夜、星空が空を覆い、満月が闇を照らす。空気が澄んでいるおかげで、手を伸ばせば届きそうなほどに空が近い。
俺は一人柔らかな草の上に寝転び、ただ何をするわけでもなく月を眺めていた。
「……」
俺は右手をゆっくりと空に掲げ、月を掴むようなしぐさをして自嘲気味に笑う。人狼と呼ばれた原因である月の誘惑には、まだ抗えそうに無い。
「『月影はまだ確かなもので、月光はまだ薄明かりのよう』」
ゆっくりと、一音一音を噛み締めるように俺は呟く。不意に草の触れ合う音が響くが、俺は軽く視線をやるだけだ。やってきたのは、ペリーヌであった。
俺は薄く笑う。やはり彼女には、魔弾の射手を探知する能力があるらしい。
「何か心配事でもありまして?」
ペリーヌは言う。俺が501に所属していたときにはミーナから処分を言い渡されるのが怖くてこの詩を呟いていたのだから。
「いや、そういうわけではない。ただ……月が綺麗すぎて名残惜しいんだ」
月を見つめたまま、俺は呟く。
「……そんなところで寝転んで、服が汚れますわよ?」
「大丈夫さ。動かなければ草はつぶれないから」
俺は右腕を下ろし、ペリーヌを見つめる。
「君もこうしてみると良い」
「遠慮いたしますわ」
「それは残念」
喉を鳴らして俺は笑い、そして再び月を眺める。
「夜は冷えますわね」
「春の目覚めにはもう少し掛かるか」
くしゅん、と控えめなくしゃみの音が夜に溶ける。そんな様子を見かねたのか、俺は身体を起こすとペリーヌの腕を引く。
「あ、俺さん……」
「くっついていれば、多少は暖かいだろう?」
そうして徐々に力を入れると、根負けしたのかペリーヌは俺のとなりに腰を下ろした。その細い肩を抱いて距離を近づけながら、囁くように俺は言う。
「そういえば今日はエイプリルフールだったか」
「いつもと変わらない1日でしたわ。あなたはどうでしたの?」
「意図的に嘘を付けるほど、俺は器用ではない」
2人分の笑いが冷えた空気を漂う。ペリーヌは思いついたように切り出す。
「ねえ、これから寝るまでに1つだけ、嘘を付きませんこと?」
「君がそのような事を考えるとは予想外だったよ」
「まぁ良いじゃありませんの。1つだけですわよ?」
「やれやれ……」
沈黙が周囲を包む。風が吹かないため、草の音すらしない本当の無音だ。
「……こんなに穏やかな生活をするなんて、想像しなかったな。空を飛んでネウロイを落とすのが当たり前だと思っていたから」
「本当に。あなたと
初めてお会いした時とはまったくイメージが違いますわ」
そうして2人は、思い出を回想する。夜の寒さはどこかへ消え去ってしまったようだ。
「そういえば、君の告白は本当に驚いたよ。まさか君があんな――」
「ちょっ! やめてくださいまし!」
たまらず、ペリーヌは叫ぶ。気分が不安定になっていたとはいえ、衝動の任せるままに感情を吐露するなんてらしくない事をしたものだ。
「だが、君のエスコートがあったから今の俺達がいる。きっと君に恋しなかったら俺は右腕をちぎられただけではすまなかったはずだ」
雲は無いため、月が隠れる事はない。時間は緩やかに過ぎて行く。
「好きになって、よかった」
何気ない俺の一言に、ペリーヌは顔を真っ赤にさせてぱくぱくと口を動かす。
「よくもまぁそんな恥ずかしい台詞を言えますわね」
ペリーヌの抗議には反応を返さず、俺は月を見つめたまま大きく深呼吸をする。
「本当の事だから、何度でも言えるさ」
ランプのように顔を赤らめたペリーヌに笑いを投げながら、俺はペリーヌの手を引いて立ち上がる。
「付き合わせてしまってすまなかったね、さあ、部屋に戻ろう」
「ばか、貴方なんてきらいですわ」
「嘘だろう?」
「むぅ」
指を絡ませて手をつなぎ、俺とペリーヌは部屋へと戻る。顔が赤いままのペリーヌは地面を見つめ、俺は月を眺めている。
「そういえば、俺はまだ嘘を付いていなかったな」
「あら、てっきり『何度も言える』という事かと思いましたわ」
「それは真実だよ」
俺は冷たい空気を吸い込む。
「君以外を好きになるかもしれない、という嘘を吐こうかな」
裏の意味を理解したペリーヌは、眼を白黒させてパニックのようにせわしなく手を動かす。そんな反応に満足したのか、俺は前を見て歩き出した。
月影はまだ確かなもので、月光はまだ薄明かりの様。2人の夜はまだ終わらない。夜はまだ、これから。
最終更新:2013年02月07日 15:26