――談話室 一週間前



俺「誕生、日……?」

クルピンスキー「そう、いつもお世話になっている熊さんに皆でお祝いしよう、ってね」

俺「成程。普段、世話になっている以上は俺も手伝わん訳にはいかんか」

管野「つーことだ。お前は中華料理を作れ。金は俺らも出すから」


まだ雪も溶けきらないながらも、春の足音が聞こえ始めたある日、俺にそんな提案を持ちかけられた。

一週間後の来たる3月6日はサーシャの誕生日。
ある意味においてラル以上に502の要である彼女の誕生日を祝おうと、クラッシャー三人組と俺が集まってサプライズパーティーを画策していた。

ふむ、と俺は思案する。
中華料理を作れといっても、如何せん調味料や食材が足りない。少なくとも俺が作れる範囲の中華では。
だが、目的の日にちまで一週間もあるならば、食材は市場で取り寄せることも可能だ。
調味料に関しても、近場の暗兵に頼んでシユウの村から持ってきて貰えば何とかなるだろう。


クルピンスキー「それで、熊さんへのプレゼントも君に任せようと思ってね」

俺「プレ、ゼント……?」

ニパ「ほら、ラル隊長の誕生日も近いだろ? だから、その予行演習と思ってさ」


ラルの誕生日は3月10日。成程、確かに予行演習というのも頷ける。サーシャを踏み台にするようで気が引けるが、事情が分かれば彼女も納得するだろう。
にっこりと笑って、お願いと両手を合わせるクルピンスキーとニパ。その後ろでコイツで大丈夫かな、と顔を顰めている管野。

しかし、そんな三人の心境を知ってか知らずか、俺はただ訝しげに首を傾げるだけ。
彼には一つ疑問があった。そして、自分では答えが出せないと判断して口に出す。


俺「そもそも、誕生日だからって祝う必要があるのか……?」

クルピンスキー「えっ」

ニパ「えっ」

管野「えっ」

俺「えっ」


四人が四人とも、何を言っているんだコイツは信じられないもの見る表情で顔を見合わせる。

いち早く困惑から立ち直ったクルピンスキーはあれこれ考え、一つの質問をした。


クルピンスキー「この中で誕生日を祝ってもらったことがある人ー」スッ

ニパ「…………はい」スッ

管野「当たり前だろ?」スッ

俺「…………ねぇよ?」


三人が手を上げる中、俺はだけは手を上げない。そんな俺に奇異の視線を向ける三人組。


クルピンスキー「…………」

ニパ「…………」

管野「…………」

俺「なんだよ、その目は」


普通の人生ならば、彼らくらいの十余年の短い人生であっても、一度くらいは誰かに祝って貰えるものだろう。
が、生憎と俺という人間は普通などとは程遠い人生を歩んできた筆頭のような人間である。

物心つく以前、彼の生まれた家は貧困に喘ぎ、その日の食事にすら困る有り様。
家の守護精霊になる寸前だった、との俺の弁を信じるならば、本当に餓死寸前にまで至っていたことだろう。
如何に両親が彼を愛していたとしても、ない袖を振れはしない。たった一日で一度に金を使うよりも、一週間で数度に別けて使った方が良いことだってある。

更にその後も暗兵として苛烈な訓練の日々が続いた。
村の人々も俺のことを愛してはいたが、“生きているだけで丸儲け”が基本的な価値観である彼らに、誕生日を祝うという考え自体がなかったのだろう。
祝うのは母の産道を経由しこの世に出でた時のみ。悲しむのは命が尽きたその瞬間だけ。何ともドライで、何とも前向きな一族である。


俺「それに、俺も俺以外の奴等も自分の誕生日とか覚えてなかったし。そもそも外から拾われてきた俺の誕生日の記録なんて、カールスラントが焼け落ちた今じゃ、永遠に失われている訳だしなぁ」

ニパ「い、いや、ノイエカールスラントに行けば……」

俺「ないだろ。要は間引きされたから俺は死亡扱いだ。死亡者の記録を持ち出してるか分からん。現に、カールスラント撤退時の正確な行方不明者と死亡者の数も把握できてないみたいだし」


自身が生まれた記録も、仮初とはいえ死んだ記録にも興味がないのか。心底どうでもいいような、まるで他人事を語る声色で俺は言った。

確かに、俺の言うことも尤もだ。
1941年、欧州の国々は自らの住み慣れた土地をネウロイに明け渡した。カールスラントもその内の一つ。
現状、国としての体を保っているのは奇跡に等しい。紛失した様々な情報は、二度と取り戻されることはないだろう。


管野「い、いや、でもよぉ。両親とかに会えば、よ」

俺「面も名前も憶えてない、生きてるかも分からない人間をどう探すよ? まあ、カールスラントが無事だったら分からんでもないけど。つーか、元から会う気なんて更々ないよ」

