―― 基地、医務室
気付いたら私は、医務室の前に来ていた。私は、まだ俺にありがとうともごめんとも言っていない。せめて一言、謝りたかった。
キィィ バタン
エイラ「俺……」
坂本「エイラ!? お前、ここには来るなと……」
エイラ「少佐?」
狐「貴様……よくも俺の、妾の前に姿を見せられたな」
低い声がしたと思ったら、私は床に倒れていた。三本尻尾の狐が私の喉に前足を置いて牙を向いている。
エイラ「う……おぇ、くるし」
狐「何をしに来た」ググッ
エイラ「うぐっ……あ、あやま」
坂本「陽子、よせ!」
狐「謝りに来ただと? 意識の無い俺にそんなことを言ってどうする。自己満足にでも浸るつもりか?」
エイラ「うぇ……ち、ちが、う……」
坂本「陽子!」グイッ
狐「チッ……」
エイラ「う……ごほっ、ごほっ」
坂本「エイラ。大丈夫か」
坂本「しかし……ここには来るなと言ったはずだが」
エイラ「私はただ、俺に謝りたくて……」
狐「チッ、そんなに謝りたいなら謝ってとっとと失せろ」
エイラ「俺……」
俺「……」
狐「俺の言葉に耳も貸さない、貴様の過信が招いた結果だ。貴様のせいで俺は死にかけた……!」
エイラ「っ……ごめん、ゴメンナサイ…」ポロポロ
坂本「陽子。もうよせ」
坂本「エイラ、今回の作戦からお前を外した」
エイラ「え……」
坂本「私は、別にお前を危険に晒したいわけではない。飛べないなら……無理して戦う必要はないんだ。今度こそ、取り返しのつかないことになるかもしれないしな……」
坂本「……随分汚れているな。部屋に戻る前に風呂にでも行っておけ」
―― 明朝、エイラ自室
サーニャ「おかえり、エイラ」
エイラ「うん……」
サーニャ「シールドは張れた?」
エイラ「え、どうして知ッテ……」
サーニャ「上手くできた?」
エイラ「……駄目だった」
サーニャ「そう……。でも、頑張ればきっと――」ゴホッゴホッ
エイラ「サーニャ! 寝てないとダメだ。さっきだって、無理してブリーフィングに出ることなかったのに……」
サーニャ「でも、俺さんとエイラが危険な目にあったのは私のせいだから……」
エイラ「何言ってンダ。サーニャは悪くない。私が……」
サーニャ「エイラ……」
サーニャ「エイラだって悪くないわ。私達は戦ってるんだもの。これは、仕方ないことよ」
エイラ「仕方なくなんか! 仕方なくなんか、ない……。私は、"見えていた"のに。それなのに……!」
エイラ「私は、ダメなんだ。避けれない。シールドも張れない。私にはできない。できっこないンダ」
サーニャ「……どうしてそんなこと言うの?」
エイラ「だって、全然張れなかった……! あの時だって、シールドをはれてれば俺をあんな目に合わせずに済んだかもしれないのに! 私は、駄目だ!」
サーニャ「諦めないで。エイラが無理だったら、誰が突破口を開くの」
エイラ「買いかぶり過ぎなんだよ! 私がいなくたって、どうせ大尉や中尉がなんとかするさ! 少佐の烈風斬だってある!」
サーニャ「エイラ……わかった。ごめんね。無理言って」
サーニャ「待ってて。エイラの代わりに私が戦う。私たちが倒してくるから。エイラは俺さんのこと見ててあげて?」タタタ
エイラ「サーニャ!? サーニャ……」
―― 医務室
ひょっとしたら今度こそ殺されるかもと思ったが、あの狐は部屋にはいなかった。
俺「……」
窓の外をみんなが、サーニャが飛んで行く。止めようとしたが、彼女は頑なにそれを拒んだ。
〈昨日に比べてずっと良くなったから。だから、今度は私がエイラの代わりに〉
