1944.8.16 14:00(z)。ロンドン、ウェストミンスター地区ホワイトホール。
ミーナ「予算の削減、ですか…」
坂本「我々ウィッチばかりに戦果を上げられるのは困る、と?」
マロニー「今、人類に必要とされているのは、規律の取れた漢達の軍隊だ。
ウィッチのような得体の知れない連中などではない」
チャーチル「ふむ。マロニー君の意見も、もっともなものではあるが」
マロニー「だいいち、間違っているのではないか? たかが小娘ごときに戦場を左右されるなど」
整備俺「それを決めるのは我々ではありません。それを評価するのは、後世の歴史家でしょう」
チャーチル「それなら歴史は常に私に好意的さ。なぜなら、私が歴史を書くからだ」
くそ。
これが、乱世の宰相・チャーチルか。どこまでも一枚上手を行きやがる。
そういえば、チャーチルは歴史作家でもあり、ノーベル文学賞受賞経験もあったのを忘れていた。
―
――
――――
同日、 22:00(z)。ドーバー海峡上空、高度1万3,000フィート。
Ju52輸送機の内部では、坂本が苦虫を噛み潰したような顔で腕組みをしていた。
それを宥めるように、ミーナが声をかける。
その原因が、昼間のチャーチル首相及びマロニー幕僚長との会談にあったことは、明白であった。
整備俺「(さっきからずっとこうだ。空気が重いぜ…)」
軽口を叩こうにも叩けない。叩いたら叩いたで、こちらが坂本に叩き斬られるだろうな。
そんな事を思いながら、整備俺がコ・パイ席でため息をついたとき。
♪ラン、ラララ~、ラララ~、ルゥラララ~ラ~♪
静かな歌声が、星空に、儚げに木霊した。
白い雲の波間を、光の軌跡を描いて飛ぶのは、ひとりのウィッチ。
脚にはMiG-60型ストライカーユニット、手にするのは多連装ロケット砲。
側頭部には、ライトグリーンに輝く光の索敵アンテナ、リヒテンシュタイン型魔導針。
――サーニャ・V=リトヴャク中尉だった。
整備俺「何か聞こえませんか?」
操縦俺「あれは……」
坂本「ん? ああ、これはサーニャの唄だ。基地に近づいたな」
ミーナ「私たちを迎えにきてくれたのよ」
ローレライを思わす歌声。それは、サーニャのものだった。
操縦俺「そうか。…ありがとう」
Ju52に並行して飛ぶサーニャに、操縦俺は、インカムに呼びかけながら親指を立てた。
しかし、一瞬、チラリとこちらを見たサーニャは、頬を染めて下方の雲海の中に姿を隠した。
操縦俺「(やっぱり、嫌われてる…?)」
芳佳「…サーニャちゃんってなんか照れ屋さんですよね?」
ミーナ「ふふ、とってもいい子よ。歌も上手でしょ」
操縦俺「(tk、照れ屋ってレベルじゃry)」
ミーナ「……あら?」
何の前ぶれもなく、サーニャの唄が止んだ。
坂本「どうした、サーニャ?」
サーニャ『誰か、こっちを見ています』
坂本「報告は明瞭に。あと、大きな声でな」
整備俺「サーニャさん。いいかい、落ち着いて。ゆっくりでいい。目標の数は?」
サーニャ「不明機の数は1つです」
整備俺「方位と距離、それから高度は?」
サーニャ「シリウスの方向…、ええと、320度方向です。わたしから20マイル、高度は2万3,000フィートです」
整備俺「針路と速度は?」
サーニャ「120度方向、340ノットです。こちらに接近しています」
操縦俺「ラジャー。アンノウン・オブジェクト・インバウンド・ストライク21。
ベクター3-2-0、20マイル、エンジェル230、ヘディング1-2-0、エア・スピード340ノット」
操縦俺は、早口で復唱した。
ミーナ「ネウロイかしら?」
サーニャ『はい、間違いないと思います。通常の航空機の速度ではありません』
坂本「私には見えないが?」
坂本は眼帯を上げ、魔眼で示された方角を見つめていた。
サーニャ『雲の中です。目標を肉眼で確認できません』
坂本「……そういうことか」
芳佳「ど、どうすればいいんですか!?」
整備俺「どうしようもないですね」
ミーナ「悔しいけど、ストライカーがないから、仕方がないわ」
整備俺「…それを狙ったんですかね?」
坂本「ネウロイは、そんな回りくどいことなどしないさ」
サーニャ『目標は依然、高速で近づいています。接触まで、あと3分』
操縦俺「拙いな…。見事にコリジョン・コースに乗っかってる」
ミーナ「サーニャさん。掩護が来るまで時間を稼げればいいわ。交戦はできるだけ避けて」
サーニャ『はい』
サーニャは、Ju52から距離を取った。
サーニャ『目標を引き離します』
ミーナ「無理はないでね」
操縦俺「こちらも回避しますか?」
坂本「そうだな。だが、それで相手に勘付かれたくはないがな」
操縦俺「…高度、落とします」
操縦俺が操縦桿をわずか前方に倒し、Ju52は緩降下を開始した。
坂本「よく見ておけよ、お前たち」
芳佳「は、はい。サーニャちゃんには、ネウロイがどこにいるか、分かるんですか?」
坂本「ああ。あいつには地平線の向こう側にあるものだって、見えているはずだ」
芳佳「へえ~」
ミーナ「それでいつも、夜間の哨戒任務についてもらっているのよ」
ああ、あの夜、この娘が俺達を発見してくれたのは、そういう理由だったのか。
そして、サーニャの頭に出ているアンテナみたいなのは、レーダーみたいなもんか。
アクティブとパッシヴの両方に対応しているものなんだろうか?
坂本「宮藤の治癒魔法みたいなもんさ。さっき、歌を聞いただろ? あれもその魔法のひとつだ」
ミーナ「歌声で、この輸送機を誘導していたのよ」
月明かりを背に浮かび上がるサーニャの姿は、さながら20世紀版のローレライのようだった。
サーニャ『サーニャ、エンゲージ。初弾、行きます』
まず2発。軌跡を残してとんだロケット弾の光球が、雲に大穴を開ける。
さらに、もう1発。
サーニャ『反撃して……こない?』
サーニャはさらにトリガーを引くが、ネウロイからは何の反応もない。
ミーナ「さすがね。見えない敵相手によくやっているわ」
芳佳「わたしには、ネウロイなんて、全然……」
坂本「サーニャの言うことに間違いはない」
操縦俺「サーニャさんの残弾は?」
坂本「これ以上は無理だな。サーニャ、もういい、戻ってくれ」
サーニャ『でも、まだ……』
粗い息遣いで、サーニャが答えた。
それが、妙に色っぽいと思ったのは、整備俺だけではないはずだ。
――そして、聞きなれたウィッチ達の声が、エアバンドに割り込んでくる。
バルクホルン『あそこだ』
エイラ『サーニャ!』
ペリーヌ『ちょっと、エイラさん! 勝手なこと!』
ミーナ「ありがとう。ひとりでよく守ってくれたわ」
レシーバーから、断続的な短いノイズが2回。
ミーナの指示に、サーニャはジッパーコマンドだけ返したのだった。
バルクホルン『……いや、いいだろう。戦闘は終わったようだ』
空中集合(ジョインナップ)。
俺達のJu52を護衛するように、バックアップのウィッチ達が展開する。
そして、サーニャとエイラの2人に先導され、俺達は501基地に帰投したのだった。
最終更新:2013年03月30日 02:02