前回までのあらすじ!
シャーリーとお出かけする事になった私。買い物をしたり映画を見たりとなんだか普通のデートみたいなイベントをこなしていくが、私はどこかつまらなそう。
そんな折、シャーリーは私に、駄目元で大聖堂で一緒に夕陽を見ようと誘うが……返事はまさかのOKだった!
シャーリー「……ああ、よーし、行くぞ私!」
私「はいはい、っと」
――バシリカ・ウルピア、聖堂内部――
シャーリー「へぇ……結構広いんだな」
私「そりゃ、大聖堂だしね」
シャーリー「ま、それもそうか……えーっと、バルコニーへは……」
私「……?」
シャーリー「お、あそこから上に行けるな。おい、私……ん?」
私「…………」
シャーリー「……どうした? 何見てるんだ?」
私「え……あ、ほら、あの像」
――私の指差した先には、女性が物憂げな顔で男性を抱きかかえている、大理石の彫刻があった。
有名な彫刻だ。確か400年ぐらい前に、ロマーニャ人の芸術家が作ったんだったか。
シャーリー「ああ、あの像か」
私「どういう彫刻なのかしらね、あれ」
シャーリー「あーっと……あたしもあんまり覚えてないんだけど、あの女の人、男の人のお母さんなんだってさ」
私「……お母さん?」
シャーリー「……ああ。あの男の人は神様の子供でさ。みんなの幸せのためにいろいろ頑張って、最期は世界中の人の罪を背負って死んだんだって。
あの女の人は、それを天国から迎えに来たんだってさ」
私「天国? それじゃ、あの女の人も神様か何かなの?」
シャーリー「いや、最初はただの人間だったらしいんだけど……。
その、何だ、なんにもしてないのにあの男の人を産んだ後、神様みたいなものになったらしい」
私「ああ、処女懐胎ってやつ?」
あ、そうか。そう言えば良かった。
シャーリー「あ、ああ。うん、そういうことさ」
私「……ホントにできるのかしらね、そんな事」
シャーリー「そりゃ、無理だろ。あれは神話の話だし」
私「……そう、よね」
シャーリー「……?」
――大聖堂の天井から差しこむ朱色の光が、聖母と聖人の像を静かに照らしている。
どうも、こういう場所は人の心を敬虔にさせるらしい。見るもの全てが荘厳に思えてくる。
私「……ねぇ、シャーリー」
シャーリー「ん?」
私「……子供って、欲しいと思ったことある?」
――は!?
シャーリー「!? お、おい、いきなり何言い出すんだよ?」
私「いや……ちょっとね、聞いてみただけ」
シャーリー「こ、子供……か。そりゃ……まぁ、いたら楽しそうだなー、とは思うけどさ」
私「……つくってみたい?」
――は、はぁぁ!!?
シャーリー「ちょっ……ま、待て! いちおう教会だぞ!? だいたい、女同士じゃ無理――」
私「!? な、なんで私とするのが前提になってんのよ!?」
シャーリー「あっ! い、いやその、そういう意味じゃ……」
私「……アンタ、私をそーいう対象でねぇ……へーえ……」
シャーリー「のわぁぁーっ! 違う! 違うからな! そ、そうだ! お前は! お前はどうなんだよ!?」
私「へ?」
シャーリー「子供だよ。お前も欲しいのか?」
――私は、しばらく黙って、像を見つめた後……こう答えた。
私「…………そうね。きっと、素敵でしょうね。自分の血を受け継いだ子供を、手塩にかけて育てていくって。
喜びも、悲しみも、幸せも……ぜんぶ分かち合って」
シャーリー「……?」
私「……欲しかったわよ。できるなら、ね」
シャーリー「え……?」
私「子供……か。
……できないのよ、私」
――え……?
