前回のあらすじ

ミーナ「男さんの秘密を知ってしまった……」

男「ふふ、他言無用だぞ?」






男「ほう、上天気だな。どうやらお天道様はワシに励めと言っとるらしい」


部屋に朝日が差し込む。男は手に取っていた筆を置き、席を立つ。
窓際に立ち、朝稽古に励む坂本を眺める。


男「うむ、中々の太刀筋だ。なるほど、鍛練は欠かせていなかったようだな」


チラと壁掛け時計を見ると、6時を少し過ぎていた。
扉を誰かがノックする。


男「入れ」


宮藤がおずおずと扉を開けた。


宮藤「えっと、宮藤です。あ、宮藤芳佳軍曹です!」

男「はっはっは、慣れとらんのだろう。そんなに畏まらなくてもよい」

宮藤「す、すいません……」

男「して、何用かな宮藤軍曹殿?」

宮藤「ふえ!?ど、殿!?」

男「はっはっは!そんなに驚くこともあるまい。陸軍ではこれが普通なのだぞ?」

宮藤「うう……。もう、からかわないでくださいよー」

男「いや、すまない。で、用件は何だったかな」

宮藤「あ、はい。朝食の準備ができました」

男「ほう、もうそんな時間か。よし、食堂へ行くとしよう」

宮藤「はい!今日はなんだか豪勢なんですよ」

男「ほほう、それはありがたい!よし、すぐに行かなくてはな!」

宮藤「はい!!」



宮藤「ミーナ中佐が、せっかくだから豪華にしようって言ったんですよー」

男「ほう……。それは、まったく、ありがたい事だな……」






食堂には、坂本とミーナ、そして夜間哨戒をしていた二人を除いた全員がいた。
食卓に並んだ品々は、これが朝食かと目を疑うほどの豪勢さだった。


シャーリー「もう帰っちゃうのか?もっとゆっくりしてけばいいじゃないか」

男「こう見えてワシもそれなりに多忙でな。今回も激務の合間の休息だったのだよ」

バルクホルン「この後はどうされるご予定なのですか?」

男「うむ、せっかく欧州に来たのだからもうしばらく各地を視察したかったところだが、惜しいことに真っ直ぐ本国へ帰らねばならんのだ」

リーネ「残念ですね。もう少しお時間があれば……」

ルッキーニ「あたしもロマーニャのいろんなとこ、案内してあげたのにー」

男「おお、それは惜しい。しかしこの時世だ、しかたあるまいよ。下の者が働いている最中に上が惚けてはおれんしな」

バルクホルン「素晴らしいお心構えです。世の名ばかり将校共に聞かせてやりたい」

エーリカ「おっいもー、おっいもー」

バルクホルン「はあ、まったく……」

男「時に、ヴィルケ中佐と坂本の姿が見えんが」

宮藤「そういえば……」

ペリーヌ「少佐なら、ミーナ中佐に呼ばれてましたわ。そのうち来られると思いますけど」

シャーリー「どうしたんだろうな、こんな朝っぱらから」

バルクホルン「何か急務でも入ったのでは……」

男「ふむ、おそらくワシの乗る二式の直掩についてだろう。手間だろうが、頼んでおいたのだ」

シャーリー「ああ、なるほど」

男「さて、皆には礼を言わねばならん。一昨日、昨日、そして今朝と世話になったな。真に有り難かった」

リーネ「そんな、こちらこそいろんな物資を頂きましたし」

バルクホルン「そうです。我々は当然の事をしたまでです」

ルッキーニ「ねーシャーリー、おっちゃんなんで下向いて喋ってるの?」

シャーリー「ありゃオジギってやつだ。扶桑の感謝を表すポーズだよ」

宮藤「あの、私お弁当とおはぎ作ったんです。良かったら、皆さんで帰りの飛行機の中で食べてください」

男「おお、それは有難い!いや、実に有難い限りだ。連中も喜ぶだろう!」

ルッキーニ「あ!あたしもおっちゃんにプレゼントあげる!」

男「これはこれは、恐悦至極ですなルッキーニ少尉殿」

シャーリー「お、おいルッキーニ?プレゼントってまさか……」

ルッキーニ「じゃーん!あたしが朝採ったムシー!」

ルッキーニ「うわあああ!やっぱりか!」

バルクホルン「ビ、ビンにぎっしり詰めるやつがあるか!」

エーリカ「トゥルーデ、怒るとこそこじゃなーい」


男「はっはっは、これは良い。素揚げにして酒の肴に頂くとしよう!」


ルッキーニ「えっ」

シャーリー「えっ」

バルクホルン「えっ」

リーネ「えっ」

ペリーヌ「えっ」


宮藤「もう、蜂やイナゴじゃないんですからー」

男「はっはっは、意外に美味なのだぞ?」


エーリカ「やだ扶桑こわい」







基地を飛び立って数時間、二式大艇はネウロイの巣を視界に捕らえていた。
周りには機を護衛するために坂本、ミーナ、そして竹井が構えていた。
機の中には、楽しそうに今朝の出来事を語る男と、それを重々しい表情で聞く2人の操縦士という奇妙な光景があった。


