けたたましい蝉時雨に囲まれて、石段を一段一段上っていく。手を繋いだ少女の歩調に合わせてゆっくりと。

 紺の生地に紫陽花柄の落ち着いた色合いの浴衣は、静閑とした部屋で本を読むのが好きな彼女にとてもよく似合っていた。

 段々と近づき聞こえてくる祭り囃子。着いたら何をしようか。彼女が喜んでくれるのはなんだろう。

 そんなことを考えているだけで胸が一杯になって、石段の先の賑やかな明るさを見据えた。

 ふと、手を引かれる。どうしたんだろう? 僕は階段の一つ上の段に片足を掛けたまま立ち止まり振り向いた。




 ――目が覚める。航行中の輸送ヘリの中。辺りは扶桑が送り出した補給物資で囲まれていた。よくこんな場所で眠れたモノだと自分に呆れる。

 すぐ傍の窓から外を窺うと、とうの昔に海は越えていた。

 つい先ほど夢で見ていたあの子から遠ざかっている。とはいえ、あのまま扶桑にいたところで会うことは絶望的だったけれど。

 手がかりとなるのは、当時の俺が使っていたナオという呼び方と、文学が好きな淑やかな女の子だってことだけ。名前も知らず、出会い共に過ごした場所を地図で示すことも出来ない。

 そして、記憶の中の彼女の声も顔も朧気で役に立つものではなかった。ただ本当に可愛らしかったと感じたことだけを覚えている。

 あの子が聞かせてくれた詩はどんなものだったっけ。誰の詩だったのか。そんなことすら覚えていない。

 自己嫌悪。思い出せば思い出すだけ自分が彼女を本当に好きだったのかが疑わしくなってくる。

 今回の転属命令は、会える望みも無い相手に対する想いを断ち切るための良い機会かもしれない。

 胸に疼く痛みが生まれた。無視して空虚な頭で流れていく窓からの外の景色を眺め続ける。
最終更新:2013年02月15日 13:41