ。お前はお前の好きに戦ってくれ。俺は仕事として戦うだけだ」
思想理想に共感する気も理解する気もないが、納得できるだけの合理性と論理性さえあれば、何も言わずに着いていこうと、そう言った。
自己完結が強すぎる有り様に少しだけ悲しみを覚えるも、戦闘においてこれ以上頼りになる存在はいまい。
ラルは余計な思考を斬り捨て、目の前の事象に集中する。
第一次ネウロイ大戦以前の怪異と言えど、異形の存在であることに変わりはない。集中を欠いて勝てる相手ではないだろう。
アドラー「ところで、どうやって爆破する。見た所、導火線の類はないようだが……」
俺「………………」
ラル「教えてやったらどうだ。と言うよりも、私も知りたいのだが」
怪異の詳細な情報を語ったアドラーに危険はないと判断したラルは、戦場まで彼の同行を許可していた。
しかし、俺がそれだけで黒鷲を信頼する筈もない。同調するつもりも、力を借りるつもりはないようだ。
露骨に警戒心を露わにする俺に対して、ラルは溜息を吐くと同時に、アドラーと同じ疑問を口にする。
今回、封印の解除方法には全て任せてある。スペシャリスト、とは到底言えないが、爆薬の扱いに関しては俺の方が上だったからだ。
俺「……ちょうど弾も補給されたらしいからな。コイツを使う」
ラル「何だ、攻撃に使うかと思ったんだが……」
俺「勿論、使うさ。起爆にも攻撃にも使えるから持ってきたんだ」
俺は手にしていたフリーガーハマーを構えた。
ウィッチの代名詞である501JFWの戦闘においても、多大な破壊力を以って充分な戦果を上げた兵器である。
502JFWでは使用者の不在から武器庫の肥やしとなっていたが、補給のリストを目にした俺が存在を知り、引っ張り出してきたのだ。
安全装置を外し、横風を計算に入れて狙いを定め、引き金を引く。
飛行機雲のような白い煙が尾を引き、ロケット弾が発射された。
俺はMG42とは異なる反動と発砲音に少々戸惑いを覚えたが、確かな感触に実戦において自分程度の腕でも扱えることを確信した。
封印はシユウの村に張り巡らされた結界とよく似た、技術としての魔法である。効果こそ違えど、本質は同一なのだ。
発動するには起点が必要となる。
多くの封印に起点として用いられているのは、封印の術式が組み込まれた道具と魔力の源となる使い魔。
今回のケースは特殊であろうが、根本が変わらない以上、解除方法も同じ。その起点を破壊してしまえば問題ない。
射手の意図通りにロケット弾は着弾しするや凄まじい爆発を引き起こす。
続き、仕掛けられた爆弾が連鎖的に爆発するや、岩山は轟音と共に瓦礫の山へと変化する。
俺「下手に撃てば地形が変わりそうだな。誰も好き好んで使いたがらない訳だ。周囲の破壊を考慮に入れない場合にしか使えないか」
眼下で広がる惨状と舞い上がる粉塵に、素直な感想を述べた。
仕掛けた爆弾の威力を差し引いても、尋常ではない破壊力なのは誰の目からも明らかだ。
もうもうと立ち込める粉塵が空高く昇り、風が薙ぎ払っていく。
ぼんやりと地面が見え始めた頃、それは突然、地面から出現した。
管野『……なんだぁッ!?』
ロスマン『これは、魔法力の光……?』
ジョゼ『……綺麗』
アドラー「…………お、おぉッ……!」
地上から現れた蒼い光が尾を引いて、天へと昇っていく。まるで、地上から空へと上がる箒星のようだ。
学者が見るならば、封印に使用されていた魔法力が解放されただけと断じただろう。
だが、それを見ていたウィッチ達には、まるで封印によって縛られていた魂が天国へ向かっていくかのように見えた。
魂という概念の有無は、物理的に説明がつくのか分からない。
それでもアドラーは、蒼い星の後を追って、天へと翔ける。
眼には涙が。数百年もの時間を掛けた悲願――いや、最早、それすらどうでもいい。今はただ、愛した女の魂が数多の束縛から解放された事実に、喜びのまま後を追う。
蒼い光は、やがて解けるように消えていった。役目を終えた命が何も言わぬまま消えていくように。
俺「……………………」
その光に全員が見入っている中、俺はただ一人、封印地点を見ていた。
死んだ人間に興味がないというのは事実だったらしく、先のある種幻想的な光景すら思慮の外だった。
彼が今、最大限注意を払わなければならないのは、封印された怪異である。
アドラーの話では、封印当時から人体への影響こそ薄かったものの、その怪異は瘴気を放っていたらしい。
瘴気が草木を枯らしていた以上、怪異はまだ存在しているということだ。
俺「…………ぼさっとするな、来るぞ!」
俺の叱責に、全員が呆けていた意識を地面へと向けた。
空の上からでも分かる木々の揺れに、巨大な地震でも起きているかのような錯覚を受ける。
そして、長き封印から解き放たれた黒い異形が、地中よりその姿を現した。
誰かが息を呑む音がインカムから伝わってくる。
