2月6日
501JFW基地、格納庫


僕「…シャーリー、エンジンの調子はどうだい?」
シャーリー「ん~、いつもと変わらんなぁ」

マーリンエンジンを回したまま、発進ユニットの上からシャーリーが答えた。
現在、オイル交換後の試運転をしている最中だ。

シャーリー「燃費が3%ぐらい上がるって触れ込みらしいけど、ホントーか?」
僕「さぁどうだろ。気分の問題じゃないか?」

実戦では諸元通りにならないこともよくある話。
たかが3%程度の変化ではアテにしないが、お上からの命令なので仕方がない。
肩を竦めて答えた。

僕「試しにここからカールスラントまで、行って帰ってくればわかるかもな」
シャーリー「それよりも、とりあえず目の前の巣を潰すことが先決だろ」
僕「そりゃそうだな」

右手に持った懐中時計に目を落とす。そろそろ10分ぐらい経ちそうだ。

僕「あと1分、アイドリングのまま回してくれ」
シャーリー「了ー解」

いつものように、気の抜けた返事が返ってくる。
時計の秒針と睨めっこしながら、エンジンオイルがエンジン全体に行き渡るのを待った。

シャーリー「…それにしても、もう新年から1ヶ月も過ぎたんだよな~」

何気なく呟かれた一言で、時計の文字盤から視線を上げた。

僕「ん?急にどうした」
シャーリー「1週間もすれば誕生日なんだなーって思ってさ」
僕「………えっ?」

目が点になった。
確か今日は2月6日だから、シャーリーの誕生日まであと一週間しか無いことにまた驚いた。

僕「…2月13日が誕生日なのか?」
シャーリー「まぁそうだけど、知らなかったのか?」
僕「知らないも何も、今まで話したことも聞いたことも無いぞ」
シャーリー「あー確かにそうだったよな………いや、別にプレゼントくれって言う訳じゃないぞ!
      規則上、必要以上の接触は出来ないから無理はしなくていいからな!」

珍しく規則を持ちだして慌てて撤回したが、プロペラの風圧とは別の理由で尻尾と両耳が動く。
ウィッチの感情と使い魔の耳と尻尾は連動してるのかと、ぼんやりと考えた。

僕「聞いたからには、何か考えとかないと失礼だろう?
  …あ、もう10分過ぎたからエンジンは止めてもいいよ」
シャーリー「お、おう」

アイドル時の回転数はかなり低いので、プロペラはすぐに止まった。
発進ユニットに固定されたままのP-51Dに近づいてオイルタンクの蓋を外す。
オイルゲージをタンクに入れて引き抜くと、半分以上が新品のオイルでぬらりと光った。

僕「規定量ちゃんと入ってるな。オイル交換出来たからストライカーを脱いでいいよ」
シャーリー「サンキュー……あのさ」

P-51Dから両脚を抜こうとしたまま動きが止まった。
使い魔ではない方の耳が、いつもより赤くなっているように見えるのは、僕の気のせいではないと思う。

シャーリー「…プレゼントがあるなら期待してもいいか?」
僕「わかった。楽しみにして待っててくれ」

俯きがちに言ったシャーリーに、ニッと笑って答えた。

格納庫、整備員休憩室


僕「何にしようか…」

休憩室で頭を抱えて悩んだ。
楽しみにして待ってろと言ったものの、あーでもないこーでもないと悩んでいるうちに
シャーリーの誕生日まであと3日になってしまった。前から全く成長していない。

僕「二つ返事で言うもんじゃないな…」

何かを思いつこうとしてグラスに入った水を一口飲む。
空になったグラスをテーブルに置こうとしたところで、その手が止まった。

僕「………」

いつもなら気にすることはないグラスをまじまじと見る。
グラスに整備中隊『ブルームキーパーズ』の部隊章がエッチングで描かれているのだが
何故かこの時は目についた。エンブレムのエッチングをしばらく矯めつ眇めつして

僕「…これだ!」

何かが頭の中で閃いた。これならきっとシャーリーも喜ぶだろう。
近くに転がっていた鉛筆とメモ用紙をひっつかんで格納庫へ向かった。


2月13日


どこからともなく冬の海風が廊下を吹き抜けていく。
一陣の風が通り過ぎると着込んだつなぎの下で鳥肌が立った。

僕「くっそ、今日も寒いな…」

格納庫に向かう廊下を歩きながらボヤく。
廊下ですらこれだから、シャッターのない格納庫は更に寒いだろう。

僕「今度、施設科にシャッターの設置でも頼んでみるか…うー寒っ」

背中を丸めて両手を摩った。ヴィルケ中佐に提出する書類がまだ書き終わっていないので
それを書き終えなければならないのと、あともう1つやらねばならないことがある。
格納庫の通用口を開けると、常備灯の他に天井の照明が灯っていた。

僕「…誰かいるのか」

こんな時間まで格納庫にいるのはシャーリーぐらいしかいないだろう。
適当に見当をつけて発進ユニットに近づく。予想通りP-51Dの中身を覗き込んでいるシャーリーがいた。
足音に気づいて、僕に向けて手を振った。

僕「よ。こんな遅くまでご苦労様」
シャーリー「僕中尉じゃん。こんな時間にどうした?」
僕「書類の整頓だよ。あと、誕生日プレゼントを渡しに来た」

今まで後ろ手に隠していたそれを差し出す。
包装紙に包まれたそれを見て、シャーリーの顔が綻んだ。

シャーリー「僕からも誕生日プレゼントがあるのか~嬉しいなぁ。今ここで開けてもいいか?」
僕「どうぞどうぞ。割れ物だから気をつけてね」

プレゼントを落とさないように、包装を丁寧に剥がしていく。
剥がし終えると、天井の水銀灯がグラスの表面に反射した。

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シャーリー「これって…あたしのパーソナルマーク?」

光にグラスをかざしながらシャーリーが尋ねた。
自分の作ったものをじっくりと見られると、なぜか照れくさくなってくる。

シャーリー「この前、僕があたしのパーソナルマークを嬉しそうに写してたってのはこれのことか~」
僕「げ、やっぱりバレてた?」
シャーリー「そりゃもう、他の整備員が『僕中尉の様子が変だ』って言ってたもん。ちょっと見てみたかったな」

そう言って可笑しそうに笑った。居心地が悪さを誤魔化そうと、何となく頭の後ろを掻いた。

僕「無断で写しとってゴメンな。時間が無かったから、つい言い忘れてさ…」
シャーリー「ううん。そんなことないし、すっごく嬉しいよ。ありがとう」

グラスを大切そうに抱きしめると、穏やかな笑みを浮かべたシャーリーの姿が女神のように見えた。
最終更新:2013年02月07日 13:32