オレ「……ふぅ」

エーリカの部屋の掃除を終わらせたオレは、先日見つけた水場で身体を洗っていた

水面にはオレンジ色の夕日が映り込み、その美しい情景がオレを感嘆させる

幼い頃は妹を連れて森を歩き回ったものだ

花が好きな妹のために綺麗な花を見つけたり、ついつい遊びすぎて両親に怒られたりもした

そしてオレはよく夕日が見える丘の上で、妹の――――

オレ「っあ゛あ゛ッ!!!」

突然の、咆哮

……苦しみと、怒り。その二つが混ざり合った……オオカミの様な咆哮

オレ「……ッハァ……ハアッ……ハアッ……」

オレの脳裏にフラッシュバックした光景が、彼の全神経を逆撫でた

オレ(……また、だ)

オレ(オレが昔のコトを思い出す度に――――亡霊の様にあの日の記憶が蘇るッ!)

夢と同じ、あの地獄の日の記憶

そしてそれは――――彼の始まりの日でもあった

……彼の復讐の、始まりの日でもあった

オレ(…………………………)

オレ「…………上がるか」

気分は最悪だが……水浴びのお陰で身体中の汚れはすっかり取れていた

………………………………

……ちゃぷん

オレンジ色の水面に、小さな波紋が生まれた

その波紋の中心に、儚げな様子で――まるで百合の様に――1人の少女が立っている

「ふぁ……」

少女は可愛らしい欠伸をして、真っ白な小さな手でその口を覆った

……少女の名はサーニャ・V・リトヴャク

501統合戦闘航空団が誇るナイトウィッチ

サーニャ(冷たくて……気持ちいい……)

夜間哨戒の為に日中を丸々睡眠に費やす彼女は、寝汗でベトベトになった身体を洗うために、こうして水浴びをしている

サーニャ(……ん)

彼女はすぅ、と息を吸い込み、いつもの様に父が作った歌を歌おうと――――

~♪~♪~♪~♪~♪

サーニャ(……?)

――――したところで、彼女の耳へ何かが流れ込んできた

サーニャ(この音は……)ポウッ

ふと気になった彼女は自らの固有魔法『魔導針』を発動し、音源を探る

……どうやらすぐ近くの様だ

そして、そちらの方へ行ってみると――――

サーニャ「……あ」

――――1本の木の下で、オレがあぐらをかいて座っていた

サーニャ(オレさんだ……)

彼はどうやらこちらに気づいてないみたいで、瞳を閉じて何かをくわえている

~♪~♪~♪~♪

サーニャ(このハーモニカの音……オレさんが吹いてるんだ……)

……オレは、ハーモニカを吹いていた

サーニャ(………………)スッ

瞳を閉じて、サーニャは耳をすませる……ハーモニカの、どこか懐かしさを感じさせる音が、彼女の耳を楽しませた

サーニャ(……きれいな音色…………でも)

水辺に響き渡るハーモニカは、確かに美しかっただが、それは、どこか――――

サーニャ(……すごく……寂しそう……)

――――寂しげだった

 サーニャ(…………あ)

まじまじとオレを見つめるサーニャは、ハーモニカを吹く彼のほおが……濡れていることに気づいた

サーニャ(オレさん……泣いてるの?)

~♪~♪~♪~♪~♪

そしてしばらくの間、彼の演奏は続く。観客は―彼は気づいてないが―少女と、橙色の夕日だけ――

サーニャ「……………………」

サーニャはただじっと彼を見つめ、その演奏を聞いていた

オレが基地に来て数日が経ったが――彼女はほとんど彼と話をしたことがない

初日にいきなり違反をして禁固を喰らった彼を彼女は――彼女の親友から大まかに聞いた話で、だが―恐れていたし、そもそもナイトウィッチの彼女は他のウィッチ達との交友があまり多くはないのだ

……だが、彼女はもっと――仲良くなりたいと願っている

自分が引っ込み思案だと言うことは重々理解しているが――――彼女はそれでも欲しがっているのだ……人が持つ、『暖かさ』を

オレが何故泣いているのかは彼女にはわからない……だが、彼女は感じていた……

彼もまた、自分と同じく――――

――――人の『暖かさ』を、心の何処かで欲しがっているということを

………………………………


~♪~♪~♪…………

サーニャ(あっ……)

演奏が、終わった

名残惜しさもあるが、そもそもこっそり聞いている以上残念がってはいけな――――

サーニャ(……………………ど、どうしよう)

急に、彼女はあることを思い出しておどおどと慌てふためいた

サーニャ(こんなカッコじゃ……ダメ……っ!)