それも無理はなかった。怪異と呼ばれた異形は、想像上で語られる獣の中でも最強の一角、竜の形をしていたのだから。
咆哮が響く。
明らかにネウロイが時折響かせる甲高い声とは違っていたが、何処か名残りを残す奇妙な重低音。
まるで大気そのものを揺るがすような、腹に響くような方向であった。
しかし、それに怯むような502戦闘航空団ではない。彼女達は“ブレイブウィッチーズ”、勇気の名を冠する攻勢部隊である。
ラル「全機攻撃開始! あの化物に我々の力を見せてやれ!」
号令に答えるが早いか、一斉に攻撃が始まる。
吹き荒ぶ弾丸の嵐。
現代のネウロイであったとしても、これだけの猛攻を前にして無傷ではいられない。
ましてや、この怪異は数百年も昔に発生した異形。当時の武器でもダメージは与えられた以上、現代の兵器でも簡単に対抗できる……筈であった。
ニパ『――効いてない!?』
クルピンスキー『いや、ダメージはあるみたいだけど、これは……』
まるで魔法力そのものが掻き消されているみたいだ、と呟いた。
事実として黒竜の表面には弾丸によって無数の弾痕が折り重なり、罅も奔っているが致命的なダメージには至っていない。
それを見て尚、俺はフリガーハマーの引き金を連続して引く。
計三発のロケット弾は横風の影響を受けながらも、標的へと向かって飛び、着弾した。
凄まじい爆音と衝撃が駆け抜け、生物特有の痛みを訴える悲鳴がそれを上塗りする。
しかし……
俺「明らかにさっきよりも威力が落ちている」
ラル「どういうことだ……?」
俺「恐らく、弾に込められた魔法力そのものが拡散してるんだろうよ。弾丸で大したダメージを与えられないのはその所為だ」
ロスマン『でも、どうして……』
俺「さあな。……随分と、聞いていた話と違うな」
それだけ言って、上空の黒鷲を睨み付ける。
聞いていた話が違う以上、アドラーはまたも何らかの企みを持っていると判断したのだ。
しかし、現状に尤も驚愕していたのはアドラーであった。
彼は確かに、封印された怪異について全てを語っていた。少なくとも、自身の記憶にある範囲については。
だが、眼下に存在する黒竜は全てにおいて、彼の知る怪異とは異なっていた。その大きさ、持てる能力すらも。
そもそも、かつての怪異は色すら異なっていた。第二次ネウロイ大戦初期同様、全てが銀色のフォルムだった筈だ。
アドラー「馬鹿、な……ッ。ありえん」
既に曖昧になりつつある人間だった頃の記憶と言えど、人生を捻じ曲げられた苦い記憶だけは忘れようもない。
ならば、其処から導き出される答えは、たった一つ。
アドラー「怪異が、進化しているなど……!」
ネウロイという種、或いは群全体を見れば、新たな機能の獲得や新型の登場は決して珍しい話ではない。
だが、一個体のネウロイが姿形を変化させ、新たな機能を獲得するケースは確認されていない。
当然と言えば当然である。
ネウロイが生き物であるならば、一世代一個体の変化がどれほど珍しいかは語るまでもなく、機械に近い存在であったとしても周囲の協力なしに単独での機能拡張など在りえない。
敢えて可能性があるとするならば、この怪異は元々単独で成長や進化するような能力を持っていたという所だろう。
尤も、それすら推測に過ぎず、その上、ネウロイは環境の変化にそれほど柔軟な存在ではない。何時まで経っても川や海、山脈を超えられぬのがいい証拠である。
異形の中の異形。異質な怪異でありながら、更なる異端。正しく、ネウロイと呼ぶに相応しい存在。
ラル「あの慌て様、どうやら嘘を吐いていた訳ではないらしいな」
俺「…………そのようだ」
ラル「随分、不満そうじゃないか」
俺「まあな。ここでアイツの話が嘘なら殺すだけの大義名分が出来る。いくらお前でも、これ以上は庇いようがないだろう?」
ラル「それは、……いや、余裕ぶってる場合じゃない。魔法力そのものを拡散させるなんて、今のネウロイでもそんな能力持っていないぞ」
俺「長い間、封印されて魔法力に晒されていたからか。或いは、もっと別の……ッ!」
ラル「くッ……!!」
其処まで言い掛け、ラルと俺は左右に分かれた。
黒竜は先刻の復讐とばかりにカッと口を大きく開き、紅い光を集束させていたのだ。
聞いていた話では、このような攻撃手段を有していなかった。
それでも何の不思議もないだろう。これはその威力こそ分からないが、現代のネウロイにとっては真っ当な攻撃方法なのだから。
臨界点まで集束された紅い光は、線となって放たれる。
狙いは俺。現状、有効な攻撃手段を持っていること、先のロケット弾の射手であったことを鑑みれば、当然の帰結。
次の瞬間、数百kmも離れた空を漂っていた雲が紅い光に掻き消された。
俺(なんて、射程。下手に降下したら、最悪、近隣の街にまで被害が…………いや、それよりも……!)