男「という訳でな、貴様等にもこの握り飯とぼた餅をくれてやる。あの宮藤さんの手料理だ、海軍中の兵共が羨ましがることだろう!」

操縦士1「は、どうも……」

操縦士2「有り難く頂きます……」

男「なんだ、情けない声など出しおって。嬉しくはないのか?」

操縦士2「いえ、そういう訳では……」

操縦士1「……中将、やはり自分は反対です!」

男「む?なんだ、いきなり」

操縦士2「自分も反対です、貴方は扶桑海軍に必要な御方だ!」

男「……ふん。くどいぞ貴様等。ならば、今ここでワシを力ずくで止めてみるか?それくらいの覚悟でなければワシは止まらんぞ!」

操縦士1「っ……!」

操縦士2「も、申し訳ありません……」


男「……なあ、貴様等。娘はいるか?」

操縦士1「……いえ、自分のところは男だけです」

操縦士2「自分も男が3人ですが」

男「まあ息子でも構わんが、どうだ、可愛いものだろう」

操縦士1「……」

操縦士2「ええ、やんちゃが過ぎる事もありますが」

男「ふむ。どうやら、貴様は知ってるようだな?」

操縦士1「……はい。詳しくは存じてはおりませんが」

操縦士2「一体、何の話ですか?……」

男「ワシは早くに女房を流行り病で亡くしていてな、子供はいないのだよ」

操縦士2「っ!?申し訳ありません!!」

男「ワシが振った話だ、謝る必要などない。まあ、そんな事もあってか、ワシにとって坂本と竹井は娘のように可愛いくてな……」

操縦士2「……ならば、ならばこそ、お二人の為にも貴方は!」

操縦士1「もうよせ」

操縦士2「しかし!」

操縦士1「俺には、もう中将をお止めすることはできん……」

操縦士2「……」

男「すまんな、貴様等にも重荷を背負わせてしまったようだな」

操縦士1「いえ、自分が中将のお立場ならば、同じ事をしたと思いますので……」

操縦士2「……作戦開始地点、到着。予定通りウィッチ達は帰投していきます」

男「さて、それでは一働きしてくるとしよう。先に扶桑へ帰っておるぞ」

操縦士2「中将、我々も共に」

男「ならん。貴様等の命、無駄遣いするわけにはいかぬ。子の為にも生きるのだ」

操縦士2「……必ずや、靖国に参ります」

男「はっはっは、酒を忘れるでないぞ?」

操縦士1「自分の故郷の一等を持参しますよ」

男「それは楽しみだ」



男はストライカーユニットを履き、装備を整える。
腰には使い込まれた扶桑刀、肩には三八式歩兵銃をさげた。
青磁を思わせる白い装甲に描かれていたのは、大きな一輪の桜の花。