……そう、彼女は、彼の演奏を聞くことに夢中になり――――自分の格好をすっかり忘れてしまっていたのだ

サーニャ(と、とりあえず服を取りに……)

彼女は、水浴びをするために水辺に来たのだ。当然、今の彼女は――――生まれたままの姿だ

サーニャ(……ああでもでも今動いたらきっとオレさんにばれちゃ――)

「……ん?」

サーニャ「っ!」

ハーモニカをポケットにしまい、夕日を見ていたオレが、ちらりとこちらを見た

オレ「……誰かいるのか?」

オレは立ち上がり、彼女がいる方を凝視している……奇跡的に彼女は彼から見えない位置にいた

サーニャ(あ、あうう……)

顔を真っ赤にして混乱する彼女が導き出した答えは――――


サーニャ「にゃ、にゃーん……」


……実に古典的なものだった

オレ「なんだ猫か」

そして、彼の反応もまた古典的だった……ここまでテンプレである

サーニャ(ば、ばれてない……っ)

ほっと彼女は胸を撫で下ろす

彼の反応に思わずずっこけそうになったが、何とか踏みとどまった

オレ「さて、そろそろ部屋に戻らねェとな……」

くるりと彼は基地の方へと歩き出し、その背中をサーニャはまじまじと見ていた

サーニャ「……?」

オレを見つめていたサーニャだが、ふとその顔を曇らせる

オレ「……………………」

基地へと歩いていたはずの彼が、急に立ち止まっていたのだ

サーニャ(?……どうしたんだろう?)

サーニャが疑問に思うのもつかの間――――

オレ「……そこの子猫ちゃん…………あーその……水浴びの邪魔をして悪かったな」

――――オレが、自分を見つめる子猫に向かって謝罪をした

サーニャ「!!!!」

ボンッ!

と、子猫――サーニャはその兎のように白い肌を真っ赤にして俯いた

……流石に彼女の可愛らしい鳴き真似はバレていたらしい

サーニャ(や、やっぱりばれてた……)