シャーリー「こ、子供ができないって……」
私「文字通りよ。ま、いろいろあってね……。私は一生、母親にはなれないわけ」
シャーリー「……あ、あっ……」
――猛烈な自己嫌悪が襲ってくる。
――なんで、あんなことを訊いてしまったんだろう。他に訊ける事は、たくさんあったはずなのに。
人の心に、土足で踏み込むようなことを訊いて……そして、とてつもない地雷を踏んでしまった。
おそらくは、例の事故だ。あのときの後遺症か何かで……私は……。
シャーリー「……ごっ、ごめん……!」
私「……? なんでアンタが謝るのよ?」
シャーリー「あたし……知らなくって……ごめん、本当に……!」
私「い、いいわよ別に……隠してたって、しょうがないしね……」
シャーリー「…………」
――涙がこぼれそうになる。やっぱり…あたしは、何も分かってなかった。
今まで何ヶ月か付き合ってきただけで……今日、ちょっと一緒に出かけただけで……私の事を分かった気になっていた。
でも……。
私「……ねぇ、シャーリー」
シャーリー「えっ……?」
私「私はね、子供を作りたいの」
シャーリー「……? でっ、でも……」
私「……そう。私は子供を産むことはできない。……でも、作る事はできる」
シャーリー「つ、作るって…… ! ま、まさか……」
私「人間と同じように笑えて、人間と同じように泣けて……そして、人間と同じように誰かを愛せる。
そんな……"機械"がいたとしたら……それはもう、人間と変わらないわ。そうでしょう?」
シャーリー「そ、それじゃ……」
私「……これは、私の夢なのよ。いつか、人間と変わらないAIを作り上げる……かつて、お母さんが成し遂げたように。
あのノートはね、お母さんが自分の研究成果を記したものなの。あのノートを全て解き明かした時……私はお母さんと同じ場所に立てる。
そして……いつか……」
シャーリー「…………」
日がだんだんと暮れてきた。聖母像に薄暗い影がかかり、その表情はますます憂いに満ちていく。
私「……ま、こんな話しててもしょうがないわね……そろそろ行きましょうか、バルコニー」
シャーリー「えっ? あ、ああ……」
――バシリカ・ウルピア、バルコニー――
カツッ、カツッ…
私「……ん、間に合ったみたいね」
シャーリー「ああ……」
バルコニーに出たあたし達を、半分沈んだ太陽が出迎える。よかった。日没までには間に合ったみたいだ。
シャーリー「…………」
私「…………」
シャーリー「……なぁ、私」
私「え?」
シャーリー「……あたしはな、お前の過去に何があって……今、何を抱えているのかは分からない。
教えてくれたとしても、受け止めきれるかは……正直、自信が無いよ」
私「…………」
シャーリー「……でも、受け止めたいんだ。お前の困り顔を見ずに済むんなら……いくらでも。
あたしは、お前と一緒にいるのが楽しい。金にがめつくって、変態で、いっつも騒動を持ってくるけど……。
でも。そんなお前と一緒に過ごすのが……すっごく楽しいんだ」
私「……シャーリー」
シャーリー「だから、その……要は、心配なんだよ」
――心配。そう、心配。あたしが私に対して……常に感じていたのはそれだった。
――あの目に見えた寂しそうな光。どこか遠くを見ているような視線。
強がっているようで、内側はまるで陶器のように脆そうなあいつ。
放っておけない。力になりたい。受け止めてやりたい。
――そんな、愛とも友情ともつかない心配。いや、どっちでもあるのかもしれない。
いずれにせよ、あたしは、私という女に……いつの間にか、そんな特別な想いを抱いていたんだ。
シャーリー「服屋でも、映画館でも、この大聖堂でも……なんだかすごく……苦しそうだった。
寂しさとか苦しさを、自分の内に深く深く押しこめて……今にも壊れそうな、そんな顔だったよ」
私「…………そう?」
シャーリー「……ああ」
私「……そっか」
シャーリー「……うん」
私「…………」
――夕陽から風が吹いてくる。風は家々の間を吹き抜け、どこか物哀しい音を立てていた。
シャーリー「……お節介なのは分かってる。でも、言っていいか?」
私「……ええ」
シャーリー「……あたしは、力になりたい。お前がいろいろ抱え込んで、苦しそうな顔してるの……もう見たくないんだ。
お前には……笑っててほしいんだよ」
私「…………」
シャーリー「なんだっていい。あたしにできる事なら、なんだってする。
……だから、お願いだ。みんなに……元気な顔を見せてやってくれよ」
私「…………」
私「……私からも、いい?」
シャーリー「……ああ」
私「……昔、ある女性には子供がいた。血は繋がっていなかったけれど……2人は互いを、本当の家族のように扱って過ごしていた」
シャーリー「…………」
私「……ところがある日突然、女性は子供を残して死んでしまった。子供は、味わったことの無い悲しみに襲われた。
女性は子供にとって、自分の存在意義そのものだったから」
シャーリー「…………」
私「そうして子供は、女性――母の修めた学問を研究し始めた。母の通った道を辿ることが、母に近づく唯一の方法だと思ったのよ。
……そして、研究を進めれば進めるほど、自分の中にある母との記憶も、さらに重くのしかかってくるようになった」
シャーリー「…………」
私「ま、そんなこんなで、子供は大学を出て、軍でバイトして……それで、このロマーニャに飛ばされてきた。
――そして、驚いた。そりゃそうよ、そこで会ったウィッチの1人が……信じられないくらい、母親にそっくりだったんから」
シャーリー「……!!」
私「……顔や声も似てたけど、なにより瓜二つだったのは……雰囲気だった。
優しく包み込んでくれるような……何があっても、笑って受け止めてくれるような……まるで、大空みたいな雰囲気」
シャーリー「そ、それじゃ……」
私「――笑われるのを覚悟で言うけどね。アンタに優しくされる度に、こちとら、気が気じゃなかったのよ。
だって……だって、何から何までそっくりなんだもの! 言葉も、仕草も! 本当にお母さんみたいだった! もう、いないのに! もう会えないのに!
