前回のあらすじ
ミーナ「あなたも参加するのよ」
翌日、格納庫
部品単位で点検されたマ43と補機類を組み立てる。エンジンの一言で済まされることが多いが
大別すると魔法力を動力に変換する魔導エンジン本体、高高度でも酸素とエーテルを
確実に吸入するための過給器、オーバーヒート防止の強制冷却ファンなどのモジュールがあり
それらが組み合わさって
初めてモノになる。
僕「これでよしと…」
今やっとエンジン本体に補機を全て取り付けたところ。それでもまだ内部装置の組み立ては
半分しか済んでいない。これの後に、他の整備兵がヒーコラ言いながら組んでいる
ジェネレーターとそれらを接続する動力管やホース類を繋げ
再塗装されたカウリングを取り付ければオーバーホール完了、である。
僕「そっちはどうだ?」
「もうちょいッす」
もう片方のエンジンを組んでいる整備兵が答えた。
見てみると、殆どが組み上がっている。
液冷よりも空冷エンジンのほうが部品点数が少ないので
液冷に慣れてるここの整備兵からすれば、組み立ては随分楽だろう。ただ
「調整が恐ろしく面倒ッす…」
僕「あーわかった、ちょっと待ってろ」
何でもかんでも世界一を目指そうとするからこうなる。
紫電改も同型のエンジンだが、震電はそれに追加装備を色々付けすぎている。
お陰でそれぞれの干渉を抑える調整がピーキーで辛い。
僕「あーこりゃ、アタリの範囲が狭いわ…」
「え、ちょ、何してるんスか!」
慌てて整備兵が止めようとしたが、ボルトナットを全て緩め始める。
マ43は輸送と配備数の関係上、予備部品1つにしても数が足らない。
『共食い』整備を抑えるべく自前の工場で何とか部品を複製しているが
そろそろ数が足りなくなってきた。それにロマーニャ戦線の戦力も逼迫していると聞く。
僕「んー…」
せっかく組んだエンジンをバラされて涙目の整備兵を他所に
勘でアタリを付けて補機類のナットを指で締める。
よそ事を考えるのはこれくらいにして、そろそろ真面目にやろう。
次に、センチ規格のボックスレンチを2つ持って仮止めまでナットを締める。
僕「ほい、多分これでいいぞ」
「…ホントっすか?」
あまりにも短時間で直したからか、疑うような顔でこちらを見た。
僕「一個一個、モジュールのナットをトルクアップしてから
次に移ったら全部の調整が合わんだろ。調整は一回で…」
<<えー、整備中隊の僕
技術中尉は司令室へ出頭すること、以上>>
あと一言を言いかけたところで坂本少佐の放送が被った。
こんな時に呼ばれる理由としたら、反攻作戦のことか。
僕「…と言うわけで、あとは任せた」
目の前の整備兵に、担当していた片側のエンジン整備の引継ぎ事項を伝えてから
司令室へ出かける。
「スッゲェ、一発で調整が…」
トルクアップしたら先程の調整が一発で決まったらしい。調整は数撃ちゃ当たるで慣れるしか無い。
ああやって慣れていくんだろうなと思いつつ、石畳の廊下を歩いて目的の部屋へ向かった。
その日の夜、同じく格納庫
通用口の扉を音を立てないようにしてそっと開ける。誰かがいるような気配はない。
固いブーツの靴底が打ちっぱなしのコンクリートに響かないようにして足を下ろす。
格納庫に入ったところで、後ろ手に扉を閉めた。今日の見回りは誰だっけ?