そう言って譲らない彼女に、結局は少佐も隊長も医師すら根負けして彼女の動向を許してしまった。なのに、私はここにいる。
エイラ「……」
私は、何をやっているのだろう。俺に怪我させて、サーニャに無理させて、戦いにも行かないで……。
エイラ「……ん?」
俺の枕元に、何か……。
エイラ「これ……インカム? 何で……」
耳に当てると、サーニャ達の会話が雑音とともに聞こえてきた。
シャーリー『おい、なんだよこれ! こんなに離れてるのに撃ってくるのか!?』
坂本『報告には聞いていたが、これは……!』
バルクホルン『ともかく、まずは距離を詰める!』
エイラ「みんな……」
ペリーヌ『サーニャさん、危ない!』
サーニャ『きゃっ!』
エイラ「サーニャ!?」
サーニャ『だ、大丈夫です。すみません』
エイラ「サーニャ……」ホッ
坂本『くっ……思ったよりも攻撃が激しいな。このままでは……』
宮藤『わ、私がシールドで!』
坂本『駄目だ。お前はそこでリーネを守り続けろ!』
シャーリー『でも、このままじゃジリ貧だ!』
バルクホルン『……っ』
ルッキーニ『これじゃロマーニャが……』
バルクホルン『くっ……ハルトマン、強行突破するぞ!』
エーリカ『トゥルーデ……うん、行こう!』
ミーナ『待ちなさい! 無理はしないで!』
坂本『ちっ、2人を援護しろ! 道を作るんだ!』
バルクホルン『うおぉぉぉおお!』
エーリカ『トゥルーデ!』
エーリカ『っ、こんなっ……!』
バルクホルン『っ』
坂本『2人とも無理するな! 一旦戻るんだ!』
坂本『烈風斬! ……クソッ! ここからじゃコアまで届かない。威力も奴のビームで減衰してしまっている!』
バルクホルン『くっ、ハルトマン! もう一度だ!』
エイラ「私は……」
何をしてるんだろう、こんなところで。
エーリカ〈怖くない人なんていないんだよ。でも、だからこそ……みんな戦うの。大切な人にそんな思いをして欲しくないから。"守りたい"から〉
エーリカ〈エイラは、どう思ってるの……?〉
エイラ「私……」
サーニャ『…………エイラ』
エイラ「!」
エイラ「私は……!」
―― ハンガー
狐「……何をしておる」
エイラ「! ……狐」
エイラ「私は……私も、戦う」
狐「自分の力も把握できない小娘が、また仲間を危険に晒す気か?」
エイラ「違う! 私は」
狐「貴様にそのつもりがなくても、事実俺は重症を負っておる。行ったところで、貴様にあの攻撃が避けられるのか?」
エイラ「っ、それは……」
狐「ふん、自信が無いなら止めろ。俺が救ったその命を無駄にするつもりか?」
エイラ「……ゴメン。ゴメンナサイ」
狐「謝るなら止めろ! 謝ったって俺の怪我が治るわけではない! 貴様に何かがあったら、俺は何のために……」
エイラ「……ゴメン」
狐「だから、謝るなら止めろと言っている!」
エイラ「ゴメン。それでも、私は……」
狐「馬鹿者め……」
狐「……良かろう。じゃが、行くからにはあいつを倒してみせろ。これ以上の被害を一切出さずに、じゃ」
エイラ「狐……」
狐「俺の行動を無駄にだけはしてくれるな」
エイラ「約束スル」
狐「……少し、ヒントをやろう。あの光線、見たところ別に追尾しているわけではない。一定距離内の対象を包囲するように拡散しているだけじゃ。わかるか? つまりあの光線は、拡散した瞬間にその終着点が決まるということじゃ」
狐「拡散した瞬間に大きく軌道を外れることができれば、その光線は追ってくることはない。てんで見当違いの位置に収束する」
狐「じゃが、それがそう簡単ではない。その瞬間を見極めて動くことなど人間にはほぼ不可能じゃろう」