笑ってくれていいのよ。こんな――」
シャーリー「――っ」
ギュッ…
私「――!?」
シャーリー「……笑わないよ。笑うもんか」
――白衣に包まれた体は、どことなく冷たい。
気付いたら……あたしは、私を抱き締めていた。
私「……どしたのよ、急に」
シャーリー「……ごめんなぁ。分かってやれなくて……お前のこと……全然知らなかった……。
ごめんよ……ごめん……」グスッ
――頬から、一筋の涙が零れてくるのが分かる。
私「……いいのよ、別に。私が勝手に思った事だし」
シャーリー「……ごめん……これからは、私が……ずっと……」
私「……? なにそれ、コクってんの?」
シャーリー「え? いや、多分……違う、かな」
私「それじゃ、何?」
シャーリー「えーっと……何だろ? 何だと思う?」
私「え? そーね、多分……いや、私に訊かないでよ」
シャーリー「…………」
私「…………」
シャーリー「……くくっ」
私「……フフッ」
シャーリー「…っだーっはっはっはっはははっ!!」ゲラゲラ
私「あーっはっはっはっはっはは!!」ゲラゲラ
――抱きあいながら回転し、2人で大声で笑いあう。
傍から見れば、奇妙な光景だっただろう。だが当事者は、これ以上ないくらいに満足していたのだ。
少なくとも、あたしはね。
シャーリー「……あ、そうだ」
私「ん?」
シャーリー「渡したい物があるんだよ」
――回転をストップし、抱擁をほどいて向き直る。
私「……私に?」
シャーリー「ああ。さっきの服屋で買っておいたんだ。似合うかな、って思ってさ」
私「ふぅん……いい? 開けても」
シャーリー「もちろん」
私「それじゃ……」ガサゴソ
シャーリー「…………」
私「……? これは……スカーフ?」
――淡い緑色のスカーフ。店員さんに訊いてみたら、これを薦められた。
どうも、今の流行りの色らしい。
シャーリー「これだったら、首に巻くだけでいいだろ?」
私「……わざわざ、買ってくれてたの?」
シャーリー「これくらいのお洒落なら、したってバチは当たらないさ。付けてみてくれよ」
私「……うん」
――ぎこちない手つきで、スカーフを首に巻き始める私。
慣れてないんだろう、ヘンな方向に曲がっちゃってる。
私「……っとと、難しいわね、コレ」
シャーリー「……どれ、貸してみろ」
私「……自分でできるわよ」
シャーリー「できてないじゃん」
私「そ、そりゃ……そうだけど」
シャーリー「いーんだよ。こういう時は、素直に頼って。
それに、あたしは一応……お前の助手なんだからさ……」
私「…………」
シャーリー「……ダメか?」
私「……ああもう! 分かったわよ、分かったから、そんな目で見ないでってば! ……じゃ、お願いしとく」
シャーリー「よーし、任せとけって。……えーっと、これが…こうなってて……」ゴソゴソ
私「……好きなの?」
シャーリー「え?」
私「こういう風に、世話焼くの」
シャーリー「え、ああ……まぁ、けっこう好きかもな」
私「……面倒だとか、思ったりしないの?」
シャーリー「? なんでそう思わなきゃいけないんだ? 自分がやりたいからやってるだけさ。――お前と同じだよ」
私「……そう……」
『……どうして、めいわくだったの? ピノキオが、にんぎょうだったから?』
『迷惑なんかじゃなかったはずよ。おじいさんは、ピノキオのことが大好きだった。この子のためなら、何でもしてあげられると思ってた。
ちっとも、迷惑だなんて思ってなかったわ。……きっとね』
『じゃあ、ピノキオは……どうしてでていっちゃったの?』
『……たぶん、気付けなかったから。おじいさんが、いつも自分の事を気にかけていることに……気付けなかったのよ。
そうして、自分はいらないんだと勘違いして……逃げちゃったのね』
『……きづけたら、よかったのに』
『……本当にね。きっと、優しさって……気付いてあげることなのよ。人のことも、自分のことも……』
私「……ごめん」
シャーリー「え?」
私「あ、い、いや……なんでもない。……あ、もう……沈んじゃうわね」
シャーリー「……ああ」
私「…………」
――街の向こうに沈んでいく夕陽は、まるで朱色のダイヤモンドのようだった。
一日が終わろうとしている。昨日でもなく、明日でもない……今日という一日が。
シャーリー「……綺麗だな」
私「アンタが言うなら、そうなんでしょうね。きっと」
シャーリー「……なぁ」
私「……ん?」
シャーリー「…あたしな、今日……すごく楽しかった」
私「……ええ」
私「……私も」
――よかった。
シャーリー「――! そうか……そうか!」
――“楽しかった”。
この一言。あたしが聞きたかったのは……このたった一言だったんだ。
――よかった。本当に……よかった。
私「……もう、帰らなきゃね。トイレ掃除があるし。……あーあ。それにどうせしばらくタダ働きでしょ?