黒竜の紅光に途切れが来ない。
10秒、20秒と放射が続き、弧を描く軌道で逃げる俺の後を追う。
これだけの射程、これだけの放射だ。例えシールドで受けたとしても、結果は目に見えている。絶対に、当たる訳にはいかない。
魔導エンジンが悲鳴を上げるほどの魔法力を流し込み、可能な限りの加速を見せる。
それでも追ってくる光を引き離すことは叶わず、ストライカーに直撃するという寸前、ようやく光線が途切れた。
アドラー「俺、無事か……!」
俺「ご覧の通りだ。…………確か、コアの場所は腹の部分だったな」
アドラー「ああ、確かにそこだ。唯一まとも与えられたダメージだったから間違いはない。……もっとも」
俺「あれだけの変化を見せた以上、コアの場所も変わっている可能性も考えるべきか」
俺の声に、無言で頷くアドラー。
もう黒鷲を敵と見るつもりがないのではなく、あくまでも共通の敵に対して好敵手同士が手を組むように。
これまでの関係を崩すことなく、言葉すらないまま、俺は黒鷲と共に戦うことを選択した。
黒竜「ゴアアァァァァァァァッッ!!!」
アドラー「…………これはッ」
俺「やれやれ、イレギュラーだとは思っていたが、まさかここまでとはな」
咆哮と共に、黒竜の胴体がバキバキと音を立てて歪む。
俺の与えた傷こそ再生していないが、質量保存の法則すら無視し、背中に黒鉄の翼が生えていく。
空を飛ぶ敵に対し、地上で戦う事を不利と踏んだのか。此処に来て、飛行能力まで獲得したのだ。
生えたばかりの翼を羽ばたかせ、黒竜の身体が宙へと浮かぶ。単純に鳥と同じような原理で浮いているのではあるまいが、乱され生じた風は俺達の頬を叩いた。
俺「調度良い。これで、腹を狙い易くなった」
アドラー「この状況で軽口か。気楽なものだな」
俺「どうにかなる時はどうにかなるが、どうにもならん時は何をやっても無駄だ。必要以上に気張ることもない」
アドラー「ならば、諦めると……?」
俺「まさか。あらゆる手段を講じ、可能な限り戦うさ。今回の戦い、負ける訳にはいかないのでな」
どのような事情があるにせよ、そのまま封印しておけば良かった存在を、戦略上必要もないにも拘らず呼び覚ました。
もし仮に黒竜が民間人どころか、軍に何らかの被害を起こせば、502戦闘航空団と隊長であるラルが責を追うことになる。
現502は解散し、また新たに各地のエースや新人が集められ、ラルも何らかの形で処罰は免れないだろう。
それだけは、避けねばならない。依頼人の命を守ることだけでは駄目だ。社会的な立場も含めて守らねばならないのだ。
俺「ラル、俺が先頭に立つ。現状で有効な攻撃を行えるのは俺だけだ。問題ないな?」
ラル『了解した。全機、俺の援護に回れ。敵の攻撃を受けるなよ!』
『了解……!』
俺「……行くぞ、アドラー。こんな茶番、さっさと終わらせる」
アドラー「これが茶番とは恐れ入る。遅れるなよ……!」
俺「それは、こっちの台詞だ」
最終更新:2013年02月06日 23:24