狐「じゃが、ぬしならできる。なぜだかはわかるな? ぬしが……」
狐 「予知の力を持っているからじゃ」
エイラ「予知の力を持っているから」
エイラ「あ……」
狐「……」フッ
狐「早く行け。これ以上の被害を出してみろ。妾はぬしのことを許さんぞ。もしそうなったら、俺もきっと……とても悲しむ」
エイラ「うん、アリガトウ!」
────
バルクホルン『くっ』
エーリカ『あと少しなのに……!』
ミーナ『2人とも、無茶しないで!』
坂本『やはりあの包囲攻撃を抜けるのは無理なのか……!』
シャーリー『けど、ここから撃っても威力が減衰してほとんど効いてない!』
ペリーヌ『トネール!』
ペリーヌ『固有魔法も駄目ですわ! どうしたら……』
エイラ「……!」
朝焼けの中、黒い塊から赤い光の筋がいくつも空を走っているのが見える。
エイラ「みんな」
エーリカ『サーニャ!』
何本もの光線のうちの1つが、サーニャに向かう。
サーニャ『あ……』
シールドを張るが、彼女はその圧力に耐え切れずにはじき飛ばされた。
サーニャ「きゃあ!」
エイラ「サーニャァァァァァァァアア!」
投げ出された彼女を優しく抱きとめる。目を瞑っていた彼女は私の腕の中でゆっくり目を開けた。
サーニャ「……エイラ?」
エイラ「ゴメンナ、遅くなって。飛べるカ?」
サーニャ「うん。ありがとう、エイラ」
彼女は優しく微笑する。
彼女の手を引きながら、私は軽々とビームを回避してみせた。大丈夫。大丈夫だ。私は戦える。
ペリーヌ「もう、遅いですわよ!」
エイラ「ナンダヨツンツン眼鏡。いたノカ」
ペリーヌ「なっ!?」
ペリーヌ「ふ、ふん。どうやら、いつもの調子に戻ったようですわね」
エーリカ「……エイラ」
エイラ「中尉。その……」
エーリカ「いけるの?」
エイラ「!」
エイラ「ああ!」
エーリカ「わかった。坂本少佐!」
坂本「……良いだろう。いいかエイラ! コアは目標のほぼ中心、ど真ん中だ」
バルクホルン「本当に、大丈夫なんだな?」
エイラ「もちろんダ」
坂本「……よし、ミーナ!」
ミーナ「わかりました。1分後に突撃しましょう。皆さんはそれに合わせてエイラさんの援護を!」
エイラ「……」カタカタ
サーニャ「エイラ」
エイラ「サーニャ!? ち、違うゾ、これは、怖いんじゃなくて……」カタカタ
サーニャ「これ、使って」
エイラ「フリーガーハマー……?」
サーニャ「強い武器が、必要でしょう?」
エイラ「サーニャ、その……」
ギュッ
サーニャ「大丈夫。エイラならできるから。ね?」
エイラ「……うん!」
エイラ「リーネ! 外すナヨ!」
リーネ「は、はい!」
エイラ「じゃあ行ってクル」
サーニャ「いってらっしゃい」ニコッ
鈴を転がしたようなサーニャの優しい声を背に一気に加速する。トップスピードまで駆け上がった私は、光線を全て回避しながらどんどん距離を詰めていった。
エイラ「包囲網……私が突破する!」
エイラ「サーニャも、みんなも……私が守るンダ!」
狐〈拡散した瞬間に大きく軌道を外れることができれば──〉
エイラ「拡散、した瞬間二……!」キィィィィイ
体を起こして減速、同時に足を動かして推力の向きを偏向させる。一瞬遅れて光線が一気に広がりを見せた。
エイラ「っ!」
同時に真横に大きくスライドし、体を倒して速度を上げる。光線はさっきまで私がいた場所へ収束しようとしていた。その横をすり抜けるようにして突破する。
宮藤「凄い……」
ペリーヌ「……」フフッ
サーニャのフリーガーハマーを構えるが、それを見計らったように光線が迫っていた。
エーリカ「エイラ、また来る!」
