ニパは外を見て溜息を吐いた。
 銀色の外をぼうっと眺めて立っている。
 どうしたのかと聞いてみると


ニパ「大したことじゃないよ」


 と俺に気を使っているのか、本当に大したことではないのか気の無い返事。
 俺はそう、とだけ呟いてジャスミンティーをサイドテーブルに置いた。


ニパ「今日は、帰って来れるのかなぁって」


 憂いを帯びたその少女は、口角だけで笑ってみせた。
 その日、ニパは帰って来なかった。



      「what I need now is you」





菅野「だから!オレが一人で助けに行くからいいだろ!」

サーシャ「許可出来ません。これは命令です、菅野少尉」

菅野「~~~ッちくしょう!!」


 そう言った言い合いをしながら502ウィッチの面々は司令部に集まっていた。
 ウィッチーズが出撃してから少しして、吹雪が発生した。天気予報は外れた。

 空に吹雪は大敵だ。視界も悪ければどこにいるかも分からない。
 まだ緩やかだったため作戦は決行された。
 作戦が終わるまでは平気だと踏んでいたようだが、機器が狂ったのか、どんどん吹雪は酷くなった。
 さすがに司令部も観念したのだろう。作戦は中断、中断と言ってもほとんど片付いた後だったので成功と言ってもいいだろうが。

 しかし、ネウロイには関係なかったらしい。
 しつこくしつこくついてくる。吹雪で狙いが定まらない。
 そして、そいつはニパを落とすと、唸る吹雪に姿を消した。
 ホワイトアウトが発生していた。
 救助は断念されたらしい。彼女はウィッチだから。彼女にはトクベツな固有魔法があるから。
 ウィッチ達の救助願いも却下されたらしい。ウィッチは大切だから。502の優秀なウィッチを危機に晒してはいけないから。


クルピン「落ち着きなよナオちゃん。明日にはおさまるって」

菅野「…伯爵は余裕だな。仲間が死にかけてるのに」

ラル「落ち着け。ニパには自然治癒の固有魔法がある。それにスオムスの生まれだ、寒さには―――」

菅野「そんな理屈、正しいワケないだろ!」

下原「菅野さん!」


 下原が分厚い机を殴りつけた菅野をたしなめる。
 菅野はぐうと唇を噛んでゆっくりと一歩下がった。
 ニパが落ちた所を下原は見ていない。サーシャもだ。視界が悪過ぎて捕捉できなかったのだ。
 吹雪の恐ろしさは、ここにいる誰もが知っている。
 その白魔はじりじりと体温を削り、糸を曳くように生命を死に誘う。
 魔法障壁と自然治癒があれば平気。とはとても言い難かった。


クルピン「さて、ちょっと失礼」

ジョゼ「中尉?どちらへ」

クルピン「急用を思い出しちゃってね。失礼するよ」

ロスマン「…見え見えの嘘なんてらしくないわね。伯爵」

クルピン「大丈夫。怒られるのは慣れてるからさ」


 ひらひらと手を振りながら、クルピンスキーがドアノブに手を掛けた。
 サーシャが止めるのは早かった。ノブに掛けた手に手を重ね、本気であることを示すように使い魔を発現させる。


サーシャ「行かせるわけにはいきません」

クルピン「駄目だよ。ニパ君は大切な子なんだから」

サーシャ「今後の作戦には貴方の力が必要なのです中尉。……今外に出たらどうなるかなんて、分かっている筈です」

クルピン「ニパ君がいない方が大変だと思うけどなぁ」

サーシャ「っ、ふざけるのは止めてください!」


 へらりと笑うクルピンスキーの手を握る。
 少し嫌な音がしたが、彼女は顔色一つも変えなかった。


クルピン「女の子を見捨てて一晩過ごせって言うのかい?」


 それは酷い仕打ちだね。その言葉は波紋のようにサーシャに溶けた。
 彼女の手が緩むのを確認すると、クルピンスキーはその手をそっと避けてノブを回す。
 すると、後ろから声をかけられた。


ラル「戻れ、クルピンスキー」

クルピン「嫌だと言ったら?」

ラル「戻れと言っている」


 振り返ると、ラルはまっすぐクルピンスキーを睨んでいた。
 自然と目を合わせ、そのまま睨み合う。


クルピン「ボクの事、そんなに信じられないかな?」

ラル「残念だったなクルピンスキー。私は指揮官なんだよ」

クルピン「……………」

ラル「さ、騒ぐのはここまでだ。明日の為に寝なさい」

クルピン「……そう、だね」


 帽子を深くかぶり直した。
 ラルの目は笑っていない、相変わらず感情の読みとれない目をして言った。


ラル「ニパは大丈夫だ―――何より、そう信じる他何も無い」

「ありますよ」


 空気にそぐわぬ、軽い声であった。
 ガン、とオークのドアが蹴り開けられた。
 近くにいたクルピンスキーが目を丸くしてその人物を見る。
 その男はラルの机まで迷わず歩き、真っ向からラルを見つめた。

 そして


俺「俺が行きます」


 そう言い放った。
 誰もが唖然と固まる中で、真正面にいたクルピンスキーだけには見えていた。
 ラルの唇が『合格』と呟いた瞬間が。


 白昼の午後、ジャスミンティーは冷めている。






最終更新:2013年03月30日 02:31