クルピンスキー「……両親は、会いたがってるかもしれないよ」

俺「つっても今更なぁ。殺人者の親なんて誰だって嫌だろ、俺も親も相手に会わせる顔がない。会っても、これといって話すことなんざないし。親を憎んだことなんてないが、もう愛してもいないよ俺は。生きてりゃ御の字、死んでりゃ残念でしたで終わりさ」

ニパ「そういうとこ、ほんっとドライだよね、俺」

俺「人なんていつか死ぬわけだろ。いつまでもズルズル引きずったってなぁ。それを冷血と誹りたいなら好きにしてくれ。単なる価値観の違いだ」

クルピンスキー「ま、それぞれ価値観が違うからこそ楽しいんだけどね」

俺「そこんとこに理解があって助かるよ、お前達は。余所のウィッチじゃ、価値観押し付けられて上手くいかんのは目に見えてるしな」


本当によかった、と何度となくウンウン頷く俺に、クルピンスキーは溜まらず苦笑いを浮かべる。
俺は自身の価値観を相手に押し付けることもないが、その代わり相手の価値観を受け入れることもしない。
依頼人の価値観に沿って動くのは良しとするが、それは依頼人に感じ入ったのではなく、単に仕事として受けいれただけ。

自分勝手ではないが自分本位。折れず曲がらず変わらず立ち止まらず、己の培った価値観にのみ従って生きている。
手段や方法は外道そのものだが、その精神性は下衆でない。彼女達が彼を見捨てない理由は、そこにあるのだろう。


俺「必要性は分からんが、ともかくやることは分かったよ。じゃあ、行ってくる」

ニパ「もう買い出しに行くの?」

俺「いや、その前に熊さんに何が欲しいか聞いてくるわ」

三人『ちょっと待て』


いくらなんでも露骨すぎる。
サプライズパーティーだというのに、それを本人に気取られる可能性がある行為をしてどうするというのか。


管野「お前、サプライズだっつってんだろ!? 何でそうなんだよ!!」

俺「いやだって、お前、プレゼントに必要もないゴミ貰って嬉しいか?」

ニパ「決めつけないで! 自分のセンスを信じてよ!」

俺「えー、でもさー。俺、いらないもの貰っても嬉しくねーよ? センス云々以前の問題じゃね?」

クルピンスキー「違う! そういうんじゃない! 誕生日プレゼントってそういうものじゃないから!」


そうかぁ、と天井を仰いで一人考える俺。
誕生日プレゼントは当人にとって必要かどうかではなく、どれだけ喜んで貰えるかこそが重要なのだが、その辺りを俺はよく理解していない。

しかし理解を出来ずとも、言われたことを守るくらいは出来る。
分かったよ、と鹿爪らしく頷く俺であったが、三人は途轍もなく不安だった。


管野(おい、アイツで本当に大丈夫なのかよ!)

ニパ(い、いやぁ、そこは信用してあげようよ。大丈夫だよ、多分……)

クルピンスキー(まあ、口ではああ言っても、何とかしてくれるよ、多分……)

管野(自信なくしてるじゃねぇか!!)

俺「おい、聞こえてるからな」


それでも、それ以上は反論も抗弁もしなかった辺り、どうやら自分には向いていないのは理解しているらしい。


俺「まあいいさ。熊さんに気取られず、だな。分かった、可能な限りその方針で行く」

クルピンスキー「頼んだよ。さて、僕達はケーキの準備を考えなくちゃね」

管野「となると、下原とジョゼに手伝って貰うか。あと、隊長や曹長にも口止めしなくちゃな」

ニパ「うーん、ケーキかぁ。……大丈夫かなぁ」

管野「ニパの不幸が炸裂して、何度も失敗するに一票」

ニパ「ひ、ひどいじゃないかー!」

俺「どうでもいいが、お前達がやれよ。俺にだけ面倒事を押し付けるなんて認めんぞ」


女三人寄れば姦しいというが、などと思いながら、ぎゃーぎゃーと喚いている三人を横目に、俺は溜息と共に談話室を後にするのだった。










――ハンガー 一週間前


サーシャの誕生日プレゼントを買うという難題(彼にとっては)を押し付けられた俺は、何を買うのか決められぬまま基地内を歩いていた。


俺「うーん、何を買っていいか全く分からん」


元より他人の為に何かを買うという行為をしてこなかった人間が、話を聞いてから僅か数時間で答えなど出せるはずもない。
いつものように整備班やロスマンの書類整理を手伝いながらも、考えに考え続けていた。それでも仕事に手抜かりがないのは彼らしい。


俺「……ん?」


ふと、ハンガーの一角に目をやると、ストライカーの整備をしているサーシャの姿を見つけた。
普段と変らぬ軍服姿のまま手袋だけを身に着けて、同じ部位を二度三度とチェックする。

