前回までのあらすじ
僕「シャーリーにdisられた。死にたい」

1週間後
ミューロック飛行場上空23000ft 、上昇中
B-29改造母機、前部爆弾倉


爆弾倉の内部でその時を待つ。
数少ない電灯が心許なくその中を照らして、懸吊架のシリンダやら構造材の陰影が内壁に映る。
リンク機構の軸あたりから垂れ下がった赤いタグが、寂しい賑やかさのジュラルミンケースに虚しさを増した。

シャーリー「はぁ…」

プライベートな事は持ち込まないように気をつけていても、一人でいる時は何かと滲み出てきてしまう。
愚痴るように吐いた溜息が、あたし以外の誰もいない爆弾倉に響いた。

シャーリー「何も避けなくてもいいじゃんか…」

溜息の原因はそれだ。1週間ぶりだというのに、アイツは乗り込む前も乗り込んだ後も
チェックリストを渡すときも目も合わせずにキャビンへ引っ込んでいった。
その間、何も言い出せなかったあたしに非があるかもしれないけど。

機長<<…24000……24500……高度25000ft。こちら機長、前部爆弾倉を開放する。急減圧に注意せよ>>
シャーリー「ん、了解だ」

ウジウジした考えは機長の一言で一旦止まった。今はどうしようもない。後でじっくり考えよう。

爆弾倉の扉が開くと、巻き込まれた風が肌を撫でる。最初はそよ風のように、段々と暴風へ変わっていく。
開き切った足元には薄い雲がたなびいていた。

シャーリー「こちらイェーガー、爆弾倉扉の開放を確認した」
機長<<Copy.測定員、レーダー手は機器の確認を>>
測定員<<電波速度計、上昇率計、その他の計測器に異常無し>>
レーダー手<<レーダー、異常無し>>
機長<<了解した。爆撃手、発進ユニットを下ろせ>>
爆撃手<<こちら爆撃手、了解。発進ユニットを発進位置まで下降する>>

ガッチリとXS-1を挟み込んだ発進ユニットは、トルネード並の暴風にもビクともせずに機外へ下がっていく。
ストライカーを履いた半身が時速300マイルの風に曝される中、少しキツめの仰角を取ったままゴーサインを待った。

機長<<こちらコールサイン、マザーシップ。発進の準備が完了した。許可を>>
管制員<<管制塔のオーバーロード。マザーシップ、発進を許可する>>
機長<<マザーシップ、了解した。カウントを開始する>>

久々に飛べる嬉しさでニヤつきが止まらない頬を理性で抑え、真正面に目を向ける。
ふと、赤いタグが風で揺らいだのが視界の端に見えた。

シャーリー「………?」
<<…30秒前………20秒前……>>

1週間前にもあんなモノがあったっけ?思考停止した頭の中に発進までの時間が響く。
止まってしまったあたしを笑うように、風に揺られたタグが踊る。
どこかで見たことがあるような、でもすぐに思い出せない……あれは確か……

<<……5秒前…3,2,1,実験開始。God speed!>>

0カウントと同時に、金属を噛みこむ嫌な音が聞こえた。


B-29改造母機、後部与圧室


機長<<どうした!>>

間近で鳴った金属音と機長の声に、思わず銃座から腰を浮かせた。

爆撃手<<前部爆弾倉に異常発生!懸吊架が作動停止!>>
シャーリー<<こいつ…くそっ!こちらイェーガー、発進ユニットのアームが開かない!>>

ヘッドホンから爆撃手とシャーリーが答える。
耳に片手を当てたまま与圧室を目だけで見渡したが、誰もが硬直していた。

機長<<もう一度動かしてみろ>>
爆撃手<<ラジャ>>

爆撃手が短く答えて操作させたようだが、床下で金属が軋むだけで何も変化は起こらない。
しばらくして、油圧ポンプのギアが苦しげに呻いた。

爆撃手<<ダメだ、動きません。一旦、系統の油圧を停止させます>>
機長<<了解。だが、原因はわかるか>>
爆撃手<<作動灯の表示では、アームが展開する過程で止まったようです>>

機長と爆撃手がヘッドホンの先で交互に答える。
たまたま目があったレーダー手も、何故止まったのか分からないと言うように首を振った。

機長<<オイル漏れか?>>
爆撃手<<いえ、オイル漏れの表示がありません>>
機関士<<私も確認しました。現在、故障した部分をバイパスさせている投下装置も含めて、機体全ての油圧は正常です>>
シャーリー<<こちら、イェーガー。機長、さっきから目の前に赤いタグが…>>

風切り音に混じって久しぶりにシャーリーの声を聞いた。右側のヘッドホンを耳に強く押し当てる。

機長<<タグ?どこに付いている>>
シャーリー<<懸吊架にあるアームの軸辺りだ……あと白地で何か書いてある>>
機長<<イェーガー、それを読めるか?>>
シャーリー<<了解。ちょっと待ってろ……>>

布ズレと息遣いから、身を乗り出そうともがいているらしい。小さく「捕まえた」という呟きが聞こえた。

シャーリー<<……『Disconect Before Flight』…これって!>>
機長<<グラウンドロックピンか!?>>

リンク機構に挿しておけば、誤作動しても折れる事が無いぐらい頑丈なピンのことだ。
通常なら外されているはずの安全装置の存在に耳を疑った。

シャーリー<<ああ、それっぽい。でも、あたしはどうすりゃ良いんだ>>
機長<<落ち着け、大尉………爆撃手、今の状態で投下手順が止まった場合、爆弾倉の状況はどうなっている>>
爆撃手<<爆弾倉扉が開き切ったままになりますね。爆弾投下の油圧システムは、シーケンスバルブが組み込んである為
      一定の作動手順を踏まないと、一度開いてしまった扉は閉めることが出来ません>>
機長<<そうか。開けたまま帰投するのも手だが、それだと着陸した時に、扉と滑走路とのクリアランスが足りないな…
     発進させやすいようにユニットごとせり出した分、大尉の身が危ない>>

