キャリングケースに入れた望遠鏡は想像以上に重く、思いの外遅い歩みになってしまった。

とはいえ、サーニャが周囲に気を配っていてくれたお陰で、誰にも見咎められることはなかった。

こんな夜中に年端も行かない少女を連れているのは褒められた振る舞いではないだろう。軍規だ規律だとうるさいカールスラント人もいるわけだし。


ようやく見えた、封鎖された天文台。かつて何があったのか定かではないが、封鎖されている―――それだけは確かな事実だ。

坂を登り、途中のフェンスを迂回するのに獣道とも言えない、道無き道を越える。

ぬかるみ、転びそうな道をゆく俺を、彼女が必死に支えてくれている。

サーニャ「私も、少しは俺さんの力になれますから…」

俺の腕をつかんで進む彼女。その姿はすがりついているようにも見えた。

俺「ありがとう。サーニャ…でも、無理はしなくていいからな?」

そう言って彼女の髪を撫でる。柔らかな髪は抵抗もなく指を埋めた。そのまますっと梳くと、頬を真っ赤に染めた彼女は抗議の視線を送ってきた。

サーニャ「…………//」

そんな顔もかわいいよ、サーニャ…そんなことを思った。しかしまあ、今はとりあえず登ることにしよう。


木々が開けると、そこには限りない光が待っていた。

サーニャ「うわぁ…!!」

俺「おお……!!」

雨上がりの夜空はいつになく澄み渡り、一面を星々の輝きで満たしていた。

星々の瞬きに圧倒され、目が回る。

サーニャ「やっぱり、星はいいですね。俺さん…!」

肩からベルトを外し、傍らに置く。レンズで覗いた星空は、どのように映るのか…楽しみだが少し怖い。

美しいものも、度が過ぎるとそれは恐怖になる。扶桑では桜に魅せられ、その元で命を絶つ者もいたという。

その気持ちも、今なら理解できた。

サーニャ「俺さん。お疲れさまです。望遠鏡は私に任せて、少し休んでおいてください。」

俺「ああ…そうさせてもらおうかな…」

あまり頑丈にできていない、むしろ病弱な俺にとってはありがたい申し出だった。

ベンチに座り、腰に吊っていた双眼鏡で夜空を見上げる。

星を見ながら、ピントを合わせる。狭い視野を天の川の方角にゆっくりとむけてゆく。

徐々にピントが合い、光の洪水が飛び込んでくる……!!

そう…なんと言ったか、万華鏡だ。以前、扶桑の土産としてもらったことがあったな…

そうこうしているうちに、準備が終わったようだ。手招きする彼女の隣にゆっくりと歩いてゆく。

サーニャ「俺さん、双眼鏡の空はどうでした?」

俺「いつもと変わらず、圧巻だな。」

サーニャ「俺さん、双眼鏡好きですもんね…」

俺「そうだな。まあ俺はスカウト(偵察兵)やってるからな。相棒みたいなもんさ。それに…」

言葉を切る。サーニャはまだ覚えているだろうか?俺達の馴れ初めを…

サーニャ「こいつがなかったらサーニャにも会えなかっただろうし…ですか?」

そう言って、くすりと笑う。


覚えていてくれた…!静かな喜びを感じた。

俺「ああ…そうだな…もう随分前になるか…」

そこまで話した所で、気がついた。

無言で上着の前を開け、、彼女を入れる。さすがに照れくさいが…このぐらいいいだろう。もっとも、極寒のオラーシャ出身の彼女には余計な気遣いだったかもしれないが…

サーニャ「……ありがとう…ございます…//」

無言で頷く。おそらく今、ふたりとも頬は真っ赤だろう。照れ隠しに空を見上げた。

相変わらずの星々の瞬き。平和だ…とても戦時中とは思えない。

しばらくそうしていると…

サーニャ「ねぇ、俺さん」

思い出したかのように、ふと彼女がつぶやく。なにかと思い、視線を落とす。

彼女の指は、満点の星空を指していた。

サーニャ「あの星の一つ一つに、こことは違う世界があるんですよね…」

そう言って星々の瞬く夜空に思いを馳せる。

俺「23時55分…もうすぐ、今日も終わりだな。」

ほとんど何も考えず、無意識のうちにつぶやいていた。

サーニャ「そうですね…もうすぐおしまいです。」

当たり前のこと。ただ今日が終わり、明日を迎えること。ただそれだけのことだ。しかし、口に出してみると何か妙な気分になる。

サーニャ「もし―――、もし私が、あの星々のどれかに行ってしまったら、俺さんはどうします?」

意地悪な質問だな―――そう思って、

俺「ま、見つけ出すさ。どこにいても、なにがあってもな…」

必ず、見つけ出すからな。

今できる、最高の笑顔でそう答えた。

俺「俺は…サーニャが好きだから」

そう言って、星空を見上げる。照れくささ半分、本当にどこかに行ってしまうのではないかという、漠然とした不安半分の、複雑な感情で。

そう。俺たちのこうして過ごす時間さえ、星々から見れば儚く散るほうき星に過ぎないのかもしれない。

サーニャ「俺さん…キス、してください…//」

驚いた。積極的な彼女は新鮮だ。

少しの気恥ずかしさと驚きと共に、小さくうなずく。

彼女の唇に、小さく触れる。柔らかく、甘い、儚い感触。

どちらからともなく抱きしめる。早まるお互いの鼓動を感じて、確かに思う…

「「たしかに、ここにいる…」」
最終更新:2013年02月15日 12:37