明日は反攻作戦があるから、全員寝てるはず。
シャーリー「よし、じゃあ今日は見回り無しだな」
それならゆっくりストライカーを見ていられる。
滑走路へ続く開け放たれた入口から差し込んだ月明かりで、一段低い床に並べられた
ストライカーユニットが薄く光る。若干、有機溶剤の匂いがするのは
オーバーホールのついでにストライカーの外装も塗りなおしたからだろう。
シャーリー「動かしてみたいんだけどなー…」
P-51の外板を撫でながら呟いた。せっかく引き出してあるから『試運転』という名目で
マーリンエンジンを回してみたくもなる。オーバーホール後の試運転は済んでいるから
改めて稼働させる意味もないのだが。
シャーリー「まぁ、いいか」
夜も遅いし。宿舎から離れているが、エンジンを回せば思った以上の音が出る。
音を聞きつけた警備とかに気づかれて、作戦前に一悶着起こすのもバカバカしい。
寝る前にもう一度見れただけ良しとしよう。自室に戻ろうとして
もと来た通用口の方を向くと、整備班の休憩室の扉から薄く光が漏れていた。
シャーリー「んー?」
消灯までまだ時間はあるが、それまで休憩室の明かりが点いていたことは少ない。
多分、明日のことでまだ何かしているのだろう。
シャーリー「ちょっとだけなら覗いてもいいかな…」
誰かいるかもしれないが、普段は入らない休憩室に何があるか気になる。
一握りの好奇心で休憩室の扉を音を立てないよう、ゆっくり開けた。
休憩室
午後11時7分。乱雑な休憩室には不釣合なほど、立派な壁時計を見て今の時間を確認する。
ちょうど目の前にある、11人分のストライカー全ての航空日誌の内容を確認して
分解点検で見つかった不具合と改修点を報告する書類をまとめたところ。
僕「やっぱ書類仕事には慣れん…」
頭を1回転させて首を鳴らして呟く。普段はアホなことを言いながら、手際よくこういう仕事も
こなしていた先任が羨ましい。もうそろそろ退院する頃だから、戻ってきたら要領を教えてもらおう。
寝る前に仕事が終わったと思うと、立ち上がる気が起きなくなった。
僕「明日0700時に出発か…」
夕方に中佐から詳しく話された反攻作戦『オペレーション・マルス』の内容を思い出す。
501のウィッチが作戦空域に着く前に『天城』に乗艦し、艦隊の露払いを終えたウィッチたちの
ストライカーユニットを整備点検せよ、以上。
僕「…要は出張整備か」
ウィッチも整備兵も現地調達とは、切羽詰まってんだろうな。
それでも、不具合は全部今日中に直すことができたし、後は明日にヘマしなければ良い。
ソファの背もたれに思い切り体重を預けて天井を仰ぐと、眠気が襲ってきた。
僕「パトラッシュ、僕はもう疲れたよ…」
シャーリー「…ここで寝たら天使のお迎えが来るぞー」
童話の少年の真似事をすると、突然聞こえた声で目が覚めた。
声がした方を振り向くと、シャーリーが休憩室の扉に寄りかかり
笑いを堪えるようにしてこちらを見ている。珍しく赤いブレザーを着ていない。
僕「…えっと、どのあたりから聞いてた?」
シャーリー「…出張整備、のあたりから」
僕「…パトラッシュって聞こえた?」
シャーリー「もちろん…って、あっはっはっはっは!中尉も意外なこと言うんだなー」
しまった、完全に油断してた。作戦前夜でも格納庫に誰かが来ることを考慮してなかった。
せめてもう少しマシな事言えばよかった…
よほど面白かったのだろう、一通り笑った後の含み笑いをしながらシャーリーは反対側のソファに座った。
シャーリー「いやー、いつもムッスーってしてる僕中尉から、そんな言葉が聞けるとは思わなかったよ」
僕「いつもムッスーってしてるわけじゃないって。笑うときゃ笑うし、泣くときゃ泣くよ」
シャーリー「それでも、小難しいこと考えてそうな顔してない?」
僕「それが通常運転だよ」
シャーリー「あんまりムズカシイ顔してると、そのうちどっかの大尉みたいに堅物軍人になっちゃうぞー」
ケラケラと笑う。からかわれているようだが、不思議と悪い気はしない。
僕「一応考えとくよ…ところでこんな時間にどうした?もう寝る時間だろ」
就寝は11時30分のはず、まだ時間はあるが。ついでに消灯は零時。
明日大掛かりな作戦があるのに、ここに何の用があるのだろう。
シャーリー「その、なんだ…通りかかったら明かりが点いていたからさ…」
僕「ふぅん?」
指で自分の右頬を掻きながら、何故か目を反らされた。
格納庫に用があるときの理由といえば
僕「あー、ストライカーの調整?
