整備俺「ん……」
鼻から、口の中から、気持ちの悪い変な臭いがする。
目を上げたら、枕元の白いシーツが薄茶色に変色し、すえた臭いを放っていた。
整備俺「うわ…。自分の寝ゲロで起きるとか、最悪だ…」
簡易ベッドの硬い感触、そして、無愛想なまでに白い天井。
誰かが、この部屋まで運んでくれたのだろうか。
そして、いつのまにか、野暮ったいデザインの部屋着(?)に着替えさせられていた。
隣のベッドでは、同じく部屋着姿の操縦俺が、寝転がってi-podをいじっていた。
昨晩、観閲式の打ち上げで大宴会になって、
調子に乗って飲みすぎて、操縦俺ともども池に落ちて…………。
そこからの記憶は、ちょっと曖昧だ。
どこまでが現実で、どこからが夢なのか、よくわからない。
ただ、二日酔いが原因の寝起きの悪さが、妙なリアリティを伴っていた。
整備俺「昨日はすみませんでした…。操縦俺さんが運んでくれたんですか?」
操縦俺「まったく。しっかりしてくださいよ。俺も起きたらここに寝かされてました」
ふと、昨日の夢の内容を思い出す。
レシプロ機のような音で飛び立っていった人影。
あれは、何だったのだろうか。
整備俺「なんか変な夢見ませんでした?」
操縦俺「ああ、あの、空飛ぶ人間フライングヒューマノイドみたいなやつですか?」
整備俺「操縦俺さんも見たんですか?」
整備俺「……」
操縦俺「……」
おいおい。
俺達がいくら仲良く2人で池にダイブしたからといって、全く同じ内容の夢までみることはないだろう。
そのうちシンクロ率400%超えて融合するんじゃないのか、俺達。
整備俺「……」
操縦俺「……」
だけど、現状では、そんな軽口を言う余裕もないわけで。
整備俺が腕時計を見たら、時刻は06:20だった。
整備俺「メシ…、食いに行きましょうよ」
操縦俺「そうですね…」
俺達が、重い体を起こそうとしたとき、女の子の声がした。
女の子「朝ご飯の準備が出来ました。食べますか?」
俺達に声をかけたのは、白と紺のセーラー服を着た女の子だった。
海上自衛隊の、海士用の旧制服みたいだが、やけに若い。
――というより、幼い。10代中盤、せいぜい中学生といったところだ。
だが、錨と桜をあしらった階級章のようなものを着けているあたり、学校の制服ではなさそうだ。
整備俺「(と云うか、君、スカートかズボンを穿きなさい///)」
操縦俺「(目のやり場に困るから///)」
整備俺「(下に着てるの、絶対スク水だろ///)」
整備俺「あ、はい。えっと…?」
女の子「宮藤芳佳です。芳佳って呼んでください」
整備俺「ああ、わかった。芳佳さん」
芳佳「はいっ」
整備俺「俺達は、確か、昨日の夜、基地の池に落ちたところまでは覚えているのですが、
この場所まで、芳佳さんが連れてきてくれたんですか?」
芳佳「わたしじゃないですよ。サーニャちゃんっていう、わたしたちの仲間が見つけて、運んできてくれました」
整備俺「そうですか。そりゃ、お礼をしなきゃならないですね」
操縦俺「(サーニャって変わった名前だな…!?)」
芳佳「お2人が着ていた服も洗濯しておきました。ところで…」
芳佳は、壁にかけられた俺達の制服を興味深そうに見つめていた。
上着の右腕には、青地に白文字で『報道 PRESS』と書かれた腕章があった。
芳佳「お2人は記者さんなんですか?」
整備俺「まあ、そんなところですかね」
俺達が“記者”か。
それは良いや、その言い訳は使えそうだ。
本当は、雑誌や新聞記者などの報道関係者を案内する係だったんだけど、
記者という身分にしておけば、知らない場所を動き回るのにいろいろと都合が良いだろう。
操縦俺「ところで、ここはどこですか?」
整備俺「俺達、百里基地にいたはずなんですが…」
芳佳「百里基地…、扶桑海軍の人なんですよね?」
整備俺「(扶桑って…?)」
操縦俺「(昔の戦艦のことじゃないよな。日本の美称のことだよな…?)」
航空自衛隊百里基地の所在地は、元々は旧海軍の航空基地だったのだが。
当時は海軍百里ヶ原飛行場と呼ばれており、攻撃機や爆撃機の搭乗員を養成していたと聞く。
でも、俺達は海軍軍人ではなく、航空自衛官だ。
整備俺「俺達は海軍ではないですが、百里基地で仕事をしていました」
正確に言えば、百里の臨時勤務期間は昨日付で終わったんだけどな。
芳佳「そうだったんですか。でも、扶桑の方だったんですね」
芳佳の表情が緩んだ。何だか嬉しそうだ。
操縦俺「(扶桑…?)」
整備俺「ここは百里ではないと思うんですが、一体何処なんですか?」
芳佳「第501統合戦闘航空団基地です」
操縦俺「501…、百里の501飛行隊のことじゃないのか?」
ちなみに、俺達が隊舎として与えられた場所は、元々は501SQの内務班だった。
芳佳「違います。ブリタニアの第501統合戦闘航空団です」
整備俺「ブリタニア? イギリスのこと?」
芳佳「いぎりすって何ですか?」
整備俺「正確には、“グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国”。
ヨーロッパの島国で、18世紀から20世紀中盤にかけて地球上の約4分の1を制覇し、
“日の沈まない帝国”と呼ばれていた国だ」
芳佳「よくわからないですけど、それ、多分ブリタニアのことだと思いますよ。…それに、今は20世紀中盤です」
俺達「Σ!?!?」
芳佳「今は1944年、8月*日です」
操縦俺「え……」
整備俺「まじかよ…………」
操縦俺「訳がわからんぜ」
芳佳「……」
操縦俺「…………」
整備俺「……………………」
芳佳「(気まずい……)」
操縦俺「どうしますか?」
整備俺「まずメシだ。メシ食ってから考えよう」
操縦俺「…そうですね。そうしましょう」
芳佳「そうですよ。せっかくのごはんが冷めちゃいますよ」
整備俺「んじゃ、俺達、着替えるんでちょっと待っててくださいね」
芳佳「わかりました。外で待ってます」
芳佳が部屋の外に出ていったあと、俺達は、野暮ったい部屋着から、制服に着替えた。
着慣れた常装冬服は、洗剤と洗濯糊と、かすかに女の子の匂いがした。
そういえば、俺達の制服は、あの娘が洗濯してくれたんだよな。
お礼言うの忘れてた。忘れないうちに言っておこう。
操縦俺「ああ、ポケットの中に入っていたものは、そこに置いてありましたよ」
整備俺「OK、了解」
財布とケータイ、ティッシュとハンカチ、そして筆記用具と身分証。
メモ帳やティッシュは水に濡れて使い物にならなくなってしまっていたが、それ以外のものは大丈夫だ。
右胸のポケットに身分証を入れ、着替えた俺達は、部屋の外で待っている芳佳を呼んだ。
整備俺「という訳で芳佳さん。食堂まで案内、お願いします」
芳佳「はいっ!」
正直言って、胃もたれが酷くて食欲なんてあったもんじゃなかったが、腹が減っては戦が出来ぬともいう。
俺達は、芳佳に案内され、食堂へと向かった。
最終更新:2013年03月30日 01:55