…。
 ……。
 …………。

 \バシャバシャバシャ!!/

 「ぶはっ!!」
 操縦俺が、整備俺を抱えて池からはいあがってきた。
 そして、整備俺を起こそうと声をかける。

 操縦俺「整備俺さん、生きてますか? 起きてください!」
 整備俺「…………」
 操縦俺「カゼひきますから起きてください、隊舎に戻りますよ?」
 整備俺「…………」

 へんじがない。ただの整備俺のようだ。

 操縦俺「起きてくださいって、整備俺3尉!!」

 整備俺の体をゆする。

 整備俺「うぼぇあぁぁ…、もう飲めないぉ…」
 操縦俺「しっかりして下さいよこのバ幹部! あんた幹部だろ!!」

 “バ幹部”、“あんた幹部だろ”――――。
 幹部自衛官になったばかりの幹部に対して、この叱責はかなり効く。
 どのぐらい効くかというと、
 泥酔して意識が朦朧となっている初任幹部が、目を覚ますぐらいには効く。

 整備俺「(くそ…)」
 頭がくらくらする。目と首と肩が痛い。
 そして、寒いと思ったら、全身びしょぬれだった。

 整備俺「(――ああ、そうだ)」
 航空観閲式が終わったあと、俺達は屋台村で飲んでて、
 それで飲みすぎて、酔っ払って池に落ちちまったんだ。

 操縦俺「…!! ちょっとマジで起きて下さいって!」
 何かに気付いたのか、操縦俺の口調が変わった。
 その雰囲気を感じ取り、整備俺の酔いも醒めたようだった。
 そして、整備俺の目の前には、これまた全身びしょぬれの操縦俺がいた。
 そういえば、隊舎に帰る途中、操縦俺も一緒に池に落としちまったんだ。

 整備俺「すみませんね…、操縦俺さん」
 操縦俺「それはいいですけど、ここ、百里なんですかね?」
 整備俺「どういう事ですか?」
 操縦俺「雰囲気がおかしいんですよ。百里の空って、こんなに綺麗でしたっけ?」
 整備俺「ふはははは!! 月は見えているか!? ――ってね?」
 操縦俺「整備俺さん、見てください。月が…!」
 整備俺「って、え、月の形が違う…!?」

 百里の月は、満月と半月の間、いわゆる下弦の月という物だったが、
 どういう訳か、今はほとんど満月になっている。
 しかも、オリオン座が見えない。

 整備俺「操縦俺さん、天測って、出来ますか?」
 操縦俺「できますけど、まさか…!」

 操縦俺は、空を向いて、正座の角度を測ろうとした。
 しかし、その作業は、突如鳴り響いた爆音によって中断せざるを得なくなった。
 プロペラが回る爆音。
 音質が軽いので、おそらく小型の単発機だろう。
 加速しながら、こちらに近付いてくる。
 ということは、目の前の舗装された地面は、滑走路なのだろうか。
 (それにしては、着陸誘導灯が点いていないのは、どこか不自然だ)

 操縦俺「伏せろ!」
 緊迫した声色は、完全に歩兵のそれだった。
 俺達は服が汚れるのも構わず、地面に伏せた。

 操縦俺「小型のプロペラ機。2機編隊みたいですね」
 整備俺「プロペラ機でも音が違う。T-7はこんな音しないんじゃないか」
 操縦俺「レシプロ機みたいですね…」
 整備俺「そんな阿呆な」
 2011年現在の自衛隊には、レシプロ・エンジンの航空機は在籍していない。
 レシプロ機はとっくの昔に全機用途廃止になり、
 現在はターボプロップ機やジェット機に更新されている。
 (にもかかわらず、航空ガソリン用の燃料補給車が、定数通り現存していることは、
  会計監査等でよく指摘されると補給隊の人間がぼやいていた)

 プロペラ機の編隊が、スピードを上げながら、俺達の目の前を通過する。
 俺達は、顔を上げ、そして絶句した。

 俺達の目の前を通過したのは、T-7でも、海上自衛隊のT-5等でもなく、
 大型の筒状の『何か』を『穿いた』人影だった。
 月明かりに照らされたふたつの人影は、
 プロペラが生み出す風を残し、夜空の向こうへと離陸していった。

 現実離れした光景。
 ――夢?
 これは夢なのか?
 俺達は、眠っていて、同じ夢を見ているのだろうか。

 そう思ったら、クリアになった意識も薄くなってきた。
 一度スイッチが入った反動か、さっきよりも酔いがひどくなっているような気がする。
 そして、眠い。
 こういうときは、そう、あれだ。寝てしまうに限る。

 操縦俺「ちょwwwここで寝たら死にますよwwwww」

 おもむろに地面に横になった整備俺に、操縦俺が突っ込みを入れる。
 案外余裕あるな、操縦俺。

 整備俺「俺ここで寝ますよ。俺は死ぬまで不死身ですから……」
 操縦俺「畜生。俺も寝てやる……」

 秋も深まってきたとはいえ、まだまだ極端に冷え込む季節ではない。
 それに、どうせ、次に起きたら、百里の隊舎のベッドの上にいるはずだし。
 万一、本当に外で寝てしまったとしても、風邪をひくほどではないだろう。
 たぶん。

 朝が来て、百里の隊舎を引き払う準備ができたら、俺達はお別れ。
 俺達の航空観閲式は、それで終わるんだ。

 ――少なくとも、その時の俺達は、そう思っていたんだ。
最終更新:2013年03月30日 01:54