それならもう分解点検で組んだ時に、いつもの調整に戻しておいたよ」
シャーリー「んーまぁそんなところでいいや」
それでいいらしい。
僕「あ、そうだ。せっかく来てもらったから、何か飲み物でも作ろうか?カフェオレとココアと紅茶しか無いけど」
シャーリー「じゃあ、カフェオレで」
僕「了ー解」
ソファから立ち上がり、部屋の隅にある流し台の近くから
砂糖とインスタントコーヒーの瓶と牛乳を取り出して、乾いているカップに
それぞれを規定量入れてからスプーンで混ぜる。インスタントでも水に溶かすと
それなりのコーヒーの匂いが漂ってきた。
僕「はい、出来ましたよっと。砂糖は一掬いしか入れてないけど」
シャーリー「お、サンキュー」
受け取って、いつも通り砂糖をスプーン5杯入れた。シャーリーから差し出されたスプーンで
砂糖の入った缶から同じく5杯掬ってカフェオレに入れる。
シャーリー「そういやさ、だいぶ前にもこうやって話してたよな」
僕「ん、いつだったっけ?」
シャーリー「ほら、ジェットストライカーで…」
僕「ああ、どうやったら勝てるかの話か」
あの時は格納庫でココアを飲んでたな、向かい合ってあれこれ言いながら。
まだ半年も経っていないのに昔のことのように思えてしまう。
シャーリー「速度といえば、中尉がここに来た時にかなり揉めたもんなー」
僕「あの時は本当に申し訳なかった。いきなり怒鳴ったりして、ゴメン」
シャーリー「もう気にしてないって。過ぎたことだし」
懐かしむように言いながら、カフェオレを口に運んだ。
まだ溶けきっていなかった粉末コーヒーのダマがあったらしく、甘かったカフェオレが少し苦い。
僕「でも、あんまり心配させるような比率にするなよ。頼むから」
シャーリー「もうしてないって」
僕「嘘つけ。たまに以前と同じ比率になってることぐらい、こっちはお見通しだっての」
調整値を規定の比率に合わせてもすぐに戻っているが、以前よりもマシな比率になった。
それでも部品の損耗は早いから、他のストライカーよりも多めに分解点検しているが。
シャーリー「あちゃーバレてたか」
僕「はぁ、全く…」
壊れたら交換すれば良いというマスプロダクツに基づく考え方からだろう。
これもお国柄の違いに由来するものだろうか。
シャーリー「そうそう、このまえさ…」
そう言って、最近話していなかった分を取り戻すように盛り上がった。
何の脈絡もない、他愛のない話。
カップのカフェオレが空になった頃に、両手でカップを持ったまま呟いた。
僕「音速、超えられなかったな…」
反攻作戦が始まる前までに試運転をしたかったが、予備のエンジンも無いし
稼働中のストライカーからエンジンを移植させるわけにもいかない。
結局、あれは工場の片隅で埃を被って忘れられるのかもしれない。
シャーリー「そんな心配することじゃないぞ。戻ってきたら、また続きをやればいいし」
僕「それもそうか…もう夜遅いから寝よう。明日もあるし。カップは片づけとくよ」
シャーリー「ん、ありがと」
ソファから立ち上がり、2人分のマグカップを持って流し台に持っていく。
スポンジに食器用洗剤を少し付けてカップを洗っていると
シャーリー「…なぁ、僕」
僕「ん?」
一言話しかけられ、両脇腹から白いブラウスの袖が僕の腹の前に回された。
背中に預けられた体重で、わずかに体温と心拍数が上がる。
突然のことに驚いて、カップを洗う手が止まった。
蛇口から細く絞った水の流れ落ちる音だけが聞こえる。
僕「…どうした?」
シャーリー「…この前に貰ったお守りだけど、あれは『生存の象徴』なんだって」
そう言って腹の前に回した腕の力が強まった。
背中にシャーリーの鼓動と体温がより伝わってくる。温かい。
シャーリー「だからさ、ちゃんと生きて帰ってくるよ。帰ったら続きをしよう」
何も言わず水に濡れた手を重ねた。大切な人を2度も失いたくない。
止めようとしても、速く遠くへ行ってしまうだろう。僕の両足ではあまりにも遅い。
湧き上がる思いを抑えて、何とか喉から掠れた声を出す。
僕「…ああ。必ず生きて帰ってこい」
シャーリー「約束する。それじゃ、おやすみ」
重ねた手をすり抜け回した腕を解き、軽やかな足音を立てて休憩室から出ていった。
僕は、その背中を見送ることが出来なかった。
最終更新:2013年02月07日 13:31