猫の鳴き真似までした自分が、本当に恥ずかしくなった

きっと今の自分は耳まで真っ赤になっているだろう

オレ「…………じゃあな」

しばらく間を置いて、彼は再び歩き始める――そして

サーニャ「あ、あのっ」

恥ずかしさで混乱する頭で、彼女がとった行動は――――

サーニャ「凄くきれいな……ハーモニカ……でした」

――――彼の演奏への感謝だった

サーニャは自らの身体を隠すよりも――彼のたった一人の演奏に対して、自らの感想を言うことを優先したのだ

そして、勇気を振り絞った彼女の言葉にオレは……

オレ「……アリガトな」

……ただ一言、後ろも振り返らずにそう言っただけだった

これが、ぶっきらぼうな彼と、恥ずかしがり屋の彼女ができた、精一杯――――

………………………………

ザッザッザッザッ

オレ「………………」

基地へと続く雑木林を、オレは黙々と歩いていた

夕日のオレンジ色も薄れ始め、徐々にあたりは暗くなっていく

オレ「………………」

不意に、彼はその歩みを止めた。

くるりと当たりを見回して――――

オレ「……隠れていないで出て来い」

「っ!!!」

近くの茂みに向かって、そう言い放った

「「……………………」」

そしてしばらくの静寂の後、彼の視線のその先――緑の草木が生い茂る茂みから――

「にゃ、にゃお~ん」

――猫の鳴き声が聞こえてきた

オレ「…………………………」

オレは腰に刺している自前のナイフをゆっくりと引き抜き、鳴き声が聞こえてきた茂みの方へとぶん投げ――――

「わーっ!!マテマテマテッ!!!!」

――――ようとしたところで、目標の茂みから一人の少女が飛び出してきた

白銀の長髪を靡かせ―木の葉がついているが―その両手を挙げてオレを恐る恐る見ている

先程の少女と全く同じ行動に、オレは呆れ返った

オレ「お前は確か……ユーティライネン中尉か」

少女の名を、エイラ・イルマタリ・ユーティライネン

エイラ「そ、そうダ!……だから早くソイツ(ナイフ)を振りかぶった腕を降ろしてクレ!」

未来予知を得意とする501の凄腕魔女だ

……未来予知による攻撃の回避が彼女の十八番なのだが、オレの放つ殺気に当てられて、少々動揺している

オレ「………………」スッ

オレは溜息を付いてナイフを収める

オレ「それで?一体オレに何の様だ?」

ギロリと、オオカミの様に鋭い眼光でエイラを睨む

尾行されて彼も苛立っているようだ

エイラ「えーと……そ、それはダナ……」

彼女はしばらくの逡巡の後、意を決して……オレに向かって叫んだ

エイラ「お、オマエ!さっきはナンデサーニャとあそこにイタンダ!」

オレ「……別に、汚れた身体を洗うために水浴びをして、少しハーモニカを吹いていたら彼女が来たまでだ」

さらに彼女を見るオレの眼光が強まる

エイラ「な、なんで身体が汚れて……」

オレ「ハルトマン中尉の部屋を丸一日かけて掃除してたんだよ……」

オレが顔をしかめる。どうやら彼女の部屋の惨状を思い出していた様だ

エイラ「!?あのゴミ溜めをカ!?」

エイラはぱちぱちと信じられない物を見る様な目―ハルトマンの部屋を掃除すると言った時のバルクホルンの目―でオレを見た

オレ「ああそうだ……しかしゴミ溜めとはずいぶんと酷いコトを言うな……まぁ否定はしねぇが」

エイラ「ワタシもアイツの部屋を掃除したコトがあるガ、アレはとても人の住む部屋じゃ――って今はその話じゃナクテ!……お前ッ!サーニャにヘンなコトしてないダローナ!?」

オレ「はぁ?」

エイラ「サーニャは……その……女のワタシから見ても……カワイイからな!きっとオマエみたいなオオカミ野郎と居たら直ぐに――」

オレ「……阿呆か」

エイラ「変なコトを――――えっ?」

矢継ぎ早に話すエイラに、溜息をついてオレがストップをかける

これから彼女は原稿用紙50枚でも足りないほどのサーニャの魅力と言う魅力についてのスピーチを行おうとしたので、少々お怒りだ

エイラ「……今、オマエはなんて言っタ?」

オレ「オレはオマエを阿呆だと言ったんだ……それに、オレがそんなコトをする人間に見えるか?」

エイラ「見えるナ」

オレ(このアマ……!)

オレは目の前のこの女の脳天に電撃を叩き込んでやろうかと思ったが、
すんでのところでなんとか踏みとどまった

エイラ「オトコはミンナ狼だって言うシナ、きっとオマエは目を離したら直ぐにサーニャをどうこうするに違イナイ!なんてったってサーニャは天使ダカラナ!」

そう、サーニャマジ天使!とのたまう彼女に、オレは頭を抱えたくなってきた

今ならハルトマンに対するバルクホルンの心情も理解できる

そして、はぁ~っと大きな溜息をついたオレは……勢い良く息を吸い込み――――


オレ「オレは童貞だッ!!!!!」


――――とんでもないカミングアウトをした

エイラ「なっ!?……いいいいきなりナニヲ言ってるんダお前ハ!!!」

オレ「オレは童貞だと言った……だから彼女にどうこうする勇気も無いし、する気もない……それにオレはロリコンじゃあない」

エイラ「ロ、ロリっ!?……オ、オマエ!サーニャをバカにシテ――――!」

「エイラ、なにをしているの」

エイラ「ジュワッ!」

怒髪天と言った勢いで、オレに突っかかろうとしたエイラだが――いきなり背後からかけられた声で、変な悲鳴を上げた

エイラ「サ、サーニャ……」

彼女の背後に立っていたのは天使――もとい、サーニャ・V・リトヴャクである

サーニャ「すみませんオレさん……エイラが迷惑をかけて……」

ぺこりとサーニャが頭を下げる

オレは先程彼女を子猫と言ったが――成る程、小柄な彼女はまさに子猫の様だ

オレ「あ、ああ……なに、たいしたことじゃない」

ぼりぼりと気まずそうにオレは指で頬を掻く……オレは彼女――サーニャが少し苦手だった

サーニャ「あの、オレさん……っ」

オレ「な、なんだ?」

サーニャ「またこんど……ハーモニカを聞かせて頂けませんか?」

オレ「っ!それは――」

彼女のお願いに、オレは言葉を詰まらせる

サーニャ「ダメ……でしょうか?」

オレ「ぐっ!」

身長差もあって、上目遣いでサーニャはオレを見つめる……一般の紳士諸君ならばまず間違いなくお空行きの破壊力だ

エイラ「…………………………」

形容し難い形相で、エイラはオレを睨みつける

怒り憎しみ妬み……様々な感情が詰まった顔だ

サーニャ「あと、お礼に出来れば私の歌も聞いてもらいたい……です」

オレ「………………考えさせてくれ」

そう言うとオレは基地の方へ走り去っていった……まるで彼女から逃げる様に――――

エイラ「あっ!アイツ逃げたゾ!……ムム、サーニャのお願いを無視するなんてやっぱりアイツ変なヤツだ」

サーニャ「エイラ、そんなこと言っちゃダメ……」

走り去った彼を心底不思議がるエイラをサーニャは叱る……そしてその目はただ、走りさる彼の背中を見つめていた――――
最終更新:2013年02月15日 13:27