……やってらんないわ、全く……」
シャーリー「手伝うよ」
私「え?」
シャーリー「……そのための助手だろ、“教授”?」
私「……フフッ、そうね。……そうだったわ」
シャーリー「……よーし! 基地までマッハで飛ばすぜー!」
私「もう、カミナリ族も大概に……あ」
シャーリー「……ん?」
私「……悪いけど、ちょっと寄ってほしい所があるのよ」
シャーリー「え? ああ、そりゃいいけど……どうしたんだ、急に?」
私「……買いたい物ができたのよ」
シャーリー「……?」
――3日後、501基地、ハンガー――
整備兵1「……で、それからどうなったんですか?」カチャカチャ
私「どう、って言われても……このスカーフ貰って、アレ買ってきて……そのまま帰ってきたのよ」ガチャゴソ
蓄音機『Daisy~ Daisy~♪ Give me your answer, do~!』
私「……なんか、欲しくなっちゃってね。あ、お父さん、レンチ」
父「はいよ。……しっかし……」
私「何よ?」
父「あの蓄音機とレコードは分かるにしても……まさか、お前があんな花まで買うとはな」
ミーナ「花? 花って…あそこの花瓶の?」
私「あ、中佐。どうも」
ミーナ「こんにちは、私教授。助かったわ。また私教授が働いてくれるようになって。
シャーリーさんに感謝しなきゃね? トイレ掃除、私教授の代わりに引き受けてくれたんですって?」
私「……ええ」
ミーナ「……ふふっ、いい助手をお持ちですね、“教授”?
……まぁ、お仕事の方はきちんとやってもらうわよ? 2週間の無料奉仕」
私「……に、2週間……」ズーン
ミーナ「あら? 2ヶ月の方がよかったかしら? ……それで、花って?」
私「……雑貨屋の隣に、花屋がありましてね。シャーリーが『部屋に植物があるとリラックスできるぞ』っていうから」
ミーナ「へぇ……それで、この花を?」
私「ええ、私、花とかはよく分からないから、適当に選んだんですけれど……」
ミーナ「あら、そうなの? てっきり、私教授の趣味かと思ったけど」
私「? どうしてです?」
ミーナ「だって、この花、ヒナギクでしょう?」
私「? そうなんですか? でも、それが……?」
ミーナ「ほら、ヒナギクの別名。確か……」
カツッ、カツッ、カツッ…
シャーリー「中佐ー。トイレ掃除、終わったぞー」
ミーナ「あら、シャーリーさん。はーい、ありがとうー!」
シャーリー「今日で3日……これで終わりだよな?」
ミーナ「ええ、お疲れ様」
シャーリー「ふぅ……おっ」
私「…………」
シャーリー「……よぅ」
私「……どーも」
――あの日から、あたしたち2人の関係は……何か、変わったのだろうか?
私はあいかわらず愚痴を零しながら仕事して、あたしはそれを手伝ってる。
すっかり元通りになった気もするし、前とは何かが違う気もする。
……でも。
シャーリー「……スカーフ」
私「ん?」
シャーリー「……似合ってるぞ」
私「……ありがとう」
――とりあえずは、幸せだ。
第9話、おわり
最終更新:2013年02月07日 14:28