1944年 春
オラーシャ ペテルブルグ 第502統合戦闘航空団基地
ラル「こいつも違うな」
ロスマン「…なかなかいませんね」
ラル「仕方ないさ。しかしそろそろ定子達の手に負えんしな…」
外の肌寒さとは無縁の執務室にて、第502統合戦闘航空団司令、
グンドュラ・ラル、そしてエディータ・ロスマンは変わり映えのしない大量の履歴書に目を通していた。
ウィッチの数も増え、戦闘機会も多くなり、食事の準備、部屋の清掃などがウィッチ達だけでは疎かになりがちな今日この頃。
ラルとロスマンは基地内外から、掃除洗濯家事清掃全てをこなせる人材を募集。今はその募集で集まった書類を吟味している所だった。
しかし、たくさんあるから選り取り見取り、なんて事は無かった。
ラル「煩悩の無い人間はいないのか?」
ロスマン「無茶を言わないでください隊長……いるなら見てみたいですよ」
ラル「ははは、それもそうだな。じゃあこいつを呼んでくれないか?」
ラルが空いたカップに紅茶を汲むロスマンに、一枚の履歴書を見せる。
悩んでいた先程と一変、澄んだ表情のラルにロスマンは返答に詰まった。
ロスマン「えっ、と…決まったんですか?」
ラル「呼ばないと始まらないさ。連れて来てくれ」
ロスマン「…了解しました」
「御招きいただき恐悦至極。自分は俺と申します」
ラル「堅苦しい口調はいらない。楽にしていい」
困った。目の前で優雅に微笑む女性からの予想外の返答に、俺は思わず隣に立つ小さめの少女の方に目を移した。
身長は小さいが、入った時に見た身のこなしから見て、とても洗練された人なのだろう。
俺の目線を感じたのか、うっすら微笑んで彼女は頷いた。
俺「ありがとうございます。ラル隊長」
そう言って、手に持ったアタッシュケースを脇に置く。
ちょうど対峙するような位置に置かれた椅子に腰かけ、改めて前に座する二人を見やる。
ラル「さて、いくつか質問させて貰おうか」
無言で頷く。頷いた後で失礼だったかと焦ったが、
目の前の女性――グンドュラ・ラル少佐は気にも留めないと言った風に俺を見た。
ラル「君は一体何をして来たんだ?」
ラル隊長が真っ白の書類をひらひらと俺に見せる。
なんて事はない。俺が出した履歴書だった。
真っ白で出したのは君一人だ、と笑うラル隊長に、隣の少女が驚いた様な、困った様な顔をして笑っていた。
俺「そりゃもう、みなさんにおいしい物を食べてもらう為に」
ラル「他意は?」
俺「ありません」
含み笑いをしながらのラル隊長の言葉に、きっぱり答える。
やっぱり君は面白いと、ラル隊長は紅茶を含み、俺の履歴書に何かを書き込んでいく。
ラル「ふむ、出身国くらい聞いておこうか」
ラル隊長が履歴書から目を離さずに聞いてくる。
そういえば何も書かないで出したのだ。一つ一つ懇切丁寧に聴いて来てくれるラル隊長に感謝しながら、
覚えている範囲をおぼろげに話す。
ロスマン「パスポートはお持ちでは?」
俺「密航者ですから持っていないんです」
ラル「みっ……航ね。まあ、問題無いだろう。ロスマン」
ロスマン「…了解しました」
何か間違っていただろうか?溜息をつきながら、頭に手をやる少女に若干申し訳ない気持ちになる。
何か難しい書類なのだろうか、訳の分からない言葉が飛び交った。
ロスマン「どうして密航なんかしたんです?」
俺「料理を学ぶのに国籍は必要ありませんから」
ラル「ほう、俺君は料理人かな?」
俺「そのように捉えてくれると嬉しいです。でも大体何でもできます」
少し意外と言うようにラル隊長が顔を上げる。とても意外そうだ。隣の少女も。
そんな彼女等に少し興奮したので、その場でアタッシュケースから自慢の包丁を取り出し、
扶桑で習ったジャグリングからの大根戻し切りを披露してやった。
その後ラル隊長はとても感心したように手を打って貰えたが、
隣の少女――エディータ・ロスマン曹長には涙目でビンタされた。少し背伸びしながらのビンタは格別だった。
ラル「粗方終わったか。ああ、最後にひとつ」
書類を飴色の机でとんとん整えながら、思いだしたようにラル隊長が口を開く。
俺「なんでしょう?」
何かと思い、頬の氷嚢をがしゃりとずらした。
愉快そうなに笑っていた瞳が若干、帯びるような鋭さを持って見つめてきた。
不思議に思って俺もラル隊長を見る。ラル隊長は手を顔の前で組み、よく通る声でゆっくりと言った。
ラル「俺君は、やりたい事は無いのか?」
たとえば女の子と遊びたいだとか、彼女が欲しいとか。
口元に浮かんだ優雅な微笑を打ち消すような鋭利な眼光。
まったくラル隊長は何を言っているんだか……平静を装う俺にぞくりと何かがはしった。
俺「ええ、ありますよ」
ラル「ほう、なんだね?」
ラル隊長は心底楽しそうに聴いてくる。
隣のロスマン曹長が警戒するように姿勢を正したが効果は薄い。
いよいよ我慢できない。
俺は立ち上がり、ラル隊長の机まで迷わず歩き、真っ向からラル隊長を見つめる。
そして
と言ったらロスマン曹長に今度こそビンタで張り倒された。
ラル隊長は大きな声で笑っていた。
興奮で失神する寸前、ラル隊長が合格、と言ったような気がしたが白昼夢だろう。
これが夢だとしても、俺は幸せだ。
最終更新:2013年03月30日 02:27