男「公にはなるまいが、これが扶桑の噴流式飛行脚の初の実戦とはな」


男の身支度は終わった。


男「では、さらばだ」

操縦士1「ご武運を」

操縦士2「道中お気をつけて」


二式の天井が開く。ユニットのエンジンに火が灯った。




男「扶桑噴流式特別攻撃脚、桜花。出る!」




日の光に輝く鬣(たてがみ)を波打たせ、男は大空へ飛び立った。







巣へ向けて男は飛んでいた。
それを察知されたらしく、小型ネウロイが行く先を塞いだ。


男「やれやれ、余り時間は無いというに」


男は懐から拳銃を抜き、撃ち放つ。弾は外装にめり込み、ネウロイは爆炎と共に破裂した。


男「貴様等も、ワシに用なら手短に頼むぞ」





そう言って振り向いた先には、ミーナと坂本、そして竹井がいた。




ミーナ「……いつ、お気づきに?」

坂本「そんな事はもうどうでもいい、貴様は何をする気なんだ、男中将!」

男「今ここにいるのならば、ヴィルケ中佐からすでに聞かされておるのではないか?」

坂本「ああ聞いた!ネウロイの巣に突っ込み、自爆するなどというふざけた作戦をな!」

竹井「……本気、なんですか?」

男「ああ、本気も本気、大本気だとも」

竹井「なんで、なんで男さんがそんな事しなくちゃいけないんですか!」

ミーナ「貴方はウィッチとしてだけではなく、将校としても非常に優秀です。今貴方を失う事は、扶桑だけではなく人類にとって大きな損失となります」

男「買いかぶり過ぎだ、ワシはただの老いぼれにすぎん。火薬で出来た体を持つというだけのな。
  その火薬とて、今では半分湿気っているようなものだ」

坂本「魔力減衰か……。それが何だと言うんだ!貴様はまだ十分戦えるじゃないか!」

男「いや、もう潮時だ。あの魑魅魍魎の巣を焼き払うだけの威力が、まだ在るうちでなければならんのだ」


かちり、と鳴る。男は扶桑刀に手を掛けていた。


男「問答は飽きた。貴様等がもしワシを阻むというのなら、容赦はせん」

竹井「……3人のエースから、逃れられるのですか?」


気迫に押されながらも、答える。
竹井の額に、汗が一粒流れた。




男「……小娘が」

重く響くその一言は大気を震わせた。







竹井「っ!」


竹井の鼻先に、男の握る刀の切っ先があった。


男「昨日今日飛びはじめた雛に、百戦を越えた獅子が狩れる道理は無かろう」

坂本「……刀をお納めください、中将」

男「ならば誓え。ワシの邪魔はせん、とな」

坂本「……分かってたんだ、あんたを止められない事くらい」

竹井「そう、最初から、分かっていたんです……。だから、私達は私達にできる最善を尽くすことにしました」

男「……」

ミーナ「現在504基地には、501基地から呼んだ捜索救難飛行隊も加え、全救援機を発進待機させています」

男「……なるほど。ふふふ、存外ワシは嫌われてはおらんようだな」

竹井「男さんを止めるなんて、無理だと分かってました。だから私達は、男さんを止めるよりも男さんが生きて帰るほうに賭けることにしたんです」

坂本「宮藤にも504基地に待機してもらっている。我々も空で待機する。全てあんたが生きて帰るための布陣だ!」



坂本「だから、だから絶対に生きて帰って来てくれ……」

竹井「お願いです……。男さんに死んでほしくないんです……」



坂本と竹井は目に涙を溜めている。両者とも泣くまいと、それを必死にこらえる。


男「……やれやれ、お前達ももうすぐ二十歳だろう。おっと、坂本はもう二十歳だったか。まったく、こんなことで泣きべそを掻いてどうする」


ゆっくりと二人に近付き、頭にポンと手を置いた。


男「はっはっは、いくつになっても泣き虫な娘達だな。ほれ、泣くな泣くな」

坂本「泣いてなんかない!」


鼻をすすりながら答えた。涙は今にもこぼれそうだった。


竹井「わ、私も、泣いて、ません!」


竹井に至ってはすでに頬に涙の跡が出来ていた。まばたきの度にぽろりぽろりとこぼれ落ちる。



そんな三人の様子を、ミーナは少し離れた位置で見守っていた。

インカムからは、フェデリカの心配そうな声が聞こえる。


ミーナ「……ええ、そうです。やはり止められませんでした。……はい、予定通りでお願いします」


フェデリカは基地から、こんなの馬鹿げてるわ、自殺を黙って見過ごすのと一緒じゃない、などと呟いている。


ミーナ「中将を、そして中将を信じた二人を信じるしかないわ」


ほんと、扶桑人って変わってるわ、という諦めを含んだ嘆きが返ってきた。




男は二人の髪をくしゃくしゃと撫でる。そして、二人を抱きしめた。



男「励め、愛しい娘達よ」



すっ、と離れると男は踵を返し、巣へ向けて飛んでゆく。


坂本「あ!」

竹井「お、男さん!待って!男さん!」


男は振り向かず、次第に小さくなっていく。
構わずに二人は叫び続けた。


坂本「男さん!私達、待ってるからな!絶対に死んでは駄目だからな!」

竹井「帰ってこなきゃ、絶対に許さないんですからー!」


二人の声は届いたのか、二筋の白い煙はネウロイの巣へ一直線に伸びていた。










男「はっはっは、中々やるではないか怪異ども!」


男の鬣も、服も、己の血で鮮やかに染まっていた。
捨て身で接近し、傷を負いながら敵を葬る。
そして血を撒き散らし、周囲を焼き払う。男が編み出した戦法だった。
その容姿から、いつからか男は赤獅子と呼ばれ始める。
ストライカーユニットには、男の血が貯蔵されていた。それを燃焼させ、一時的に爆発的な推力を得る。
血の残量は、残り僅か。


男「これが最後の突撃だ。怪異どもよ、心してかかるがよい」


男が手をパン、と叩くと周囲に散っていた血飛沫が爆発した。
巻き込まれたネウロイは砕け、海へと墜ちていく。


男「気を抜けば、木っ端微塵だぞ?」


弾薬が尽きた銃を投げ捨て、扶桑刀を構える。
ニヤリと笑い、腹の底から叫ぶ。



男「扶桑の赤獅子、此処に在り!さあさ怪異よ、かかって参れ!主等と冥府に行く筈だったが、生憎それは出来なくなった!」



男「ワシは帰る、生きて帰る!されど手を抜く気など無い!来ないのならば此方が行くぞ、赤獅子全身全霊の、最後の演舞をとくと見よ!」



男「ぐをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」」




荒々しい雄叫びと共に、男は巣の中へと消えていった。













その日、ヴェネチア上空のネウロイの巣は、空を割るような轟音と共に消滅した。












扶桑憤流 4話 『老いた獅子、飛ぶ』




次回へ続く 
最終更新:2013年02月06日 23:35