同じ要領でスライド、光線の回避を試みる。しかし、さっきよりも拡散範囲が大きい。このまま行けば、端の光線に当たるだろう。
バルクホルン「駄目だ! 当たるぞ!」
でも、大丈夫。だって、それはもう"見えている"から。私はスピードを緩めずに光線へと突っ込んだ。
サーニャ「エイラ!?」
大丈夫だよ、サーニャ。だって私は
エイラ「守るッテ決めたんだから!」
半透明の青色の壁が私を覆う。赤色の光はそれに弾かれて私を貫くことはできない。
私はフリーガーハマーの引き金を引いた。
6本の噴煙が伸び、ネウロイへと突き刺さる。
エイラ「まだダ!」
爆煙の中へ向けて左手のMG42を間髪入れずに掃射する。フリーガーハマーで吹き飛んだ部位に追い打ちをかけるように撃ちこまれた弾は、再生する暇を与えることなく外殻を削っていく。
坂本「エイラ、もう十分だ! 早く離脱しろ、反撃が来る!」
弾丸をネウロイの中心に向けてばら撒きながら、加速し、上方へループして離脱。コアは……
エイラ「リーネ!」
リーネ「はい!」
一発の銃声と、パキンという小気味良い音。
ネウロイはさらさらと崩れ始め、その破片が陽光に反射して綺麗に煌めいている。
リーネ「や、やったよ芳佳ちゃん!」
宮藤「リーネちゃん凄い!」
エイラ「やった、ノカ」
サーニャ「エイラ!」
エイラ「サーニャ。わ、私……」
サーニャ「うん。エイラ、かっこ良かったよ。助けに来てくれてありがとう」
エイラ「サーニャぁ……!」
ペリーヌ「正直、今回は生きた心地がしませんでしたわ……あなたが来てくださって、本当に良かっ」
エイラ「何だよツンツン眼鏡、いたノカ」
ペリーヌ「なっ……!?」
ペリーヌ「ちょっと、さっきからそのずさんな扱いは何なんです!?」
ペリーヌ「だいたいその『ツンツン眼鏡』というのもやめてくださらない? 私にはペリーヌという名前が」
エイラ「サーニャ、体は辛くないか? 熱上がってたりはしないよな?」
サーニャ「うん。大丈夫よ、エイラ」
ペリーヌ「ちょっと! 話を聞きなさい!」
エーリカ「私たちってば結局、まるで噛ませ犬だったね」ツンツンメガネサッキカラウルサイゾ
バルクホルン「……ふっ。それもまた、お前の思惑通りだろう?」ナッ!? アナタサッキカラケンカウッテマスノ?
エーリカ「ふふっ。あー、お腹減ったー! 宮藤ー帰ったら何か作ってー」ツンツンメガネノウゴキナンテテニトルヨウニワカル
宮藤「それは構いませんけど……あれ、止めなくて良いんですか?」エイラ,アンマリイジワルシチャダメヨ
エーリカ「いいよいいよ。帰ろう」ウ…ゴメンサーニャ
ミーナ「そうね。かえって朝ごはんにしましょう」ワタシニアヤマリナサイ!
坂本「……今回のことで、エイラは1つ成長したみたいだな」アーモウウルサイナツンツンメガネハ
ミーナ「ええ。一時はどうなることかと思ったけれど、もう心配なさそうね。なんだか憑き物がとれたような顔をしてるもの」ムキー!
坂本「あとは、俺が眼を覚ませば丸く収まるな」
────
狐「……帰ってきたか」
エイラ「約束通り、被害無しダ!」
狐「当然じゃ。でなければ、怒る」
エイラ「ム……いや、ソウダナ。助言ありがとナ」
狐「……ふん。ぬしの力も、誇って良いぞ」
エイラ「え……?」
狐「二度は言わん。ぬしは約束を果たした。俺が目を覚ませば……今回のことは水に流す」
エイラ「ホントか!?」
狐「俺が目を覚ませばじゃ。勘違いするな」
エイラ「ありがとう……俺はきっと目を覚ますヨ。予知しなくたって分かる」
狐「……ふん」
最終更新:2013年02月15日 12:29