リーネ「なんだか大きな作戦が始まるみたいだね芳佳ちゃん」

宮藤「ミーナ中佐が言ってたね。でも、どんな作戦なんだろう」


空は快晴、絶好の洗濯日和。二人はもはや日課の洗濯をすませ、格納庫前を歩いている。
宮藤がふと空を見上げると、はるか彼方に深緑の翼が見えた。扶桑の飛行艇、二式大艇だ。


宮藤「扶桑からの飛行機だ!扶桑から補給が届いたのかな?」

リーネ「芳佳ちゃん良く見えるねー。補給だったら良いね、もうお味噌が無くなりそうだったからよかったね」

宮藤「うん、大豆もあったらいいなあ」

リーネ「……大豆は無いといいな」


まだ豆粒ほどにしか見えない機体を背にし、少女たちは基地へ戻った。



エンジン音が響く機内では、初老の男が坂本と会話をしていた。


男「ほう、あれが501の基地か。素晴らしいじゃあないか」

坂本「恐縮です。元が古城でしたので、細部の意匠も見事ですよ」

男「うむ、気にいったよ坂本。楽しい休暇になりそうだ」

坂本「休暇、ですか……」

男「ああ、休暇だ。大仕事の前の束の間の休息だよ。実に楽しみだ」

坂本「今からでも遅くはありませんよ。どうか……」

男「もう遅い。そら、じきに着陸態勢に入る。なに、君達に迷惑はかけまいよ」


男は外を眺めながら、いやあ楽しみだ、と呟いた。
そんな彼の様子を、坂本は苦々しく見ていた。
ちら、と視線を移すと、そこには一機のストライカーユニットが鎮座していた。
その機体は、恐らく誰もが美しいと漏らすような、透き通るような白色だった。