その背中は、一心不乱に打ち込む職人のものだ。
十代の少女とはかけ離れた在り方と姿勢。だが、その姿こそを俺は美しいと感じていた。
化粧を施し、自身を飾る装飾品やドレスを纏った女は、俺にとって贅肉に覆われた豚のようにすら思え、何の魅力も感じない。
むしろ、野生の獣のように飾ることなく、能力と性能こそを重要視し、無駄のない鋭利な生き方、姿にこそ魅力を感じる。

一通り整備を終えたのか、外装を閉じて、ふうと額の汗を拭う。


俺「お疲れさん」

サーシャ「ひゃあ……ッ!?」


気配も足音も殺していなかった俺に気付かぬほど集中していたらしく、サーシャは手にしていたレンチを取りこぼした。
手から逃げ出したレンチは運悪く足の上――それも小指の先に辺りに落ち、予想外の痛みに悶絶する。


サーシャ「~~~~~~~~~~~ッ……」

俺「熊さん、大丈夫?」

サーシャ「だ、大丈夫、……です――ッ!」


涙目になりながらも、気丈に笑みを浮かべていた。その姿に声をかけるタイミングを間違えたか、と俺は頭を搔く。
しかし、この後も別の仕事が控えているであろうサーシャと話すならば、このタイミング以外にあるまい。


サーシャ「あの、それで何か……?」

俺「あー……、あー…………――――」


話しかけたは良いものの、どうやって欲しいもの、喜びそうなものを聞き出したものかと思い悩む。正直に言えば、そこまでの考えはなかったのである。

歯切れの悪い俺に、不審そうな目を向けるサーシャ。
必要なこと以外は相手が話しかけてこない限り話そうとしない俺だ。不審な目を向けるのは仕方がないだろう。

このままでは気付かれないまでも、何がしかの不信感を募らせ、俺とクラッシャー三人組の思惑に行きつく可能性も否定できない。
その時、サーシャの顔と服装を見て妙案を思いついた。


俺「あー、言おうか迷ったんだけど……」

サーシャ「―――――あ、」

俺「顔とか服、汚れてるよ」


額や鼻先を拭った時についたであろう黒いオイルの跡に自前のハンカチを這わせた。
目の前の事柄に熱中すれば周囲に目がいかなくなるのは誰しもが経験することだが、年頃の女がこれでは駄目だろう。

綺麗にクリーニングされていたはずの上着と黒いズボンにもオイルや泥、埃で汚れがついている。


俺「ふむ、これでいいか。次の仕事に行く前に着替えくらいはした方がいいよ」

サーシャ「そ、そうしますね」


集中しすぎて、みっともない姿を見せていたとサーシャはほんのりと頬を主に染めて照れていた。

その様子に、表情には一切出さずに内心でほっと安堵の吐息を吐き出す。
巧く意識を逸らせた。これで何かを思いあぐねていた自身の態度は、顔のオイルについて指摘するか否かを悩んでいたと思っているはずである。


俺「しかし、ご苦労なことだ。毎日毎日、こうやって整備してるんだろう?」

サーシャ「ええ。整備の方々を信用していないわけではないですけど、やっぱり“この子達”の調子は見てあげたいですから」


ハンガーに並べられたストライカーユニットに向ける視線には、まるで我が子に向けるような優しさがあった。

出会った当初より、サーシャは常にこのような視線を見せた。
ネジ一本一本の緩みを確認し、エンジンの調子が良ければ笑みを浮かべる。逆に調子が悪ければ、自らの手でその原因を調べ上げる。
クラッシャー三人組や俺がストライカーを壊す度に、それこそ泣きそうな顔で回収された残骸を泣きそうな顔で見ていた。

如何に命を預けるとはいえ道具は道具。
俺は道具を人間と同列――とまではいかないものの、人間に近しいものとする考えはまるで理解できなかった。
道具に愛着を持つ人間を居ることを知っている。彼は使えればそれでいいと思うが、シユウの暗兵は好んだ得物を選んで使う。つまり、そういうことなのだろうと納得する。


俺(でも、機械を見てうっとりするのは理解できないな。俺でも武器を見て悦には浸らん。そういう性癖なのかねぇ……)


そういえば、と思い出す。
何でもカールスラントで開発中の次世代ストライカーが、そろそろ完成するのだと軍内部で実しやかに囁かれているらしい。
それを聞いたサーシャの反応ときたら、新しい玩具の発売日を待つ子供のようだった。


サーシャ「じゃ、じゃあ、着替えてきます」

俺「あ、うん。行ってらっしゃい」


小走りに部屋へと向かっていったサーシャを横目に、プレゼントの案を一つを思いつく。
喜んで貰えるかは別にして、実用性は高く、いらないと言われることはないだろう。尤も、そのような失礼な発言をするサーシャではないのだが。


俺(市販のものを買って、そのあと手を加えるとしても十分に時間はあるな。失敗も見越して、いや待てよ…………そうするか)


着々と構想を練る俺は、ある程度のプランを決めると一週間後のサプライズパーティー向けて行動を開始するのであった。
最終更新:2013年02月06日 23:30