最後に機長の一言で、どうしようもない行き詰まりを噛み締めた。膝の上においた左手を握りしめる。
掌をジトつかせる汗が滲んだ。

僕「…どうする」

もし、その途中で安全装置が外れることがあったら?
ロックピンは挿しこんであるだけだから、機体を傾けたら急に抜けることも考えられる。
じゃあ、ここから助けに行くか?そんなことが不意に浮かんだが、ガクつく脚の震えを止めようと、両膝を掴んだ。

僕「…訓練は受けてある……出来ないことはない………」

膝を見つめながら小声で呟く。足を踏み外せば富士山よりも高いところから自由落下しかない。
そんな事が出来るのか?こんな所で尻込みしている場合じゃない。肚をくくって通話ボタンに手を伸ばした。

僕「…機長、自分が助けに行きます」

震える声で、それでも確信を持って咽喉マイクに吹き込んだ。

機長<<正気か?ここは高度25000ftの上空だ。落ちたら死体は潰れたカエルにもならんぞ>>

予想通り、機長が訝しむように訊く。
戸惑いながら目を泳がせると、同じ与圧室にいる測定員とレーダー手が正気を疑う目を向けていた。
もう言い切るしか無い。与圧室の空気を吸い込む。

僕「…正気です。母機に搭乗するための訓練はひと通り済ましてあります」
機長<<それは訓練だろう。我々の今の任務は訓練ではない。実戦だ>>
僕「実戦だろうが決戦だろうが、それでも助けに行きます。手が空いてる乗務員は僕しかいないでしょう?」

半分は勢いに任せて言い切ると震えが止まった。
誰かのマイクが拾った唾を飲む音と耳を聾するエンジンの轟音だけが響く。
さすがに無理があったか。行き場のない視線は、しばらく彷徨った後に膝へと落とされた。

機長<<…中尉、酸素マスクとパラシュートの使い方はわかるな?>>
僕「え?あ、は、はい」

ホワイトノイズしか流れ出さなかったヘッドホンのスピーカが、急に機長の肉声を流した。

機長<<よし。高度10000ftへ降下後、全てのキャビンを減圧する。
     爆撃手は懸吊架の動作監視、航法手は管制へ連絡しろ。後部キャビンの乗務員はイェーガー大尉を救出する補助だ。
     僕中尉は準備が出来次第、私に伝えろ。イェーガー、聞こえたか?>>
シャーリー<<ああ、バッチリ聞こえた>>
機長<<もうすぐ中尉が助けに行く。それまで大人しくしてろよ>>
シャーリー<<了解だ………待ってるぞ、僕中尉>>

久しぶりに聞いた声に目を見開いた。掠れた声で待ってろと呟く。
喉に貼りつけたマイクが声を拾う前に、機長がそれをかき消した。

機長<<さて、ミッションアップデートだ。総員掛かれ>>


前部爆弾倉


手を伸ばせば地面に触れそうなぐらいに高度が下がる。耳の奥が気圧の変化で鈍く痛んだ。

シャーリー「クソッ…」

ストライカーから脚が抜けないように、一番近くにあるキャットウォークに手を伸ばす。
まっすぐ伸ばした右腕が脇腹の皮膚を引っ張って、裂けそうな痛みが走った。

シャーリー「痛っ!」

痛みに腕を引くと、今まで保っていたバランスが崩れて何の抵抗もなく脚が抜けていく。
庇った右腕を下にして、ゆっくりと周りを囲む景色が左上へと流れだした。

シャーリー「………え、嘘だろ」

呆然としたまま呟く。せめて落ちないように、手近にある発進ユニットのアームへ手を伸ばす。
その途中で、横から伸びた腕が虚空へ伸びた左手首を掴んだ。

僕「……すまん、遅くなった」
シャーリー「中尉…!」

すぐそばで酸素マスクのレンズが反射して白く映る。あたしを見て頷くと天井を見上げた。

僕「こちら僕中尉。シャーリー……失礼、イェーガー大尉を捕まえた」
<<了解。足を踏み外して落ちるなよ?>>
僕「当たり前だ……行こうか」

左手を引っ張ると、巻き込まれた風が体ごと宙へ浮かす。
手摺越しに抱きとめられると、背中にフライトジャケットの固い感触が伝わってきた。

僕「怪我は無い?」

マスク越しにくぐもった声で張り詰めていた緊張が緩んだのか、目元が急に熱くなる。

シャーリー「…遅いよ、ばか」

俯いたままそれだけ零すと、無事だったことに満足したのか革の手袋が頭をちょっと乱暴に撫でた。
手摺を跨いでキャットウォークに足をつける。貸された肩に腕を回して、キャットウォークを歩き出した。
1歩ずつ与圧室に近づいてくる。今まで引っかかっていた一言を絞り出した。

シャーリー「…この前はゴメン。ひどいこと言った」
僕「こっちこそゴメンな………おい、どうした?大丈夫か?」

涙をこらえてへの字に曲げた口元を見たのか、振り向いた僕が慌てだした。

シャーリー「大丈夫。気にすんなって」

笑った拍子にこぼれた雫が、こする前に風で吹き飛ばされていく。
あたしよりも少しだけ高めの背中に、さっきよりもしっかりと凭れかかった。
最終更新:2013年02月07日 13:37