男「どうだ、いい色だろう。軍にも腕のいい塗装工がいたものだ」

坂本「は、まるで白磁のようですね」


その返答に満足そうに頷く。


男「ワシにはちと勿体ない代物だがなあ。技術部の馴染みが手土産代わりにこしらえてくれたのだ」

坂本「男中将、もう一度考え直しては頂けませんか?」

男「はっはっは、くどいぞ坂本。ワシは今すぐにでもあの501の英雄達を直に見たくてウズウズしとるんだ。
  そうだ、確か風呂もあるそうだな、是非入らせてくれ!」

坂本「はあ……、了解です」


坂本がため息をつく。この男には敵わないな。
操縦席から、着陸態勢に入る事を告げる連絡が入った。
さて、宮藤達にはなんと説明したものやら……。



男「ほう、君達があのラジオの。いやいや、扶桑でも二人のラジオは人気でな。どれ、一つこの手帳にサインでも……」

エイラ「はあ、別にいいけど……」

サーニャ「zzz」



宮藤「坂本さん、あの人凄く偉い人なんですよね?」

坂本「ああ、扶桑海軍中将だ。私も昔訓練をつけてもらったことがあってな」

ミーナ「私も聞いたことがあるわ。男中将、数少ない男性ウィッチの中でも特に珍しく、魔力減衰の少ない体質を持ってるそうね」

男「おや、私を知ってるのかねヴィルケ中佐。これは光栄だなあ。ワシも存外捨てたものじゃないようだ、なあ坂本!」

坂本「はあ、そのようで……」

ルッキーニ「ねーねー、おっちゃんウィッチなの?使い魔は?固有魔法なにー?」

シャーリー「こ、こらルッキーニ!おまえ少しは物怖じしろよ!」

男「はっはっは、かまわんかまわん。どれ、それじゃあしばらく居候させてもらう身だ。宿賃かわりにお披露目会と行こうか。
  坂本、どこか良い場所は無いか?」

坂本「はあ、それでは滑走路にでも行きましょう……。こちらです……」

男「よし、それでは行くぞ皆の衆。ワシに続けえ!はっはっは」

ルッキーニ「おー!」

エイラ「ほら、行こうサーニャ」

サーニャ「うん……。zzz」



宮藤「坂本さんがあんなに疲れた顔をするなんて……」

リーネ「なんか、凄い元気な人だね」

ペリーヌ「あのミーハー親父、坂本少佐を従兵のように……!」

バルクホルン「扶桑軍人は真面目だと言うが、彼は本当に扶桑人なのか?」

ミーナ「ええ、結構有名よ。先祖代々ウィッチの家系で、扶桑海事変でもたった一人で艦隊の退却する時間を稼いだりしていたとか」

エーリカ「人は見かけによらないもんだねー」

バルクホルン「お前が言うのか。まあいい、我々も滑走路へ行くか」



滑走路に椅子を並べて、ウィッチ達がそこに座る。その正面に男が立っている。
格納庫から整備兵たちも出てきて、ちょっとした見世物のようになっていた。


男「さあさ、とくとご覧あれ。古より受け継がれし我が一族の秘術!あ、それ!」


男が両手をパンと叩く。体が青白く光り、頭部から茶色の獣の耳、尻からは鞭のようなしなやかで強靭そうな尾が生える。


エイラ「おお、ほんとにウィッチだな」

シャーリー「ん?なんか首のところが膨らんでないか?」

坂本「あー、それはだな」

男「説明無用だ坂本よ!そおれ!」


男の襟もとがムクムクと膨れあがり、耐えきれずに襟のボタンが弾け飛んだ。
そして現れたのは、さわり心地が実に良さそうなふさふさした厚い鬣(たてがみ)だった。
皺が刻まれた顔に、鋭い眼光。そして勇ましい鬣を携えた男の堂々とした風格は、まさにライオンのそれだった。


男「世にも珍しい獅子の人、一吠えすれば魔も逃げる。そら、ぐをおおおおおん!」


ルッキーニ「ふにゃー!すっごーい!」

宮藤「すごいね、リーネちゃん!」

リーネ「でも、ちょっと怖いかも……」


坂本「で。そのボタン、誰が縫うんですか?」

男「安心しろ坂本。裁縫はからきしだがボタンを縫いつけることだけは得意でな」

坂本「それはそれは、安心しましたよ中将殿」


ルッキーニ「もっともっとー!」

男「はっはっは、いいとも!ふんっ」

リーネ「あ!」

ペリーヌ「何を!?」


男が両手の親指をカリっと齧り、滴る血を空へ撒く。


男「がおっ!」


男が吠えると同時に、その血が火薬のようにパパパンっと爆発した。


サーニャ「きゃ!?」

バルクホルン「な!?血が?」


男「それそれそれー!がおおおおおん!」


男は荒々しく舞うように血を振り撒き、爆発させていく。その様子は、宮藤の目にはいつか縁日で見た獅子舞のように見えた。


宮藤「きれい……」

坂本「ああ、それだけは認めざるを得ないな」


男「これで最後!ぐうあおおおう!」


袖に隠していた紙吹雪をぱっと投げ、爆炎と共に見得を切った。見ていた者全員が立ち上がり、惜しみない拍手を送った。


シャーリー「うおー!ブラボー!」

バルクホルン「うむ、実に見ごたえがあった」

サーニャ「……たてがみ、少しコゲてる」

ペリーヌ「ま、まあ。それなりに楽しめましたわ」


男「はっはっは!ご覧のとおり、ワシの使い魔は先祖代々受け継がれし獅子!
  そして固有魔法は己の血を爆発させる言うなれば『燃えたぎる血潮』だ!」

宮藤「あ、あの!指は大丈夫ですか?」


宮藤は、舞いを楽しみながらもつい親指の傷が気になってしまっていた。


男「おっと、いかんいかん。貴重な芸のタネが流れてしまう。坂本―、包帯をくれー!」



坂本「少し血を抜いて大人しくなったほうが助かるんだがな……」

ミーナ「ちょ、美緒?」



宮藤「大丈夫です、私が治します」

男「おお、宮藤さんの治癒魔法を体験できるとはありがたい。ほう……、これは心地良いものだ」



坂本「チッ」

ミーナ「み、美緒?大丈夫?」



男「おお、傷が消えた!素晴らしい、礼にワシの自慢のたてがみを触ってみるか?なに、遠慮なぞすることはないぞ」

宮藤「あ、それじゃあ、少しだけ……」

サーニャ「あの、私も触ってもいいでしょうか……?」

男「もちろん、皆も触ってもいいんだぞ?はっはっは!」

ルッキーニ「触る触るー!」

シャーリー「どれどれ。うおお、ライオンのたてがみってこんなふうなのか」

エイラ「あ、ここもコゲてら」

男「はっはっは、楽しいなあ。いやあ、ここにいると若返りそうだ!」



坂本「烈風丸の錆にしてくれようかあのクソジジイ……!」

ミーナ「美緒!?落ち着いて、美緒!!」

ペリーヌ「怒りを抑える少佐も新鮮でステキですわ……」



男「はっはっはー!!ぐおおおおおおん!」



501の基地に老獅子の咆哮が轟いた。






二式大艇を操縦してきた二人も、その様子を見ていた。
しかし、彼らの表情は決して明るくなかった。
最終更新:2013年02月06日 23:34